死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 昨日は体調不良で休載して申し訳ありませんでした。
 体の調子が良くなったので、お詫びも込めて本日更新します。

 もちろん明日も投稿しますよ。



第18話 嫌がらせ

 

 

 

 ――意識が、浮上する。

 

 深い、深い海の底に沈められていた感覚から、ゆっくりと水面へ引き上げられていくような覚醒。

 瞼の裏に張り付いた重さを振り払い、近江汐莉は緩慢に目を開く。

 

 ぼやけた視界の先に映り込んだのは見知らぬ灰色の空。鼻先を掠めるのは潮の匂いではなく、乾ききったアスファルトと埃の臭気。上体を起こして辺りを見渡せば、そこは自分の記憶に存在しない道路のど真ん中だった。

 路側帯には場違いにも古びたブラウン管テレビが置かれ、その背からは内臓を引きずり出したかのように何本ものケーブルが這い回る。そして、絶えず砂嵐を垂れ流す画面の下には据え置きのゲーム機。

 悪趣味な夢か何かだろうか。汐莉は己が目と脳を疑う。

 

「――おはよう、近江汐莉」

 

 軽く投げかけてられた挨拶に、汐莉の体が反射的に反応する。

 右腕が瞬時に鱗に覆われ、鋭利な爪を備えた異形へと変貌。そのまま地を裂く勢いで後方へ跳躍し、数m程度の距離を取ったところで視界に収めた声の主。その姿に汐莉は眉をひそめる。

 

 袈裟を纏った、男。

 整った塩顔、その額にはまるで頭蓋を一度開いて無理矢理縫合したかのような縫い目が走っている。

 自らを内側へ入れてくれた比名子、それ以外の人間の記憶など汐莉にはろくに存在しないが――その縫い目は、どうにも見覚えがある。

 

「……誰ですか」

 

「羂索。死滅回游を開催した術師だ」

 

 ビキリ、と汐莉のこめかみに青筋が浮かぶ。

 死滅回游の開催者。それすなわち、汐莉にとってこの世界において最も大切な存在――八百歳比名子を最悪の殺し合いに巻き込んだ、許しがたい、唾棄すべき外道である。

 

 今すぐ飛び掛かり、いやに脳裏に引っ掛かる縫い目もろとも引き裂いてやろうかという憤怒が胸を衝くが、すんでのところで思いとどまる。

 目の前の下種を八つ裂きにする前に、汐莉にはやらねばならないこと、聞かねばいけないことがある。

 

 自分の所業に怒りこそすれ、どうやら名前にはピンと来ていなさそうな様子に、その男・羂索は小さく肩を竦めた。

 

「そんな反応だろうとは思っていたよ。一度会ってはいるんだけどね……昔の君は何もかもに興味ないような感じだったし、覚えてなくて当然だ」

 

 あんまりな言い方をする羂索だが、汐莉はそれに対して憤慨する気は起こらない。

 実際汐莉は比名子以外、正確には比名子とそれに関わる事象以外には驚くほど執着が薄いのだから。

 

 羂索は気分を害した様子もなく、最初と変わらない穏やかな声で「もっとも」と続ける。

 

「私としても、死人のように生きていた君には興味も関心も無かったんだけど……彼女たっての希望でね」

 

 言いながら、羂索は背後に立っていた人間――年恰好十五、六程度の少女へ視線を流す。

 

 長い髪を後ろで束ね青い着物に赤い羽織を重ね、日傘を差したその姿。夜の匂いを纏った妖花のような危うい美しさを湛えた彼女。

 その少女は比名子に関わらぬ事象、その唯一の例外とも言える、汐莉がはっきりと記憶を残している人物であった。

 

「――あざみ」

 

「お久しぶり。元気そうね」

 

 掠れた声で名を呼ばれた少女はにこりと微笑み、穏やかな声音で返す。

 

