死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 前話の投票の結果、「月、水、金の12時投稿」が多かったので、しばらくはこちらの時間帯で最新話を投稿していきたいと思います。

 さて今回の話ですが、呪術本編のバカサバイバー編みたく前話とは全然違う場面から始まっています。
 投げっぱなしというわけじゃなく、理由があります。時が来れば絶対に描写するので、どうかご容赦を。


第32話 復活のGTG

 

 

 

 ――不愉快。

 

「最深部は8000メートルの日本海溝。そのプレートの沈み込み帯に獄門(ごくもん)(きょう)は置いてきたんだよ」

 

 人が、そう感じるときはどういった時があるだろうか。

 積み上げてきた努力を踏み躙られた時か。馬鹿にされた時か。信じていたものに裏切られた時か。人によって答えは違うかもしれない。

 ただ、少なくとも、今この場にいる青年に渦巻く感情は、誰であろうとそのように名前を付けるだろう。

 

「勿論、二重三重の封印の中に検知器としての呪霊も入れてね」

 

 ひどく、ひどく、腹立たしかった。

 目の前の人物が、自分に直接傷を与えたわけではない。

 それでも、言葉の、仕草の、目線の、呼吸の一つ一つが、自分の神経を逆撫でするために存在しているかのように。

 

「取り込んだ天元から「裏」のことは聞いていたからね。仮に封印を解かれたとしても君を殺せるように」

 

 1年前、手ずから葬った無二の親友。その体を勝手に乗っ取り、弄ぶ寄生虫。

 親友と同じ顔で、同じ声で、同じ気配で、親友とは似ても似つかない下種な雰囲気を身に纏う邪悪。

 何もかもが気に食わない。

 それすなわち、不愉快と呼ぶ。

 

「………………マジでどうなってんだよ、君は」

 

 ――その青年、五条悟が抱く感情は、まさしく不愉快と言い表す他ないものだった。

 

 

--------

 

 

 古の呪術師源信の成れの果てである究極の封印、特級呪物「獄門疆」に封印され、早2週間以上。

 一秒が永遠に引き延ばされるような感覚と、永遠が一秒で流れ去るような感覚が同時に存在する地獄。そんな狂った空間から解放された現代最強の術師・五条悟がまず始めに行ったことは、今もなお得体の知れぬ術師にいい様にされている親友、夏油傑の肉体を弔いに行くことであった。

 

 深海8000メートル。太平洋の奥底まで引き離されようが、親友と同質の呪力を探知するなど五条にとっては児戯に等しい。

 大陸を揺るがす巨大な岩盤の想像を絶する圧力すら容易く押しのけ、その余波で軽い地震を引き起こす。そんな暴挙を当然のようにやってのけながら、己が術式「無下限呪術」の順転「蒼」によってソイツの前に姿を現す。

 

「どう? 久しぶり? お寛ぎ頂けたかな?」

 

 瓦礫の山、ぼうぼうと生えた雑草、朽ちたビルの亡骸が連なるどことも知れぬ廃墟の町にて、その寄生虫――羂索が五条に軽口を叩く。

 

 特級呪霊の集まりを利用し、一般市民を盾に五条を封印せしめる神算鬼謀を駆使した術師だ。「獄門疆」の封印条件、半径4メートル以内の位置で脳内時間1分を経過させるための夏油の肉体による迫真の演技からも分かるように、腹芸でさえもお手の物なのだろう。

 そしてそれは、今この状況を俯瞰してみてもよくわかる。

 

「オマエさ、もっと言葉を選んだ方がいいんじゃないか?」

 

 だってそうだろう。

 

「――今際の際だぞ」

 

 ――殺意に満ちた五条悟に冷徹に見下ろされて笑うなど、イカレでなければ演技以外にあり得ない。

 

「――――」

 

 瞬間、千年を生きる羂索にすら知覚すること能わぬ速度で五条悟が襲い掛かる。

 術式の発動も、呪力操作も、そもそも体を動かすことすらも、間に合わない。

 枯れ木のように棒立ちしてただ冷や汗をかくことしかできない、文字通りの木偶と化した羂索。怒れる五条の「蒼」を纏った拳が、裡に巣食う気色の悪い脳味噌ごとその頭蓋を粉砕する――、

 

 ――その直前、何かが二人に割り込んだ。

 

「――――!?」

 

