死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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第4話 大謀網

 

 

 

 

 

 ――1年前、東京都立呪術高等専門学校にて、禪院真希が座学を受けていた時のこと。

 

「憂太はさー、呪霊の強さが通常兵器で例えられる理由って知ってる?」

 

「え……」

 

 担任の五条悟が、同級生の乙骨憂太にそんな質問を投げかけるところから、その講義は始まった。

 

 

 

 

「何でって……僕みたいな呪いに関してほぼ触れたことのない人間でもわかりやすいように?」

 

「まあそれもあるよ。っていうか大体の理由はそれなんだけどね」

 

 その目に宿った特異性のために常時目隠しをしている五条悟は、正答を提示した憂太に「ゲッツ」のポーズで指を向ける。

 真希にとっても、憂太の考えは正しい。4級から1級、その上に特級を追加した5段階でランク付けされている呪霊は、主に「バカにも分かるように」という理由で、本来なら全く効果のない通常兵器で例えられることがある。

 例えば4級から特級にかけ、それぞれ「木製バットで余裕」「拳銃があればまあ安心」「散弾銃でギリ」「戦車でも心細い」「クラスター弾での絨毯爆撃でトントン」といった感じだ。

 

「まあ基本的にはそんな認識でいいんだけど……でも、理由はそれだけじゃない。呪霊の中には「妖怪」っていう、通常兵器が有効な存在もいるんだ」

 

「ゲッツ」の指の片方を天井に向け、悟は軽薄な様子で講義する。

 憂太もその単語はアニメや漫画でよく知ってはいるのだろうが、現実に存在する呪霊と同じものだと言われるとあまりピンと来ていない様子だ。

 

「厳密には違うところもあるみたいだけど……呪術界では例外なく妖怪は呪霊と同等の扱いさ。身勝手で嘘吐きなのが当たり前。人間を騙し謀り誑かすのが妖怪の性。都会で人口が増えて狡猾さを身に着けた呪霊がそんな感じに近いかな? ま、妖怪にも知性や理性のないのはいるけどねー」

 

「それじゃ、妖怪は呪いを使わない通常攻撃が効く、祓い易い呪霊ってことですか?」

 

「イエス! ……って言えれば話は簡単なんだけどね、でもそうはいかないのが妖怪の面倒臭いところってわけ。そのめんどい部分が何か、はいパンダ!」

 

「あー、確か人間に化けて一般社会に紛れるんだよな。戸籍とかを呪いでごまかして、人間の記憶を操作して」

 

 同級生で、呪骸――呪いを宿した自立人形――の中でも感情を持って生まれた突然変異体であるパンダに、「正っ解っ!」と指を鳴らす悟。

 

「術式ってより、妖怪の持つ性質みたいなものかな。呪いを込めた文字や言葉で五感や記憶を操り、無害そうなヒトガタに擬態して人間の傍に忍び寄って捕食するのが常套手段。妖怪は皆、そういうことができる」

 

「……それじゃ、僕らは妖怪に対処しようがないんじゃ……」

 

「憂太、僕ら呪術師の呪いへの対応は基本的に()()()だよ。呪詛師が悪意を持って潜伏している場合だって、行動に移されないとほぼ察知できないんだから」

 

「――ヒトガタに化けた時は呪詛師。ヒトガタでない時は呪霊として扱え。妖怪と分かったら即祓え。これが対妖怪の鉄則だろ?」

 

「真希も正解! いやー、僕の生徒は皆優秀だねー」

 

 先生がいいからかな? と一人で自画自賛する悟を後目に、真希は正答を示せた背景を思い出す。

 生家、禪院家。「禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず」の暴論を振りかざす最悪の呪詛師家系。呪力を持たない真希はその家で軽蔑と愚弄の雨に打たれながら育ってきたが、それでも基礎的な知識は叩き込まれ、業腹だがこういった授業や呪いと相対するときにも役立っている。

 

 まあ、それ含めて家での出来事は胸糞の悪いものばかりなのだが。

 

