死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 日間ランキング17位行きました!
 皆さんのおかげです! ありがとうございます!
 これならどっちみち髙羽ワールド展開は確定してましたね(白目)

 皆さんどうか、今後も拙作をよろしくお願いします!
 高評価とコメントください(強欲)!


第40話 解呪への道筋①

 

 

 

「――皆さん。集まっていただき、ありがとうございます」

 

 呪術高専東京校・講堂。

 

 小さい階段や袖幕・引幕の設置された舞台の奥に大きなスクリーンが吊り下げられ、その真正面には多くの座席が階段状に配置されている。

 普段は講堂の名の通り講義に使用され、スクリーンに過去の呪術戦の事例や形態ごとに分類された呪霊への呪術的アプローチなどを大映しにして、高専所属の呪術師達が呪いの知識の増強に励んでいる。

 

 ――その講堂に今、五条悟の呼びかけによって集められた、十数人の術師および受肉体。

 東京、京都問わず高専一年、二年、三年。教師陣に高専所属のOB、脹相や来栖(天使)といった受肉型の泳者のほか妖怪である汐莉も加え、仲良く……というにはてんでんばらばら、気心の知れた間柄同士だけは固まって、講堂の椅子に着席している。

 

 おおよそ、現在動ける中で高専に協力的な術師がほぼ全員集まった形――その面々の前で、八百歳比名子は深々と頭を下げた。

 

 

 

『――方針は固まったし、この病室で話せることももう無いし。それじゃ次は、美胡の呪いを解いちゃおっか』

 

 とは、あざみの呪いによって昏睡状態にある美胡の病室にて言い放たれた、五条悟の言葉だ。

 

『え、ぁ……い、いいんですか?』

 

 外した目隠しをし直しながら、あんまり軽い調子で言い放たれたものだから、比名子は目を白黒させてしまった。

 比名子とて、美胡は十年来の大親友。その子の体を苛む、触れれば崩れる呪いを解いてもいいというのなら、比名子は一秒でも早く解呪してしまいたい。

 

 だが美胡の状況は現状、対処法がほぼ不明なあざみの術式に至る唯一の道しるべ。比名子の感情を無視し、今よりさらに時間をかけて解析すれば、魔虚羅の使用という危険を冒さずともあざみへの勝ち筋が見えてくる可能性はあるかもしれない。

 

『何気遣ってんだバカ。仲間をいつまでもこんな状態にしてちゃ寝覚め悪ぃだろ』

 

『! ……』

 

 寝息すら立てられない美胡の寝姿を見下ろし、真希がぶっきらぼうに呟く。

 強めの口調とはいえ紛うことなき心配りの言葉に、比名子は目を見開いた。

 

 真希と美胡達のファーストインプレッションは最悪だ。呪術界に蔓延る「妖怪≒呪霊」の近似等式のせいで、美胡を悪い妖怪と決めつけ襲った真希と、それを止めんとした比名子との死闘。

 和解はとっくに成り、真希は美胡を仲間だと認めてくれているのはわかってはいたが、こうして口にされると改めて嬉しさが湧いてくる。

 術師だってわからず屋じゃない。話し合えば、分かり合うことは出来るのだ、と。

 

『真希の言う通りさ。――それに、若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ』

 

 何人たりともね――目隠しのせいで逆立った髪を整える五条の言葉には、何故だろう、重い実感が込められているように比名子は感じた。

 容姿端麗で、言うまでもなく最強。そんな五条悟の青春が不完全燃焼で終わることがあるのだろうかと、感じる。

 

 比名子が仲間として出会った者において、唯一の()()()()()。そんな人の過去は、比名子の気になる所ではあったけれど――今、言及するのは野暮だから。

 

『ありがとう、ございます……!』

 

 今はただ、比名子の想いを汲んでくれた彼に感謝を。万感の思いを込めて、比名子は頭を下げたのだった。

 

 

 

