死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

14 / 22

今回も変態が変態です。
この手の変態、わたたべ世界に出現したらどうなるんだろ。


第13話 比名子、まともに取り合うな

 

 

「――虫の鎧か」

 

 比名子の「死累累湧軍」、冥冥の「神風(バードストライク)」の同時攻撃、その余波によって爆裂した石畳の破片と土煙からのっそりと現れる異形の姿。平安時代において名を馳せていたその武装を、美胡は忌々しげに睨め付ける。

 

 呪術全盛平安時代の強者。会津の片田舎より生まれ出で、その類稀なる呪いの才によって京の都に登用された女術師・万。今、彼女が身に纏う闘鎧は、燃費と効率の悪い生得術式である「構築術式」、その極地。

 海を渡る蝶や日に二十五里を飛び回る雀蜂のエネルギー効率。中には自重の何百倍もの重量を持ち上げる筋力、計り知れない咬合力、跳躍力、速度を発揮するものもいる昆虫。

 小さな体躯にそれほどの力を秘めているのならば、もしそれを人間サイズにまで拡張することができたら――そういった発想から編み出された万の戦闘スタイル「虫の鎧」。

 昆虫の持つ数多の生体機能を流用・特化させたこの闘鎧により、万は防御力のみならず、飛躍的な攻撃力・機動力の向上を果たした。

 

 呪具を生み出し繰り戦うといった通常の「構築術式」の運用法とかけ離れた、暴力的かつ豪快な戦術を振りかざす生粋の戦闘民族。それが、呪術師としての万について美胡が知る全てである。

 

「でも、別に無敵ってわけじゃない」

 

 腰を落としてあらゆる攻撃に油断なく構えている万、その鎧は全身に罅が入り、ジジジ、という電子音に似たノイズと共に修復されている。

 当然だ。比名子の式神も冥冥の烏撃も、下手な特級呪霊程度なら瞬時に打ち砕くことのできる威力。流石の平安強者といえど、いかに防御を固めても無傷とはいくまい。

 加えて先程の短い戦闘。あらかじめ生成されていた液体金属から美胡の手で引き剥がされた上、比名子と冥冥の追撃を凌ぎ切るためにとっさに追加生成する羽目になったせいで、決して無視できないレベルの呪力消費を強いられている。実際、顔は見えなくても荒い息を整えているのが見え見えだ。

 

 対してこちらは四人ともまだまだ余裕。間違いなく、追い込まれているのは万のほうだと断言できる。

 ――しかし、それでも、美胡は自分達の勝利を確信することができない。

 なぜなら――、

 

「……何だ、アレ……」

 

 万の纏う闘鎧、その背面に生えているいやにディティールの凝った翅。そのさらに後ろに顕現している、女としては長身の万と比べても一回り大きな黒い球体――それは、万に対する嫌悪感が高じて無駄に知識を集めてしまった美胡ですら、見たことも聞いたこともない術だ。

 鎧の罅が集中し、ノイズのような修復エフェクトが乱舞しているのは前側。おそらく後ろ側はあの球体によって防がれたのだろう。

 

「………………」

 

 初見の術に奇異の目を向ける美胡。彼女以上にその球体を警戒し、背筋に冷たい汗がつたっているのは、先程の攻撃を防がれた比名子だった。

 

 ――完全に斃せた手応えだった。

 

 四方八方に加え上方からも襲い掛かった、逃れようのない式神と烏の弾丸の嵐。あの硬い闘鎧であっても、一発二発は防がれたとしても、あれだけの数打ち込めば確実に破壊できるはずだった。

 ただし、万がこれらに対処できる可能性を少しでも減らすため、彼女の背後への攻撃密度を上げていたのは事実。しかしどうやら、それが裏目に出たらしい。

 

「――あの球体、()()()()()()()()()()()()

 

 幾十もの式神や「神風」が直撃したはずの球体は、それにもかかわらず悠然と形を保ち、罅の一つも入っていない。

 この球体を起点に何か術を発動した、とかいう単純な話ではない。誇張なく、自分達の術はソレに当たった瞬間、溶けるように、消え去った感覚がした。

 

 一瞬で棘が生えて刺し貫かれた。圧倒的な硬度で全て弾き返された。比名子や冥冥の攻撃はそこまでやわなものではないとはいえ、それでもそちらのほうが納得できる。

 万の持つ「構築術式」。美胡の話を聞く限りでは、生成した物質に呪具のような特殊効果を付与することはできない。それでも圧倒的な性能を持つ虫の鎧を生成する戦術に行きつくのは目を見張るものがあるが――それにしても、あの球体は「構築術式」の性能から逸脱しすぎている。

 

 比名子の想像を超えた拡張術式? あるいは、器である伏黒津美記の生得術式によるもの? 比名子の警戒がさらに深まっていく。

 再び膠着する戦況。それを俯瞰する万はふいに、「無駄に博識なあなたでも知らないのね」と口に出した。

 

「当然ね。コレは今まで宿儺にも見せたことがないもの……いいわ、教えてあげる」

 

(! 術式の開示……!)

