お待たせしました、続きです。
今回ちょっとはっちゃけてます。
「もうホンッッット……あ゛り゛が゛と゛う゛冥゛冥゛! 比名子を守ってくれで! 側にいでぐれで! マジで、マジでぇ……!!」
泣き濡れながら、心の摩耗していた比名子の支えになっていた冥冥に雨霰と感謝の言葉を注ぐ美胡。数百年を生きた妖怪が「いなくなったら寂しい」と断言する程の親友、そんな女の子が地獄を超えた地獄に晒されていたのだから当然の反応だ。
どれほど呪いの才能があって、自分よりも強くなろうと、彼女が守るべき対象であることには変わりないのだ。
「いや比名子オマエ、ちょっと優しくされただけで術師に心を許すのは迂闊すぎだろ」
対照的に、比名子のちょうど対面の位置で回游初日の一部始終を聞いていた真希の反応は冷静で冷淡だ。
呪力から脱却して強くなった真希。その自分と死闘を繰り広げられる、比名子がそれほどの術師であることを知っているからこそ、術師の視点から比名子のことを見てしまう。実際相手が冥冥だったことは比名子にとって最大の幸運であることには違いはない。ただ、それを指摘してしまうのは人の心が無いと謗られても仕方ないかもしれない。
「うらぁメスゴリラ! 比名子はお前みたいな人の心無いメンタルじゃないんだよ! 地獄にぶち込まれた16の女の子に向かって差し伸べられた手に縋るなって言うんかボケェ!」
当然、比名子が日常で暮らす姿を知るがゆえ、一般的な女子高生として見ている美胡は真希の言葉に猛烈に反発する。
キレた美胡が真希に突っかかって剛力で抑え込まれ「うがーー!」と声を上げる。比名子が話をしていた時の真剣な空気は早くもどこかに吹き飛んだらしい。
かしましいが、2週間前の日常がほんの少し戻ってきた感じがして、自然と比名子の頬がほころぶ。
美胡と真希の様子が可笑しかったのか、長い前髪をかき上げながら冥冥も微笑していた。
「私の一張羅が涙でずぶ濡れになっちゃって、あの時は参ったねぇ。そのお詫びに自分の傷をそっちのけにして私を治してくれたんだから」
「あの時は、反転術式で自分を治す方法を知らなかったのもあります」
「マジかよ。とことん会ったのが冥冥さんでよかったなオマエ」
「ん????」
談笑のノリで話を続ける三人の会話の中にポンと出された強烈な違和感を放つ言葉に、いつの間にか真希の尻に敷かれていた美胡の喉から大きな疑問の声が漏れた。
自然、どうしたことだと三人の目が美胡のほうを向く。
「比名子、今なんて言った?」
「え、何って?」
「今、自分を治せるの知らなかったって言った?」
「う、うん。冥冥さんに言われるまで反転術式はアウトプットしか出来なくて」
「ええ? うん? なに、どゆこと??」
さも当然のことであるかのように、首をかしげながら宣う比名子。だが、それがどれだけ異常なことか、呪いの世界を長く生きる美胡はよくよく理解している。
例えるならバットの振り方を知らずにホームランが打てるような、あるいは四則演算を知らずに因数分解が解けるような、そんな話だ。今比名子が言ったことは。
「て言うかなんでお前らスルーしてるんだよ! 呪術を少しでもかじってたら今のがどんだけヤバいかわかるだろ!」
「あぁ? いや、そりゃ分かってるけどよ」
矛先がこちらに飛んできて少し煩わしそうにする真希はゆっくりと美胡の上からどいて、これまた何食わぬ顔で言う。
「最初にやった反転術式がアウトプットだった奴、私の仲間にもいるからなぁ」
「おるんかい!!!」
「ま、実際アイツが先にできるようになったのがアウトプットかは知らねぇけど」
とはいえ、ズブのド素人が半年でアウトプットに行きついたのは事実だぜ、と真希は締めくくる。
なんだそれは。反転術式を使えるだけでも驚異的な才能なのに、その発展形に行きつくのが2週間? 半年? 頭がおかしくなりそうだ。尻に敷かれて埃のついた服を片手で払いながら、空いた手で眉間を押さえて溜まった皺を揉みほぐす。
「マジどーなってんのこの時代……ガチで平安再来してね??」
「平安? 平安時代のこと?」
「そう。んでもって呪術全盛の時代」
美胡は自分に残る最古の記憶、史上最悪の呪いの時代を例えに出す。
1000年前の時代を例示されるレベルでとんでもないことをやってたらしいと指摘された比名子だが、「言いすぎじゃ……」とどうにもピンと来ていない様子だ。
「比名子の才能エピソードだったらもう一個あるけど話す?」
「いやこれ以上は時間の無駄じゃ……いややっぱ聞くわ。似たようなことがあってまた話止めんのもアレだし」
冥冥の提案を投げやり気味に承諾する美胡の顔には「もうどうにでもなーれ」とでかでかと書かれている。
冥冥はその美胡の様子を面白げに眺めながら話し始める。
「これは多分、君たちが戦闘を始める少し前の出来事なんだけどね」
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『――比名子、マズいことになった。敵対的な泳者に病院が乗っ取られた』