 あざみ。かつて汐莉と共に暮らし、その礼にと己の肉を喰わせた少女。――そして、死にたくても死ねぬ不死の体を持て余し、長い生を際限なき汐莉への恨みの炎にくべ続けてきた存在。

 今の穏やかな挨拶だって、肌を刺すような憎悪が隠しきれていなかった。

 汐莉は無理矢理口元を持ち上げ、強気な笑みの表情となるように唇を歪ませる。

 

「……ここはどこですか。どうやって私を連れてきたんですか。私は、比名子を救いに行かねばならないのですが」

 

 焦燥を圧し潰そうとするあまり早口になってしまった言葉に、あざみはくすくすと嗤う。

 

「ここ? ここは羂索が呪霊の大群で墜とした東京の一角よ。で、ちょっと羂索に頼んでお前を攫ってきてもらったの」

 

「人遣いが荒いったらないよね、まったく」

 

 自分らが比名子から汐莉を引き離した下手人だ。そういけしゃあしゃあと宣うあざみと、横からぼやく羂索。

 この場の緊張感にそぐわぬ軽口の交わし合いに歯ぎしりしたくなるが、そんなものに意識を向けている余裕は今の汐莉に存在しない。

 汐莉は即座に次の問いをあざみに叩きつけた。

 

「私が侵入しようとしていた広島結界、あの場には狐の妖怪が居合わせたはずです。彼女はどうしました?」

 

 眼光鋭く突きつけられた質問。だが、あざみは自身の持ち合わせにそれへの回答が無く、きょとんとした様子で羂索に質問を投げ渡す。

 

「……どうなったの?」

 

「放ったらかし。私が結界に着いた頃には君達ちょうど侵入する寸前だったんだもん。慌てて近江汐莉だけ『反重力機構(アンチグラビティシステム)』……私の術式ね。それで引っ張ったわけ」

 

 いやー焦った焦った。手団扇でぱたぱたと顔を扇ぎながらさらりと告げられた内容に、汐莉の背筋が冷たくなる。

 

 比名子が自分の与り知らぬ場所で死ぬかもしれない――その想像だけで精神的に最悪の状態にあったとはいえ、それでも抵抗すら許されず拉致された事実が、羂索という男の実力と得体の知れなさを否応なく理解させていた。

 

「……それで、私を攫った理由は」

 

「嫌がらせ」

 

 問うた途端、あざみの口の形が三日月のような弧を描く。

 心底愉快そうに発せられたその一言、そこに込められた悪意はいっそのこと清々しいと言っても過言ではないほどで。

 

「大事な大事な比名子ちゃんと引き離されたまま、地獄みたいな殺し合いに巻き込まれてほしかった、それだけよ」

 

「……そうですか」

 

 乾いた言葉が喉から出た。

 自分に対するあざみの恨みも、自分に対しどういう末路を迎えてほしいのかも、汐莉には既に知れたコト。故に、今回のあざみの行動の動機も、汐莉にとっては容易く予想できたことだ。

 ――ただ、あまりにもくだらぬ理由で比名子と引き剥がされたことが、腹立たしくて、苛立たしくて、腸が煮えくり返るだけで。

 

「入る結界は東京第1結界ね。近いし」

 

 そこら辺を適当に見渡し、適当に目についた結界を適当に指差すあざみ。

 汐莉の苛立ちが極まり、腕の変容が顔にまで到達。眼窩に据えられるモノが眼球から悍ましい珊瑚へと置き換わる。

 

「……それを了承すると思いますか?」

 

「いいえ、別に」

 

 あざみはいつも汐莉が比名子に向けるような、にぱっという擬音が聞こえるような笑顔を浮かべる。汐莉を喜ばせるつもりなど毛ほども無い、灼けつくような悪意に満ちた揶揄いの感情の発露だ。

 敵意を全開に汐莉が提案を拒絶するのは、彼女とて予想がついていたのだろう。

 

 彼女は差していた日傘を畳み、近くのソファに立てかけ、格闘技の経験など皆無な素人丸出しの構えを取る。

 あざみは親指を折り畳んだ右手を汐莉に差し出し、残りの指先をクイクイと立てる。あからさまに、汐莉を挑発している。

 

「――決闘、しましょうか」

 

「……はい??」

 

 間の抜けた声が出た。

 

 いや待て、誰が? 誰に?