 

 比名子が冥冥から教わった“縛り”の一種。手の内を相手に晒すリスクで術の性能を向上させる。

 通常であればなるべく阻止したい、呪い合いにおける常套手段。しかし今回はあの球体があまりに不気味すぎるため、比名子以外の三人も黙ってそれを聞いている。

 

「――これは「完全な球体」。完全、故に接地面積が存在しない。この意味が分かるかしら?」

 

 罅割れの修復が終わり、完全に元の形状を取り戻した「虫の鎧」。それに隠れて表情は見えないが、意地の悪い薄ら笑いを浮かべていることだけは透けて見える。

 ――拡張術式か、津美記の生得術式か。比名子の立てた予測は、どうやら前者で当たりだったようだ。

 万の口から語られた完全な球体「真球」の恐るべき性質、それを耳にした四者の間に戦慄が走る。

 

 意味は、分かる。これは呪術ではなく、簡単な理科の問題。

 接地面積が存在しない、ということは単位面積当たりの力――圧力は、無限大に大きくなるということ。呪術戦に当てはめれば、いかな呪力防御をもってしても、あの大きな球体が触れた瞬間に物理的に消滅することを意味する。

 比名子の式神も冥冥の「神風(バードストライク)」も通用しなかった、単純明快なその原理。

 

 呪力から物質を生成するだけの術式がこれほどまでに発展するのかと、呪いというものの拡張性に比名子は改めて驚きを覚える。

 警戒に目を細める比名子達と対照的に、万は得意げに「ふふん」と鼻を鳴らした。

 

「見られたことに感謝なさい。コレは私の宿儺へのハートそのもの。宿儺に愛を教えるための……そう! 本物の愛のカタチ!! 絶対的な強者!! それ故の孤独!! 彼に愛を教えるのは「聞くだに厄介な代物だな……私の「釈魂刀」で斬れるかやってみるか?」

 

 術式の開示をしているうちにまーたトリップしやがった万をガン無視し、小声で三人に提案するのは真希。

 術師の中に稀にいる独特なこだわりを持ったタイプは、自己中心的であるがゆえに精神的に崩しにくく、逆に自分のペースに相手を巻き込んでくる。万はその中でも極端だが、アレの空気感を完全にスルーできる真希の揺るがなさは術師としての適性が高い。

 なんてことを美胡が考えていると、真希の提案に対し比名子もまた小声で返す。

 

「……正直、かなり厳しいと思う。真希さんのその刀、多分物質の硬度を無視して魂を切り裂くっていう効果だよね。でもそれは、モノの()()まで無視できるとは思えない」

 

「刃が接触した瞬間、結局消滅しちまう可能性が高いってわけか……クソ。あの術式、鍛えたらここまで化けるんだな」

 

 手に握る釈魂刀に目を下ろしながら真希が呟く。

 彼女と戦っていた時を思い返す。あの時真希は、単なる呪具を超えた感情をその刀に向けていた気がした。ひょっとしたら、彼女には構築術式使いの知り合いがいて、釈魂刀はその人が生成したものなのかもしれない。

 とはいえ、今集中すべきは目の前の敵への対処。いまだに一人で盛り上がり続ける万への注意を怠らず、比名子は今度は美胡に話しかける。

 

「手足の部分獣化だなんて、汐莉さんみたい。美胡ちゃん、そんなこと出来たんだね」

 

「うええ!? やめてよあいつみたいだなんて……別に、あいつに出来ることがあたしに出来ないなんてないし*1

 

「その爪、あの人に通りそう?」

 

「……いやー、ぶっちゃけキツい。あいつカスの変態だけど、術式の精度だけはガチなのよ」

 

 虫の鎧を纏う主目的はエネルギー効率の良化。防御力の向上は言ってしまえば副産物なのだが、その精度すら超一級品。

 美胡が狐の姿に完全変化したとしても、その牙と爪があの肉の鎧を貫けるかは怪しい。

 

「なら、オマエは距離取って隠れといたほうがいいんじゃねぇか? 正直、不完全な時の私にあんだけいい様にやられるんじゃ、アイツは手に負えねぇだろ」

 

「アレはあたしが弱いんじゃなくて、お前が戦いにくすぎんの! お前があの身体能力を呪力で引き出してたなら、もっと戦いになってるから!」

 

 呪いから完全に脱却した真希の肉体特性。勿論その身体能力や五感の鋭さも驚異的だが、最も厄介なのは呪力が無いことによる気配の無さ・動きの読めなさだ。

 練達した術師や呪霊は敵の動きを呪力の流れから読む。それが全くない以上、例えるなら全ての攻撃が不意打ちのようなものだ。

 その上、美胡は数百年を呪いの世に生きる化け狐。長い時の果て、呪力を用いる敵との戦いに()()()()()ことが原因となり、動きを先読みできない真希の攻撃にいつまで経っても適応することができなかった。

 

「だから、アレに攻撃は通せないにしろ、介入できないわけじゃない。あたしはこれから冥冥と――」

 

「――の時、私を切り裂いた彼の斬撃の切なさと言ったら! ああ、あの孤独を独り占めしたい!! あなたの孤独は私だけのもの!! 宿儺を殺すのは、聞けやぁ!!!!

