死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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今回、わたたべ世界と呪術世界の擦り合わせのため、独自解釈が多分に含まれています。


第10話 話を続ける少女達

 

 

 

 

「…………比名子、ここに入った記憶無いって話だけど」

 

 比名子の所持得点180点、そしてルール変更回数1回、総獲得点280点。それが示すのは比名子が思っていたよりもずっと手を汚していた事実。

 幼い頃彼女に降りかかった不幸を知る美胡は、そこからさらに手を変え品を変え比名子を苦しめる運命に腸が煮えくり返っていた。

 もし運命の神とやらが居たら千回引き裂いても許さない所だが、生憎存在しないものに怒りを発露させる器用さを美胡は持たない。胸を渦巻くコールタールのように黒い感情を重い溜息とともに吐き出し、先程から気になっていたことを話題に切り出し自身の激情を誤魔化す。

 

「マジで何の記憶もないの? 無意識でいつの間にか結界に入っちゃったみたいな……いや、本当はそんなことあり得ないはずなんだけど」

 

 通常、死滅回游に参加するには自分の意思による宣誓が必要だ。宣誓が行われることにより他泳者の命の簒奪により点を得られるようになる仕組み。

 280点という膨大な点数を得ている時点で、少なくとも比名子は自分の意思で結界に入っていると断言していい。

 もし、「結界内に存在する時点で泳者判定が出る」のならば、羂索が無数に解き放っている呪霊達もすべて泳者となってしまう。そうなれば、ルール追加の頻度は2週間で二、三度どころではないだろう。

 

「うん……本当に、急に結界内にいたような感じで……私は“縛り”のせいかな、って考えてるけど」

 

「“縛り”?」

 

 比名子の自身に起こった不可解な変事に対する考察に、美胡は否定的な印象を覚える。

“縛り”とは呪いによる誓約、それに付随する行動の強制と破棄の際の代償。「無意識のうちに結界内に侵入させる」という内容の縛りも確かに結ぶことは可能だ。

 しかしそれはおかしい。そういった縛りによる行動操作は他者の意思が介入したものだ。比名子にコガネが憑いている時点で、自分の意思による参加というこの一点は揺るがない。

 第一、

 

「“縛り”を結んだって言ったって、そもそも結ぶ相手は誰になるんだ? 術式覚醒前のオマエは呪術界と関りのない一般人だろ」

 

 話が始まってから変わらぬ落ち着いた態度で、禪院真希が視線を向ける。

 呪術界と関りがない、と言い切ってしまうのは美胡や汐莉という強力な妖怪が周りにいた時点で嘘になってしまうが、逆説的に二人が目を光らせていたことで比名子に縛りを結ばせようなどという不埒者がこれまでに現れていないと言える。そこの点は美胡も自信があった。

 

 だが、比名子にはそれらの状況証拠を覆すような、確信めいた心当たりがあるようで。

 

「……真希さんは聞こえたかな。私と戦ってるとき、領域の中で女の人の声がしたの」

「!」

 

 目を伏せながらその心当たりを述べる比名子に、真希の片眉が跳ねる。

 

「……あの気持ち悪ぃ声のことか。アレ、オマエの術式由来の存在じゃねぇのか?」

 

「あんなのが制御可能なら、多分真希さんの命は無いよ」

 

「制御不可能な式神が内蔵された術式もあるぜ。オマエはアレがそういうのじゃなく、“縛り”を結べる知能と意思を持っている存在だって言うのか?」

 

「私はそう考えてる……というより、それ以外の候補が無いって言ったほうが正しいかも。あの人……人かどうかはわからないけど。この結界に侵入してから、私は彼女に()()()()()()感覚がする」

 

 曰く、“彼女”は死滅回游初日から視線だけを送っており、話しかけられたのは真希戦での領域展開時が初めてであること。

 そのねっとりとへばり付くような視線は常に在るものではなく、術式を使用しているときのみ感じること。

 極限環境に放り込まれたことによる被害妄想を疑っていたが、真希という証人によって実在を確信、その上こちらに干渉できると分かったこと。

 比名子は順を追って、丁寧に美胡達に説明した。

 