 ――そして、現在。比名子は両手を体の前で軽く重ね、その時と同じくらい頭を深く下げ、場の面々に対して最敬礼を行っている。

 しかしそこに込められた思いは、五条悟に対しての感謝の意とは違う――お願い事をするための最敬礼だ。

 

「今、恐ろしい敵がこの国を危機に陥れていることは承知の上です。……何より、術師(あなた)達が美胡ちゃんを――妖怪をどう思っているかも、分かっています」

 

 比名子がしようとしている提案、悠長にそんなことをしていれば、羂索達がどれほどの被害を、どれほどの惨劇を巻き起こすか分かったものではない。

 それに、術師の抱く妖怪に対する偏見はとてつもなく根深いものだと、真希の件でよくよく理解している。

 

「それでも、不躾ながらお願いします。――どうか、私の親友を……美胡ちゃんの呪いを解く、力を貸してください」

 

 顔を上げ、一同を見据える。言葉に、目に、強く強く力を込めて、真摯に皆へ頼み込む。

 あの子が妖怪だろうと。昔沢山の人を惨殺した邪悪な過去があろうと。それでも、そうだとしても比名子は、自分を大切にしてくれた友を想い、助けたいだけなのだと、伝わるように。

 

「…………いいんじゃねぇか?」

 

 座席の奥当たり、東京校の二年がひとグループで座っている中で一際目を引く小さなパンダ。

 短い指で顎をぽりぽり掻きながら、彼が平然とそう呟く。

 

「……えっ?」

 

 先刻魔虚羅による弱点模索作戦をぶち上げた五条と同じくらい、ともすればそれよりも軽い口調で賛同されたことが信じられず、比名子は豆鉄砲を食らったような呆け面を晒してしまう。

 口が「あ」の形で固定された比名子を後目に、その場にいる面々は次々とパンダの言葉に対する賛成の声を上げる。

 

「僕も構わないよ。真希さん達が信を置いている以上は、僕も八百歳さんの力になるよ」

「しゃけ、しゃけ」

「オマエは悠仁を助けてくれたからな。俺はその恩に報いる」

「死にたがりって聞いてたからどんなヘタレかと思ってたが、中々いい()してんじゃねぇか」

「あ、金ちゃん熱くなってる~」

「別に、困ってるなら力になったげるわよ。カワイイ後輩のためなんだから」

 

「え、え、あの…………」

 

 主に高専生徒達を中心として温かい声を次々浴びせられた比名子は、我知らず折った腰を立ち上げ、ひたすら当惑してしまう。それほどの衝撃、それほどの意外性。

 

 先述のように、あざみの呪いは極めて強力かつ理解が困難。そして、その毒牙にかかった美胡は妖怪だ。

 ともすれば宿儺級の超危険人物、その呪いを解析するための唯一無二の手がかりが手元にある。しかもそれは術師ではない、呪霊と並ぶ不倶戴天の怨敵――それほどの好都合を、術師達が見逃すとは思えない。

 その手がかりをむざむざ解呪してしまおうという比名子の想いには、少なからず難色を示されるものと考えていた。

 

 勿論、比名子とて術師達が揃いも揃って頭が固いなどと思っていたわけではない。話せばわかると知っていたし、分かってくれないなら認めるまでとことん話し合う覚悟もしていた。

 だが、しかし、これは。まさか、議論を挟むことすらなく、受け入れられてしまうなど――、

 

「随分困惑しているね、比名子。広島結界での彼女の顔がそんなに怖かったのかい?」

 

「オイ……」

 

 驚きと混乱でまごつき続ける比名子に、死滅回游初日から側にいてくれた大恩人・冥冥がくすりと笑いかける。

 冥冥の言う彼女とは無論真希の事であり、比名子に話しかける横目で見つめられた真希は不満げに冥冥を睨みつける。

 

「あ、はい。実は……」

 

「オイ」

 

