死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 前回比名子が京都高に転入したと書きましたが、そのために育ての親のおばさんにケジメつけてたりしてます。
 需要があれば書きますので、コメントで教えていただければ。

 投票者数100人超えました! 皆様ありがとうございます!
 これからもどうか拙作をよろしくお願いします!


第34話 茫洋、海嘯、追走劇

 

 

 

 ――――なんだ、この子。

 

 五条悟が空から降ってきた少女を「六眼」で捉えた時、最初に思ったことがこれだ。

 勿論、五条と相対している不死者の少女あざみ、これも十分に異常だ。術師としての性能は三級以下もいいところだというのに、抱えている術式だけが世界の法則に喧嘩を売っている。

 

 だが、今降ってきた少女は方向性が違う。こちらはあざみの真逆――術師として完成され過ぎている。

 

 年齢を重ねた人間は、若者が歩んでいない人生経験を積んだだけあってそれ相応に老成する。無論いい意味だけでは決してなく、時間がその人の内面を磨くこともあれば、醜さを肥え太らせて見る影もなく腐り堕とすこともある。保身馬鹿、世襲馬鹿、高慢馬鹿、ただの馬鹿、腐ったミカンの集まった呪術界上層部や、他責ばかりを垂れ続ける不死身馬鹿(あざみ)はその最たるものだ。

 しかし今目の前にいる彼女――八百歳比名子は、そのような老人独特の()()は感じない。間違いなく、彼女は彼女の背恰好相応の年齢で、これほどの実力を身に着けている。

 

 まず呪力量。――現在の呪術界かつ同年代の学生で比較対象を探すなら、膨大な呪力量がウリの乙骨憂太、その次点に相当するだろう。

 もう少し範囲を広げて例示するなら、五条悟の少し下という評価。五条自身は呪力量の多さを誇る場面は少ないが、それでも一般的な術師からしてみれば驚異的と言っていいだけの総量を秘めている。

 

 しかし、本当に異常なのはそこではない。

 

 八百歳比名子の真骨頂、それは呪力精度。――呪力出力、呪力効率、循環速度、出力調整といった術師としての基礎技術があまりにも洗練されており、呪力の流れに一切の雑味も淀みもなく、全くもって無駄にされていない。例えるなら、川を流れる水が一滴も漏れず海へ辿り着くような理想論じみた呪力運用。

 人間は人間であるが故、ズレや無駄からは逃れられない。だからこそ、五条家に代々伝わる「六眼」、すなわち人間では不可能な精度を実現するための特別製の眼は非常に特別視される。だというのに、目の前の少女はそれを持たずにそこへ迫ろうとしている。

 六眼を有していなければまず運用できない常軌を逸した燃費の悪さである「無下限呪術」を仮に彼女が持っていても、「蒼」くらいなら下手したら発動に漕ぎ着けていた気がする。それほどまでの印象を覚える、尋常ではない呪力の扱い。もし自分が高専に通っていた頃にこの少女と同じ教室へ放り込まれていたなら、教師達は五条より彼女を優先して褒めていたかもしれない。

 

 彼女の持つ生得術式、これもまた魅力的だ。

 初見の術式であってもその詳細を精密に解析できる「六眼」が伝えてきた情報、それは“海”。

 具体的に言い表すなら、呪力で生成された水を操る力と無数の魚型式神を召喚する力。それ一つをもってしても非常に強力であるにもかかわらず、驚くべきことにその術式はそれら二種類の能力を同時に内包している。「大地」やら「森」やら、自然への畏れから生じた呪霊たちと立て続けに交戦した五条は、もし「海」から生じた呪霊がいればこれと似た術式なのではなかろうか、と勝手に想像する。

 

 以上が、八百歳比名子という少女を構成するスペックを現代最強の視点で分析した結果だ。

 一言で括るなら、非常に強力な術式を異次元の呪力精度で運用する超特級の呪術師。

 故に――、

 

「――『(わだつみ)』!!!」

 

 あざみが発現させた「茫洋」による世界の歪みを、世界の容量を無視したような物量の大海嘯で叩き割るところから、五条悟と八百歳比名子の追走劇が始まった。

 

 

--------

 

 

 理解不能で意味不明、既定概念にない「茫洋」の津波、三級程度の木っ端が織りなす超弩級の現実改変、その内包と外延に収まらないほどの圧倒的質量・圧倒的体積をもって力ずくでぶち破り、怒れる八百歳比名子が迫る、迫る、迫る。

 概念と超質量の激突で散らされる極彩色よりも鮮やかな光をかき分け、彼我の距離が一瞬で消滅。一度目の「(わだつみ)」がかき消されようとも神懸かりの呪力効率・呪力出力によってすぐさま同等の攻撃がその場に展開される。

 理不尽を超えた理不尽、その極みのような物量攻撃。「茫洋」が晴れた今、その矛先が今度こそあざみと羂索の肉体を粉々に粉砕し――、

 

