死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 ちょっと前に髙羽ワールドまたやってほしい! という声が沢山届きました。一応作者は髙羽ワールドやるルートとやらないルートどちらも考えてあるので、どう転んでも大丈夫ではあります。
 縛りで「日間25位以上達成で髙羽ワールド再び」とか言いましたけど、下に作ったアンケート次第では縛りを破棄しようと思います。
 破棄のペナルティは髙羽ワールド描写で私の頭がおかしくなることです。

 コメント数200達成しました!
 沢山の応援と感想ありがとうございます!
 皆様の声でこの作品が成り立っています! 本当にありがとう!


第36話 嫌がらせ②

 

 

 

「……彼女を助けるとなった時、それなりに感動的な展開があったんですけどねぇ」

 

 あざみによって悪辣な呪いをかけられ、外面以外はぐずぐずの溶解状態のままベッドに寝かされている、おそらくは不死身の肉体故に存在を保てている社美胡。

 その美胡を傍らで見下ろし、薄く細い笑みを浮かべた人魚――近江汐莉は、独りごちたに近いような声量でその時の情景について呟く。

 

「私の肉を狐が喰べて。そうして不死になった彼女を比名子が抱きしめて……直後、今と同じことが全身で生じた。美胡は比名子の腕の中で、ぐしゃりと潰れてしまったわけです」

 

 冷えたガラスの罅の形をした微笑で、虚空を抱きしめ抱き潰すジェスチャー付きで状況を解説する汐莉。それとともに比名子の顔が歪み、吐き気を堪えるように口に手を添える。

 無理もない。妖怪とは言え、心優しい親友をその手でべしゃべしゃに破壊してしまったのだ。トラウマになってもおかしくないし、あざみに対しあれほどまでに激怒していたのも頷ける。

 

 致命傷――おそらくは比名子ほどの術師をもってしても治せないほどの重傷を負わされ、挙句今も指先一つで存在が瓦解する瀬戸際に置かれた美胡。そして親友がそんな状態になっている比名子。二人の少女を装飾する言葉を、五条悟は「哀れ」以外に持ち合わせていなかった。

 

「……汐莉さんの、人魚の肉を食すというのは、呪物の受肉に近いという話はご存じですか?」

 

 口に添えた手を離したものの、蒼褪めた顔を元の色に戻すことは出来ず、少し無理をしている表情で比名子は話を始める。

 

 ――受肉とは、術師の意識が宿った肉片の一部を他の人間が摂取することで、その者の精神と肉体を術師が乗っ取り、肉体形状・性能をもその術師のものへと変態させてしまう現象だ。

 人魚の肉は食すことで不死身になれる特級呪物だが、その原理は受肉による肉体形状の変態と同じ。

 宿儺の指を食った際の虎杖には紋様と新たな目が生じたように、人魚が生来有する「不老不死」という性質が、被受肉者の肉体へと顕現しているのだ。

 

 比名子の説明を続ける形で、汐莉が話を魂に関することへと発展させる。

 

「そう。人魚の肉の摂取は、受肉の一種と言い換えるべき行為――だからこそ、私と比名子の間には魂の繋がりが存在します」

 

 “共振”という現象がある。

 一般的には物理学用語であり、振動体に固有振動数と等しい揺れを外部から与えた際の振動増幅を指す。だが呪術的には呪物と宿主間に形成される魂の繋がり、それによる相互的な影響を意味する。

 例えば虎杖が最初に宿儺の指を食った日、そのタイミングで呪霊に取り込まれていた宿儺の指が力を開放、複数の死人を出す特級呪霊案件がそれによって生じている。

 

 広義的には受肉と言える人魚の肉の摂取においても、同様の魂の繋がりが二者間で成立する。

 比名子が取り込んだのは汐莉の血液のほんの一滴であり、受肉というには不完全なものであったが、それでも摂取は摂取。二人には繋がりが生まれる。

 それ故に汐莉は比名子の居場所を大まかに感じ取れるし、比名子は魂の輪郭を認識し、受肉体を宿主から剥がすことが出来る。

 

