死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 基本的に勢いだけで書いてる本作ですが、当初思い描いてたプロットからすごい勢いでかけ離れていっていて、創作って難しいなと思うばかりの今日この頃。
 最終的な結末こそ動かすまいとしていますが、そこにどんな風に着陸するか作者でも想像つきません。
 こんな感じで進んでますが、皆様が応援してくれる限り書き続けます。最後までどうかよろしくお願いします。

 楽しんでくれたら感想・高評価いただけると嬉しいです。星10をいただけると狂喜します。


第23話 ヒナとあそぼ

 

 

 

「虎杖! おい! しっかりしろ!!」

 

 ――死滅回游、広島結界。悪意ある泳者が一掃され、助けを望んだ無辜の民が一纏まりに病院へと避難し、完全に戦いが終息したと断言できたはずの唯一の結界――そこで唐突に始まった終末的戦闘を気にするのを後回しにし、伏黒恵は病院の屋上にめり込んだ虎杖悠仁を心配する。

 

 一つ一つが理解を拒むほどに最悪の出来事が矢継ぎ早に押し寄せ、ようやく訪れた思考をまとめるための(いとま)。居合わせた面々の多くは虎杖を介抱しながらも、その時間を利用して情報を整理する。

 

 突然比名子に爪を立てた汐莉。少しの言葉を交わして何やら絶望したかと思えば、前触れもなく虎杖の裡から表層に現れる宿儺。止める間もなく汐莉を攫って遥か彼方まで遠ざかったかと思えば、次の瞬間こちらに現れた時には彼の紋様が汐莉に移っており――、

 

「――宿儺が、近江に受肉したんだ」

 

 口に手を当て、眉間に皺を溜める顰め面で考え事をする者たちの耳に届く絶望。

 宿儺に思い切り殴り飛ばされた虎杖が息を吹き返し、その口から零れる言葉は忸怩たる思いに満ちていて――その思いが決して欺瞞ではないとわかるほどに、その内容は悪夢そのもので。

 

「少年院の時、アイツに“縛り”を結ばされたんだ。条件満たしたら1分間体を明け渡せ、この“縛り”を結んだことは忘れろって……アイツはずっと、この時を狙ってたんだ。俺以外で宿儺の器になれる奴と俺が接触して、隙を突いて再受肉する瞬間を……!!」

 

 血反吐を吐くような声色で、文字通り血反吐を吐きながら話す虎杖。見ているだけで痛々しい有様だが、虎杖が辛そうにしているのはその痛みが原因ではない。

 彼は痛みでは止まらない。体を分解する凶悪な術式に蝕まれようと、物理的に肉体が破損しない限りパフォーマンスが落ちることはない。

 彼が動きを止めるのは決まって心の均衡、その土台を揺さぶられた時だ。

 

 呪術に触れて何日かの高校生(ガキ)が、呪いの王との知恵比べで勝てるはずがないというのに。

 己の力が及ばない範囲のことも全部自分のせいにして、一人で勝手に抱え込んで。そんなことをまた繰り返そうとする虎杖を見て、伏黒の口の中に苦いものが広がる。

 

「――宿儺が、半魚人に受肉した?」

 

 殺伐とした空気の中、凍り付いた少女の声が、不意にその場に滑り落ちる。

 そこにいる面々の多くが重苦しく考え事をする嫌な雰囲気の中においては場違いなほど虚ろな声は、伏黒の斜め横から聞こえてくる。

 未だ力の弛緩した虎杖の上半身を抱えたまま、伏黒は横目で少女――社美胡を見やる。

 

 彼女は激しく目を泳がせ、全身から脂汗を流しながら、血が垂れるほどにガリガリと親指を噛んでいる。「それはダメだよ、ダメだから、ダメなんだって……」と語彙を失ったかのようにしきりに目の前の現実を否定し続けており――、

 

「オイ、落ち着け美胡」

 

「落ち着けるわけないだろ!!!」

 