結界内で数日経過する間に習慣づいた朝の日課、泳者達の対策のための見回りを比名子が行っている最中、携帯電話がけたたましく存在を主張する。
急いでそれを取ると、普段飄々としている冥冥が珍しく焦った様子で比名子に連絡してきていた。
『そんな……! 避難民の人たちは!?』
『無事だよ、今はね。下手人は彼らを人質にとって、君の100点と所持得点を要求している』
比名子と冥冥は、広島結界に残留してしまった非術師達と戦えない泳者達を匿い、総合病院内に避難させている。
その際、追加された得点開示の総則を利用して点数のチェックも行っていたのだが、
『受肉した泳者が覚醒型と偽っていたんだ。奴はどうやら病院に簡易領域を展開している。君や私が足を踏み入れれば人質が死ぬだろう』
付与された100点と血の特性により敵を寄せ続ける比名子は単独行動せざるを得ないため、病院内は基本冥冥が常駐している。
ここ2日は結界内をおおむね制圧していたのもあって、冥冥が病院を離れることもあった。そこを狙われた。
『……っ』
病院に駆けつけた比名子は、冥冥の言っていたことが真実であったことを理解する。
触れなくても分かる。それ自体が内部の人間にとって害であり、格下の存在は滞在するだけで命を蝕む簡易領域。その上、指定された人間の呪力に感応し毒性を増していく。
流石に過去の術師、領域の練度は高い。忍ばせるのが弱い式神でも、呪力を持たぬ非術師の命は即座に失われるだろう。
比名子は領域内に侵入できず、しかし避難民達を死なせるわけにはいかない――ならば、どうするか。
『領域は、領域で塗り潰せる……ですよね』
『!? まさか、危険だ! 君はまだ領域展開自体未修得のはずだ!』
おぼろげながら頭に浮かんでいた掌印を結ぶ比名子を、冥冥が制止しようとする。
それもそのはず。比名子が領域でこの状況を打開するには、ただ領域を展開するだけでは足りない。それに加えて「必中術式の対象を泳者のみに絞る」という非常に高度な結界術の運用をせねばならないのだから。
だが――、
『ここでやらなきゃみんな死んじゃう……できるかできないかじゃない、やらなきゃ……!!』
『――領域、展開!!』
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「ぶっつけ本番で対象を絞れたんですか……???」
「美胡ちゃんなんで敬語なの」
比名子のヤバい才能エピソードpart2。美胡はついに泡を吹き始める。
いや、病院の人が助かったことは喜ぶべきなのは分かっている。むしろだからこそ余計に怖いというか。
「必中対象の選別とか平安連中でもほぼ無理だよ……? 初見でできちゃうの何……??」
「比名子に関してはもうありえないことが普通にできると考えるべきなのかもね。五条君と同じ扱い」
依然声が震えまくってる美胡をよそに、えらく軽い感じで締めくくる冥冥。
納得できるかぁ! と反抗の声を上げようとした美胡を遮るように、しばらく黙っていた真希が「あぁ」という言葉から話を切り出した。
「――だからだな? オマエがあのルールを追加したの」
合点がいったかのような口調で真希が言う。その意味が一瞬理解できず、美胡はきょとんと首を傾げた。
真希の言葉を咀嚼するのに1秒、驚愕で頭が染まるのに2秒、コガネを出して比名子の情報を出させるのに3秒。物わかりのいいコガネは、命令するまでもなく望みの情報を提示してくれる。
得点、180点。ルール変更……1回。
総則を追加するのには、100点の消費が必要になる。
――――八百歳比名子は、280点獲得者だった。
ルールが追加された時美胡はたまたま戦闘中で、追加した泳者が誰か知らなかったのだ。
「にひゃく、はちじゅう……つまり、比名子、ご、56人も……!?」
「……正確には、そんなには殺してないよ。命乞いで点をくれた人もいたから」
それは別に、大した慰めにはならない。美胡の想像を超えて比名子が手を汚していることに変わりはない。
頭が痛い。比名子が回游最初の一日を話してくれた時とは違った意味で涙が出そうだ。
「受肉型の泳者は、私達が思う以上に頭が回る。もしまた覚醒型に擬態されたら、今度こそ避難民の人達が死んじゃうかもしれない」
「だとしたら、そのルールを追加するのも納得だ」
真希は美胡のコガネが表示している画面、そこに映った泳者の情報を見ていた。
「<総則>11。受肉した泳者は泳者情報の名前欄に(受肉)と表示される」
わかりやすくていいよな――そういって比名子を褒める真希の言葉を聞きながら、ひどく気の重い様子で美胡が深くため息を吐いた。
ヒ◯◯「56人殺したのさ てめェのように生意気な奴をな」
比名子「違います」
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