「勿論、その繋がりは私の肉を食したあざみにも。――あの子はそれを悪用して、比名子にちょっかいを出してきていたようです。理屈は知りませんが」

 

「それに関しちゃ、私もその身で実感したよ。まだ未完成だった比名子と殺し合った時、コイツの領域の中でその女に喋りかけられたんだ」

 

 汐莉と、五条に同行していた真希。二人の話していることは、先刻の追走劇(チェイス)にて比名子が言及していた内容と同じだ。

 魂の繋がりを伝い、汐莉やその被受肉者の動向を監視する能力。五条はその時、これを仮に「魂縁観測」と名付けていた。

 

 だがその口ぶりから「魂縁観測」の能力は、観測はおろかその対象へ言葉を投げかけることすら可能であるらしい。

 領域展開は、結界をキャンバスとして生得領域――心の中を投影する呪術。対象の心に直接干渉するのがあざみの権能の一つだとすれば、領域内で真希がその声を聞いたのも納得だ。

 

「……? なんだよ」

 

「いえ、そういえば君はかつて比名子の内臓を破壊したんでしたね。その報いはどうしてやろうかと」

 

「今更かよ……言っとくがあの時は比名子も私を溺死させようとしてたぞ」

 

 数日前の死闘に関して蒸し返す汐莉に対し、真希は露骨に辟易した顔であしらおうとする。

 じゃれ合うかしまし娘(妖怪とゴリラ)はさておき、幾分調子を回復させた比名子が話をあざみの術式に戻す。

 

「汐莉さんや、その肉を食べた存在に干渉する能力……あざみさんがそういうことをできるって、私も分かってたつもりでした。けどそれは、精々覗き見程度が限界だって思ってた」

 

「流石に、遠隔で肉体を破壊なんてできやしないだろう。比名子はそう思っていたわけだね」

 

 重苦しい表情で、比名子ががっくりと頷く。

 

「……根拠は、私と汐莉さんが同様の呪いを受けていないことでした。私は血を飲んだだけだから、肉を食べた時ほど強固な繋がりは無くて、だから遠隔攻撃が出来ないって考察はできるけど――美胡ちゃんに対してこうも影響を与えられるなら、より“距離”が近しいはずの汐莉さんに、同じことが出来ないはずが無いから」

 

 だから、社美胡に汐莉が肉を与えるときも、その()()()に関しての考慮はしていなかった。道理だ、と五条も思う。

 

 美胡の肉体を改めて見る。内部がぐちゃぐちゃだとはいえ、彼女の肉体は消滅することなくその輪郭を保っている。魂の繋がりを辿った遠隔攻撃では、直接「茫洋」の現実改変をぶつけるよりも威力が落ちると考えていいだろう。

 ならばその威力の差が生じる要因は、考えるまでもなく“距離”の違い。それは物理的な距離も含むし、魂の繋がりの強度――肉を喰ったか血を飲んだか、摂取した部分の呪術的価値の差も内包している。

 であれば、あざみとの距離は比名子よりも美胡の方が近いし、汐莉とはもっと近い。当然だ、あざみは直接汐莉の肉を喰ったのだから。

 

 にもかかわらず、あざみが汐莉を害することなく、美胡にのみ呪いをかけた理由は何か。

 比名子はそれを察することが出来ず、今回のような最悪の結果が残ったわけだ。

 

「――――」

 

 あざみの行動、その思惑――それに関して、五条は大体察しがついている。おそらく、ここで話を聞いていた真希も。

 追走劇に入る前。あざみの自己憐憫と汐莉に対する他責。アレを聞いていれば嫌でも、奴が汐莉を本気で憎んでいることが理解できる。

 

 それ故に、推測できる。あざみの思惑――否、これは()()と形容するのが相応しい。

 

「――嫌がらせ」

 

 心底嫌そうな表情を浮かべて、五条がそう吐き捨てる。それを受けた比名子は、ぽかん、という擬音が聞こえてきそうな顔をしていた。

 今の、五条の言い捨てた言葉が、うまくかみ砕けない。狐につままれた表情を晒す比名子に、「だよなあ」という肯定の言葉とともに真希が説明をし始めた。

 

