死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 ノリと勢いだけで書いた髙羽ワールドが何であんなにウケるんですか(震)
 またやって欲しいの声が多すぎる……書くの? アレを? あんなに頭壊れそうだったのに?

 ……………………。
 ………………………………。

 ……じゃあ、日間最高順位の25位を超えれたらやります(縛り)


第20話 望まぬ――

 

 

 

 ――望んでいた。

 

 近江汐莉にとっての全て。

 世界で唯一、絶対に失いたくなかった存在。

 1秒でも長く生きてほしくて、誰よりも幸福でいてほしくて、そのためなら他の全てが壊れても構わないと、そう本気で思えてしまうほどに大切な少女。

 

 だから汐莉は、望んでいた。

 

 誰を殺そうと。

 どれほど血を流そうと。

 一秒でも早く、八百歳比名子に再び逢うことを。

 

 けれど――ああ、けれど。

 

 汐莉にとっては、それと同じくらい。

 その瞬間は、望まぬものだった。

 

 だって、遭ってしまえば。

 顔を見てしまえば。

 分かってしまうからだ。

 

 自分が、もう――

 

 

--------

 

 

 ――どれほどの時間が流れたのだろう。

 

 病院の屋上。吹き抜ける風。遠くで鳴る瓦礫が崩落する耳障りな音。

 

 それら全てが遠ざかって、世界から音という音が消え失せたような錯覚の中で、八百歳比名子と近江汐莉は、ただ互いだけを見つめていた。

 

 視線が絡んだ瞬間から、二人は互いの姿しか見えていない。

 意識の全てが目の前の相手へ向いていて、それ以外の感覚が薄膜越しのものみたいに曖昧になっていく。

 

 そしてそれは、二人以外にとっても同じだった。

 比名子を知る者。汐莉を知る者。二人の事情を知る者も、何一つ知らない者でさえも――誰も、口を挟めない。

 

 神話の一幕でも見せつけられているかのような、現実感の欠落した空気。

 数秒なのか数時間なのか、それすら曖昧な静止の中で、皆が二人から目を逸らせずにいる。

 

 やがて、

 

「「――――あの」」

 

 同時だった。

 

 比名子と汐莉、二人の声が、寸分違わず重なる。

 一瞬だけ、二人の目が丸くなる。

 止まった時間の中、同じような思考、同じような気遣いを経て、同じタイミングで声を出したのだ。

 

「「……あ」」

 

 また声が重なる。

 場面が違えば滑稽にも思えるその一致に、本来なら少しくらい笑えてもよさそうなものなのに――誰も笑えない。

 

 場に落ちる沈黙は、むしろさっきより痛々しかった。

 

 ――その沈黙を破るか細い声が一つ、比名子の後ろから響く。

 

「………………め、ぐみ…………」

 

 消え入りそうなほど小さいのに、不思議なくらいはっきり耳に届く声。

 伏黒恵が、弾かれたように屋上の扉を見る。

 

「――津美記」

 

 階下へ続く扉の前。

 そこには、壁に縋るように立つ津美記の姿があった。

 顔色は白く、呼吸は浅い。彼女はまともに立っていることすら辛そうで、今にも倒れてしまいそうで。

 

「あ……」

 

 はっとした表情で、自分の後ろにまで来ていた津美記を見る比名子。

 万に魂を沈められていた都合、彼女が本当に意識を覚醒させたのはまさに直前。それどころか、比名子が屋上に来る前まで津美記は昏睡していた。

 

「だ、駄目です、津美記さん。起きたばかりなのにそんな無茶しちゃ……」

 

「ごめん、ね。でも、恵が、来た気が、したから……」

 

 窘める比名子に謝罪と弁明を返す津美記。無理矢理歩いてきた疲労と寝たきりだった衰えのせいで、言葉がたどたどしい。

 壁から離れて自力で立とうとして、よろけて倒れそうになった所を比名子に支えられる。

 比名子の手を借りて何とか立ち上がる津美記は、弱弱しく、しかしまっすぐ伏黒を見つめる。

 

「――私、今までずっと、悪い人に体を乗っ取られてたんだ」

 