「――でも、酷い話だよね。昨日まで友達だと思ってた人が、実は妖怪だったっていうこともあるんでしょ?」

 

 頬杖を突いて外を眺める真希に、顔色を悪くした憂太が話しかける。

 

「あるだろうな。そうなったら大抵の場合喰われて終わりだ」

 

「大抵って、じゃあ喰べられる前に正体がバレる場合もあるってこと?」

 

「妖怪だって機械じゃねぇんだから、ミスすることもあるだろ。そうなった時、捕食対象は普通はソイツを恐れて逃げる。だが、逃げねぇ場合もあるんだと」

 

 家での嫌な記憶を呼び起こしてぼやくように話す真希。憂太はそれを真剣に聞いている。

 

「それって?」

 

「仮初の友情に縋ろうとして祓除の邪魔をする。だから妖怪が相手だと任務が面倒臭くなる――あー、そういえばそれ以外の理由で逃げない奴もいるって、家の連中に叩き込まれたな」

 

「それ以外……?」

 

 

 

「――考えが妖怪に寄った、極めて危険な人間」

 

 

 

--------

 

 

 

 ――「大自在平線」。

 

 八百歳比名子の領域。その中において、“平線”という単語とは裏腹に、対象および術師たる比名子が出現するのは海の中。

 

「私の心は、あの日からずっと、深い海の底に沈んだままだ」

 

 海の底は、家族を喪った比名子が日常で感じる重苦しさと息苦しさの象徴。それをそのまま描写すれば、領域の裡が水底となるのは必然。

 比名子にとって息苦しさを感じる程度であるその空間は――閉じ込められた敵の立場になった瞬間、おぞましく殺意に満ちた絶死の悪夢と化す。

 

 領域内の効果は“呪術の性能向上”“術式の必中”の二つ。これらが呪いの殺傷性を極限まで押し上げる。

「大自在平線」は言うまでもなく、それらに寄らずとも必殺の領域である。術師、呪霊、妖怪、どれであろうと「肺呼吸を行う」のであればそれだけで常に溺死の危険性が付きまとう。

 よしんば術式効果、呪霊や妖怪であれば身体的特徴で水中呼吸ができるという場合であっても、そもそもそこにある海は比名子が呪力で構築したもの。それら全てが比名子の掌の中――通常の水中のように、自由に動けるはずがない。

 

 現実の海のように美しく、そして恐ろしいまでに殺戮に特化した領域。

 それは自分の心が、思いが、願いが、他者をひたすら傷つけると突きつけられているようで――比名子はどうしても、この領域を好きになれなかった。

 

「…………」

 

 領域に閉じ込めた時点で、比名子の勝利はほぼ確定したようなものだ。

 ――領域に、閉じ込められていれば、だ。

 

「居ない……」

 

 ――比名子の目の前にあるのは、先ほどまで真希が振り回していた呪いの刀、それのみ。

 異質な気配を漂わせるソレだけが領域内に顕現し、今ゆっくりと深海へ沈んでいこうとしている。

 

 真希は間違いなく、比名子の領域の閉じ込められる範囲内にいた。

 ではなぜ、刀だけがその場に存在するのか――簡単だ。真希は、領域内に閉じ込められていないのだ。

 

(――私の体には呪力が全くない。だから、結界術において建造物と同等の扱いになる)

 

 故に領域展開の際には閉じ込める対象から外され、裡に顕現することはない。

 もしそれでも内側に入れたいのだとすれば、構造物を結界の外郭として利用するか――真希本人の意思で、結界に侵入する必要がある。

 

 ――沈みかけた刀を掴んだ真希が、眼前の比名子の心臓にソレを突き立てている。

 

(私の意思で入るんだから、出る場所も私の意思で指定できる。――こんな風に、刀がある場所を狙って出てくることもできる)

 

 領域には必ず閉じ込められるという術師の共通認識を逆手に取った、それは完全な不意打ち。

 たとえ目の前に出ようが、必ず比名子の虚を突ける。そう踏んだからこそ、真希はあえて領域の中に侵入した。

 