「――きゃっ!?」

 

「うおおおお!!」

 

 ――攻撃が届く瞬間、襟首を掴まれ引きずられていた羂索が体勢を変え、あざみの華奢な体を俵担ぎして勢いよく駆けだした。

 千年を生きる呪詛師の洗練された呪力操作と夏油傑の鍛え上げられた肉体が組み合わさって生まれる爆発的な運動能力は流石の一言だが、八百歳比名子を前にしてはそんな程度では焼け石に水。せいぜい攻撃が届くまでの猶予が0.1秒伸びた程度――しかし、その0.1秒で、あざみが再び「茫洋」を展開。比名子の呪水はまたしても世界を歪める異能に阻まれる。

 

「ちょっと、乙女を抱えるならもっとやり方があるでしょう!」

 

「ババアのくせに乙女は無いだろ! 言ってる場合か、逃げるよ!!」

 

 場違いにも自分の扱いについて愚痴るあざみ(ババア)を毒舌で叩き伏せる羂索(ジジイ?)は、後ろの五条達を一顧だにする暇もないまま全霊でその場から離れる。

 高速道路を走る車すらも置き去りにできるであろうその健脚が五条と比名子にとっては亀の歩みも同じ、そんなことは羂索だって百も承知。

 故に彼は「呪霊操術」によって保持していた特級叛霊「悪路王大嶽」をはじめとした等級の高い呪霊を惜しみもなくぶつける。五条達から距離を取る、ごく僅かの時間を稼ぐために。

 だが、まあ、もちろん。

 

「邪魔!!」

 

「ウゼェんだよ!!」

 

 圧縮された水のビームによってバラバラに引き裂かれ、生じた無限の吸引力でカエルのように潰され、強大無比な呪霊達が術式を発動する間もなく汚い煙に姿を変える。

 チッと舌打ちを打つ羂索。だが腐っても高位の呪霊、それらに二人が攻撃を向けることで、雀の涙程度には羂索達から意識を削ぐことには成功しており、結果自分達と二人の間の「茫洋」の壁をより厚くすることができたので良しとする。

 

「羂索、海に着けば逃げ切れるわ!」

 

「分かってるよそんなこと!」

 

 朽ちたビルの亡骸が連なる廃墟、ここは渋谷事変によって滅びた東京の一角。そして、その近くには東京湾。

 かつて羂索があざみの肉体を解剖した時に知った、あざみの生得術式の内容――「境界」をぼやかす権能。それが最も活きるフィールドは、境界自体が曖昧な海の中である。そのことは、羂索もあざみもよく知っていることだった。

 

「比名子、アイツの術式についてちょっとでもいいから情報!!」

 

「ですから、以前交戦した時には何一つ……! あ、でも魂の繋がりを辿って監視されたことはあります!」

 

「何それ、さっきの攻撃と何の関係性!?」

 

 一方、羂索とは異なりあざみの権能を知らない五条と比名子。二人は攻撃の手を緩めないまま、それと並行して言い合いのような弱点考察を続ける。「茫洋」の波と攻撃がぶつかる余波で鳴り響く不快な怪音にかき消されないよう、自然と声量が増していくのが一層苛立たしい。

 何の脈絡もなく新たに生えてきた魂縁観測の能力、それが現在五条が確認した肉体を溶かす能力やこちらの攻撃を呑み込む能力と全く共通点を見出せず、頭を抱えたい衝動がむくむくと芽生える。

 

(複数の能力の保持、つまり奴は何らかの方法で術式を2つ以上持っている? いや、「六眼」が奴の術式は一つだけだと伝えてきている。僕の「無下限呪術」のように、単一の生得術式から派生する能力は大元で共通点が存在しているはずだが……それともまさか、所有術式の数すら能力で誤魔化している? ああクソ、もたもたしてたら奴らがゴールまで辿り着く……!!)

 

 あざみの術式は音の伝導を阻害するものではないらしい。先程のあざみと羂索の短い会話の内容、海への到達が目標だということは五条の耳にも届いている。しかしそれが無くても彼らがすぐ近くの海に走っていることは逃走経路から丸わかりだ。

 原理は依然不明だが、あざみの権能が最もよく発揮されるのは海の中であり、そこに至れば自分達が相手であろうと逃げおおせることが出来る。逃げ足の迷いのなさから、それが真実であることはおよそ疑いようがなかった。

 特級呪霊共に稼がれた雀の涙のインターバル、あれも痛い。時間に換算すればそれこそ人間のまばたき1回程度でしかないが、それでもあざみが術式を再展開し、奴らにさらに距離を取られるには十分な時間だった。

 

 如何なる敵の攻略も、必要となるのは要素の分解。術式であれ体術であれ、相手を構成する要素を一つずつ紐解けば弱点を導き出せる。

 しかしそれは至極当然、解くための紐が認識できていればの話。視ても嗅いでも聞いても触れても一向に理解の進まない存在に対し、要素の解体などできるはずもなし。

 