 津美記の声は掠れている。

 喉が潰れているわけではない。ただ、長い悪夢の底から無理やり引き上げられた人間だけが持つ、生々しい疲弊が滲んでいた。

 

「……縛られてプールに落とされて、溺れてるのに何もできなくて、ただ水面の上を眺めるしかできないみたいな、ずっとそんな感じで……」

 

「――――」

 

 比喩なのだろう。

 けれど、その語り口があまりにも切実で、まるで本当に深海へ沈められていた人間が話しているようで。

 

 手を伸ばしても届かない、ただ自分だけが取り残されていく感覚をずっと味わっていた。

 そう言われて、伏黒は二の句を告げなくなってしまう。

 

「あの人が私を真似て恵と話してるところも、騙してるところも、ずっと見てたのに……何も、できなくて……」

 

 声が崩れる。

 津美記は泣くのを我慢していた。今までずっと自分を心配していた弟を、これ以上心配させたくなかったから。

 けれど――、

 

「ごめんね……!!」

 

 堪え切れずぽろぽろと涙を流し、悲壮に、痛切に、身を切るように謝る津美記。

 被害者でしかない彼女が。一番傷つけられていたはずの彼女が。それでもなお、自分を責めて、伏黒へ謝罪している――その事実は、彼女の善性をこれ以上なく表していた。

 

 その場の誰もが感じている。

 今ここにいる彼女は、千年前から蘇った怪物なんかじゃない。

 優しくて。弱くて。

 大切な弟を傷つけてしまったことに胸を痛めている、ただの少女だ。

 

 ――それでも。

 

「…………」

 

 それでも、伏黒は、目の前の彼女が本当に彼女なのか、信じ切れていない。

 津美記に寄生していた万は悪趣味で自分勝手だが、それでも呪術全盛の日本を生きてきた猛者だ。嘘で人を騙す技能を極めていることなど至極当然のこと。

 ゆえに伏黒も東京第1結界に入る前、津美記に擬態する万と接触した際、彼女を見抜くことができなかった。

 

 万は、自分を完璧に騙した。

 なら今目の前にいる津美記も、また偽物なのではないか。

 その疑念が、喉に刺さった骨のように抜けない。

 

「――大丈夫だ、恵」

 

 津美記の言葉を信じていいか悩み、憔悴していく伏黒に、真希が力強く声をかける。

 今にも崩れ落ちそうになっていた伏黒の思考を、無理やり現実へ引き戻すような声音。

 

「……真希、さん」

 

「そこにいるのは間違いなくオマエの姉ちゃんだよ――中にいた万を、比名子が叩き出したんだ」

 

 その言葉に、伏黒は顔をゆるゆると比名子に向ける。

 比名子は伏黒の視線にこくりと頷いた。

 

「受肉している人なら、魂の輪郭を知覚できることがあるらしいの。私もそれが出来るから……それを利用して、津美記さんと万の魂の境界を攻撃したの。万は強かったから、それだけ強い攻撃を当てなきゃいけなかったけど……」

 

 でも、攻撃と同時に反転術式で傷を癒したから、津美記さんの体はどこも痛んでないと思うよ。そういって比名子は、少しだけ困ったように笑う。

 

「……それ、もしかして、俺が真人に攻撃を通せたのと同じ……?」

 

 比名子の使用したという技法は伏黒には見当もつかない内容だったが、虎杖は心当たりがあるようだ。

 疑いを晴らせぬ伏黒の心に、信を置く人たちの言葉が積み重なっていく。

 

 ――信じても、いいのだろうか。

 

「どうしても信じ切れないなら、コガネに情報を提示させるといい」

 

 張り詰めていた空気へ、一本の細い針を通すみたいな声音が差し込まれる。

 冥冥が簾のような長い前髪をかき上げ、穏やかで、まるで怯えた子供に道を教えるように語りかけた。

 

「泳者情報は、少なくとも死滅回游のルールに準じて表示される。そこに書かれている内容までは、流石に嘘を吐けないだろうさ」

 

 促されるまま、伏黒はコガネを呼び出し。震える声で命じる。

 泳者 伏黒津美記の情報を出せと。

 

 そこに表示された文字は――、

 

 

 

伏黒津美記 得点 00 変更 00回

 