 誰がどう見ても錯乱した様子の美胡を窘めようと、この狂騒の前から落ち着きを保っていた禪院真希がその肩に手を置く。

 それを乱暴に振り払い、半狂乱になりながら胸中の激情をそのままこちらにぶつけてくる。

 

「お前ら全員、宿儺を知らないからそんなことが言えるんだ! “()(くう)(しょう)”も“(でっ)()(ちん)()(たい)”も、平安のあらゆる勢力がまとまってぶつかったのに、全部返り討ちにされた! そんな化け物に、たった一人で勝てるわけないだろ!!」

 

 腕を振り乱し、感情のまま喚き散らす美胡。髪が乱れるのも気にせず頭を掻き毟り、噛んだ親指の流血が額をつたって地面に垂れる。

 

宿儺(アレ)が勝つのは結果じゃない、世界が定めた摂理なんだよ……! 寿命まで放ったらかすしかないんだ、抗おうとしたら終わりなんだよ。それなのに比名子、比名子は、あたしたちを守るために……っ、どうしよう、どうしよう、どうしたらいい? このままじゃ比名子殺されちゃうよ。絶対どこかで負けちゃうよ、切り刻まれて喰べられちゃうよぉ……」

 

 喉が裂けんばかりに張られた声がみるみるうちに尻窄みになり、最後には涙を伴うみっともない泣き言になり果てる。

 それが大切な友の身をを案じるが故であるとはいえ――何百年の時を生き、人々を弄び、喰らってきた大妖にあるまじき、惨めな様相だった。

 

「いいから、落ち着いて見てみろ」

 

「――っ、だから、落ち着いてなんて――」

 

 そんな気の毒な有様を晒す姿を見てなお、真希は現実を直視することを強要する。

 弱弱しく反抗しようとする美胡をあしらいながら、顎でしゃくる。

 

 真希が指し示した、その方向の先。

 

 すなわち、今まさに天変地異が巻き起こっているその場所では――、

 

「――比名子、優勢だぞ」

 

 

--------

 

 

 ――激突。

 

 その瞬間、世界が軋む。

 

 比喩表現ではない。少し前まで栄え、いくつもの大きな建築物が立ち並んでいた広島の地――その上空で生じる衝撃波はそれ自体が一つの兵器と呼ぶに等しい威力だ。

 それらが断続的に生じ、生じ、生じ続けたせいで大気が圧縮され、建物を紙細工のように崩壊させながら円環状に駆け抜ける。

 

 無尽蔵の斬撃が都市の全てを膾切りにし、放射状に弾け飛ぶ水弾に都市の全てが悲鳴を上げて砕け散る。

 言葉で無理矢理例えるなら、それこそ自然災害同士が殴り合っているような、現実に悪夢を張り付けたが如き地獄絵図。

 

 それが終わるまで、世界のほうが耐久を強いられているような――そんな破局的大厄災がたった二人の人間の手で引き起こされているのだから、この戦いがどれほど異常か理解できる。

 

「えへへ」

 

 その惨状を見下ろすように、少女は空にいた。

 

 ふわり、と。重力なんて存在しないかのように宙へ身を預ける。短めに切り揃えた薄茶色の髪がせせらぎのように揺れ、シューズのつま先が虚空を軽く蹴る度に小さな波紋が空中に広がる。

 己が“海”の術式の極致。大気中に存在する微細な水分を捉え、操り、(おおぞら)を舞う。恐ろしく高度な術式の運用――少女はそれを、何でもないかのようにこなしてみせる。

 

 中空を揺らめく八百歳比名子の姿はまるで深海を漂うクラゲだ。気ままで、柔らかく、現実感がない。

 

 ――なのに、その周囲で渦巻く力だけが、絶望的だった。

 

「お魚さん、けが?」

 

 少女は笑う。嬉しそうに。楽しそうに。

 まるで友達と遊んでいる最中みたいな、太陽みたいな無邪気な笑顔。

 

「はやく治さなきゃだね」

 

 細い指先が持ち上がる。――直後、空が()になった。

 