「誰かが誰かを憎んだ時ってのは、その矛先が復讐対象(ソイツ)にだけ向く場合と、先に復讐対象(ソイツ)以外に向かう場合がある。後者のタイプ、あの女も多分そうなんだろうが……そういう人間は、そうやって復讐対象の大切なモンを削って削って、その果てにようやくソイツ自身に手を下すんだ」

 

 復讐の種類、そしてその段取りを指折り数えながら、真希はあざみの動機を解析する。

 比名子が術式を覚醒して2週間強、という話は最初信じられなかったが、彼女の様子を見るに本当の事らしい。

 

 それが証拠に、比名子の表情は真希の言葉と共にみるみる消えていき――、

 

「皆さーん、お茶汲んできま、し、っ……」

 

 ――瞬間、世界の温度が変わった。

 

 空気が変質し、景色の色が消失する――否、変化したのは世界ではない。世界に存在している側だ。

 八百歳比名子の憤激が、激昂が、途轍もなく巨大な圧迫感となり、世界が変質したと錯覚するほどに空間を支配しているのだ。

 

 術師として、生物として、存在として、比名子との間に横たわる隔絶。

 心臓が痺れるような、手足が乗っ取られたような、脳みそがやすられるような最低の感覚を、五条以外のその場の全員が実感する。

 

「ふ、ぇっ……?」

 

 五条の頼みで配膳室から人数分のお茶を持ってきた三輪霞は、そのお茶を乗せていたお盆ごと床へ落とす。

 湯呑が割れる甲高く不快な音、お盆が床面にぶつかる乾いた落下音、普段なら自分のミスに慌てる場面でありながら、三輪はそれらの音へと一切意識を割くことが出来ない。

 今三輪の目に映っているのは、右半身に刻まれた火傷痕が痛々しい、自分と同級生であるはずの線の細い少女のみ。

 

 足に力が入らず、腰が抜けてへたり込む。冷や汗が止まらず、目に涙が浮かぶ。

 息すらも許可なく行えば殺されるかもしれない、そんなあり得ない思考すら脳内によぎる。

 圧倒的な存在感、威圧感、超越者たる生き物としての格の違い。億が一にも抗いようのない恐怖を前にした人間は、これほどまでに行動を封じられてしまうのだ。

 

「はいはい、ストップ! 皆怖がってるよ!」

 

 唯一、この場において一切影響を受けなかった五条が、比名子の額に強めのデコピンをかます。

 比名子は「いたっ!」という声と共に打たれた額に指を添える。場を支配していたプレッシャーは霧散しており、どうやら比名子は冷静さを取り戻したらしい。

 

「いえ、別に怖がっていたというほどではないですが……」

 

「私達ってより、どっちかっつうと……」

 

 汐莉と真希、この二人の実力は言うまでもなく高いので、比名子の圧に晒されても――直接ぶつけられたわけでもないため――嫌な感覚を味わった程度で済んでいた。

 その二人が心配して視線を向ける先には、

 

「ふえぇぇ…………」

 

「ああっ、ご、ごめんね霞さん……!」

 

 いまだ腰が抜けてプルプル震えている三輪に、比名子は平謝りするしかなかった。

 

 

--------

 

 

「仲間にビビッてお茶もまともに持ってこれない役立たず三輪です……」

 

「本当にごめんなさい……」

 

 唐突に発生した特大の恐怖体験から立ち直ったはいいものの、今度はようやく直視できた自分のやらかしで落ち込む三輪。

 比名子は比名子で無駄に威圧してしまったことを気に病んでいるし、二人のせいでその場の空気が無駄に重くなっている。

 

 紆余曲折あって、比名子は特級術師として呪術高専京都校に転入することになった身だ。

 同じクラスになる三輪は性格が常識人よりであるのも相まって、出会った時から比名子との関係は良好。

 先程比名子が怒りをまき散らしたせいで、危うくその関係がぶち壊しになりかねなかったのだが――、

 

「比名子が学んでいかなきゃいけないことはそこら辺かもねー」

 

