死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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第14話 きっかけ

 

 

 ――――厄介だ。

 

 死滅回游が結界の一つ、本州の中では最西端の広島結界にて現在進行形で繰り広げられている、回游開始以来最大級の規模といって過言ではない戦い。

 万は、最愛の夫となる男との睦み合いを阻む憎き八百歳比名子とその一団と死闘を繰り広げる中、呪術全盛の平安時代において紛れもない猛者であった自分が予想を超えて苦戦を強いられていることに内心焦燥を覚えていた。

 

『振り落とされんなよ、冥冥!!』

 

「心配はいらないさ、君の背中は乗り心地良いよ」

 

 まずあの二人、千年を生きる妖怪・社美胡と一級術師冥冥。

 単体同士でなら、万にとっては物の数にも入らない。ケダモノの姿になっていようが美胡の呪力は大した量ではないし、冥冥はあの烏による突撃こそ危険だが、それ以外のステータスは軒並み万を下回る。

 

「けど、コイツらが手を組んだら話は別だわ」

 

 現在、美胡は獣臭い妖狐の姿に完全変化――正確には元の姿に戻ったのだろうが――し、その背中に冥冥を乗せて戦場を駆け回っている。

 完全な妖怪となった美胡の体躯は優に十数尺、それこそ象の大きさに匹敵する。ただでさえ柵を飛び越えるジャンプ力と小さな獲物を狩れる俊敏性を有す狐が巨躯と呪力を得ているのだから、その脚力はビル群を跳躍し踏破することすら容易。

 この戦場は建物の多い市街地。そこを縦に横にと駆け回られれば、万とて攻撃を当てるのは容易ではない。

 

 そして、その状態の美胡を冥冥が駆ることにより、機動力を十全に生かしている。

 万からすれば烏を飛ばす固定砲台に過ぎなかった冥冥。それが、美胡という名の乗り物を得ることで万の攻撃からの回避手段を獲得し、破壊困難な万能兵器と化しているわけだ。

 万の「虫の鎧」を削るだけの大砲が縦横無尽に動き回っている。鬱陶しいことこの上ない。

 

「とはいえ、この程度じゃまだ脅威とは言えない」

 

 かつて万が会津の片田舎から京の都へ取り立てられるきっかけとなった、藤原北家直属征伐部隊「五虚将」との戦いが脳裏に蘇る。

「五虚将」のメンバーの中にも、万を苦戦させるだけの敏捷性と攻撃力を両立させた兵がいた。

 そんな連中を複数相手にして尚勝利を収めたのだ。美胡と冥冥がタッグを組んだところで、本来ならば万の勝利は揺るがない。

 問題は――、

 

「――しっ!」

 

「――――ッ!!」

 

 背後。万の死角より放たれる超速の斬撃を、修羅場で培われた動物的本能により紙一重で躱す。

 そのまま一閃、二閃、三閃、目の前で閃く妖刀の刃をいなし、逸らし、躱し、かすり傷一つすら負わぬよう細心の注意を払って超級の剣技を打ち落とす。

 

 その妖刀「釈魂刀」の性能は平安時代より万の知るところだ。

 物質の硬度を無視して魂を切り裂く。少しでも刀が当たれば魂が切断され、かすり傷であってもそれが伝播するように肉体が断ち分かれる。ただしその効果を十二分に発揮するには、無生物の魂すら観測する目が必要になる。

 逆説的に言えば目が良くなければ「釈魂刀」は単なるバニラの呪具だが、この状況でそれを期待することほど万は馬鹿ではない。

 

「しかもこの女、呪力が()()()()! 天与呪縛にしたってこんな極端なの、平安にもいなかったわよ!?」

 

 一太刀一太刀に冷や汗をかきながら対処しなければならない、全身を醜い火傷後に覆われたその女は禪院真希。

 この女に刻まれた天与呪縛は、術式や呪力を持ち得たものが、その呪いを生まれつき捨て去ることで強大な膂力を得る“縛り”の一種だ。

 禪院真希はその極地――正真正銘の虚無、故に強大無比な筋力と頑健さ。しかも通常の天与呪縛であれば弱まるはずの呪いへの耐性が、完全なる呪いからの脱却により逆に強化されてしまっている。

 

