死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 久しぶりの20時投稿です。
 朝に日間ランキングを確認したらなんか30位になっていたので、急遽。

 月・水・金の12時に最新話を上げるのは基本変えませんが、今後も高い順位になったらこういう不定期投稿があるかも。


第39話 「茫洋」

 

 

 

 薄暗く静かな呪術高専内の病室。すらりと伸びた長身の男がその一室の中心に立ち、彼の顔に据えられる朧げな輝きを湛えた「六眼」の視線は現在、彼の傍らにある白いベッドに寝かされた少女・社美胡に注がれている。

 くう、すうと、美胡は寝息を立てている――わけではない。もしそんなことがあれば膨らむ肺、胸腔を広げる横隔膜に外肋間筋、その他筋肉や連動して動く肋骨まで、あっという間にバラバラに壊れて崩れるだろう。

 

 昔自分を不死身にした汐莉を数百年もの間恨む怪女、あざみ。

 羂索によって己が術式「茫洋」を目醒めさせられたのちは、その恨みを晴らさんと汐莉に――そして汐莉に近しい者達に呪いを向ける。

 汐莉にとって最愛の人である比名子、美胡はその友人であった。

 

「『茫洋』は、汐莉の一部を摂取した存在を嗅ぎつける」

 

 おそらくは、あざみもまた汐莉の肉を食したことによる不死者であるからなのだろう。

 人魚の肉による不老不死化――厳密に定義するなら、『人魚を“受肉”したことによる被受肉者への不死性の顕在化』となるが、それによってあざみと汐莉の間には魂の繋がりが生まれる。

 どういう原理か定かではないが、あざみはその繋がりを辿り、汐莉と――そして、あざみ以外に汐莉の肉を食べた者に危害を及ぼせるのだ。

 

 数日前。かつて美胡が邪悪な人食い妖怪であった頃の因果が最悪の形で応報し、常軌を逸した暴力をその身に受け、反転術式の技量が異次元である比名子すら何も施しようがない程の致命傷を負った。

 それを何とか治癒するため、個々人の複雑な感情が絡み合う中、美胡は汐莉の肉を喰らい――結果、あざみの毒牙にかかってしまったのである。

 

「……比名子、悪いんだけど、美胡の肉体にもう一度触れてみてもいいかい?」

 

 寝たきりの少女の体に手を伸ばす成人男性、と表現するといささか印象が悪いが、五条悟の意図にそういった下劣な色は一切含まれていない。

 美胡の肉体に厭らしくへばりつく「茫洋」の呪いを解くための提案に、その場の少女達は拒否の言葉を挟まず――親友である比名子は、再び美胡の体が崩壊する予感に頬を硬くした。

 

「……………………過度に、体が崩れない程度なら」

 

「ありがとう」

 

 最大限譲歩した様子で、苦し気に肯定を漏らす比名子に言葉短に感謝を告げ、「無下限呪術」を解いた五条が指の先を美胡の腕に触れさせる。

 比名子の希望を最大限尊重し、できる限り優しく、表皮をなぞる程度の接触にとどめる――それだけで、なぞられた部分はその形を失い、ほどけるように空中に舞う。

 

 崩れた肉体の一部、そして本来垂れるはずの血液すらも重力に逆らい、空気中へと散っていく。

 そして五条の指先にわずかに残ったペースト状の肉も、ほどなくして消え去った。

 

 その様子を言葉で言い表すなら、乾いた泥がパラパラと崩れゆくのとは異なる――境界がほどけ、水の一部へと変わっていく塩の塊のような。

 そんな奇妙な感慨を、五条悟は抱いていた。

 

「……言われてみれば、確かに水に溶けてるに近い挙動だね」

 

 皮膚が消えて筋繊維の露出した部分に即座に反転術式をかける比名子に対し、自分の指先を見つめる五条がそう呟く。

 あざみが「茫洋」で追走する五条達に抵抗してきた時、色が透明であるとはいえ攻撃の形も確かに海の波っぽかった。海に飛び込んだ途端羂索もろとも気配が消失したのもあるし、とかく「茫洋」は水や海とイメージが結びつく。

 が――、

 

「そのルーツが汐莉に在ると断言するには、少し根拠が薄い。さっきも言ったけど、術式の形態があまりにも異なりすぎる」

 

「そうですよそうですよ。第一比名子、私の持つ術式とやらがゴミだって言ってたじゃないですか」

 