 滝、などという規模ではない。広大な海を引き摺り出してきたかのような理不尽な物量が、天空を青く染めて渦を巻く。

 空中に展開された大海はいくつもの形に姿を変え、瀑布、轟渦、圧縮水弾、ありとあらゆる水害が比名子の周りで牙を剥く。

 

「えいっ!」

 

 そんな気の抜ける掛け声とともにそれらが一斉に放たれ――巻き起こった大惨事は、声の可愛らしさとは著しく反比例していた。

 岩盤が陥没し、隆起し、挙句にまとめて吹き飛ばされる。津波のような濁流が地形ごと呑み込みながら暴走。広島という都市が数百年かけて歩んできた歴史が、全部まとめて洗い流される。

 

「わぁ、すごーい!」

 

 ぱちぱちと手を叩いてはしゃぐ姿だけを見れば、背格好にしては少し幼い振舞いの少女でしかない。

 けれど、その一挙一動に合わせて天空の海が唸る。渦潮が生まれる。圧縮された水がレーザーのように撃ち出され、空気が断末魔を上げて引き裂かれていく。

 

 ――住んでいた人々の帰る場所がどうとか、そんな思考は今の比名子には露も無い。

 悪意も無い。

 だからこそ恐ろしい。

 

 彼女にとってこれは遊びだ。砂浜を荒らすみたいに。玩具を壊して笑うみたいに。ただ楽しいから、世界を水に沈めている。

 その光景はあまりにも美しく――あまりにも、終わっていた。

 

「もっともーっと、ヒナとあそぼ!」

 

 子供じみた幼い言葉と共に迫りくる、聖書の一節を再現しようと言わんばかりの水災――それを、視界全てに満ち満ちた呪いの刃の飽和攻撃で迎え撃つ。

 爆音と共に海が割れ、数十m級の水流が蒸発し、白煙となって空へ噴き上がる。

 

 ――だが、足りない。

 

「~~~~~~~!!」

 

 ――『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』『沈め』。

 宿儺の生来持ち合わせた異形の肉体、腹に備わった第二の口。それを現在受肉している体に顕現させ、絶えず「呪言」を行使することにより、己が裡に閉じ込めた近江汐莉の魂を押さえつけ、沈め続ける。

 

 そうでもしなければ一瞬で汐莉との肉体の同調が消滅し、魂が引き剥がされる。

 それほどまでの圧倒的な物量。かつて相手にした“(でっ)()(ちん)()(たい)”の一斉攻撃を一纏めにしても、これほど理不尽な有様ではなかった。

 

 海そのものを相手にしているようだった。殴っても、斬っても、裂いても、次の波が来る。次の瀑布が落ちる。次の津波が空を覆う。

 斬撃を放っても放っても、それ以上の水で包み込まれる。――その事実に、宿儺は愉快さを止められない。

 

「……ケヒッ、クックックッ」

 

 ――呪いの王と呼ばれた日から、両面宿儺が物量で押し負けたことはない。

 どんなに強力な術師がどんな徒党を組もうと、宿儺の斬撃は遥か高空の飛行機すら捉えられる。ひとたび指先を敵に向ければ、そんな斬撃を無限に浴びせることが出来る。

 

 何より宿儺には“閉じない領域”の「伏魔御厨子」があり、それを使えば半径200mに存在する万象一切を塵にすることも可能だ。

 よしんばそれで殺しきれなくとも、「伏魔御厨子」によって粉塵化した物質をサーモバリック爆薬と変化させ、「(カミノ)」によって爆発させれば灰すらも残らない。

 

 本来なら、現在比名子が出しているすべての瀑布、轟渦、圧縮水弾は、「伏魔御厨子」さえ使用すれば問題なく霧散させられているはずだった。

 しかし、

 

 [承認されました! <総則>12、死滅回游の結界内における領域の使用を禁止する]

 

 新たに比名子が追加した<総則>、それが見事に宿儺の思惑を封じ、対処し切れなかった水の攻撃が体に激突し続ける。

 これを領域なしで対処するには、

 

