死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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第1話 泳者 八百歳比名子について

 

 

 

 

 

 

 ――――呪術高等専門学校の敷地内にいる、日本を覆う結界の要たる「天元」。

 彼女が存在する薨星宮にて、最悪の呪詛師 羂索が仕組んだ殺し合い‟死滅回游”の平定のため、高専勢力の術師たちが総則の話し合いをしている最中のこと。

 

「……天元様、ちょっといいかな」

 

 手を上げて質問したのは、術師の一人である虎杖悠仁。彼は体の裡に巣食う呪物 両面宿儺が引き起こした虐殺を自身の責とし、高専からしばし距離を取っていた。

 そのため、虎杖以外が知っている総則の内容もあまり把握していない。

 

「今話してた総則についてなんだけどさ……」

 

 

 

死滅回游 〈総則〉

 

4、泳者《プレイヤー》は他泳者の生命を絶つことで(ポイント)を得る。

 

5、点とは管理者によって泳者の生命に懸けられた価値を指し、原則術師5点、非術師1点とする。

 

  ただし泳者 八百歳(やおとせ)比名子(ひなこ)の生命を絶った者には例外として100点が与えられる。

 

 

 

「この、八百歳比名子って誰?」

 

「「「………………」」」

 

「まあそんな反応になっちゃうよねぇ」

 

 虎杖の質問に対し閉口する術師たちと、飄々とした様子の特級術師、九十九由基。

 皆、八百歳比名子の名前など見たことも聞いたこともない。

 

 ――‟死滅回游”が殺し合いを前提としたゲームである以上、当然記載されている殺人に関する部分。

 一人につき1ケタ点という原則――そこからあまりにも乖離した高得点が付与されている八百歳比名子という泳者の名前は、一同の目を大きく引いた。

 

「総則を見てコイツが気にならない奴はいないだろうな」

 

「彼女一人で100点……総則6を考えると、彼女を殺せば総則を一つ追加できるわけだからね」

 

 羂索に作られた呪物である脹相と、九十九と同格の特級術師である乙骨憂太が九十九に続く。

 乙骨の言う総則6――100点の消費による総則の追加、それを行使するまでもなく初期からわざわざ指定されているイレギュラー。

 回游の平定を目指す彼らにとっては、彼女が何者か、何故100点を付与されているのか。これらは必ず知っておかねばならないことだ。

 

「――愛媛県伊予市に在住する16歳の少女。およそ10年ほど前に交通事故に遭い、両親と兄を亡くしている。その際彼女も重傷を負ったのだが生き延びた。彼女に入れられた妖怪の血によって」

 

 総則を話す時と変わらない平坦な声で、八百歳比名子という少女について、そして少女に降りかかった事故について語る天元。

 彼女は回游の結界の中を除き、日本国内で起こった事象をおおよそ把握している。

 

 その惨たらしい不幸に顔をしかめながらも、虎杖は最後に話された単語に引っ掛かりを覚えた。

 

「妖怪?」

 

「呪霊の亜種のようなものだよ。ただし通常兵器が通用し、高位の者は人間に化ける。死滅回游の中でならば、人間の姿なら呪詛師、人間以外の姿なら呪霊と同じだと認識しておけばいい」

 

 呪術界に触れて数か月であり座学の成績もそこまでな虎杖には覚えのない存在。

 しかし天元の簡潔な説明に対し疑問を差し挟む者もいなかったので、虎杖はそれ以上深堀するのをやめる。

 

「……で? 天元、八百歳比名子に血を入れた妖怪は」

 

「君ならば察しは付いていると思うが……人魚だ。彼女は不老不死の存在であり、血肉を分け与えた者にもそれを付与できる」

 

「いっ!?」

 

 不機嫌そうに天元を睨め付けながら妖怪について質問を投げかける九十九。彼女らに流れる空気の悪さ、その仔細は二人以外の誰も知らない。

 もとより虎杖達はそんなことは大して気に留めていなかったが、それがより一層どうでもよくなる程度には天元の言葉は衝撃だった。

 

「不老不死……!? いや、人魚って大体の昔話でそんな感じだけど……でもそれって、天元様よりヤバいじゃん」

 

「確かに、私の術式は不死であって不老ではない。その点では確かに私以上であるといえよう。だが決して無敵ではないよ。人魚が再生する速度はそれほどではないからね」

 

「それほどって、具体的にはどんくらいなの?」

 

「手榴弾で爆破されて、バラバラになった全身を再生するのに数十年かかる程度さ」

 

「それはそれほどじゃないの範疇に入れていいのかなぁ」

 

 長い年月がかかるとはいえ、一般人よりも頑丈な肉体を持つ虎杖でも余裕で死に至るダメージを生き延びる不死性に頭を抱える。

 

