『美胡ちゃんを助け出すのはこれが一番早道だと思うの』
伏黒の切実な願いから新たな犠牲者が召喚されるまで、そのわずかな間での一幕。
八百歳比名子は自身の親友――現在は四尾のぬいぐるみと化している社美胡を手に持ち、戯れにお腹の部分を押してみながらそんなことを話す。
『むぎゅ』『むぎゅ』と美胡の声が発されるもふもふの姿は疑いようもなく音声内蔵ぬいぐるみそのもの。あざみの術式「茫洋」によって肉体がぐずぐずになっている様子は影も形もない。
もしや既に「超人」の権能により呪いが解かれているのか、などと最初は思いもした。が、触れた際に厭らしくへばりつくあざみの呪力は健在であることを感じ取ったため、美胡はあくまでぬいぐるみの形として肉体が固定されている状態であると比名子は推測していた。
『これ? これってのは、あの変態の術式を使うってこと?』
比名子の言葉の意図を察し切れず、「茫洋」に対する「超人」の有効性を検証する実験の犠牲者参加者である釘崎野薔薇は首を傾げた。
釘崎から放たれた素朴な疑問に対し、比名子はふるふると首を振る。
『ううん。それは前提の話で……私が言いたいのは、あえて「超人」の影響に限界まで身を浸すっていうこと』
美胡ぬいのお腹を手慰みに押して遊ぶのをやめ、比名子は何の混じり気もない眼差しで釘崎を射抜く。
真剣な声音から繰り出されるバカみてぇな主張。脳内にあるすべての語彙を使って否定したくなるが、反面比名子が誰よりも美胡を想っていることも知っているので、釘崎は顔の筋肉で表現できる極限の渋面を作り出すことで感情の発露を留める。
『髙羽さんの術式に影響された時、思考がだんだん髙羽さんに近づいていく。ちょっとの間「超人」に曝露してみて分かったことだけど』
『分かっちゃいたけど言葉にされたらマジで嫌ね』
『……もしこの現象が美胡ちゃんにも適用されるなら、美胡ちゃんの頭の中も髙羽さんになってると思うの。だから、』
『親友に対して脳内が
冷静沈着にバカ術式を解釈する比名子の言葉に合の手を入れる感覚で髙羽を罵倒する釘崎。
比名子は根が善性とはいえ、悲しいかな否定はできず、思わず口ごもってしまう。釘崎の気持ちも分かってしまうのだ。
『無駄に自我を強く保つより、同じ事を考えてた方が魂も共鳴しやすい。納得のしやすい話ではありますね』
固まってしまった比名子を引き継ぐ形で、伏黒恵が自分の言葉で推論をまとめ上げる。
根拠などは特にないし、感情的には伏黒だって反対したい。が、呪いに対する造詣の深い特級術師の感覚だ。自分達が何かの理屈をこねて反論するよりよほど正解に近いのだろう。
自分に代わって説明を完遂してくれた伏黒に対しうんうんと比名子は頷きかける。
『だから私、ここからは積極的に髙羽さんのノリに乗ってみようと思うの。出来るかはわからないけど、美胡ちゃんを助けるためなら……』
『それはいいんですが、八百歳さん』
某白書の主人公の発言よろしく、いたって真面目に極端な方向へ突き進もうとする比名子。
伏黒はそれを止めはしないまでも、まるで何か反対意見があるかのように手を挙げる。
『アンタ、この状況意外と楽しんでますよね?』
『え゛』
口に飛び込んできた苦虫を吐き出す表情をしていた釘崎が、急にぶち込まれた伏黒の爆弾発言にびきりと表情を固まらせる。
八十八橋の任務で見たアホ面で振り向く釘崎に、比名子の顔は照れと申し訳なさが等分に混じった色を帯びる。
『……うん。私、想像していたより楽しいみたい。美胡ちゃんがこんな目に遭ってるのに何を、って思うかもしれないけど……』
目を伏せ、頬に手を当てながら薄く微笑む比名子に、伏黒は目を細める。
――事故以来心を陰らせているとはいえ、八百歳比名子は元々こういう性質だ。楽しいことに笑い、面白いと思えば笑い、騒がしいことを人一倍好む。
比名子の外面から推察できる性格とは真逆の性格である美胡と仲が良いのがいい証拠だ。
きっと、あの事故が起こらずに今の年齢まで成長した上でこの状況に巻き込まれたなら、髙羽とともに嬉々としてボケ倒していただろう。
――そんな彼女が全力で「超人」に身を任せたら、一体どうなるだろうか?