 五条悟の眼前で、見たこともない色の光が爆発的に炸裂する。「無下限呪術」によるバリア能力によって目が潰れることこそ無いが、発生した光は聞いたことのない音を伴って廃墟の町に拡散し、世界の法則そのものが悲鳴を上げたような異常現象が乱雑に振り撒かれた。

 バラバラに散乱する瓦礫と共に吹き飛ばされた羂索が、体勢を整えながら近くの地面に着地する。

 殺される直前の焦燥に満ちた表情から一転、羂索は一縷の希望を掴んだ瞳で、五条の拳撃を阻んだ存在を見上げる。

 

「……てめえは誰だよ」

 

 親友を辱める憎らしい怨敵、それを漸く粉砕できる間際で邪魔をしてくれた何者かに向け、不愉快さを露わに五条は吐き捨てる。

 現代最強、その行動に実力で介入できる術師。それは勿論、呪術全盛たる千年前に最強として君臨した史上に残る怪物・両面宿儺――ではなく。

 

「……最悪だわ」

 

 それは、和服を身に纏い洋物の日傘を携えた妖花のような美少女だった。海を思わせる静かな雰囲気。なのに、漂う気配だけは酷く不気味。

 あざみ――その少女は、ともすれば五条以上に嫌そうな顔をしていた。まるで、好きでもない相手との最悪な再会でも果たしたかのように。

 

「チッ」

 

 五条の舌打ち。概念と概念が衝突し合う理外の世界干渉と、それに応じた何にも例えようのない音響と比較すれば、随分と軽い音。

 その軽い音と共に、二人の術師はゆっくりと地面に降下する。

 五条は勿論、自身の持つ「無限」の引力を応用して。そしてあざみもまた、自らの術式を利用して。

 

 日傘を差し、ふわりふわりと舞い降りる少女の姿は、はたから見ればおとぎ話を思わせる幻想的な光景だったけれど。

 

「ま、こんな気色悪い気配しといてそんなこと言う馬鹿はいないよね」

 

「……………」

 

 胸の内から噴き出し続ける悪感情を無理矢理捻じ曲げて形にしたような微笑みを顔に張り付け、五条を睨みつけるあざみ。

 そのあざみの姿を五条もまた見据えながら、この異質極まりない少女について考察する。

 

 ――――何だコイツ、どういう存在だ……?

 

 あらゆる呪術の本質を見抜く、五条家にのみ発言する特異な双眸「六眼(りくがん)」。それが伝えてくる情報、そのあまりの()()()()()()()()に、五条悟は眉を顰めた。

 

 術師としては、まあ間違いなく三級以下。呪力量も出力もお粗末、五条から見ればコバエにも満たない木っ端であると断言できる。

 わからないのはその気配。人間、術師、呪霊、妖怪、そういった種族の間では、個々の違いこそあれど種族単位である程度似通った呪力の色、魂の色がある。

 この女にはそれが無い。これらの存在のどれとも似つかない、まるで何かの力で既定から捻じ曲げられ、新しい存在として強引に成立させられたかのような不気味さ。

 

 そも、五条がここに来る直前までその存在を知覚できなかったこと自体が一つの異様。

 呪力やその流れを原子レベルにまで緻密に把握できる「六眼」をもってして、直接目の前に現れるまではそれを生者として認識していなかった。

 

 妖怪からも、人間からも、呪霊からも、術師からも外れた存在。故にその気配も魂の輪郭も変質し切ってしまっている。

 そんな得体の知れぬモノを、生きとし生ける者であると「六眼」は認めないのだ。

 

「女の子をそんな目で見るなんて失礼じゃない?」

 

「いや、人として認識していいのか悩んでるだけ」

 

 五条は即答した。一瞬、あざみの笑顔が凍る。

 羂索が吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。

 

 ――五条悟に無理解を叩き込んだ要因。

 一つには勿論、その存在自体の異常さ。だがそれ以外に、最たる理由がもう一つ。それは――、

 

 ――――コイツ、()()()()()()()()()()()()()()……!!

