死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 今回の話は本来前話とセットのものだったのですが、時間がなさすぎて2つに分けました。なので今回もちょっと短いです。申し訳ない。
 いい機会だったので考えてた設定を一気に放出しちゃいました。
 分かりにくいところがある時は遠慮なくコメント欄で質問していただければ。


第38話 「妖怪の術式とその実用可能性について」

 

 

 

「そもそも、妖怪がどうして術式を使えないか知ってるかい?」

 

 呪術高専東京校。今は幾千万の呪霊の巣窟となった人外魔境の片隅にて、居合わせた4人の少女――正確には今なお昏睡状態にあるもう一人・社美胡も合わせて5人。その前で、高専教師である五条悟が指を立てて講義を始める。

 薄く静謐に微笑む姿は澄んだ蒼穹を切り取ったが如く整っており、その最も目立つ位置に据えられた「六眼」の宝石のような輝きは、見るもの全てを振り返らせる幻想めいた美貌を全く殺さず彩っていた。

 

「まず妖怪という種族は、知性が無くて言語を扱えない奴を除けばデフォルトで人の五感を狂わす言葉および文字を使用できる。その上、一部の連中にはそれ以上の驚異的な性能が備わっているわけ……例えばここにいる汐莉は人魚で、不老不死の肉体を持つ、って言った感じにね」

 

 ――認識を操作し、ヒトガタに擬態して近づき、その上多種多様な呪いをも扱う人喰いの化け物・妖怪。

 呪術界では「知性を持った妖怪」という時点で問答無用で一級あるいは特級に指定するのが常識であり、その厄介さ・祓除の難しさに関しては単なる呪霊を優にしのぐ。呪力なしでも斃せること、術式を使用しない故「領域展開」までは使用しないこと、救いはそれだけしかない。

 対妖怪においては「ヒトガタなら呪詛師、ヒトガタでないなら呪霊として扱え。妖怪と分かれば即祓え」という鉄則があるが、そのような極端な考えもこれほどの厄介性であれば納得できよう。

 

 五条は妖怪について解説するのに加え、強力な妖怪たる人魚・近江汐莉に指を差しながら彼女の能力について説明する。

 死滅回游前、日常の中で開かれていた授業ですらおちゃらけていた彼の軽薄さはなりを潜めている。

 あまりにも美しい瞳から注がれる眼差しに射抜かれながら、少女たちは五条の話に耳を傾けた。

 

「でもね、それは“生得術式”じゃないんだ。脳に刻み込まれた術式を使用しているんじゃなく、腕や足みたいに肉体に元来備わった身体機能。これは過去の『六眼』持ちが妖怪を分析したことによる、れっきとした実験事実だね」

 

 わかりやすく丁寧、かつ真剣に話される五条の講義にいまいち馴染むことが出来ず、居心地悪そうに肩をすくめる禪院真希。

 座学の成績がそれほど悪くない彼女は、妖怪に関する基礎的事項はおおむね頭に入っている。「六眼」持ちによる研究の歴史も含め、真希からすれば大して聞く価値のない情報だ。

 普段の馬鹿話のように右から左へ聞き流そうとするのだが、真面目に講義を行う五条の声は耳から入っては頭に溜まり、意識を逸らすことを許してくれない。元々の彼の声質が良いのもあるのかもしれない。

 

「それを踏まえて、じゃあ術式も使えばもっと強くね? って話に移行するけど……そもそも、多くの妖怪は術式を()()()()()()()ってのが大きい。美胡の例を挙げるけど、この子は狐から妖怪に転じたんでしょ? で、術式を持ちうるのは人間と呪霊だけなんだから……」

 

「――術式は基本“生得”のものだから、元は狐の美胡ちゃんは術式を生まれ持つことが無い?」

 

「そういうこと」

 

 たとえ途中で妖怪に転じようと、“生得”術式が急に生えてくることはない。

 そして妖怪は単なる動物の成れの果てである場合が多く、そういう連中は最初から術式を有する可能性が無いのである。

 

「ただし、稀にではあるけど、生得術式を持つ妖怪は確かに存在する。さっきも言ったようにマージで何にも使えない役立たずだから、ろくに研究もされてないんだけどね」

 

 さっき比名子が言ったことは興味深い新説だね。天頂に懸かる孤月のような美しさの微笑みで、五条は比名子を称賛する。

 その一方で真希と三輪、そして汐莉は、「絶対に使用できない」「マジで役立たず」といった無価値性をやけに強調している所に引っ掛かりを覚えていた。

 脳構造が非術師と同じ故に術式を使えない人間とは違い、元々呪力を扱える妖怪が生得術式を起動できない理由は何なのか、と。

 

「これに関しては呪術の足し算引き算というより、生物の進化に近い。ほら、生き物が環境や時代に即して形態を変えていくとき、不要な器官は切り捨てるでしょ? 妖怪が術式を持たないのも理屈は同じ。なんせ元々術式を二つも三つも所持してるみたいなもんなんだから」

 

 蛇の祖先の手足が狭い穴を生活する中で完全に消失したこと然り、鯨の祖先が水生生活に適応する際に後ろ足が退化したこと然り。

 五感操作呪術やヒトガタの擬態術、さらには各個で特有の呪いを有する妖怪にとって、術式は“要らぬもの”と判断されるようだった。

 

 五条が先ほど妖怪の術式を「術式の名残」と称したのもそういう理由だ。

 鯨の退化した足は骨格の中に小さな痕跡を残すのみであるのと同じように、妖怪の退化した術式は脳の一部に()()()()としてへばりついているに過ぎないのである。

 

「とはいえ、術式は術式ですよね? どうにかして使えるようにはならないんでしょうか」

 