 

「お前が私に負ければ東京第1結界に行く。勝ったら広島結界に戻って比名子ちゃんを助ければいい。簡単な話でしょう?」

 

 提案の意味を脳内で嚙み砕く暇もなく、追撃のようにあざみが続ける。

 思考が一拍遅れて整理をし始めるが、整理すればするほどさらに意味が分からなくなる。

 

 策略? 揶揄い? はたまた気でも狂った? 何百年も汐莉を追い回し、その度に肉体をバラバラにされてきた過去を忘れたのか?

 あざみの思考が読めない汐莉は、混乱という言葉が蛆虫の形を取って頭の中を蠢動するような、気持ちの悪い感覚に襲われていた。

 

「――死滅回游はね、受肉した過去の術師と、術式に覚醒した一般人が参加する殺し合い」

 

 混乱する汐莉の様子を可笑しそうに笑いながら、あざみが唐突に殺戮遊戯の解説をし始める。

 そして、差し出されていた右手を自身の胸に置き、

 

「私は後者」

 

 ――ああ、成程。

 あざみの先程からの奇行、奇言、それら全てに合点がいった。

 

 要は、あざみは自分の力に驕っているのだ。

 昨日まで非力で矮小だった人間が、あの日を境に超常へと踏み込んだ。自分だけが特別になったかのような万能感に、頭の先までどっぷりと浸かっている。

 だから見えていないのだろう。自分が何ができるのか、何ができないのか。

 

 ――またとない、好機。

 

「――後ろの彼が加勢してくる、なんてことは無しですよ?」

 

 変形した腕がみきみきと嫌な音を立て、あざみのほうに向けられる。あざみは誘いに乗ってくれたことに、おっ、と嬉しそうな声を上げた。

 

 長く生き、相応に術師とも接敵してきたからわかる、あざみの実力。

 呪力量、および呪力の雑さ。それらから推し量るに、彼女の実力は三級術師かそれ以下。

 術師換算で一級相当である汐莉が負ける要素など微塵もありはしない。

 

「もちろん。何なら“縛り”を結んだっていいわ。羂索もいいでしょう?」

 

「ああ。好きにやってくれ」

 

 ぞんざいな返事を送り、ソファに座ってレトロゲームをし始める羂索。本当に彼は干渉する気など無いようだ。

 先程は虚勢のために無理矢理笑顔の形にした唇が、今度こそ喜悦に歪む。

 

「比名子、今行きますからね」

 

 この場に居合わせない比名子に、優しく声をかける。汐莉は自らの勝利を確信していた。

 

 

 

 

「ミンチよりひどいじゃないか」

 

 レトロゲームをしていると見せかけ、しっかりと決闘の動向を観察していた羂索が声を漏らす。

 そこには嫌悪も、悲嘆もない。ただ、無邪気な好奇心、その表れ。

 

 彼女が生来持ち合わせた術式。それが人魚の肉を喰い、不老不死となり果て、妖怪からも人間からも変質しきるのに起因して()が際限なく高まり続け、にもかかわらず脳の構造により今まで羽化する機会を得られなかったその術式。

 それが躍動する瞬間を見ていた時の羂索は、まさに白い画用紙の前でクレヨンを握りしめた幼子の心持ちだった。

 

 ただ、眼前に広がるのはそのような可愛らしい光景ではなく、およそ人の所業とは思えぬほど残酷で凄絶なものであったが。

 

「――――」

 