 そして何よりも恐るべきは、呪力が無いことによる気配の無さ。

 百戦錬磨ゆえ当然身に着けている、呪力による気配察知。万ほどの術師ともなれば新幹線に乗る非術師の呪力の動きすら補足できるが、真希は素でその速度を上回っているうえ、磨き上げられた呪力探知精度に一切頼れない以上、回避と防御を動物的本能などという曖昧なものに頼らざるを得ないのだからたまったものではない。

 

「けど、アンタだって攻めきれるわけじゃないでしょ!?」

 

「ッ、クソッ!!」

 

 眼前に迫った釈魂刀の鋒、そこに万の生成した「真球」を近づけ、無理矢理距離を取らせる。

「真球」は触れたモノを消滅させる。断言はできないが、あらゆるものを切り裂ける釈魂刀もその例外ではないだろう。

 現に真希は真球と刀が接触するのを避けている。自分自身の回避行動も含め、真球が接近する度に大げさに離れてくれるおかげで万は随分戦いやすい。

 もし仮に万が真球を生成できなかったら、下手をすれば真希に膾切りにされていたかもしれない。それほどの難敵。

 

 真球と釈魂刀。互いに決め手はあるが、決め手が強すぎて二人とも攻めきれない。

 ならば、どうするか――能力で正面から打破するのではなく、心を揺さぶり生まれた隙をこじ開ける。

 

「――その刀、私と同じ「構築術式」で生まれたものよね」

 

「……あ?」

 

 万には、わかる。真希の操る得物は構築術式による「釈魂刀」のレプリカ。自身が構築術式の極致に至っているからこそ、肌で感じられる。

 ――そして、極致に至り、自分が認識できる物質をほぼ全て再現できるようになったからこそ、断言できる。構築術式では、特殊な効果を持った呪具は生成できないと。

 その構築術式で、釈魂刀という強力な呪具を再現できたということは――、

 

「“絶命の縛り”で生み出された。そうでしょ?」

 

「――――」

 

「真球からあれだけ大げさに距離を取ってるんだもの。大方その刀は大切な人の形見なんでしょう?」

 

 ――ご愁傷様ね。

 

 虫の鎧に遮られて表情は見えなくても、できる限り唇を歪める。

 そうして、刀の作者に対する真希の想いを踏みにじり、嘲弄し、嗤ってやれば――、

 

「死ね」

 

 ほら、釣れた。

 

 真希の口から小さく呪詛が零れた刹那、剛力と神速がふんだんに乗せられた超級の剣閃が、天空に揺らめく月すら割らんという勢いで落ちてくる。

 胸の奥底から突き上げる怒りのままの一撃、とはいえその若さにしてはよく感情が制御されている。感情が乗ったことによる斬撃のブレはごくわずか、瞬き程度に抑えられていた。

 ――しかし、その僅かなズレは、恐るべき呪いの世を生き抜いた猛者の中の猛者に対しては致命的だ。

 

「――――」

 

 眼前の出来事に、真希が目を見開く。

 致命を確信した必殺の振り下ろし、それが中途――虫の兜を二つに割る寸前で、生成された液体金属に刀の横腹を叩かれ、その軌道が大きく逸れる。

 衝撃に真希の体が大きく横に流れ、これ以上ないほどの無防備が万の前にさらされる。

 

 その真横に迫る真球。真希が使用する空の“面”を捉える技能であっても、このタイミングではこの攻撃は避けられまい。

 殺った。万が真希の命に届いたことに確かな手ごたえを感じた瞬間、

 

 

 ――その真横から、音速を超えて飛来する水の破壊光線が、万の闘鎧を貫いた。

 

 

「――――ッッッ!!」

 

 真球、その他生成した液体金属の操作を全て放棄し、全身全霊を「虫の鎧」の翅の羽ばたきに集中。

 ハチドリが如く高速で振動する翅によって自らの体を後方へ加速させ、水の一撃による被害を腹部の鎧の破壊および皮膚と腹筋の表層が抉れる程度に留める。

 

「……外した」

 

 音すらも置き去りにする超速の一撃を放った女。その目は万を睨み据えており、戦いの愉悦など一切感じさせない無表情で、ひたすらにこちらの命を狙っている。

 

「当たってんのよクソガキ。その目、この清らかな私の体に刻まれた傷も見えないワケ?」

 

「脇腹を貫通させるつもりでした。その程度は当たってると判断しません」

 

「本ッッッ当ムカつくわ、小娘の分際で……!!」

 

 ――八百歳比名子。

 