 

 この世に爆誕して29年、かつてない事態に内心で驚愕し通しの五条。

 先述の通り、「六眼」は呪力を視覚情報として詳細に認識できる。それは相対する術師の内に宿る身体機能――生得術式にまで及ぶ。

 世にごまんとある術式の種類だが、この機能により五条は初見の術式であっても構成やその効果、発動条件を完璧に認識可能となる。多少の小細工などいとも容易く踏み潰せる実力も相まって、五条には初見殺しという概念が存在していない。六眼を持つが故に、世界はずっと説明書付きであったわけだ。

 しかし、あざみの保有している術式――生得術式を持っている事こそわかるのだが、その全容がまるで限りなく広い海のように全く見通せないのだ。

 

 どのような能力なのか、どのように発動するのか、三級程度の術師が五条の前に割り込めたのも術式効果なのか、何もかも不明。

 何より――、

 

「……僕の、腕が」

 

 羂索に繰り出した拳、それが恐らくはその術式により受け止められた影響で――焼け爛れているのだ。

 否。これは爛れたとも異なる。例えるならそれは、まるで水に放り込まれた塩の塊のように、溶けてなくなっていたのだ。

 

 ――あざみの術式は、五条悟の「無下限呪術」を貫通し、その肉体にダメージを与えた。

 

 あざみの持つ概念は、五条の概念よりも、強い。

 

「――ここ数日、ずっと最悪なことばかりよ」

 

 開いた日傘をぱちりと閉じ、心底うんざりしたようにあざみが深々とため息を吐く。

 空いた腕を持ち上げて肩をすくめ、ゆるゆると首を振りながら、

 

「あの人魚の間抜け面が見たかっただけなのに。意味不明な術式に巻き込まれて広島に飛んでいくし、急いで向かったら私の所有物(エリカ)が宿儺に乗っ取られるし、あの人魚の肉を喰わされるし。その後今度は狐の妖怪があの人魚の肉を喰べるし……ま、術式で見ていた感じ、さんっざん揉めたみたいだけど。そして挙句の果てには、貴方みたいな怪物とぶつけられるなんて」

 

 私、最近呪われてるのかしら。頬に手を当て、またため息を吐くあざみ。

 友達付き合いのうまくいかない女子高生のような年恰好相応の振る舞いを見せる彼女に、五条は少し目を細める。

 今のあざみの話で、彼女の正体に少し感づいたからだ。

 

「あの人魚――オマエ、自分を不死身に変えた人魚にご執心みたいだな」

 

 探るように口にした言葉に、あざみの眉が跳ねる。図星だったらしい。

 五条は、波間に生きる不老不死の妖怪・人魚についての知識を脳裏から引っ張り出す。それは、人魚の肉を喰らったものは人魚と同じ不死身の肉体を手に入れられること。

 そして、不死者となった人間の気配は――妖怪と混ざったせいか――非常に読み取りづらいものになると。

 

「執心――そうね。あの人魚が私に肉を分け与えたせいで、今までずっとひどい目に遭ってきたのだから」

 

 言われたあざみは目を閉じ、自分語りを始める。

 それは昔を懐かしむ仕草にも見えたし、蓋をしていた感情を掘り返す仕草にも見えた。

 

「あいつの気まぐれで不死身にされて、死ねないことに苦しみ続けて。だから私、あのひとでなしを何百年間も追いかけまわしたの。それなのに、私一人で懲りていればよかったのに、あいつは穢い血を罪もない子に与えた。その子の友達の妖怪にも肉を与えた。あの人魚は、何も変わっていないの」

 

「あの人魚に肉を与えられたことで救われることなんて、万が一にもあってはいけないの。――だから私、あの狐にちょっと()()()()しちゃった。私の術式ってそういうこともできるから」

 

 いくつもいくつも、自分の不幸と人魚への恨み言、そしてふざけた思想の押し付けを笑顔で重ねるあざみ。

 話を聞けば聞くほど思う。コイツは人魚を憎んでいると。

 

 だが同時に、それ以上に――コイツはその憎しみに依存しているのだ。

 憎しみを失ったら自分が空っぽになることを恐れている。だから何百年も握り締めている。腐った傷口を宝物みたいに抱えているのだと。

 

 少なくとも、ここで話を聞いている五条にはそんな風に見えた。

 

「身勝手で気まぐれで間抜けなひとでなし。あいつが自分の意思で何かすることが、自分が囲い込んでいる存在に際限なく不幸をもたらすことを、しっかりわからせてあげないと――」

 

「他責しか能が無ぇの? 不死身で暇そうな割には随分心に余裕がねぇな」

 

 完全に面倒臭くなって、頭に浮かんだ言葉を適当に吐き捨てる五条。

 途端、あざみの語りが止まる。術師の戦いでは当たり前の軽口・悪口程度のそれだったが、彼女には結構()()()らしい。

 