 あからさまに不貞腐れた様子で、汐莉は頬杖をついてそっぽを向いている。

 えっ私そんなこと言ってない……なんて顔を比名子がしているが、たぶん汐莉は「体から水が垂れる=術式効果」と言われたことを根に持っているのだと思う。

 

 仕方ないだろう。宿儺の持つ「御廚子」も、彼が持つことによってあそこまで理不尽な斬撃能力へと昇華しているのだ。

 比名子と汐莉の術式性能だけを見れば、その差はそれこそ宿儺とその辺の三級術師とか、そんなレベルである。冗談抜きで。

 

「汐莉、ちょっと」

 

「……?」

 

 掌を下に向け四本の指をひらひら動かす「おいでおいで」のジェスチャーで汐莉を呼び寄せる五条。

 首を傾げながらその意に従い、部屋の隅まで歩いていく汐莉。彼女はそのまま五条に、小声で何やら伝えられているようだ。

 

「……ふーん」

 

「真希さん、二人の会話が聞こえるの?」

 

「あぁ、天与呪縛で耳も良くてな。どうやら汐莉の奴、生来の“水”の術式と――」

 

「おっと真希! ネタバレ禁止!」

 

 死滅回游に参加して以来、2番目に長く行動を共にしている真希とはすっかり気心の知れた比名子は、全身を覆う火傷痕など気にせず彼女に話しかける。

 特に深く考えず質問に回答しようとした真希だが、それをネタバレと取った五条に勢いよく制止させられ、思いっきり顔を顰める羽目になった。

 

 ……話が終わり戻ってきた汐莉は、あからさまにニコニコな笑顔になっている。

 

「汐莉さん、五条先生と何を話してたの……」

 

「秘密で~す♪」

 

 急に機嫌が直った汐莉を若干不気味に思いながら訪ねるも、笑顔のまま返答を拒否される。

 さっきまでの話の流れの意趣返しで、少し意地悪してるのかな? 比名子は訝しむが、同時にいつもの笑顔に戻った汐莉に安堵した。

 

「そんなことより、話を戻しましょう。……今のあざみは私の体を破壊したり、君達から逃げきることすら成功させてしまう化物です。それを為したのが術式『茫洋』であるのなら、私の()()な生得術式とは存在から別次元です」

 

 である以上、それが同じルーツであると考える人間はまずいないだろう。

 あざみもまた死滅回游の覚醒型泳者だ。ならばあざみの術式は彼女が生来有していながら、脳構造ゆえ芽吹く機会のなかったもの――そう考えた方がよほど自然である。

 

「……それは、私も否定しない。あざみさんは元から生得術式を持ってて、それがあの術式効果に起因してるのは間違いないと思う」

 

「だったら」

 

「――その、元から持ってた術式と、汐莉さんの“水”の術式が融合して『茫洋』になった。私はそう予想してる」

 

 その場にいる全員を見据えて断言する比名子、その言葉に迷いはない。

 だが汐莉、真希、三輪の三人……とりわけ真希は、その発言の突拍子の無さに虚を突かれていた。

 

 理由は真希の同級生、乙骨憂太。彼の生得術式「模倣(コピー)」は、彼の持つ式神「リカ」に対象の一部を摂食させることでその者の術式を得る。

 彼からは、手持ちの術式が融合して別物になったなどという話は聞いたことが無い。だから今の比名子の仮説がいまいちしっくり来ていないのだ。

 

「……僕の『六眼』であざみを見た時、術式は一つだけだった」

 

 ――しかし、投げ込まれた五条の発言が、真希の抱いていた考えを真っ向から否定する。

 

「その理由に関しては、僕は術式の数自体を『茫洋』の能力か何かで誤魔化してたのかと考えていたんだけど……」

 

 そもそもあざみの使用した能力は、相手を溶解させる概念の波・魂の繋がりを辿ることによる敵対者の観察・海に入ることによる完全な隠密の3種類。五条の予測を踏まえれば、術式の数を誤魔化す術式も加えた4つ。

 どれをとっても桁外れに強力なうえ、その共通性が全く見いだせない。五条はそれ故、あざみは何らかの方法で術式を複数持っていたのだと予想していたのだが――、

 

「君は、そもそもあざみの術式が一つしかないと考えている。……その根拠を聞かせてもらっても?」

 

 五条はそこら辺にあった椅子を足元に置き、どっかりと腰掛ける。

 この先一つの言葉も聞き漏らさぬようにと、鋭くなった五条の眼光に射抜かれながら、比名子は指を立てて自説を唱える。

 