 呪力から脱却した、フィジカルギフテッド。それは、領域使いにとっては最悪の天敵である。

 

 ――胸から夥しい血が噴き出て、それが自らの生成した呪水に溶けていく。

 ゆっくりと前に頽れていく比名子を見ながら、真希は彼女の死を確信する。

 

 死にゆく比名子に対して、真希は何の感慨も抱かない。

 狐の妖怪。それを友達だと宣う、考えが妖怪に寄った極めて危険な人間。

 真希にとって比名子は、それ以外の何者でもないのだから。

 

(判断を誤ったな)

 

 海の中ゆえ、真希は言葉を発さず、目で酷薄に終焉を告げる。

 ――その意思はしっかりと、比名子に伝わったようで。

 

 

「いいえ」

 

 

 突如比名子が顔を上げ、刀を握る真希の腕を万力の力で掴む。

 水や式神による中距離スタイルが主であるため近接戦闘はからきしな比名子だが、その呪力量と出力は本物だ。全力で爪を立てればフィジカルギフテッドの皮膚を破り、筋肉にまで爪が食い込む。

 

 そうして物理的に胸から刀を抜けなくした比名子は、先程の真希の意趣返しのように冷酷に言葉を告げる。

 

「だって私は、」

 

 

 

「――貴女を誘い込んだんですから」

 

 

 

--------

 

 

 

 ――比名子が美胡の傷を癒す前。呪水による「穿血」により真希を吹き飛ばした時。

 あの時真希は構造物を突き抜けながらはるか遠くまで飛ばされた――そう、()()()()()()()

 

 比名子自身は真希が結界に激突する形で停止するものと思い込んでいたが、しかし何の抵抗もなく真希の体は結界を抜けた。

 比名子はその様子を観察していた。そのため、呪力のないモノは結界を素通りできることはあらかじめ認識している。

 

「領域は外界を結界によって隔てる。それならきっと、領域の結界すらも貴女の前では何の意味も為さない」

 

 である以上は、あえて領域を展開してしまえば、真希はその中に入ってくるのではないか。

 死滅回游の得点は術師5点、非術師1点。呪力を持たない真希のような存在を想定していない。

 推し量るに、呪いから脱却した真希の体質は極めて稀だ。「領域のルールが通用しない」という状況は、通常の呪術戦ではまず起こり得ないことであると比名子は予想した。

 

 ――もしそれが正しいなら、それを逆手に取った不意打ちを、真希は必ずやってくる。

 そこまで推測できたなら、比名子はさらにその一手先を打てばいい。

 

「――結界に侵入した貴女にあえて不意を打たせ、そこで生まれた隙を狩る」

 

 そのために周りの水を操作し、結界内に出現した刀の鋒をわざと自身の胸に向けた。

 真希にとっては致命の一撃を叩き込める絶好の向きにすることで、攻撃のコースを読みやすく、かつ動きを止めやすくするために。

 

 

 心臓の破壊を前提とした捕縛。そんなもの術師ですらまず選択肢に入れることもない狂気の沙汰。彼女を想う美胡や汐莉が知れば泡を吹いて倒れる所業。

 けれど比名子にはそれができる。その選択肢を取れるだけの理由がある。

 

 ――だって比名子は、汐莉に喰べられ、皮を剥がれ、腹を裂かれ、腸を引きずり出され、その肉を平らげられるのを望んでいるのだから。

 

 捕食は、痛みを伴う。心臓の破壊どころではない、全存在の消失を伴う――そういったような、自分の命を絶対的に奪ってくれる何か。それを心から望み続けた十年間、それにより醸成された精神性。

 呪術師にとって重要な()()()()()。その才能が、比名子には誰よりも存在していた。

 

 

 ――真希の腕を掴み、身動きを取れなくした比名子。その腕から無数の式神が出現する。

 丸い体に無数の針を生やした、先程真希に全て切り払われた式神。

 

(また針っ――――)

 