 ――近江汐莉は、羂索の言葉に違わぬ地獄のような有様を晒していた。

 全身の皮・筋繊維・骨や神経、それら全てがほぐされたか大気中に溶かされたかの如く世界から存在を無くし、立ち上がるよすがすら奪われ地面に斃れ伏す汐莉は()()()()()と言って差し支えないだろう。

 夥しい鮮血で池を作る汐莉に残された体内組織は、それこそ心臓を中心とした主要臓器、加えていくつかの消化器官のみ。いかな拷問吏や処刑人であろうと、人としての罪悪感や良心の痛みなどがあればまず踏み越えないであろう、その存在の尊厳すら粉々に踏み躙らんばかりの殺人――否、損壊ショー。

 ここまでの悪意に曝されてもなお生きているのだから、人魚とは大したものだ。

 

「ありがとう、羂索。本当にありがとう」

 

 これほどの残虐非道をやってのけたあざみの様子は、隠しようもなく上機嫌だ。

 頬を紅潮させ、肩を震わせ、耐えきれない笑みで唇を彩りながら、まるで長年胸につかえていたものが取れたかのような晴れやかな顔をしている。

 その口から絶え間なく溢れ出るのは、心の底から湧き出た感謝だ。

 

「私にこんな力をくれて。この醜くて、汚くて、憎たらしい人魚を、漸く地面に這いつくばらせることができた」

 

 うっとりとした声音。だが、そこに宿っているのは決して恋情などではない。

 積もりに積もった恨み、(しょう)()の極みをこの身に味わわせてくれた憎しみ、その全部が煮詰まって変質した、粘つくような執着だった。

 

 羂索はそんな彼女を横目で眺めながら小さく笑う。

 

「ここまでぐちゃぐちゃにするんなら、もう殺しちゃってよかったんじゃないの?」

 

「あら、ナンセンスなことを言うのね」

 

 即答。あざみは呆れたように片目を瞑り、立てた人差し指をちっちっちっ、と振る。

 数百年を生きる魔女にしては年恰好相応のジェスチャーだった。

 

「私はね、汐莉(コレ)にはとことん苦しんでほしいのよ。苦しんで、絶望して、血溜まりの中でのたうち回って……私が味わった痛みを、全て与えて、殺す」

 

 道路に転がるべちゃべちゃの汐莉(にくかい)を酷薄に見下ろし、あざみはまた、喜悦に唇を吊り上げる。

 

「こんな程度じゃ、全然足りないのよ」

 

 その笑顔は、復讐を終えた人間の者ではない。

 むしろ逆――漸く復讐を始められる位置へ辿り着いた人間の貌だった。

 

 人域を踏み越えた鬼畜の所業を為してなお更なる外道を求める女の嗤い顔に、羂索はため息を吐いた。

 

「……ま、私も君のやりたいことに口出しする気はないけどさ」

 

 言いながら羂索はしゃがみ込み、再生の“さ”の字もない汐莉を指差す。

 

「コレ、どうやって元に戻すの? これだけ損壊した肉体を復元させる反転術式なんて聞いたことないよ、私」

 

「あら、そのために消化器官と口を残してあるのよ。現代の食物は栄養価が高いから、適当に詰め込んでおけばそのうち再生するわ」

 

 返答はひどく雑だった。

 まるで風邪を引いた猫の世話でもしているような気軽さで、あざみはひらひらと手を振る。

 

「ほらエリカ、手伝ってー」

 

 呼びかけに応じるように、物陰から少女がひょこりと顔を出す。

 金髪で碧眼、全体的に洋装で身を包んだ彼女の姿は場違いなほど愛らしい。

 

 ――だからこそ、そんな少女達が損壊し切った肉塊の損壊し切った口を無理やりこじ開け、血に塗れながら食料をねじ込んでいく様はひどく悪夢じみていた。

 

 

--------

 

 