 笑顔のままあざみが固まって数秒。再起動した彼女は「あら」という言葉から、

 

「随分な言い方だこと。現代最強の術師様は、お口の悪さも最強なのね」

 

「ソッチはまた(かっる)い言葉だなオイ。術式が強くてもレスバが弱けりゃ呪い合いなんてできねぇだろ」

 

 呪術師は呪いを扱う。ならば当然、その本質もまた呪い合いにある。

 相手の積み重ねを否定し、価値観を、信念を、生き様を否定する。自分こそが正しく、相手は間違っているという我の押し付け合い、それが呪い合いだ。

 故に、精神的な優位は時として術式の相性以上に勝敗を左右する。

 

 呪力は心に強く影響される。心を折れば勝てる。逆に心が折れれば死ぬ。だから術師は口が回る。人を傷つけ、人を怒らせ、人を壊す言葉を知っている。

 何せ言葉とは、人類が最も古くから使い続けてきた呪いなのだから。

 

 能面のような無表情になり果てたあざみが、冷え切った眼差しで日傘の先を五条に向ける。

 

「じゃぁ、試してみる?」

 

 少女が呟く。

 

「――『茫洋』」

 

 彼女がぼそりと言い放った、おそらくは自らの術式の名。

 瞬間、世界の輪郭がぐにゃりと歪んだ。地震でも蜃気楼でもない、空間そのものが柔らかい泥になり、誰かの指で掻き混ぜられているかのような異様。崩れたビルも、砕けた道路も、転がる瓦礫も、すべてが一度意味を失い、別の何かへと書き換えられていく。

瓦礫が波打ち、コンクリートが液体のように揺れ、地面と空の境界すら曖昧になり、世界そのものが巨大な海へ変質していく錯覚。

 理解不能、触れたものの在り方を否定する概念の濁流が、如何なる仕組か海の波の形状を取り、五条悟を呑み込まんと押し寄せて――、

 

「――虚式『茈』」

 

 その概念を真正面から、相反する無限の衝突により出ずる仮想の質量弾が迎え撃つ。

 

「――――」

 

 先程の衝突の比ではなく、炸裂し発散する異次元の曙光。世界の理と理が噛み合わぬ悲鳴、言葉では表現のしようもない奇怪な轟音が町全体を震わせ、巨大な爆発によって建物が次々に倒壊していく。

 

 ――――少しわかってきたな、アイツの術式。

 

 その衝撃の余波を「無下限呪術」で防ぎ、五条は今起こったことから冷静にあざみの術式を推察する。

 

(『絶対に壊れない』という設定の鎧がマンガで描かれてたとして、その絵の乗ってるページをハサミで切るなんてことはガキでもできる)

 

 絵の中では無敵でも、絵の外側から干渉されれば意味がない。

 次元が違うとは、そういうことだ。あざみの術式から感じるのは、それに近い理不尽さだった。

 

 五条の「無下限呪術」は三次元の理屈の中では絶対に近い防御だ。

 だが、あざみの術式はその理屈そのものを一段高い場所から弄っているように見える。

 無限の距離を作る? なら、その無限ごと別の場所へ捨てる。

 届かない? なら、届かないという前提を横から書き換える。

 そんな暴論が成立してしまう気配を、五条は感じていた。

 

 ――もっとも、それはあくまで『完全な上位存在』であればの話。

 もし本当に四次元の理がそのまま振るわれているなら、五条悟に対抗手段など存在しない。

 そうではない。三次元の世界を好き放題に踏みにじれるほど完成されたものではなく、どこかに限界がある。

 四次元ではない。だが三次元でもない。無理矢理言葉に表すなら――3.5次元、と言ったところか。

 それが、あざみという術師の立っている場所だと、五条悟は推測する。

 

 なぜなら――、

 

「……この日傘、お気に入りだったのだけど」

 

 ――虚式「茈」を呑み込み切れず、残った分を受けたあざみの日傘が、骨だけを残して見るも無残に破壊されていたのだから。

 

 

 

 





 ☆9に投票してくださった方が☆10に付けなおしてくれたり、本作が沢山いい評価を得ていることを実感しています。皆様ありがとうございます!

 でも、出来ればでいいんですが、あとほんの少しコメントいただければ幸いです。
 応援の声がたくさん届くか届かないかは、モチベにモロに関わってくるので……。
 勿論、高評価・お気に入り登録・ここすきを頂けてもモチベが上がります!
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