 領域による能力向上により、先程よりも強化された針千本の爆発が至近距離で炸裂する。

 それだけにとどまらず、第二第三の針千本が真希の目の前で炸裂、炸裂、炸裂――絶え間ない爆発と突き刺さる針による痛み、そして水中に響き渡るくぐもった轟音が真希を支配する。

 

「~~~~~~~~~~~っ!!!」

 

 生半可な攻撃ではダメージを与えることもままならない鋼の肉体。しかしそれにも限度があり、凶悪な爆発と針の嵐の前にみるみるうちに削られていく。

 刀は抜かせない。けれど心臓は破壊されたままのため比名子は先程から反転術式を使用、呪力を血液に変換しながら肉体の恒常性を維持している。

 しかし、流石に血液の漏出する方が速い。死へ近づくスピードは極限まで減衰しているが、式神による攻撃も並行している状況。このまま続ければ間違いなく比名子は死ぬ。

 

 ――でも、止めない。このまま腕を掴み続け、海中で真希にダメージを与え続ける。

 結界を無視できるフィジカルギフテッド――だが、一帯に存在する呪いの水による窒息の影響は無視できないだろう。

 真希の肺に存在した酸素は刻一刻と失われていっているはずだ。

 比名子の命が尽きるより、真希に残された時間が削れ切るほうが早い。

 

「溺死か、式神の炸裂による肉体の破壊か、貴女の息の根が止まるまで……!!」

 

 ――だが、それでも真希の肉体性能は圧倒的だ。

 

(ナ゛メ、てんじゃ、ねぇ!!)

 

「――――っ!!」

 

 爆裂する式神、それを無理やり振り払い、真希は比名子に前蹴りを繰り出す。

 咄嗟の呪力防御でダメージは減らしたが、それでも体内の空気が全部吐き出されるほどの衝撃。それにより比名子の手が真希の腕から離れ――そうになるも、気合で握り込み離さない。

 

 だが、真希の前蹴りは比名子への攻撃が目的ではない。比名子から距離を取るためだ。

 強烈極まる前蹴り、その反作用で真希は後ろの空間へ離脱。比名子の食い込んだ指によって猫のひっかき傷の数百倍酷く肉が抉れるが、問題なし。腕は動くし刀も握れる。

 

 対して比名子は刀が胸から抜けた影響でさらに失血、その上真希が無理矢理離脱した影響で指の爪が剥がれ、何本かの指はあらぬ方向にひしゃげてしまっている。

 真希も全身から血を流してはいるが、どちらが重症かは歴然である。

 ――だが。

 

「全部、治せる範疇です」

 

 刀が抜けたのならそれはそれで悪くない。指の治癒は後回しにし、恒常性の維持に注力していた反転術式をまずは心臓の修復に回す。

 そしてもちろん、真希への攻撃も欠かさない。

 

「さっきの式神で結構削れたでしょう。その状態で、()()から逃げられますか?」

 

「――――っ! ごぼ、が、っ……!!」

 

 溺死という危険性を孕みながら、それでも一応は穏やかであった海の中――それが一気に荒れ始める。

 酸素不足に苦しむ真希の周りで急速に対流――否、水の竜巻と言っても過言ではない轟渦が発生。現実に例えれば戦艦すらも呑み込みかねない大渦に、体力の減った真希では抗うことすらままならない。

 

 ――そして、その渦の流れに乗って、「死累累湧軍」の式神が殺到する。

 

 マグロが、カツオが、ダツが、サメが、オコゼがブリがヒラメがカレイがスズキがタチウオがマンボウがサヨリが襲い掛かり、真希に激突し、突き刺さり、切り裂き――

 

 

 

--------

 

 

 

 ――心臓に手を当て、反転術式によらずともドクンドクンと鼓動していることに一安心。

 指の治癒も終わり、比名子の体に傷はどこにもない。

 改めて、轟渦と式神の猛攻に曝されていた真希を見る。

 

 ――真希の命は、風前の灯だった。

 