 再び三輪が控えめに手を上げ、素朴な疑問を五条にぶつける。

 三輪や真希は術式を有していないため、脳に存在するならば使えてもおかしくないのではないかとどうしても思ってしまう。

 持たざる者のもっともな疑問に対し、五条は腕を組んで首をひねる。

 

「んー……呪力を『電気』、術式を『家電』に例えようか。そのままじゃ使い勝手の悪い『電気』は『家電』に流すことで様々な効果を得られるわけだけど……その例えで行けば、脳構造が非術師な術式持ちは、言うなれば『コンセントにプラグが入ってない家電』って感じになる。呪力を扱えてないから、術式に呪力を流しようがないわけだね」

 

 それ故に、この手の者達は軽いきっかけで術式を扱えるようになる。「プラグの挿入された状態」になるのだ。

 羂索の「無為転変」により術式を使用できるようになった覚醒型泳者然り。それでなくともある日突然術式を使えるようになったという事例すらも存在する。

 

「妖怪の術式はそんなレベルじゃない。呪力を使えるのに起動できない術式ってことは、さっきの例で言えば『そもそも電源ケーブルが付いてない欠陥家電』ってことになっちゃうのさ」

 

 脳構造が非術師な術式持ちの比ではない。術式に呪力を十分に供給できる要素が根本から存在しない。

 よしんば「無為転変」で無理矢理使用可能にしようとしたとしても、電源ケーブルを何もない所から創造するに等しい大改造、達成する前に脳が破壊されて死に至る。

 

 勿論それは不老不死の人魚を除けばの話、ではあるのだが――、

 

「つーかさっきも言ったけど、妖怪の術式って『術式の名残』でしかないのよ。使えたところで出力も弱けりゃ燃費も悪いだろうし、マジのガチでクソも意味ない」

 

 再三にわたり能無しの役立たずであることを伝え、五条はやれやれと首を振る。

 異議は無い。使用不可な上使えてもポンコツな代物、真希も形容するなら「ゴミ」だの「カス」だの辛辣なものになってしまう。

 

「とは言っても、『電気』と『家電』はただの例だからね。実際にはちょっとくらいは術式効果が発現することはあると思うよ。“海”の術式の縮小版だから、たぶん水を放出するみたいな術式じゃないかな」

 

「水を出す……そんなの、私は心当たりありませんが」

 

「……汐莉さん、人魚の姿になった時、体から水が滴ってたよね。多分、あれ」

 

……………え、あれ? あれがソレなんですか??

 

 比名子は今、かつて椿という子狸の妖怪が襲来した時、汐莉が爪で切りつけたことを思い出している。

 あの時の汐莉の爪の先からは、確かに水滴が滴り落ちていた。それを根拠とされ、自分の持っているであろう術式の()()()()()に汐莉は改めてげんなりとした。

 

「今の内容全部、私は初耳だぞ。授業で似たようなことが言及されてた記憶もねぇ」

 

 そのやり取りを後目に、真希が現在気になっていることを五条に質問する。

 脳内をさらっても上述した事柄に関連したことがちらとも思い出せず、真希は首を傾げていた。

 何がしかの深い理由でもあるのだろうか。真希が五条を訝しんでいると、五条は「だって」という接続詞の後に言葉を続ける。

 

()()()()()()()()もん。真希達は高専生でしょ? 術式より厄介な身体特性を持つ妖怪が実は使い物にならない術式を持ってましただなんて、高専でわざわざ授業する内容じゃないよ」

 

 よほど妖怪の性質・生態に精通したい人間でもなければ知る機会はまずない。学校で例えるならば、大学院に「妖怪学専攻」とかいう分野があると仮定すれば漸く教わるかもしれない。

 そもそも知ったところで妖怪との交戦時には何の役にも立たない。高専の授業で扱うメリットが皆無だった。

 

「……とはいえ、その残りカスな術式が、血肉の摂食を通して人間に宿ることは盲点だったかな」

 

 そしてその宿った術式もまた、きっかけを与えられれば開花するということも。

 新しい化学反応を発見したサイエンティストのような目で、五条は比名子を見つめた。

 

「あ、じゃあ最後に質問です! そんなに弱い術式が宿ったなら、どうして比名子の使う術式はあんなに強いんですか?」

 

「え? そんなん比名子の才能がヤバいからでしょ。大した術式じゃなくてもセンスの良い奴がブラッシュアップすれば強くなる。汐莉の術式だって、陀艮とかいう呪霊の持ってた“海”の術式に連なるものなんだから、比名子に持たせたらそりゃ拡張性バリバリよ」

 

「なるほど! とっても納得しました!」

 

 禪院直毘人の「投射呪法」然り、才ある者が既存の術式をより洗練・強化し、新たな術式とする例はままある。

 身も蓋もない話だが、比名子ほどの才能があったればこそ、汐莉の術式はあれほどの高次元にまで昇華したわけである。

 そんな内容の五条の話だったが、さっき巨大な威圧を受けた三輪は爆速で納得したようだった。

 

「……さて、ここまでで汐莉が術式持ちであること、それが比名子に刻まれたことについて論じてきたわけだけど」

 

 ぱちんと一つ指を鳴らし、五条が逸れかけた話題を強引に主題に戻す。

 

「そろそろ、最初に戻ろう。――汐莉の術式が、あざみの術式のルーツでもあるとはどういうことなのか」

 

 比名子と同様に、あざみの術式もまた汐莉の肉を摂取した際に刻みこまれたものであるという、比名子の予測。

 汐莉の“水”の術式と「茫洋」、形態の全く異なるそれらがどう結びついているのか――そこから「茫洋」のメカニズムを解き明かすために。

 

 

 

 




 次回から話を本筋に戻します。
 五条悟一行in病室は次回で終了かなーと思ってます。

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