 

「えっあっえっ、その、ごめんなさい」

「比名子比名子、まともにアレの相手しちゃダメだから」

 

 さっきまで一人で頭のイってる妄想を垂れ流してたくせして急にこちらを怒鳴りつける変態(よろず)

 勢いが強すぎてまたしてもしどろもどろになりながら謝ってしまう比名子。彼女の呪いの才能は神懸かりだが、こういったスルースキルは落第だ。美胡は小さくため息を吐く。

 まあ、それは正直仕方がないだろう。そもそも比名子は呪いの世界に入って2週間。何より彼女の生来の気質があの濃すぎるキャラを無視できない。

 

「あーもうムカつくムカつくムカつく!! 宿儺との逢瀬を邪魔しただけじゃ飽き足らず、私達の愛の! 歴史を! 聞こうともしないだなんて! こんな屈辱他にある!? いーや無いわ!!」

 

「無駄な反語ヤメロ! ……あぁ、マジでこればっかりは宿儺に同情するわ……」

 

 千年前の生ける天災、極悪非道にして史上最強の呪いの王にすら憐れみを抱いてしまう変態(よろず)変態(よろず)さよ。正直もうほっといて帰りたい。

 だが――、

 

「逃がさないわよ、私達の恋路を阻む不埒者。そして彼と出会う最短経路……!!」

 

 忘れてはならない。比名子は羂索のクソ野郎が設定した、一殺100点の高価値目標(ハイスコアターゲット)

 奴の中で勝手に邪魔者扱いされていることも相まって、万は比名子に対し異常な執着を抱いている。

 自分が死ぬか、比名子が死ぬか。そのどちらかが達成されなければ、万は決して戦いをやめることはないだろう。美胡は改めて戦闘態勢を取り直した。

 

 一方、比名子は「んんっ」と咳払いし、万のペースに呑まれかけた意識を無理やり引き戻す。

 命を懸けた呪い合いに身を投じておきながら、相手のペースに容易く乱されてしまうのは我ながら情けない。比名子は頭の中で自嘲する。実際、これまでの2週間の中でもそういうケースは何度かあった。

 そんな時――、

 

『――君が君自身で命を絶つことも、他の者に命を委ねることも、私には耐えられませんからね』

 

 人魚・近江汐莉と交わした、いつか喰べてくれるという約束。それが嘘だと知って、生を望まれていることを知って、絶望したあの日。その果てに“縛り”とは似て非なる、血を媒介とした契りを結んだ、あの日。

 比名子が戦いの中、乱れた心の中に平静を取り戻そうとするときは、その日言われたその言葉を想起する。

 

 汐莉には、心の底から生きることを願われている。美胡も含め、自分は彼女達に愛されている。そんなことは分かっている。

 でも――それでも、どうしても比名子は「生きたくない」という思いを捨てられない。

 

 比名子の幸を心より望む優しい妖怪。そんな者に対して比名子は自らの殺害という残酷な渇欲を押し付ける、押し付け続ける。

 だからこそ、比名子は。数百年の時を生きた人食いの怪物よりも、何よりも自分がひとでなしだと分かっているから。

 

殺害(それ)はもう、先約済みです」

 

 せめて、汐莉と交わした契約だけは、反故にしたくない。

 ――改めて万を見据える。猛烈な殺意と憎悪を比名子に向ける彼女を見据え、言い切る。

 

「私の命を絶対的に奪ってくれるもの――それは、貴女じゃない」

 

「――ガキが」

 

 言い切った比名子の意思。その言葉を万は、呪術の最盛期を戦い抜いた自分への侮辱と受け取った。

 

「なめんじゃ、ないわよ!!」

 

 プライドが沸騰し、感情を極端化させた万が「真球」と共に突撃する。

 ――一級術師、数百年を生きる妖怪、天与の暴君、そして呪いに愛されし少女。これだけの面子がそろってなお一つのミスが即死に繋がる、平安の猛者との最悪の死闘が開戦した。

 

 

*1
実際できるかはわたたべ原作に書かれてないですが、できない理由もないと思うので本作ではできることにしました。




筆が乗りすぎて会話だけで1話終わった……
次回、第2ラウンドです。

感想・高評価・コメントをくれると万がさらに変態になるよ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。