 不可解な話だ、美胡は顔を顰める。

 常に監視されているのは最悪だが、術式を使ってる時だけというのはそれはそれで不気味だ。意図があるのか、はたまた単なる縛りか。

 そもそも外界から遮断されたこの広島結界の中でどこから、どうやって比名子を視ている? 疑問は尽きない。

 

「――呪いの才能を持たない一般的な非術師が術式を使用できるようになる条件、わかる?」

 

 と、比名子が脈絡なくそんな話をしだす。先程までの得体の知れない何かに関する流れと微妙に繋がらず首を傾げるが、美胡と冥冥はとりあえず彼女の話に乗った。

 

「え……何だろ、呪物に刻まれた外付けの術式を使う? 呪具は……あれはあくまで呪具特有の効果であって、術式とは言わないか」

 

「もしくは、受肉も当てはまるかな? 呪物に宿った呪力の主が精神と肉体を支配し、呪物となった術師が生来持ち合わせていた術式を使用すればいい」

 

「受肉……精神と、肉体の支配……まさかっ!」

 

 自らが行きついた考えに思わず立ち上がる美胡。

 おそらくそれは自分の用意してある答えと同じものだろう、そう言うように比名子は首を縦に振る。

 

「受肉は、肉体形状や性質の変態も伴う。――私が汐莉さんに血を与えられて健康になったのも、受肉の一種なんだと思う」

 

 

 

--------

 

 

 

 かつて人魚・近江汐莉は自身を助けた八百歳比名子に血を分け与えた。自分を心の内側に招き入れてくれた比名子が健やかに、一秒でも長く存在し続けられるように。

 それにより、まともな食事生活をせずとも比名子は健康を保っている。

 

「肉体の一部を摂取し、その結果対象の肉体を変質させる。言われてみれば確かに受肉じゃん。何で気付かなかった……」

 

「根拠は他にもあるけど、ややこしくなるから割愛するね」

 

 とりあえず今は私が汐莉さんを受肉していると分かってくれればいい、そう比名子は話を締める。しかし、それが正しかったとしても、疑問に思えるところはいくつもある。

 例えば、比名子が汐莉を受肉したらなぜ、その声の主が比名子を視れるようになるのだろうか。美胡がそれを指摘する前に、比名子が解答を提示する。

 

「……共振、って言えばいいのかな。私と汐莉さんは血によって強く濃い繋がりを得ている。呪術に目覚めてからそれを感じ取れるようになったんだけど……なんと言うか、“彼女”の視線はそこから来ている感覚がするの」

 

「視線の出どころはともかく、共振というのはありそうな話かもね。虎杖君が後輩にいる君はどう思う?」

 

「悠仁が受肉された時は、取り込んだモン以外の呪物が共鳴して呪いの被害を出してる。私も無くはないと思います」

 

 比名子の仮説に冥冥と真希が賛同する。「取り込んだもの以外の呪物……?」と、まるで同一存在から複数の呪物が製造されたとでも言うような真希の言動に引っ掛かりを覚える美胡だが、今それを口にすると話が脱線しそうなので言葉にはせず、頭を抱えるに留める。比名子はそんな悩める様子の美胡に質問を投げた。

 

「美胡ちゃん。汐莉さんから、私以外に肉体の一部を摂取させた人のことを聞いたりしてない?」

 

「……聞いたわ。あいつ昔、一緒に暮らしてた子供に肉をあげたって」

 

 世話になったから、その礼のつもりだったって――想像通りだ、比名子は納得したように目を瞑る。

 その表情がやや暗いのは、そうであってほしくなかったという願望の表れだろうか。

 自分が与えられた、自分だけが生き残るという地獄。それすらはるかに上回る、永劫の生という悪夢を味わう存在が居てほしくなかったという。

 

「血の一滴で繋がりを得られるなら、肉を与えられた人はそれ以上。“彼女”はその繋がりを通じて、汐莉さんを中継器に私に干渉してきている、と思う。どんな手段なのかはわからないけど……もしかしたら、そういう術式を持ってるのかも」

 