 

 

 そこに、以前存在したはずの文字はない。

 (受肉) ――その表記だけが、綺麗さっぱり消えていた。

 

 ――伏黒津美記は、受肉体ではない。

 その、何よりの証拠である。

 

「…………………津美記」

 

「……うん」

 

「……本当に、津美記なのか」

 

「うん」

 

 ずっとたどたどしかった津美記の言葉。それでも、その返事だけは、力強い言葉だった。

 

「私は津美記。伏黒津美記。……私のために頑張ってくれて、ありがとう。恵」

 

「――ぁ」

 

 一度は途切れかけた、伏黒の戦う目的。絶望しかけ、それでも微かに残った希望にみっともなく縋りついた。そうしなきゃ、すぐにでも心が折れてしまうから。

 そうやって無様に、情けなく、蜘蛛の糸にしがみつくように、か細い願いを信じて、信じて……今、それが報われる。

 

 ――込み上げるものを押し殺せない。伏黒は唇を噛む。

 泣くつもりなんてなかった。こんなところで感情を崩すつもりなんてなかった。けれど、そんなもの、我慢できるはずがなかった。

 そして――、

 

「ありがとう……ございます……!!」

 

 伏黒は、比名子へ頭を下げた。

 床に膝をつけ、手をつけ、額を擦り付けて。

 津美記を救ってくれた少女へ、惜しみない感謝を込めて。

 

「そんな……いいよ。顔を上げて」

 

 頭を垂れ、全身全霊で感謝の念を示す伏黒に、比名子は慌てたように手を振る。

 

「――私は、助けられそうだったから助けただけだよ。もし私に力がなかったら、津美記さんごと万を殺してたかもしれないし……だから、そんなに感謝されるようなことじゃないよ」

 

 その気遣いが、その優しさが、そんなふうに他人を思いやれる人間が、この呪いの世界において、どれほど貴重だろう。どれほど、価値のあることだろう。

 伏黒恵が死んでほしくないと願う、疑いようのない善人。

 八百歳比名子もまた、その一人であった。

 

「――比名子」

 

 ふと、汐莉がいつの間にか比名子のすぐ横まで歩いてきていることに気づく。

 

「……汐莉さん?」

 

 俯いた汐莉。彼女が十歳程度の少女の形をとっているのもあって、比名子は彼女の顔をうかがえない。

 

 ――ばき、ぼき、ぐしゃり。

 

 不快な音。

 骨が軋み、肉が捻じれ、身体が無理やり組み替えられていく。

 幼い姿から、元の女子高生の姿へ。その変貌は、生理的嫌悪を直接撫で回すようなおぞましさを伴っていた。

 汐莉を知らない者達が息を呑むけれど、当の本人はそんな視線をまるで意識していない。

 

 いや――今の彼女には、周囲など何も見えていなかった。

 

「どうし――」

 

 比名子が声をかけようとした瞬間――人魚の形に戻した右腕、その長い爪が、比名子の首目掛け振り下ろされていた。

 

「――!?」

 

 加減などなく、故に速く、鋭く、躊躇がない致命の一撃。鉄も石も区別なく引き裂く、人外の膂力と精度を伴った斬撃。

 超速の爪撃によるあまりに突然の凶行に、その場にいた全員の反応が遅れる。

 怒鳴り声を上げる者、止めようと手を伸ばす者、そのすべてが一拍遅れてしまう。

 

 ――だが、結果的に、その全てがいらぬ心配となった。

 

「――――ふ」

 

 眼前の光景に戦慄し、汐莉の口から渇いた笑いが出る。

 

 何のことはない。比名子は首と爪の間に腕を差し挟み、それで攻撃を防いだのだ。まるで落ちてきた小物を手で払うような、そんな気軽さで。

 凡百の術師ならば紙屑のように切り裂ける人魚の爪。それがこうも容易く、術式も何もなく、ただ呪力で強化した腕で。

 その腕には血が一切滲まず、かすり傷の一つもついていない。どころか、火傷隠しのための長袖の服すらほつれさせられない。あまりにも完璧な防御。

 