「……根拠は、私の存在です。私が10年前に汐莉さんに血を飲まされたことは、ここにいる皆知ってると思います。それでその結果、まともな食生活を送っていなくても私は健康体を保てているんですが……そんなの、肉の摂取による不老不死に比べたら些末なものですよね」

 

 比名子は少し長めに自身の体について説明する。

 これに関しては本題に入る前の前置きに過ぎないのだが――その言葉を聞いて、この場の3人は比名子の言いたいことを理解する。

 得心したように頷く3人……に対し、自分だけ何も察せていなかった三輪が挙動不審に五条達を見回した。

 

「えっ、えっと、つまり?」

 

「霞。私の血液を一滴飲んだに過ぎない比名子ですら、術式は刻まれたんです。それならば、肉を摂取したあざみが私の術式を持っていないわけがない」

 

「あ、なるほど!」

 

 困惑する三輪に向け、汐莉は比名子の説明の意図をかいつまんで話す。

 三輪もそれで納得したようで、ポンと手を打つ姿に比名子がひとつ頷いた。

 

 考えてみれば当たり前の話である。汐莉の血液のほんの数ミリリットルと肉そのものを比較して、どちらの方が呪術的価値が大きいかなど考えるべくもない。

 にもかかわらず比名子が汐莉の術式を持っているのなら、あざみだって術式を獲得しているはず。

 

 しかしそう考えると妙な点が一つ浮かぶ。先述の五条の推測では、あざみの能力は概念の波・魂縁観測・隠密および術式数の誤認の4種。それらを別の術式によるものだと仮定した場合、あざみはさらにもう一つ“水”の術式を持っていることになり――、

 

「……それ、脳のメモリがはち切れるよな」

 

 人間の生得術式が基本1つだけであるのは、脳の許容限度を超えないためだ。

「呪霊操術」の「うずまき」による術式の抽出然り、術式を複数保持する能力を持つ術式はいくつか存在する。そういったものが存在するためか、術式を2つ3つ持った程度では脳の容量はそうそうオーバーしないのだが……流石に5つも持っているとなると、いくら何でも破綻する気がする。

 

 そして、五条が感じたのと概ね同じことを比名子も考えていたようで。

 

「いくら不死身といっても、術式を持ちすぎたなら脳は壊れると思うんです。だからきっと、五条先生が『六眼』で捉えた通り、あざみさんは本当に一つしか術式を持ってないんです」

 

 言い切る比名子。その言葉はなかなか説得力があると、五条悟は確かに感じた。

 たかが十数日、呪いに目覚めてからその程度の時間しか経過していない人間とは思えないほどの強大な実力、そして呪術への洞察の深さは恐るべきだが――とはいえ、反論は無いわけでもない。

 それは、能力の共通点だ。

 

 術式には複数の能力を行使できるものがいくつかある。例としては、それこそ比名子の術式が「呪いの水の生成」と「死累累湧軍」の2通りを有しているわけだが……これらには“海”という共通点がある。

 これに対しあざみの術式の能力は、少なくとも五条には有力な関係性を見出せないのだ。

 今度はそこを詰めていこうと、比名子に議論を持ち掛けようとして――、

 

「はい!」

 

「はい、霞さん」

 

「あざみの術式が一つだけで、元からあった生得術式と人魚の肉による“水”の術式が合体してできたのは理解できたけど……それが分かったら、じゃあ次は何がわかるの?」

 

 元気よく手を挙げて質問する三輪、その内容は正鵠を得ている。 

 伝聞で聞いただけでもわけのわからない能力、それが3つ。そんなものを考察するにあたり、今更「水を出す程度の能力」がどうたらを論議する理由があるのか、それを三輪は問うているのだ。

 真剣な目で比名子を見つめる三輪に対し、比名子は人差し指を頬に当て、「うーんと」と考えを巡らし、

 

「霞さんの言う通り、あざみさんの術式はあの人自身の生得術式と“水”の術式のあいのこな可能性が高いでしょ? でも、生得術式の方はどう足掻いても詳細が分からないよね。――だから、分析を進めるアプローチとして、すでに判明している“水”の方から考察してみよう、っていうのが私の考え」

 

 その考察は私だけじゃ難しいから皆で話してまとめたいな、比名子は三輪に薄く微笑んだ。

 

(――“水”の術式、か)

 

 正確には陀艮や比名子のような“海”の術式、そのなりそこない。

 それがあざみの術式の根幹にあるのだとすれば、「茫洋」が水や海とイメージが結びつくのも納得だ。

 