 反射的に比名子が肯定してしまう。真希の怒りが比名子に向いた。

 だが、仕方のない所もある。あの時真希に浴びせられた怒り、苛立ち、殺意、恫喝、致命傷。それら全てが比名子にとって、術師の妖怪に対する偏見の象徴となっていた。

 

 妖怪と縁を結ぶ者は、術師の多くにあれほどの悪感情を抱かせるものなのだろうと、そう考えていたのだ。

 

「それに関しては否定しないさ。騙し謀り誑かすのが妖怪の性。にも拘らず、騙されてもいないのに妖怪と親しくする人間なんて碌なものじゃない」

 

「…………」

 

「人間の価値は用益潜在力。以前そう教えただろう? 君の意思が今尊ばれているのは単純……妖怪を大切にしているという反価値(マイナス)を、皆に多大な貢献をもたらすという価値(プラス)で塗り替えた。そして、これからも貢献し続けてくれるだろうという期待そのものが、君の用益潜在力となっているのさ」

 

 無論、私は君が助けたいあの子にも価値を見出しているが、ね。

 そう言って冥冥はパンと一つ手を叩き、比名子に向けて大仰に腕を広げて見せる。

 

「今の君は我々にとって――いや、呪術界にとって、途方もなく大きな価値を持っているんだよ」

 

 それは、現金で即物的な冥冥にとって最大級の賛辞であると、短くない時間を彼女と共に戦ってきた比名子は知っている。

 比名子の主張を容易く皆が受け入れた理由を、莫大な根拠と説得力でもって証明してくれた彼女に、比名子は強く心を震わせ――、

 

「言っとくが、俺はオマエの意見には反対派だからな」

 

 キャンディーの棒を齧りながら、高専教師・日下部篤也が比名子に指を向ける。

 当初予想していた反応に比名子が顔を向けると、言葉の厳しさとは裏腹に、彼の目には主張を通そうとする強固さは見えなかった。

 

「敵はわけわからん呪いを使ってきて、けどその被害を受けたのは妖怪だ。しかもソレが手元にあるってんだから、本当なら今すぐ解剖にでも回すべき案件だぞ、マジで」

 

「おや、またぶつくさ文句かい? こんな時でもぶれないね日下部」

 

「冥冥は一回黙れ。……俺が危惧してんのは、そのせいでオマエのパフォーマンスが落ちかねないっちゅー話だ。妖怪なんぞと仲良くする奴の気が知れねーのは確かだが、それを蔑ろにして宿儺と張り合える術師の精神がぶれたらコトだろ」

 

 だから、俺はオマエの行動を止めはしない。納得もしねぇけど。

 頭をガリガリと掻きながらぶっきらぼうに吐き捨てる日下部。その言葉は現実的で冷たさを孕んでいたけど、どこか教師らしい、不器用な優しさも込められていて。

 

 みんな、優しい。

 仲間が信頼しているから、恩を与えられたから、熱を示したから、後輩だから、価値があるから、比名子を肯定する動機は十人十色ではあるけれど。

 

 みんな、優しい。

 宿儺一行を撃破するにはどう考えても寄り道で、無駄で、不利益なことを通そうとしているのに。

 その優しさに甘えてしまうのが、比名子にはなんだか、悪いことのように思えてしまうくらいで。

 

「――そんなに心配することはないと思いますよ、八百歳さん」

 

 視線を泳がせる比名子に向けて、伏黒恵が誠実に、そして強い意思を込めて言葉を落とす。

 

「アナタが為したいことが間違っているかに答えは無い。なら必要なのは我を通し、自分で納得することだと思います。魔虚羅の事は気にしないでください。アナタは津美記を命懸けで救ってくれたんだから、アナタになら俺も命を預けられる」

 

 拳を握り締め、伏黒はまっすぐに比名子の目を見つめる。

 そして彼は、比名子から受けた恩義を、全幅の信頼で返すように――、

 