 汐莉を戦慄させたのは、比名子がいつ呪力で腕を覆ったのか、その流れすら知覚できなかったのもそうだ。

 どれだけ達人でも、呪力を巡らせる以上、僅かな揺らぎや気配は生じる。だが比名子にはそれがなかった。気づいた時には、そこに完成された防御が存在していた。

 呪力精度が、異次元すぎる。

 

「……どうしたの?」

 

 多少困惑しているとはいえ、比名子の反応は先程と何ら変わりない。

 強大であるはずの人魚による必殺の一撃が、微塵も心を揺るがしていない。まるで木陰を吹き抜けるそよ風のように、比名子の心にも体にも、何の痛痒も与えられない。

 今の比名子と汐莉の間には、とてつもなく巨大な実力差がある。もはや隔絶と言っても過言ではないそれを、爪越しに理解してしまう。

 

 目の前にいる少女は、もう、自分の知っている八百歳比名子ではない。

 

「…………強く、なりましたね、比名子」

 

「――――」

 

「……強くなって、しまったんですね、比名子」

 

 空気に溶けるように、人魚の腕が人間のそれに戻る。爪によるつかえが無くなり、汐莉の腕は力なく垂れ下がった。

 

 最初の言葉を強調するように、二言目を言い換える汐莉。

 その言葉は希望に満たされた伏黒とは正反対に、限りのない絶望に満たされている。

 

「――これほどまでに強くなってしまった君を」

 

「――っ、汐莉、さ、」

 

 次の言葉を言わせてはならない。比名子は咄嗟に止めようとしたが――、

 

 

 

「――どうやって、喰べろと言うんです?」

 

 

 

「…………ぅ」

 

 比名子の口からは小さな呻き声しか出ない。

 汐莉の言いたいことが、何を伝えたいのか、痛いほどわかるからだ。

 

 ――10年前、家族を事故で亡くしてから、比名子がずっと抱いてきた、望み。

 

 残酷で、優しくて、気まぐれに人を生かしたり殺したりできる、()()()()()()()()()()()()()、自分の命を()()()()()()()()()()()()

 

 比名子の命を奪うのは、比名子ではどうしようもないほど強大な存在でなければならないのだ。

 

 あの時――雨の降りしきる海辺で、比名子を喰べる“契り”を結んだあの時なら、汐莉は()()だった。

 

 ――でも、今は。

 

「……あの時と、立場が逆転しましたね」

 

 

 

 ――汐莉は望んでいた。

 誰を何人殺そうと、一秒でも早く、八百歳比名子にまた逢うことを。

 

 けれどそれは、汐莉にとっては同じくらい、望まぬものだった。

 だって、顔を合わせたら、分かってしまうから。自分がもう、比名子にとって、どうしようもなく弱い存在であることが。

 

 1秒でも長く生きてほしいという、自分の願いも叶えられず。

 

 ――そして比名子の望みすらも、最早叶えられぬということが。

 

 

 

「……君が2週間以上を生き延び、280点なんて莫大な点数を獲得している時点で、分かっていました」

 

 自嘲するように、一人ごちるように、ぽろぽろと言葉が漏れる。

 

 ばきり、と。

 

 心の折れる、音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「契」

 

 

 

 

「闊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――っ!!?」

 

 あまりにも、唐突な言葉だった。

 

 病院の屋上を満たしていた空気は、つい先ほどまで、確かに張り詰めていたはずなのに――その単語が響いた瞬間、世界そのものが別の位相へ滑り落ちたかのような錯覚が、その場にいた全員の背筋を冷やした。

 

 虎杖悠仁から発せられたはずの声なのに、その響きには生者の温度がなかった。

 冷たい、暗い、底なしの沼から響いてくるような、腐臭めいた悪意だけがそこにある。

 

「小僧との縛りでな。この1分間は誰を殺しても傷つけてもならんことになっている」

 

 顔と腕に刻まれた奇妙な文様。遭った時の印象とはかけ離れた邪悪な笑み。

 背格好は同じであるにもかかわらず、彼の口から出る音声は全く違う、低く悪辣な印象を受ける。耳に届いた瞬間、脳の奥を汚泥で撫で回されるような粘ついた不快感。

 

「――――っ!!」

 