 しかしそもそも、この議論の目的は「茫洋」を分析し弱点を推測すること。分析はそのものの要素を分解し、そして共通点を見つけ出して対処法を探るのが常道。

 あざみの術式の起点にある“水”や“海”――ここから何を見出すことが出来るか。

 

(概念が絡む術式……海という存在を概念的に捉えたなら……そもそも、「茫洋」という術式名の意味は――)

 

 呪術とは、イメージの世界だ。イメージがしっかりしていなければ強い呪術は扱えず、だからこそ術式の名は術式効果に即した名前となることが多い。

 茫洋という言葉は、「広大な海が果てしなく広がっている状態」が語源。れっきとした、海にまつわる単語である。

 あざみの術式のイメージが、この語源と大きく関与しているというのなら。

 

 相手を溶解させる概念の波・魂の繋がりを辿ることによる敵対者の観察・海に入ることによる完全な隠密。これら3種の能力に通ずる“海”の概念。

 “海”の能力を物理現象ではなく、あざみは概念としてイメージしたとすれば。その場合、生まれる共通点は――、

 

「――境界の、曖昧化」

 

 ぽつりと、一つの考えが五条の頭に浮かぶ。

 それを小さく口に出すと同時、他の四者の目が一斉に五条に向く。それを受け、「いやね」と五条は言葉を続けた。

 

「『茫洋』はどう考えても概念が絡んでる。“水”の術式には概念的な要素は存在しないから、それは間違いなくあざみ自身の生得術式由来だ。……術式の合体という現象がどういうものなのか、僕には正直イメージがつかないけど……でも、長い時間をかけて術式の性能が変遷する事例はある」

 

「投射呪法」は元々、映像媒体やカメラが生まれた頃から派生したものだと聞いている。その時代における映写の要素が、術式に反映されたわけだ。

 これに代表されるように、術式には「“要素”の取り込み」という概念が存在している。

 

「だから何と言うか、あくまで予想なんだけど……『茫洋』が生まれたのは術式同士の合体というよりか、そういった「“要素”の取り込み」に近いことが起こった……あざみ自身の生得術式に、“水”の術式が取り込まれたっていう感じなんじゃないかな?」

 

「取り込まれた……それは、どういった形で……?」

 

「あざみ自身の生得術式は概念が絡むモノなんだから、“水”……というか“海”の包括する概念を取り込んだ。それが境界の曖昧化さ」

 

 ………………。

 

 …………………………。

 

「「「………………………………………」」」

 

 ここまでの話を聞いて、汐莉、三輪、および真希の三人は、完全に理解の外に置いて行かれてしまっている様子だ。

 汐莉と真希は口やら眉間やらを手で強く押さえ、三輪に至っては頭の上にクエスチョンマークが飛び交う有様。

 無理もない。呪術界でも前例のない事例すぎて、五条ですら状況証拠に自分の知識を組み合わせて辛うじて推論の体を為しているだけなのだから。

 

「…………茫洋っていう言葉は果てしなく広がる海っていう語源があって、それは海は大きすぎてどこからどこまでが海なのかっていう境界を捉えにくいっていう所から生じてるから、それを踏まえれば境界の曖昧化っていう能力にも――」

 

「多分ここで分かっておくべきなのは、あざみさんの能力の肝は“境界の曖昧化”っていうことだけだと思う」

 

 どうにかこうにか自分の考えを分かりやすく伝えようとする五条だが、途中で比名子にバッサリと切り捨てられ、「ひーん」という言葉を最後に口を閉じる。

 しかし五条が辿り着いた“境界の曖昧化”という能力。もしこれが正しいのだとすれば、先程提示されたあざみの3つの能力、これら全てに説明がつくかもしれない。

 

 ――世界には、無数の境界が存在している。

 肉体と空間。自己と他者。中身と外側。魂と魂。それらが明確に線引きされているからこそ、世界は世界として成立している。

 

 だがもし、その境界が曖昧になるのだとしたら。

 

 肉体と空間の境界が曖昧になれば、存在は形を保てなくなる。輪郭を失い、水に溶ける塩のように、己と外界の区別が消え去る。

 自己と他者の境界が曖昧になれば、自分ではないものの感覚や情報が流れ込む。魂の繋がりを辿って監視するという異常な知覚も、それなら説明がつく。

 そして中と外の境界が曖昧になれば――海の中に溶け込むように、自身の存在を丸ごと世界へ紛れ込ませることすら可能になる。

 

