死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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第2話 vs禪院真希

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し前、禪院真希が社美胡に襲い掛かる直前に遡る。

 

「邪魔を、するなぁ!!」

 

 真希の目の前には、数人の泳者に対し大暴れしている巨大な狐。

 泳者が炎を繰り出し、刀を振りかざし、それを狐が圧倒的な暴力で叩き潰していた。

 

 

 

 ――――自身と妹を迫害し尊厳を踏み躙り続けた己が生家・禪院家を滅ぼした真希。その次なる目標は、回游の平定。

 

 呪力から脱却し、結界を素通りできるようになった真希は現在、片っ端から結界内に侵入して攻撃的な泳者を排除しようとしていた。

 

「コガネ、アレも泳者か?」

 

「あ、あう、あ……」

 

 この呻き声はコガネではなく、先ほどから真希に引きずられている泳者の一人だ。

 覚醒型の泳者であり、人間の枠から外れた全能感に酔って非術師殺しを繰り返した挙句呪力を持たない真希に喧嘩を売った愚者。

 真希がこの男を生かしているのは慈悲ではなく、男に憑く死滅回游の窓口――式神「コガネ」を利用するためだ。

 

[ああ! 社美胡ってんだ!]

 

「アイツの情報を開示してくれ」

 

 コガネは瀕死の憑りつき先を完全に無視し、元気よく真希の質問に答える。

 続く真希の要請にも自身の体を変形させ、ホログラムとして狐の情報を表示する。

 

 

 

社美胡 得点 44 変更 00回

 

 

 

「端数4点。つまり最低4人の非術師殺し……悠仁が追加した点の譲渡のルールがあれば理論上は可能なんだろうが」

 

 だとしても、44点という中途半端な点数にする意味は皆無に等しい。

 考えられるとすれば、奴は非敵対的な術師に飼い慣らされており、泳者を助けるために術師の命令で点を差し出した――それはない、真希は自らの考えを否定する。

 

「泳者を結界に閉じ込めるには、“自ら望んで入る”ことが重要――天元様が言ってたな」

 

 それを踏まえると、社美胡自身が泳者として存在するならば、奴は自らの意志で結界内に侵入していなければならないことを意味する。それは、主人となる術師の意思が介入していては成し得ないことだろう。

 奴は自ら望んで結界に入り、自ら望んで人を殺したのだ。

 

「アレは、里香とは違う」

 

 落胆は無い。最初から呪霊に――正確には妖怪だが――期待もしていない。

 死した妹の形見「釈魂刀」のレプリカを構え、真希は社美胡に突撃していった。

 

 

--------

 

 ――そして、現在。

 

 

「術式開放――『死累累湧軍』」

 

 曇り空の下で小雨を確かめるかのように空に向けられた掌から、大きな魚――否、魚型の式神が出現する。

 禪院真希は改めて確信する。彼女の持つ術式は、あの渋谷事変で激突した特級呪霊「陀艮」の持っていた非常に強力なソレと同じであると。

 

「高価値目標、か……」

 

 

 ――イレギュラー、八百歳比名子。

 

 死滅回游における総則、その追加に必要な100点を一度で手に入れられる特別ルールを付与されながら、混迷を極める広島結界に初日から突入。

 そこからおよそ2週間の間単身で生き延び、点狙いで殺到する術師や自身の体質に寄せられる呪霊、妖怪を返り討ちにし続けた結果、所持得点は180点にも昇る。

 

 先ほどの式神の矢のような突撃を受けた感じ、術式の出力は陀艮を優に上回る。

 強力な術式が、強力な術師の手にある。ここまで生存していたのも納得だ。

 

「……その式神、やっぱダツか?」

 

「刀を持った人と、近づいて戦うのは嫌なので」

 

 比名子の掌からずるりずるりと次々生えるのは全長1m程度、細身で口先の尖った魚、ダツの式神。

 ソレらはあっという間に比名子の背後を覆い、その鋒の全てが真希へと向けられる。

 

 殺し合いが始まる直前、張り詰める空気。刀を構える真希の足がじり、と動く。

 

 ――かさりと、木の葉の落ちる音がした。

 

 

 

--------

 

 

 

「――――――――っ!!」

 

 その直後、真希は蹴り足を爆発。そこから瞬きの間でそこに在った距離が消滅し、真希の一閃が比名子を両断する寸前で刀と式神が激突、生じた金属音が世界を劈く。

 息つく間もなく二閃、三閃、四閃、五閃六閃七閃。超速の数秒間に無数の火花と銀閃が敷き詰められて比名子の視界を白く染める。

 

 

 ――死滅回游内で美胡が手をかけた9()()()()()

 どれも自身の力に驕った命知らずだった。

 

 例えば、今の光景を見ているものが彼らであれば、二人が何をしているか一切合切視界に写せず絶望していたかもしれない。

 

「……………………ッ」

 

 この場にいる、すでに人間の姿に戻った美胡は辛うじて戦いの推移を追うことができていたが、それでも二人の技の冴えに絶句している。

 

 ――特に、さっき自分が劣勢を強いられていた真希の剣術と互角以上に渡り合う比名子に対して。

 

「比名子……あんた、いつ、そんな実力を……」

 

 ⋯⋯違う。本当はわかっている。美胡と半魚人が馬鹿みたいに住処の周りを探し回っていた間、そこしか考えられない。

 その時点で比名子はすでに結界の中にいて、際限なく湧く術師や妖怪共と戦って、実力を高めていたのだ。

 

 美胡の胸中を支配していたのは、比名子をそんな危険地帯に一人にしてしまった自らの不甲斐なさ――ではない。

 そこにあったのは驚愕。自分達が見ていなかったわずかな時期にそれほどまでに実力を伸ばしていたこと。

 

 ――――――たった2週間前にあたし達の領分に入り込んで、あの女相手に大立ち回りできるレベルまで強くなる? あり得ないでしょ…………!