 恐ろしいことに、真希の体には致命傷となる傷がどこにもなく、全てが強靭な骨と筋繊維に阻まれて内臓まで達していない。

 今真希が命を落とそうとしている要因は、溺れたことによる窒息だ。

 

「けど、あまり苦しませたくない」

 

 真希の背後、日の光が差し込まぬ海の底から、巨影がゆったりと姿を現す。

 

 ――――メガロドン。

 

 約2300万年前から360万年前にかけて生息していた絶滅種のこの鮫は、最大体長は優に20mを超えると推定される史上最大の捕食者魚類。

 領域による術式精度の向上により、出現した式神の体長もまた推定される数値と同等のものとなっており、その咬合力もまた巨躯にそぐうものとなっていた。

 

「私は、貴女がどんな人かは知らない。――でも、美胡ちゃんを殺そうとしたんです」

 

「だから――さよなら」

 

 メガロドンが口を大きく開き、車を吞み込めるほどのサイズに達する。

 そして瀕死の真希に喰らいつき、その肉をバラバラにして海の藻屑にしようとし――、

 

 

 

 ――意識を急覚醒させた真希が振るった刃が、メガロドンを両断した。

 

 

 

「――――!!?」

 

 夥しい血を流す真希。もはや戦いは決したはずなのに、今の彼女は「大自在平線」に入る前と同等の――否。明らかに彼女はパワーアップしている。

 酸素を失い窒息寸前だった、いいや今も窒息寸前であることは変わらないはずなのに、比名子には真希が復活――それどころではない、別次元の進化を果たしたことが理解できた。

 

「――走馬灯を見たんだ」

 

 水の中では、言葉は言葉にならない。ただごぼごぼと音を立てるだけ。

 けれど比名子は不思議と、彼女が何を言っているのか分かった。

 

「オマエと同じ、海の術式を使う呪霊の領域。――その中であの人は、呪力も使わずに空中を蹴ってた」

 

 あの人とは何者か、比名子にはわからない。けれど文脈から、その者が真希と同じ呪力を持たぬ体質であることは理解できる。

 

 

「なんであの人は空を蹴れるのか。私とあの人の何が違うのか。死ぬ寸前の走馬灯、凝縮された時間の中で、考えて、考えて――そして見えたんだ」

 

「なんてことのない空気や水にも、温度や密度の違いで“面”が存在していた」

 

「ただ呪いが見えるようになるだけじゃ、駄目だった。あの人にしか見えないもの――私にしか見えないものが、あったんだ」

 

 

 ――恐ろしく凶悪な笑みを浮かべた真希が、超速で比名子に突進してくる。

 酸素をなくせば脳機能は低下するものだが、一向に比名子を見失わない――それは、まだわかる。フィジカルギフテッドの感覚器官の鋭敏さを考えればあり得なくもない。

 だが領域に入る前の戦闘、その時の真希のスピード、それすらも比較にならぬ速さで比名子に接近してくるのは信じがたい。

 

 その勢いで繰り出された平突き。咄嗟に身をよじって回避しようとするも、左脇腹に直撃して深い傷ができる。

 内臓には達していないが、内臓が零れそうなレベルの傷。すぐさま反転術式で治癒しようとするも、

 

「――――!? 傷が、治らない……!?」

 

 血液の漏出が止まらず、真希との一連の戦闘において初めて焦燥を感じる比名子。

 原理不明の塞がらぬ傷をつけた真希を見る。呼吸ができるようになったなどということはなく、依然彼女は溺死寸前。おそらくあと数度息を吐けば真希は意識を失う。

 

 ――その貴重な残り酸素を使って、獰猛に嗤う真希は言葉にならぬ言葉を発する。

 やはり比名子には、その言葉の意味が分かって。

 

 

 

「悪いなぁ――――」

 

「――――私は今まで、目が見えてなかったよ!!」

 

 

 

 天与の暴君の再誕。長い長い埋伏の果て、漸く剥き出しになった肉体の躍動。

 

 ――呪いに愛されし者、呪いから解き放たれし者。致命の領域の中で、二人の戦いは最終段階に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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