「最後だけ微妙に根拠が弱いな……じゃあ最初の話に戻るが、ソイツはどうやってオマエに縛りを結ばせたんだ? さっきの話だと、奴はオマエが術式を使ってる時しか干渉出来ないんだろ?」

 

「それは……」

 

 憶測と推論を並べてここまで話してきたものの、ついに説明のつかない部分にぶち当たって比名子の言葉が詰まる。

 とはいえ、その部分が説明できないからと言って比名子の仮説をすべて切って捨てるには、状況証拠が揃いすぎている。

 

「それに、練達した術師の呪いに関する推測はよく当たるものだからね」

 

 術師の推測が当たるのは単に運がいいからというわけではなく、持ち合わせた、あるいは努力で磨き上げた呪術センスに裏打ちされているものだからだ。そう言う冥冥の言葉に、真希も美胡も首肯した。

 

「――ところで、ちょっといい?」

 

 真希の疑問に答えようとうんうん唸っていた比名子の側によって、美胡が声をかける。

 ()()()()のポーズになっていた比名子が顔を上げると、美胡は顔に「こんなことを聞くのもな」という言葉がでかでかと書かれているかのようにばつの悪そうな様子で、

 

「比名子が半魚人と受肉の繋がりがあるっていうんならさ……ひょっとして、あいつの居場所もわかったりする?」

 

「え……」

 

 俯き加減に目を逸らし、頬を掻きながら美胡が問うた質問に、比名子が驚きの声と表情を見せる。

 先程話の脱線を憂慮して黙っていたのにあれだが、真希達の言っていた虎杖悠仁の話を深堀りするよりは汐莉の現状について話すほうが話の唐突さは無いだろう。美胡は自分で自分を納得させる。

 

「み、美胡ちゃん。それってどういうこと?」

 

「や、だって聞いて? あたし半魚人と一緒にこの結界内に入ったんだよ? そりゃクソみたいなワープシステムで別々になっちゃったけどさ、それにしたってあいつ音沙汰なさすぎない? 比名子があんな大ピンチだったのにさ!」

 

「こっちを見ながら話すな。どっちかって言うとあの戦いは終始比名子が優勢だったぞ……とはいえ、妙な話ではあるな」

 

 比名子を大ピンチに追いやった下手人真希を睨みつける美胡。その視線を煙たがりながら、真希は眉をひそめる。

 彼女の言う通りだ。比名子に対する汐莉への重すぎる感情は置いておいても、あれだけ派手にやり合い呪力をまき散らしていた比名子に気づかないなんてあるだろうか。

 

 比名子が汐莉達から消えたのが呪術覚醒直後で、比名子の呪力を知らなかった、というのは言い訳として立ちそうではあるが、汐莉は比名子と契約を交わした存在だ。

 何より、かつて汐莉は美胡に言った。――自らの血が入った比名子の居場所は大まかには感じ取れる、と。

 死滅回游の外からでは流石に感じ取れなかったようだが、同じ結界の中でなら――そう考え、美胡は比名子に質問したのだ。

 

「待って、違うの。そういうことを聞きたいんじゃなくて……」

 

「?」

 

「……その。汐莉さんって、美胡ちゃんと一緒にこの結界に侵入したの?」

 

 揺れ動く瞳に確かな戸惑いの色を映し、口に手を当てながら比名子は零す。

 質問の意図が分からない美胡は、困惑に伴って数度瞬きをしながら「え、うん」と肯定する。

 その言葉に比名子の戸惑いはさらに深まり、凝然と目が開かれる。まるで、自分と相手の認識に致命的な齟齬があったとでも言うかのように。

 

「……? 比名子、どうし――」

 

「美胡ちゃん、あのね」

 

 戸惑いの表情のまま、比名子の視線が美胡に向けられる。その反応の意味が、さっきから美胡は理解することができずにいる。

 

 そして、次の一言は美胡の思考を完全に真っ白にする衝撃を秘めていた。

 

 

 

「――――汐莉さん、この結界の中にいないよ……?」

 

 

 

 




本作は、わたたべにおける2学期の文化祭時にあざみが乱入せず、平平穏当に時間が流れ、ハロウィンに死滅回游が勃発したという設定です。

……自分で書いといてアレだけど、地獄か?
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