「――相手の力量を見誤り、無様に“縛り”を結ばされ、比名子からまんまと引き剝がされた。そんな役立たずの愚者が私です」

 

 虎杖と伏黒への話はそんな言葉で締められる。

 話すのに集中していた汐莉の意識が地下鉄の線路上へと引き戻され、肺に入り込む湿った空気と鉄臭さを改めて感じる。

 

 話し終わった汐莉は、ひどく自嘲するように笑っていた。

 短い間だが、ここまで関わってきた彼女に対して少し想像しにくい、棘のように痛々しい微笑み。

 

 その様子に、虎杖は思い切り顔を顰める。

 聞いているだけで胃が重くなる話だったが、何よりその出来事を()()()()()()として汐莉が認識していたからだ。

 なぜなら、

 

「オマエをミンチにできるレベルの化け物が、一見三級術師程度にしか見えない……それはまた、用心しようのない話だな」

 

 感情を表に出さず静かに情報を整理していた伏黒が、虎杖の考えていたことをそのまま話してくれた。

 

 近江汐莉は、強い。

 すでに一級術師に比するほどに力を得た虎杖と伏黒が同時にかかり、それで抑えきれるかどうかといったような実力者だ。

 その汐莉が為す術もなくズタズタにされるほど強大で、しかも大して実力があるようにも見えない、得体の知れない存在。

 そんなもの、呪術界においても対処できるものがどれほどいるというのだろう。接敵した時点で終わりの災害のような存在に虎杖は感じられた。

 

「しかも、性格は最悪だ」

 

 敵を排除するためでなく、嬲るために力を使う類の人間。

 そんな存在が羂索サイドについている。頭の痛くなる話に、伏黒の眉間に皺が溜まる。

 

「……羂索とはいずれことを構えなきゃならねぇ。奴やその周辺の情報はいくらあっても足りない。提供してくれて感謝するよ」

 

 ぶっきらぼうだが、それでも不倶戴天の怨敵と考えていた妖怪である汐莉にお礼の言葉を述べる伏黒。

 汐莉は術師にしては殊勝な態度に対する可笑しさ、虎杖は伏黒と汐莉の距離がわずかに近づいたことに対する顔のほころび、各々違った理由から笑みを浮かべた。

 

 ともあれ情報は整理され、伏黒達がこれから目指す目標が明確になる。

 前代未聞の呪術テロを引き起こせる最悪の呪詛師たる羂索に加え、実力が全く推測できない不老不死の女が敵サイドにいるのであれば――、

 

「やっぱ、五条先生の開放は絶対だよな……」

 

 虎杖の発言。それには伏黒も賛成だ。五条悟が居れば、死滅回游の平定など彼一人で事足りる。たとえ全てが未知数な不死身女がいようと、物の数にも入らないだろう。

 だが虎杖が開いた口は重く、その言葉も重苦しい。

 その理由は、今置かれた状況を考えれば明白だ。

 

「五条先生の封印――それを解く術式を持っているのが、天使だ」

 

「……それは、また」

 

 なんとも面倒くさい事態になっていると、汐莉の目が細められる。

 虎杖達と汐莉の間で情報共有する前段階で、現在天使が自分らを追って殺そうとしていることはすでに話している。

 器の自我を殺し沈める受肉はそれ自体が戒律に反する所業だと、天使はそう捉えていた。

 

「悠仁。君は確か器として強靭すぎるがゆえ、受肉体の意思を抑え込めているんでしたよね。それを天使に言えばいいのでは?」

 

「いや、受肉体は器から記憶を読み取る。受肉した奴が虎杖のように振舞っているって指摘されたら、俺達はそれに反論できねぇ」

 

――ぁぁぁああ――

 

「天使を打倒し、“縛り”で無理矢理従わせるのは?」

 

「……感情を抜きにしても、平安の猛者だぞ。しかも術式を無効化する術式持ちだ。相対したらまず確実にこっちが殺られる」

 

――ぁぁぁぁああああ――

 

「……それ、もう詰んでいるのでは?」

 

「そうなんだよなぁ~~……」

 

あああああああああ――――

 

「……? なんだ? どこかから声が――」

 

 

ああああああああああ――――!!!