 羂索によって一殺100点の高価値目標(ハイスコアターゲット)に指定されておきながら結界内で2週間を生き抜き、280点もの大量得点を手にした術師。

 なぜ彼女だけが100点を付与されているのか、そも如何なる“縛り”で一人にのみ例外的に100点を付与したのか。羂索の意図も手段も不明だが、それでも万はこれだけはわかっていた。

 

「強い……!!」

 

 八百歳比名子の術式、おそらくそれは海に由来するものだ。

 呪いで生成された水、そして無尽蔵に生成される魚の式神。単一でも強力な術式として成り立ちうる能力を併用し、あまつさえ「赤血操術」の奥義「穿血」をより洗練した形で再現する、尋常ではない呪術センス。

 

 さらには高速で飛び回る真希と万、そして真球の間隙を縫い、正確無比に万の急所をぶち抜いてくる動体視力。これはただの目の良さだけでは説明がつかない。

 比名子は持っているのだ。万がついぞ持ち得なかった、宿儺と同じ、無生物の魂すら観測する目を。

 この事実は、おそらく同様の目を持っている真希ともども、万の殺意を増幅させる要因となっていた。

 

 そして、比名子を目下最大の脅威たらしめる理由はこれだけではない。

 万が比名子に向けて、真球を除く液体金属で作成した銛を打ち放ち、その細身を穿たんとする。

 対する比名子は「死累累湧軍」の式神をそれにぶつけてくる。重量と威力の備わった二種の攻撃が正面衝突し、轟音と共に相殺――されず、ぱしゃりという水が弾ける音と共に、何の抵抗もなく液体金属の銛が溶けて消え去る。

 

(やっぱり、この小娘……式神に反転術式をアウトプットさせている……!!)

 

 銛の形が崩れたのは、液体金属の制御が離れたから。

 比名子は美胡により共有された「構築術式」の情報から、液体金属は呪力により物性を安定させていることを見抜き、自身の反転術式で万の呪力を中和して消したのだ。

 行っていることは至極単純だが、

 

「一体、どんな呪力効率してんのよ……」

 

 反転術式は便利だが、呪力消費が半端ではない。より高度なアウトプットなら尚更だ。

 その上、使用している式神は反転術式による治癒を固有能力としているわけではない。すなわち式神の纏う反転術式は比名子の自前――万の攻撃の中和だけに使用するなど、普通の術師なら自殺行為だ。

 

 呪力の、底が見えない。こんな感覚、それこそ、愛しい彼と戦った時にしか――、

 

「――隙あり、です」

 

「ッ、クソ、小娘ェ!!」

 

 万の脳裏が宿儺への想いに割かれた隙を突いて、比名子が「死累累湧軍」を発動。現れたダツの式神が反転術式を纏い、万へと一直線に突撃する。

 

「まずはあの虫の鎧を剥がす」

 

 冷静に、冷徹に、比名子は戦略を構築する。

 攻防走飛、全て整った厄介な闘鎧。まずはアレを攻略しないと真希と比名子以外の攻撃がまともに通らない。

 故に多少の呪力消費を覚悟で、反転術式による中和で鎧を破壊しようとしたのだが、

 

「る、あぁぁぁぁッ!!」

 

 気合一喝、拳の乱打。目にも止まらぬ速さで繰り出された16連撃、万の眼前に迫りくるダツの口吻はその硬度を前に傷をつけることすら能わず粉砕され血飛沫を散らして消え去る。歴史の術師たる万は当然、武具の使用以外の徒手空拳の心得もあるようだった。

 彼女のやったことは単純明快、手甲のみ武装を解き、素手に呪力を纏わせてダツの群れを破壊した。ただそれだけ。

 

「呪力強化のリソースを反転術式に割いてるんだもの、ちょっと小突いただけで壊れるに決まってるじゃない」

 

「――――」

 

 虫の鎧の裏で嘲笑う万の言葉は正鵠を得ている。

 比名子自身はともかく、呪力と反転術式を高度に両立する技術を式神で再現することは今の比名子にはできない。

 比名子が近づいて正のエネルギーを流し込めば闘鎧を剥がせるだろうが、彼女の傍らには常に真球が旋回している。

 

 反転術式による虫の鎧の破壊は厳しい。ならば――、

 

「――真希さん、そこから離れて!!」

 