 その存在の顕現に受けた衝撃、それによる思考停止から最初に起動した真希が、極限まで研ぎ澄まされた身体能力の全てを叩き込むように釈魂刀を振り下ろす。

 だが、

 

「クソッ!!」

 

 天与の暴君たる強大無比な真希の一撃を、ソレはいとも容易く躱す。

 その勢いに乗り、その場のほとんどが全く知覚できない速度まで加速。

 視線が追いついた頃には、もう結果だけがそこにあった。

 

「――汐莉さん!?」

 

 比名子の悲鳴。それと同時にはじめて、誰もが理解する。近江汐莉の襟首を掴んだソレが、すでに遥か上空へ跳躍していたことを。

 比名子や真希と同じ、空の“面”を捉え駆ける技法。汐莉の言葉と虎杖の異変、それらによって激しく動揺させられていた比名子は、その化け物の速度に対応することが出来なかった。

 

「――ぁ、ぐ……っ!!」

 

 風圧が肺を押し潰す。

 汐莉の体が、乱暴に宙へ引き摺られる。

 見る間に比名子達から引き離される汐莉。彼女は襟首を掴む手を振りほどこうと人魚の爪を繰り出そうとし――その手が止まる。

 

 ――ソレは、変色した自らの小指を、自ら噛みちぎっていた。

 

「ケヒッ……クックックッ」

 

 千切れた指を手に持ち替えながら、ソレは歪んだ、ねじくれた、異様な笑い声を上げる。

 

「つくづく!! 愚かな小僧だ!!」

 

 哄笑。

 ゲラゲラゲラと、本当にそんな擬音が聞こえてきそうなほど下品で禍々しい笑い声が、広島結界の空へ響き渡る。

 

「『誰も傷つけない』という縛りに――自分自身を入れていない!!」

 

 嗤う。

 嗤う。

 心の底から愉快そうに。

 

 己の器である虎杖悠仁、その致命的な解釈の穴を。

 善人ゆえの盲点を。

 その愚かさごと、嘲笑う。

 

「――っ、離、せ……!!」

 

 愉快極まりない様子で嗤い続けるその化け物から離れようと、汐莉は渾身の力で抵抗する。

 だが、全くびくともしない。掴まれた襟首が、まるで大地そのものに縫い付けられているみたいに動かない。

 呪力量が違うのか、その精度が違うのか。

 理由などどうでもいい。ただ一つ確かなのは、この怪物もまた、今の比名子と同類――近江汐莉では、どうやっても届かない絶対者であること。

 

「ん、ぐっ……!!」

 

 為す術なく、汐莉は口を開かれる。

 そして千切られた指が、汐莉の口の中に放り込まれ――

 

 

--------

 

 

 ――宿儺の指は、器となる人間を選ぶ。

 

 呪物となり、自らに無害の“縛り”を課してなお、時を経て呪いを寄せる化物。

 そんなモノを身に宿すならば、指に対してそれ相応の耐性が必要だ。

 例えば虎杖悠仁。例えば伏黒恵。彼らのような強靭無比な器としての強度を持った、千年に一度の逸材が取り込まない限りは、器となった存在は必ず死んでしまうのだ。

 

 ――では、もし。

 

 器となる者が、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()――

 

 

 

「――本来なら、伏黒恵の心が折れるのを待ちたかったのだがな」

 

 長い髪。華奢な四肢。紛うことなき女性の体。しかしその喉から出るのは、それらとは不釣り合い極まる男の声。

 地獄の底で煮え滾る泥を、そのまま喉へ流し込んだような邪悪な響き。

 

「望まぬ受肉ではあったが……これはこれで、悪くない」

 

 ゆっくりと。

 

 ソレが、振り返る。

 

 その顔に浮かぶ笑みは、あまりにも禍々しかった。

 

「面白いものは、見られたか?」

 

 ――呪いの王、両面宿儺。

 

 千年前、呪術全盛の時代を蹂躙した絶対悪。

 その怪物が今、死滅回游の結界へ降り立つ。

 

「小僧」

 

 ――不老不死の、人魚の肉体を手に入れて。

 

 

 




 今話のサブタイ、正式名称は『望まぬ受肉』です。

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