 

 呪術師の成長曲線というものは一定ではないとはいえ、流石にこれは常軌を逸している。こんな異次元の成長速度、それこそ平安時代のあの化け物の――、

 

「――ッ!? ヤバ……っ!!」

 

 我に返って状況を見ると、あれほど出現していたダツの群れを全て捌き切った真希が刀を振り上げているところだった。

 そのまま比名子の命脈を絶たんと、神速の一撃が首筋に叩き込まれ――、

 

「………チッ!」

 

 ――る寸前、刀と比名子の間に出現したのは呪力で生成された水だ。

 渋谷にて「陀艮」も使用していた水の防壁、それが刀の勢いを極限まで減衰させる。

 ……だが。

 

「オ、ッラァ!!」

 

 刀を振り下ろす最中に真希が腕に力を籠め、その剛力でもって水壁を打ち破る。

 殺されたスピードが力づくで加速され、再び取り戻した剣速は比名子の首を落とすには十分すぎるほどであった。

 

「――――はっ!!」

 

 はずだった。

 刀の刃先が喉元に近づいた瞬間、軽く膝を折り曲げた比名子が数m後方に跳躍。中りかけた剣閃が豪快に空振り、再び戦場に「チッ!」の舌打ちが響く。

 

「テメェ、割と動けんじゃねぇか!」

 

「近接が苦手なのは本当です」

 

 張り詰めた修羅場に凝縮された時間の中で交わされる二人の言葉は簡潔だ。しかし真希の言葉には苛立ちが、比名子の言葉には冷たさが込められていて、その温度は大きく異なる。

 飛び上がった比名子は、その冷たい雰囲気を保ちながら長袖のインナーを大きく捲る。

 

(……なんだ? 火傷痕……?)

 

 そこにあったのは右腕の途中から肩までを覆う、真希と同様の大きなケロイド。

 インナーの中にあったソレを何故今露出したのか、真希はかすかな疑問を抱く。

 

「ここから出てきた子は、皆強いんです」

 

 その言葉の直後、ケロイド部分から小さな丸い物体がゴロゴロと排出される。

 ソレらは丸いだけでなく、全体が鋭い棘で覆われている――この式神のモチーフ元はすぐに理解できた。

 

「――針千本!!」

 

 目を見開き、真希は即座に防御態勢をとる。比名子はすでに自身と美胡の周りを水壁で覆っている。

 この状況で出てくる式神だ。まず間違いなくただ膨らんで棘が生えているフグ目の魚、という程度で終わりではないだろう。おそらくこの式神の能力は――、

 

「ボン」

 

 比名子が言った直後、ソレら全てが炸裂。

 大轟音と共に無数の針が飛散する。

 

「ぐ、っ……!!」

 

 聴覚の高い真希の耳が潰れそうなほどの威力。

 しかし彼女は後ろに飛んで和らげ、飛び散る針は残らず切り払った。

 

(凌いだ! このまま……)

 

 追撃を試みる。そう判断した思考、肉体、そのすべてが硬直する。

 

 

 ――――――このまま進んだら死ぬ。

 

 

 強化された鋼の肉体、生半可な攻撃は容易く弾く肉体、その細胞全てが「回避せよ」と警戒の声を上げる。

 爆裂の粉塵で霞む視界の先。体感時間が凝縮される中、いまだ中空にいる比名子の姿の輪郭が見える。

 

 ――手を合わせ、指先を向けるポーズ。

 

 見覚えがある。否、実際に見た訳ではないが、同じ御三家の末端だった存在として、知識としては知っている。

 それは、圧縮した血液を一点から解放し撃ち出す技。

 呪力強化によりその初速が音速を超える、呪術界御三家、その相伝術式の奥義。

 

「か」

 

 地から足を離し、山勘頼りに射線を刀で塞ぎ、それでもなお体を突き抜ける衝撃に苦悶の声が漏れる。

 

 ――それはまさしく加茂家相伝・赤血操術奥義「穿血」。

 

 無論、比名子はそれを実際に見てなどいない。

 

 ただ、結界での戦いの中、呪力の水を用いた戦法を発展させた結果「穿血」の再現に行きついたに過ぎないのだ。

 

 ――だが、比名子の掌の中の液体は、赤血操術師ですら比較にならないほどの圧縮率。

 

「~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 ――呪力の水による「穿血」、その最大速度はマッハ3。

 

 その威力を真正面から受けた真希は、一瞬ではるか遠くまで――建物に掠り、あるいはぶち抜き、なおも止まらず吹き飛ばされた。

 

--------

 

 ふぅ、と、比名子は深く息を吐く。

 

 最大の危機がひとまず去り、とりあえずはこの場の安全が確保された。

 

「…………比名子…………」

 

 力ない言葉に振り向いたら、血塗れで地に倒れ伏す親友の姿。

 

「美胡ちゃん、大丈夫?」

 

「――――大丈夫なわけ、ないでしょ、馬鹿……!!」

 

 爪が剥がれるほど地面を掻きむしり、唇を噛んで口の端から血を流す美胡。

 ――心配させないよう、努めていつもの調子で言ったのは逆効果だった、比名子はそう自省した。

 

 

 

 

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