 比名子や五条、あるいは呪術センスの高い東堂や乙骨、優れた頭脳を持つ伏黒。彼らならもっとずっと時間をかけて観察すれば弱点を見出し、人域に収まらぬ超越者たる暴力を抜きにした攻略法を編み出せたかもしれない。

 しかし、今はそんな時間はない。そして今ここにいるのは、まさにその人域に収まらぬ暴力を振るえる超越者だ。

 故に、五条は弱点を探り当てて突破する正攻法な攻略を試みることを捨て、頭の悪い脳筋ゴリ押し戦法に全霊を注ぐことに方針を定める。

 

「出力最大『赫』『蒼』『茈』!!」

 

 かつての学生時代、適当に術を放つだけで大体の敵がどうにかなっていた頃を思い出しながら、五条は頭を空っぽにして出力最大の大技を連発。

 あざみの「茫洋」の見た目は、海の波の形状を取る透明な歪み。守護壁として展開されるソレの先にいるあざみと羂索に向け、一直線に無限の収束と発散、仮想の質量を叩きつけ続ける。

 頭の悪いゴリ押しと言えど、本当に考えなしで撃っているわけではない。――ぶ厚い「茫洋」の壁を、少しでも薄くするためだ。

 

「あざみ、術式を継ぎ足し続けろ! 風穴を開けられるぞ!」

 

「うるさい! 今やってるわよ!」

 

 高位呪霊をあらかた消費して有効な遠隔攻撃手段のない羂索が、あざみに対し怒号のように指示を飛ばす。あざみもそれに怒声で応え、さらに「茫洋」を展開する。

 怒鳴り声に怒鳴り声。互いに余裕がなくなってきている。――それが証拠に、「茫洋」による景色の一部、五条の技が打ち込まれた部分のみ、歪みが薄れて元の景色に大きく正されていた。

 その、歪みの正された一部分に向かって――、

 

「比名子――!!」

 

「――術式反転『(ひでり)』!!」

 

 五条が術式順転「蒼」を発動、その引力を応用し、術を発動していた比名子を高速でぶん投げる。

 比名子が使用したのは、自らの持つ“海”の術式の反転、干ばつを招く光の放射「旱」。

 敵味方の区別なく無差別に灼熱と破壊をまき散らす光玉は、術式の発動主である比名子には影響を及ぼさず、「無限」によって身を守られる五条にも届かない。

 掌に挟み込むように抱え込まれた熱球が厄災を齎すのは、周りに存在する朽ちた廃墟と、あざみの展開する現実改変の荒波のみで――、

 

「クッ……!」

 

 バッと、「茫洋」によって溶かされて削られた体から血が溢れ、苦鳴と共に空を赤く染める。

 破滅と災厄の光を逆に自身を守る盾として機能させ、「茫洋」の薄くなった部分に無理矢理に突撃。それでも相殺し切れなかった部分が比名子の肉体に傷を与え――しかし、命までは到底届かない。

 そして、

 

「――抜けた!!」

 

 羂索と呪霊の献身で稼いだコンマ何秒かのインターバル、そこで張られた茫洋の壁をついに突破する。

「旱」の白い光を塗り潰すような極彩色の光を従え、茫洋によって勢いを殺されてなお残る「蒼」によるスピードで二人に突撃する比名子。

「旱」の光玉はかき消されてしまった。もはや再度術式を展開する時間もない。自分も、相手もだ。

 故に、今できることは、呪力を全開にして相手に体当たりすること。今の速度と比名子の呪力出力があれば、その一撃は十二分に二人を破壊しうるはずで――、

 

「――『反重力機構(アンチグラビティシステム)』!!!」

 

 刹那、比名子が「茫洋」を突破する前から詠唱を始め、呪力を練っていた羂索が、今まで隠していた3つ目の術式を発動する。

「反重力機構」――正確にはその術式反転である“高重力”。詠唱によりただでさえ威力を限界以上にまで向上させており、その上、

 

「肉体を領域化して更に出力を上げてある! 縫い止められろ!」

 

 先の九十九由基戦において自爆技のブラックホールを発動された際、アドリブで開発した術式運用の裏技を併用。千年の呪術ノウハウの粋とも言える高等技法が比名子の肉体を襲い、羂索に届く直前にその軌道を強引に下に向けられ、地面に叩きつけられる。

 莫大な呪力を纏った物体が高速で衝突し、クレーターの形成される轟音が朽ちた町の端に響き渡り――、

 

 ――それが、終戦の合図だった。

 

「――クソッ!!」

 

 追走劇の果てに到達した海、その中へ飛び込んだ瞬間に、如何なる原理か羂索諸共二人の気配が完全に消失。

 

 もはや「六眼」でも気配をたどることは不可能であると悟った五条の悪態がその場に広がり――廃墟の街並みで繰り広げられた異次元の鬼ごっこは、五条と比名子の敗北という形で幕を閉じた。

 

 

 

 





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