 そんな虎杖を後目に、術師の一人である高専二年――禪院真希が、八百歳比名子に関して新たに質問を投げかけた。

 

「それなら、その八百歳比名子も不老不死だってことですか?」

 

「いいや、八百歳比名子に与えられたのはほんの血の一滴だ。本来ならば通常の非術師よりも少し健康になるだけの効能だよ」

 

「本来ならば?」

 

「先ほど話した10年前の事故。どうやらあれによって体内の人魚の血が変異したようでね。わずか一滴のそれは、通常なら即死に至るほどの怪我を重症に留めるまで増強され――代償として、呪霊や妖怪達を呼び寄せる呪いの触媒になり果ててしまった」

 

 ……当時齢6歳やそこらの少女に与えられていい境遇ではない。大切な家族に置いて行かれ、その上呪いに襲われ続ける日々だなんて。

 虎杖は口の中に苦虫を放り込まれたような感覚に陥った。

 

「……結界内には呪霊も多く存在しているはずでしょう。それほど危うい存在に100点もの価値を与えるなんて、総則追加の機会を与えたいのか無駄にしたいのか……」

 

 そう口にするのは虎杖と同じ高専一年、伏黒恵だ。

 

「おそらく、両方だろう。私は人の心はわからないから羂索が何を狙っているかまでは予想できないが……あるいは羂索の実験の一環なのかもしれないね。呪霊に際限なく狙われる――要は極めて死の危険性が高い人間になら、それだけの高価値を付与できるのか。その実験」

 

 ‟死滅回游”の目的は、人類と天元の同化のための「慣らし」。

 そのために、回游内はできるだけ活性化させる必要がある。殺せば100点を得られるレアキャラが存在すれば、それを巡る殺し合いは激化するだろう。

 

「とはいえ、呪術には足し引きがある。通常の術師を凌駕する高価値を足すためには、その価値が容易に手に入りにくくなるリスクが引き算として存在する。そういうことなのだろう」

 

 天元は話をそう締めくくった。

 術師達も彼女の生い立ちに思うことはあれど、この場で知りたかったのは彼女が何者か、何故100点を付与されているのか。

 これらについて大まかに予想が立った以上、この総則5に関して話すことはもうない。

 ……が、最後に虎杖が根本的な質問を投げる。

 

「あのさ、天元様……そもそも八百歳って術師? 非術師?」

 

「術師だよ」

 

 この話をするにあたって場の全員が前提として置いていることだったため、誰も質問していなかったことだ。

 それ故天元に即答されても「やっぱそうかぁ」と虎杖は引き下がる。

 

 ――――だが、天元の言葉はそれで終わらなかった。

 

「八百歳比名子、彼女の存在は十中八九回游の活性化を目的としている。しかし、もし彼女が結界内侵入後すぐに呪霊に殺されたら、活性化など全くないに等しいだろう」

 

「おそらく八百歳比名子は、回游内に存在する泳者の中でも群を抜いて――――」

 

 

 

「強い」

 

 

 

--------

 

 ――(やしろ)美胡(みこ)は八百歳比名子の親友であり、妖怪である。

 

 かつて人喰いだった自分がひょんなことから愛媛の片隅で人と縁を繋ぎ、土地神として在り続けて早数百年。

 その地の愛すべき住民の一人であった比名子が事故で家族を喪い、同時に妖怪を寄せる体質となってから、美胡は彼女をそばで守り続けてきた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ――――あの日、東京が突如妖怪――否、呪霊に滅ぼされた、あの日。

 それとほぼ同時に、比名子が行方知れずになった。

 

「はぁ……くっ……!!」

 

 あのいけ好かない半魚人とともに方々探し回ったけど、ついぞ見つからなかった。

 手がかりがあるとすれば――それとほぼ同時に出現した、全国10の巨大な結界(コロニー)

 

 土地をほったらかしにしておいて果たして良いものか大いに迷った。だが此度の事態は普段半魚人に任せる程度のものとは明らかに次元が違う。

 半魚人とともに意を決して結界に侵入し、予期せぬ事態により半魚人と引き離され。

 襲い来る呪霊や呪詛師共を、本来の妖狐の姿となって蹴散らしながら比名子を探して――コイツと激突した。

 

「……八百歳。オマエ、八百歳比名子がどこにいるか知ってるか?」

 

 ――全身を火傷の跡に覆われた女だった。

 一瞬男と見間違えそうになるほどの威圧感と、筋骨隆々な肉体。異質な呪力を放つ刀に反して全く呪力を感じない体。

 そんな女との戦闘で――今、美胡は完全に劣勢に立たされていた。

 

「……知らない……!!」

 

「知ってる間だな」

 

 たとえしらばっくれようとも、この女は見過ごしてはくれない。

 感情をすべて持ち去られたような冷たい目で、怒りのままに睨みつける自分と対峙している。

 

「呪霊と取引ってのも変な気分だが……吐けよ、楽に祓ってやるから」

 

 刀を肩に担ぎ、余裕綽々でこちらを脅迫する女。

 美胡は土地神である以上、土地から離れることが極めて難しい。けれどこの結界内では何故か、土地にいた時と同等の力を振るうことができた。

 だが、この女には攻撃が掠りもしない。にも拘らずこちらへのダメージは徐々に蓄積していっており、戦いの結末は誰の目にも明らかだった。

 

 ――――――それでも……!!