 ――――指が、あと三本足りんな。

 

 現状の宿儺では、今の比名子は持て余す――脳内でそう結論付ける間にも「解」の斬撃で取り零した水塊が衝突し、宿儺の体は再び遠くまで吹き飛ばされる。

 

 ――とはいえ、宿儺の魂を剥がしきるには、それでは足りない。

 

 一介の術師なら何億回命を散らしても足りないほどの比名子の猛攻だが、今の宿儺は不死の人魚に受肉している身。

 第二の口に言わせ続けている『沈め』の呪言、それだけあれば宿儺の命に指が掛かることは、ない。

 

 死ぬことはない。ただ、呪力効率のいい比名子が呪力を消耗して力尽きることも見込めない。

 はてさて、どうしたものか。この状況をどうにかして切り抜ける術を、宿儺はゆっくりと考えようとした――、

 

 ――その、矢先の出来事だった。

 

 

--------

 

 

 くらい。

 

 つめたい。

 

 こんな苦しい所で生きていかなくちゃならないなんて、嘘みたい。

 

 ずっと、そんなことを思って、生きてきたのに。

 

 なんでだろう。

 

 

「“()(あい)”」

 

 

「“赤熱(せきねつ)”」

 

 

「“()(かい)(つぶて)”」

 

 

 ねえ、汐莉さん。ねえ、美胡ちゃん。

 私ね、今、何も苦しくないの。

 生きてることが、嬉しいの。

 

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、ごめんね。

 私は今、皆のことを悲しんでないの。

 何も嘆いていないの。

 

 ――今は、

 

 

「術式反転――」

 

 

 ――今はただただ、この世界が心地良い。

 

 

「――『(ひでり)』」

 

 

--------

 

 

 宿儺の眼前に光が生まれた――その瞬間、視界を埋め尽くした暴力的なまでの白。

 網膜が灼け、遅れてやってきた熱量に呼吸すら止まりかける。

 

 太陽の欠片を閉じ込めたような明るい笑顔で、天を指した比名子の指。その先端から放たれた小さな光玉。

 空に浮かぶソレはあまりにも眩く、存在するだけで世界を焼き焦がす。

 

 離れた地面が熱で溶ける。コンクリートが赤熱し、空気が陽炎のように歪み、周囲の景色が熱波に炙られ揺らいでいる。

 それはまるで、終末という概念を球体に押し込めた、世界を燃やし尽くすためだけに存在する極小の恒星だった。

 

 ――――来たか! 術式反転!!

 

 詠唱を伴った、呪術的な手順を省略しない、一切手加減なしの術式反転。それに宿儺は身構える。

 術式反転の最低出力は順転の2倍。そして“海”の反転ならば当然、全てを干上がらせる太陽の光。

 その熱に喉を焼かれ、「呪言」が使えなくなることだけが敗北の要素だった。――予想通りの危機的状況に対し、宿儺は頭の中で描いていた対応策をアウトプットする。

 

「再生能力の呪力強化に加え、反転術式を――」

 

 併用する。そうして口腔内をはじめとした体内の水分を維持し続ければ、とりあえず言葉を話すには足りる。

 そもそも自分の言葉が自分に聞こえる原理は、鼓膜の振動ではなく骨伝導によるものだ。口の中だけで言葉を作れば自分の耳に届く。「呪言」も同じことだ。

 

 厄介な呪言、それを使用する余地そのものを潰そうとした比名子の一手が打たれても状況はまだ変わらない。

 

 

 

 

 

「――――――――()()()

 

 ――宿儺の裡から、尋常ではない執着の宿った女の声が這い上って来たのは、そんな時だった。

 

 

 

 




 当然と言えば当然ですが、今回出て来た比名子の術式反転も、その詠唱も作者オリジナルです。
 呪術廻戦っぽさ出せてますかね?

 感想・高評価いただけると生きてていいって自信が持てます(0巻乙骨感)
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