「――アナタは強い。我を通すべきだ」

 

 ――――瞬間、比名子の胸中に、今すぐ叫び出したいばかりの感情が沸き起こる。

 

 安堵、喜び、そのどちらとも異なるこの温かな想いは、強いて呼称するならば郷愁――懐かしさなのだろう。

 

 ――比名子が、これまで、どうして生き永らえてきたのか。

 家族が死んでからの10年。狂おしいばかりの希死念慮を抱え、毎日死にたくて死にたくて。

 死滅回游が始まるまで――否、近江汐莉が来訪して比名子の周りが忙しなく動き始めるまで。暗い深海のように停滞した時の中で、比名子は何を生きる原動力としていたのか。

 

『――比名子だけは、生きて』

 

 それは、家族の声だったはずの言葉。

 結果的にそれは汐莉のものであったけれど、それが家族のだとひたむきに信じていた頃は、どんなに悲しかろうと裏切ることはしなかった。

 

『比名子がこの瞬間、生きてるってことだけは――本当に良かったと思ってる』

 

 それは親友、社美胡の言葉。

 事故以来、腫物を扱うように比名子に接する周囲の中、彼女だけは変わらず明るい笑顔で側にいてくれた、水面の向こうの太陽のようで。

 そんな彼女の優しさに触れていたから、比名子は沈みきれなかった。

 

 八百歳比名子はひとでなしだ。

 家族のことを忘れられず、皆と一緒に死んでしまいたかったというどうしようもない心の痛みを、今なお汐莉と美胡に求めている。

 

 けれど、それでも、忘れてはならない。

 たとえ比名子が唾棄すべきひとでなしだったとしても――心に据える芯さえあれば、そんな状態で10年も死を選ばぬくらい、強いことを。

 

 嘘偽りのない言葉で、比名子を想ってくれたなら。

 

 パンダが、乙骨が、狗巻が、脹相が、秤が、綺羅羅が、桃が、冥冥が、日下部が、伏黒が、今この場で向けてくれたような、まっすぐな言葉とまっすぐな想いがあれば。

 

 ――限界の限界まで、それに応えずにはいられない。

 

 八百歳比名子は、優しい人間だ。

 それだけは、忘れてはならない。

 

(――ああ――)

 

 天を仰ぐ。胸の内から、途方もなく大きな感情が突き上げる。

 膨大な熱をもってせり上がるそれは、比名子の目の奥で涙に変わり、あっという間に溢れ出ようとし――ひとつ鼻をすすって、無理矢理にねじ伏せる。

 

 ぐいぐいと乱暴に涙を拭き、今度こそまっすぐに皆を見据え――そして右手を胸に置き、先程以上に力を込めて。今度はお願いではなく、宣言として。

 自らの望みを叶えるため。そして伏黒達が向けてくれた言葉に、想いに、応えるために。

 

「――私は美胡ちゃんを助けます。皆さん、力を貸してください」

 

 堂々と、確かな声で宣言される比名子の意思。

 それに対し、数名が大きな声で返事をしてくれる。

 

「「「応!!」」」

 

 大きな返事と共に拳を振り上げる、虎杖をはじめとした数人。

 それ以外の者はニヤリと笑ったり、顔を顰めたり、反応は様々だ。

 

 けれど――そこに、反対の言葉はなかった。

 

 

 

 講堂を揺らす術師達の声。

 美胡解呪の方向へ皆が意志を向ける中、そのうちの一人である汐莉は、頬杖をついて小さく笑っている。

 

 10年前のあの時、醜い自分を“内側”に入れることを選択したかつての比名子。強い意志で美胡を助けると断言した今の比名子。何故だろう、言っていることは似ていないのに、重なる。

 きっとそれは、どちらの比名子も、自分の言動を疑うことなく、揺らがずに定まっていたから。

 

「変わりましたね、比名子。――本当に、よくぞ、変わってくれましたね」

 

 

 

 




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