 真希が今まで聞いたことのない比名子の大声、それによる要請。

 彼女の術師としての実力を信頼している真希は、その声に即応して万の周囲を離脱する。

 次いで、

 

「冥冥さん!!」

 

 比名子とは反対方向、駆け回る美胡の背に乗る冥冥への呼びかけ。

 比名子と2週間の付き合いがある冥冥は、その意図をすぐに察したようで、

 

「――これで、いいのかな?」

 

 直後、比名子の体から生成された膨大な量の式神と、冥冥が招集した烏の大群が、万めがけて一斉に殺到する。

 

「~~~~~~~っっ!!!」

 

 四方八方上方下方から襲い掛かる尋常ではない魚、魚、烏。比名子達はおろか空すらも全く見えない程に視界を埋め尽くされ、呪力を纏ったこれらの啄みが万の闘鎧を破壊せんと欲する。

 

「なめてんじゃないわよ!!!」

 

 当然、黙ってやられる万ではない。彼女は自身を中心に、公転軌道を変えながら最高速で旋回させ、襲い来る式神と烏を瞬く間に破壊する。

 真球の隙間を通ってきたものは虫の鎧で弾く。罅も少し入るが術式でリカバリーが効く程度。何ら問題はない。

 ――だが、比名子の狙いは物量による圧殺ではない。文字通り、万の視界を塞ぐことだ。

 

 とん、とん、とん。真希の用いた空の“面”を捉える技術をラーニングした比名子は、万を覆う式神と烏の群れの直上まで駆け上がる。

 そのままそのはるか上、天空まで上昇した比名子は右の掌を万に向ける。肉体から式神を発生させる、「死累累湧軍」の発動体勢。

 顕現するは、

 

「――リードシクティス!!」

 

 約1億5000年前、後期ジュラ紀に生息していたとされる、生物史において史上最大の魚類。

 かつてはおよそ30mに達するとされたその体長は、現在では大幅に下方修正されてしまっている。――しかし、今比名子が召喚したそれは、まさにその類推された大きさそのままを再現した超巨大魚。

 そしてその式神には、巨躯にそぐうだけの体重も備わっていた。

 

「――――」

 

 大轟音。式神と烏の群れが爆砕し、衝撃の余波で周囲の建造物が倒壊、あるいは窓ガラスが破裂する惨事。

 圧倒的という言葉すら烏滸がましい超質量の肉塊の垂直落下は、広島の一角に常軌を逸した大破壊を引き起こす。

 万を覆っていた式神たち、その群れの高さすら上回る高度にまで噴煙が上がり、この場の全員の視界が灰色に覆われた。

 

「ぶは、げほ、ごほっ……」

 

 噴煙から這い出た万、その体に虫の鎧はない。リードシクティスによる超重の爆撃に完膚なきまでに破砕されてしまった。

 信じられないほどの威力に頭をくらつかせながらも、真球を近くに置くことは怠らない。だがその旋回速度は鈍く、虫の鎧の再生成の速度も鈍い。

 

 極限まで神経をとがらせ、万は辺りを探る。真希の不意打ちへの対応、他の3人の攻撃への対応、それらを両立するために限りない集中力で勘の力と呪力探知を尖らせる。

 一人はすぐに見つかった。大したことの無い呪力量。そしてその呪力の質から、その人物が冥冥だとすぐに当たりをつける。

 先程の飽和攻撃で烏を使い果たしたのだろうか。彼女は一羽の烏も傍になく、一人斧を構えて――、

 

 ――待て。では、彼女を背に乗せていた美胡はどこへ行った?

 

「おい、どこ見てんだ」

 

 不意に、真横から声がする。嫌悪感を隠そうともしない、ドスの効いた少女の声。

 ――人間態に戻り、噴煙の中呪力を抑えて接近した社美胡が、獣化した爪で万の急所を狙っている。

 

 そして、

 

「――隙あり、です!」

 

 さらにその反対、美胡と挟み撃ちを仕掛けるように、八百歳比名子が飛び掛かっている。

 左右。対処。回避。万の脳内に閃く思考の上澄み。しかしそのどれもが、術式発動の鈍くなった今の万では間に合わず――。

 

「これで――!!」

 

「もらったァ!!」

 

 ――格闘術に乏しい比名子の不格好な掌底。鋭く尖った美胡の爪撃。

 

 黒い火花が弾け飛び、万の頬骨と脇腹を穿ち抜いた。

 

 

 




次回、決着。

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