「海っていうのは、元々そういう象徴だからね。陸との境目は潮の満ち引きで常に揺らぐし、吞み込まれたものは輪郭を失う。底も果ても見えない。境界の喪失、その象徴だ」

 

 比名子の辛辣な言葉による心のダメージから復帰し、再び真面目な口調で五条の説明が始まる。

 

「境界っていうのは、術式そのものにも存在する。例えば『無下限呪術』だって、僕と外界の間に無限の距離っていう境界を作って成立している。けどあざみは、その境界に干渉できる。……だからあの時、あざみは僕の『無限』を突破し、肉体に直接ダメージを与えれたんだ」

 

 その言葉の恐ろしさに、病室の空気が張り詰め、温度が一段下がったような錯覚を覚える。

 それは徹頭徹尾、五条悟が冗談を言っていない時の空気だった。

 

「……待て。だったらソイツの術式に弱点なんてあるのか?」

 

 頬を硬くし、神妙な様子で真希が問う。

 五条は椅子の背もたれに体重を預けながら天井を仰いだ。

 

「……わからない。正直、考えれば考えるほどゴリ押し以外の方法が浮かばなくなる」

 

 殴ろうとしても、拳が崩されるから届かない。術式による攻撃にだって境界はあるのだから、そこを壊されれば届かない。

 肉体との境界をいじくるから、呪力防御も意味を為さない。

 

 骨子は見えた。輪郭も掴めた。そのうえで、見えてきた輪郭は逆に底知れないものだった。

 出てきた推論は「茫洋」の無敵性を補強するものばかりで、弱点たり得る綻びが一つも見当たらない。故に、もう手詰まりだった。

 

 ――この場で話せることは、もう全て出尽くした。これ以上、ここで得られる内容は無いだろう。

 

「じゃあ……結局、どうするんです?」

 

 顔を蒼褪めさせた三輪が、恐る恐る問いかける。この場にいる全員の総意だ。

 五条は軽く首を鳴らし、ぐるぐると肩を回し、言った。

 

「恵に魔虚羅をぶつけさせる」

 

「「「「え?」」」」

 

 あまりにもあっさりと返された答えに、4人は同じ音を口に出す。

 けど、その音が含む意味は2種類だ。比名子・汐莉・三輪の3人は魔虚羅という単語が分からないという意味。

 そして真希は――五条の言い出したことが衝撃的過ぎて、開いた口が塞がらないという意味だ。

 

「魔虚羅って……そりゃつまり、恵に死ねって言ってんのか?」

 

「んなこと言ってんじゃないよ。確かに運用の仕方は同じだけど、比名子を傍にいさせれば後処理はどうにでもなる」

 

 青筋を立て、真希は五条に食って掛かりかける。

 それへの反論として名前を挙げられた比名子は、二人の会話の意味が分からず首を傾げる。

 

「魔虚羅……正式名称は八握剣異戒神将魔虚羅。これは『十種影法術』の式神の一種で、強力すぎて誰も調伏できたことが無い。それは魔虚羅自身の強さに加え、『あらゆる事象への適応』というとんでもない能力を有すからだ」

 

 斬撃、打撃、概念、地球外に術式が存在したとしてもおそらく適応し、回復し、無力化する。

 そんな理不尽極まりない能力を有する式神が、八握剣異戒神将魔虚羅だ。

 その化け物を斃す、そんな手段があるとすれば――

 

「……適応してない能力を使い、一撃で仕留め切る?」

 

「正解。簡単でしょ?」

 

 顔を覆いながら天を仰ぐ比名子に、五条は軽く、しかし冗談でも何でもない口調で言い切る。

 

 ああ、分かった。分かってしまった。五条悟の意図することが。

 先程比名子は「茫洋」の効果にはわからないことが多いから、まず分かっている“水”の方面からアプローチしようと提案した。

 しかし、それでは弱点の解明に至らなかった。――だから、五条はアプローチの仕方をさらに変えようとしているのだ。

 

 すなわち――、

 

「――『茫洋』に対して魔虚羅がどう適応したかを観察して、弱点を探る」

 

「それでもし魔虚羅があざみに勝っちゃったら、比名子が魔虚羅を破壊しろ。うん、やるべきことが定まったね」

 

 ――調伏の前例が無い式神の撃破を平然と押し付ける五条、その理不尽さに比名子はしばし頭を痛めたのだった。

 

 

 




比「そんな簡単に言われても、私そもそも魔虚羅がどれくらい強いかも知らないのに……」

五「ダイジョブダイジョブー♪」



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