 呪術を扱う人間には二種類いる。呪いを用いて無辜の人々に仇なす呪詛師、それらや呪霊を祓うことを生業とする呪術師だ。

 この度、比名子は正式に高専に属する呪術師になった。この悪趣味な死滅回游の平定が成った後も、比名子は呪いと相対し続けるのだ。

 そうすればきっと、比名子は何度も何度も戦うことになるだろう。呪霊や妖怪など比ではない、下衆や外道を煮詰めた幾人の人間共と。

 

 京都校所属の教師である歌姫や楽巌寺学長が比名子に何を教えられるか考えていたが、邪悪な者らとの戦いで平静を保つ心構え、これを教えることならば呪術の才覚の差は関係ないだろう。

 

「ほら二人とも、いつまでもしょげてないで話を元に戻すよ」

 

 ぱん、ぱん、と五条が手を叩いて、沈んでいた比名子達の気分を浮上させる。

 自分の至らなさに思い悩むのは青春のただ中にある若人の特権だが、今は生憎別に考えることがあるのだ。

 

「あざみの術式――『茫洋』とやらの能力に関して、美胡の容態を診れば何がしかの推測が立つと思ってたけど」

 

 やはり、五条の「六眼」はこの術式の情報を映してはくれない。

 正確には、()()()()()()()()()()()()()、そんな曖昧な情報だけは理解できる。

 だが、そうとわかるのはその程度。呪いの世界に足を踏み入れたばかりの新米術師と同じくらいの浅い推測だ。

 

 呪力を精緻に可視化し対象の術式を看破する「六眼」、それがまともに機能しない術式効果。

 術式の世界観は一貫していない。故にこうした非常識な権能を持つ術式が存在することも、理論上は考えられなくもなかったが――、

 

「――少しいいですか、五条先生」

 

 と、諸々の要因で顔を俯かせていた比名子が、僅かばかり目に明るさを取り戻して手を上げる。

 術式に関してほぼ決定的なものを得られていない五条とは違い、その声音には何かを確信したような色があった。

 

「あざみさんの術式について。あの人との交戦や、さっきの追跡の時の経験。それに、()()()()()()を踏まえて、少し考察してみたんです」

 

「……比名子自身の?」

 

 確信を持ったもの特有の重みをもって語られる比名子の言葉、その最後の部分に引っ掛かりを覚え、五条はそれを繰り返す。

 彼女自身に起こったこと、とはどういう事だろう。現在比名子には美胡と同様の呪いをかけられている痕跡はないし、「魂縁観測」を受けていたのは過去の話だったはずだが。

 

「私が言いたいのは、それ以前の話です。……私やあざみさんの持つ術式の、ルーツについて」

 

「――それはつまり、比名子やあざみの先祖には強力な術師が居たって事?」

 

 乙骨憂太や呪術界御三家・五条家の者が菅原道真を遠い祖先に持つように、強力な術師の血縁を辿ると強力な術師に到達することが多い。

 呪術界において、ルーツという言葉は大抵がそういう意味で用いられる。そして、そういった強い先祖の持つ術式は相伝術式と言い、血を脈々と繋ぐことで継承している場合が多いのだ。

 

 しかしおかしい。仮にも御三家の当主の立場であるはずの五条悟は、比名子の“海”の術式、ましてやあざみの「茫洋」に似た術式を持つ存在など聞いたこともない。

 どういうことだと首を傾げる五条に対し、比名子は慌てたようにぱたぱたと手を振る。

 

「ああ、えっと、そうじゃなくて。私の術式のルーツは、汐莉さんなんです」

 

「――――」

 

「私の術式も。多分、あざみさんの持っている術式も。――汐莉さんの肉を摂取した際に、脳内に刻み込まれたものなんです」

 

 咄嗟の弁明にも似た声色で説明した言葉。

 そこで出てきた汐莉の名に反応し、五条、真希、三輪が同時に汐莉の方へ向く。

 

……はぇ??

 

 術式を刻んだ、その犯人であると告発を受けた汐莉は、その意味がさっぱり理解できていない間抜けな声を上げていた。

 

 

 

 




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