 

 

 轟音。

 

 地下鉄の天井が勢いよく突き破られ、大量の瓦礫と粉塵を撒き散らしながら、一人の男が土下座の姿勢そのままで降ってくる。

 下げられた頭の角度、両腕を折り曲げる角度、落ちてくる勢い。体の片側だけ半裸という変ちきりんな恰好をしたその男の土下座芸は妙に完成されていて、意味不明なのになぜか圧倒される迫力があった。

 

(美しい。本気の土下座ですね。私がこの域に達したのは20代後半………………………………いや私は何を分析しているんですか)

 

 汐莉が脳内で我に返っていると、その男――髙羽文彦が、額を地面に擦りつけたまま叫ぶ。

 

「ごめーーーーーーん!!」

 

 その声には、芸人らしい誇張よりも先に、大人らしくもない本気の悔しさが滲んでいた。

 

「何もできなかった!! ルールが追加されて、恩人が疑われて、若いヤツが笑顔失ってんのに!! 俺、何もできなかった!! 虎杖ともちゃんと話してねぇ、伏黒の姉ちゃんだって天使の力で助かるかもしれねぇ、できることやり尽くしたわけじゃねぇのに!」

 

 喉が裂けそうなほどの叫びだった。

 怒鳴っているはずなのに、悔しさも、焦りも、置いていかれた無力感も、全部まとめて吐き出している声。

 

「死ぬ必要のないルールを追加してくれた虎杖も! 姉ちゃんを助けたいって必死になってる伏黒も! 悪者じゃねえだろ!! ――俺が芸人になろうとしたきっかけみたいに、オマエらのことも、ちゃんとわかってほしいんだよ!!」

 

 感情のままに重ねられた言葉はぐちゃぐちゃで、綺麗に整理なんてされていない。理屈として並べるには穴だらけで、勢いだけで繋がっているようなものだ。

 

 それはなんとも、青臭い理想論。夢と希望の詰め込まれた、呪いの世界では鼻で嗤われてもおかしくない綺麗事。

 でも、なぜだろう――みっともなく頭を下げて懇願する髙羽の言葉を、その場の誰も否定できない。

 

 虎杖も、伏黒も、汐莉も。

 

 そして、天井の穴から降りてきた天使と華でさえも。

 

「だってのにオマエら全員、『もう全部手遅れです』みたいなツラしやがって! 子宮に笑顔を忘れたみたいな顔されるのが、俺には我慢ならねぇ!!」

 

 顔を上げ、びしぃっ! と全員を指さす髙羽。

 彼らの顔にはいつの間にか(汐莉も含めて)マジックで「手遅れ」「ムリぽ」と書かれている。

 

「だから!!」

 

 髙羽が勢いよく立ち上がる。

 舞台も照明もない地下鉄のど真ん中で、スポットライトを浴びる芸人みたいに胸を張って――、

 

「この場にいる全員、胃袋吐くまで笑わせてやる!! それが俺のお笑いだ!!」

 

 ――腹の底から、啖呵を切った。

 

 

 




 わたたべ・呪術の全キャラを通して、本作で圧倒的な強化を受けているのは比名子とあざみだけです (あざみに至っては術式も作者オリジナルです)。
 その他のキャラの強さは原作通りか、原作の描写から少し解釈を広げた程度に留めるつもりです。
 ただ、わたたべキャラと呪術キャラの強さ関係はどうしても作者の解釈が関わってしまうのでご容赦を。

 次回、髙羽ワールド展開。果たして自分に書けるのか……

 感想・高評価をくれると作者のモチベが際限なく上がります。
 ………できればまたランキング上位に載りたいです(強欲)
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