 

 それでも、美胡にとって比名子は無二の親友。

 この化け物に全身を切り刻まれようと、決して諦めてなるものか。

 

「う、あぁぁぁぁーーー!!!」

 

 一気呵成に蹴り足を爆発させ、美胡は女に躍りかかる。

 凡百の妖怪ならその気勢に竦み上がり、そのまま喰われて終わり。だが女は小動もせず、先ほどまでと同様に美胡を迎え撃たんと刀を構え――、

 

 

 ――凄まじい勢いで飛来してきた何かに、一瞬で弾き飛ばされた。

 

 

「――――っ!?」

 

 すんでのところで飛来物との間に刀を差し挟み、直撃を防ぐ。体勢を立て直し、女は飛んできたモノを見る。

 

「……ダツ? いや、魚の式神か?」

 

 口先が尖り、びちびちと跳ねる飛来物。その気配はただの魚のものではなく、呪いによって生み出された式神のソレだ。

 女にはその気配に覚えがあった。確かこれは、渋谷事変の時に対峙した――、

 

 

 

「――何をしているんですか」

 

 

 

 不意に横から聞こえる声。

 酷く聞き慣れた、されど全く聞き覚えのない響きを孕んだ声。

 

 ――それは、彼女を知る者なら到底受け入れられないほど、冷たい怒りと殺意に満ちていて。

 

「あ、あぁ……」

 

 脚が震え、今にも崩れ落ちそうになる。

 

 信じられなかった。

 

 信じたくなかった。

 

 彼女がその声の主であることも。

 

 ――鮮血で全身を汚している、彼女の姿も。

 

 

「比名子……」

 

 

 この目に映るすべての情報が、そこにいる少女を比名子だと言っている。

 何日も死滅回游を彷徨ってようやく出逢えた喜びと、血飛沫に穢れ変わり果てた姿に抱く悲しみと、ぐちゃぐちゃに混ざり濁流となって溢れ出す感情に胸が灼ける。

 頭の中が真っ白になって、ふらふらと体が勝手に比名子に近づこうとする。

 

「来ちゃ駄目」

 

 それを、比名子は制止した。

 血塗れの美胡を慮っているからだということは、今の美胡でも理解できた。だが、美胡が足を止めたのはこれだけが原因ではなかった。

 

 それは、蛙が蛇と対峙するような。あるいは蟻が象と対峙するような。

 美胡は今の比名子に、圧倒的な強者を前にしたような感覚――畏怖を覚えていた。

 

 

「………………」

 

 火傷痕の女――禪院真希は思い返す。

 

 それは、結界に入って少し経った後。鹿紫雲一によって総則9――全泳者の情報開示が追加された後。

 真希は非術師を襲う泳者を恫喝し、現在の泳者の所持得点を閲覧した。当然、高価値目標である八百歳比名子のことも。

 

 

 ――――その時に見た、八百歳の情報。

 

 

 

 

 

死滅回游 泳者 八百歳比名子

 

 

所持得点 180 点

 

 

 

 

 

「……天元様の言ってたことはマジだったんだな」

 

 八百歳比名子が、放たれた呪霊程度には殺されないレベルの強者であること。

 その実力が騙し討ち特化というわけではなく、純粋な強さに裏付けされていること。

 

「一応聞くが、タダで点をくれるって事はねぇんだよな」

 

 総則10。虎杖悠仁の尽力によって追加された、泳者間の点の譲渡。

 

「あなたこそ、持ち点を差し出して美胡ちゃんに謝ってくれれば、見逃してあげます」

 

「ハッ!」

 

 駄目元で提案したそれを平然と蹴り、逆にこちらを脅してくる八百歳。

 妹が命を懸けて真希に授けた肉体、それを恐れもしない豪胆。痛快さを感じ、真希は思わず笑みを浮かべる。

 

「悪いが私の肉体は特別製だ。回游のシステムに組み込まれてねぇから、泳者を殺しても点は入らねぇ」

 

「そうですか、なら――」

 

 真希が刀を構え、八百歳が術式を発動する。

 

「なるべく早く諦めてください。戦うのは、嫌いだから」

 

 呪いに愛されるモノ。呪いから解き放たれたモノ。

 ――対立する二つの存在の、死闘が始まった。

 

 

 

 

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