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「『私の友達、呪われちゃった!?』 どう助ける?」
三階建ての高校校舎の三階、その角に位置する教室にて、教師としては全くもって場違い埒外なセンターマン服を着用している髙羽が、教壇をバァン! と叩きながら生徒達に質問を投げる。
40人からなるクラスメイトのほとんどは髙羽が生成したエキストラだが、その中には髙羽が呼び寄せた犠牲者術師もちらほら混ざっている。
「どう助ける?」のところで髙羽が顔をがばりと上げ、キマった目で生徒達を睨みつける。その直後、生徒達が何かに強制されるかの如く一斉にノートに回答を書き始めた。
そして、いち早く書き終えた三輪霞が勢いよく手を上げる。
「はいっ!」
「はいそこのメガネッッッ!!!」
「『優しく抱きしめる』!」
「不正解ーーーッ!!」
「ふぎゃーーー!?」
大喜利は初めてな三輪が考えた可愛らしい回答に容赦なく×を突きつける髙羽。
三輪は空から降ってきた巨大な×印にぺちゃんこにされた。一応ここ教室の中のはずなのだが。
「ハイ次そこのぽっちゃり!!!」
「『高菜』ァ!!」
「意味不明ーーッ!!」
「お゛か゛か゛ぁ……!!」
お次は強制的に髙羽が指名した狗巻が回答。
しかしおにぎりの具しか語彙が無いため意味不明と切って捨てられ、狗巻は机から発生したばね付きグローブにぶっ飛ばされる。
さらに次、乙骨憂太がゆっくりと手を挙げる。
「はい」
「はいそこの坊主!!」
「そもそも正答の基準が設けられていないのは問題としてどうかと思います。それに三輪さんは眼鏡かけてませんし狗巻君はやせ型です。司会役なんだから半端なボケで流れを止めるんじゃなくてもっとお客さんを意識して」
「ひでぶ!!!」
呪術界屈指のマジレスマン乙骨によって面白くない点を指摘された髙羽はしめやかに爆発四散。
即座に死に装束となった髙羽は安らかな顔で教室の床に転がる。
「大変! 髙羽さんが死んじゃった!」
「至急タンカ用意! 呼びかけに全く応答なし! 血液検査とCTを準備しろ!」
死んでるっつってんのにタンカに乗せられた髙羽は死に装束のまま精密検査に掛けられる。
家入硝子による懸命の蘇生活動を受けるも空しく髙羽は穏やかに息を引き取り、繋がれていた心電計が「ピー」と音を鳴らした。
「28時74分、ご臨終です」
「そんな!」
「お願い、死なないで髙羽! あんたが今ここで倒れたら、社美胡の復活はどうなっちゃうの? 『超人』はまだ発動してる。ここを耐えれば、呪いが解けるんだから!」
家入の無情な死亡宣告に比名子がショックを受け、その横で髙羽が城〇内死すの次回予告を披露する。
「次回、髙羽史彦死す。デュエルスタンバイ!」と続きそうだが、次回も何も髙羽はすでに死んでいる。
そういえばこの構文の元ネタって20年以上前らしいよ。
「うう……心が苦しいから、誰かおしゃべりぬいぐるみ持ってきて……」
「はい」
美胡の呪いを解く手段が髙羽の死により失われた(失われてない)ショックからか、落ち込んだ比名子が心を慰めるためのぬいぐるみを所望する。
比名子の要望に応じた伏黒が手元にあった汐莉ぬいを即座に渡すと、比名子はその腹部をぎゅっと押す。
「…………あれ、汐莉さん鳴かない」
「あれ? おかしいわね、さっきは『むぎゅ』とか言ってたのに」
久方ぶりに正気に戻った比名子が、汐莉に生じた異変に対して怪訝な表情をする。
うんともすんとも言わない汐莉に対し釘崎と揃って首を傾げていると、心当たりのある伏黒が手を挙げて意見した。
「……ひょっとしたら近江、『超人』がいよいよ嫌で意識すら放棄したのかもしれません」
「「あー…………」」
確かに、お腹をぎゅってされて何の反応も示さないのは意識が無いからと考えるほかない。
それに東京第1結界と今回におけるあの嫌がりよう、伏黒の考えは納得しかなかった。
嫌な合点のいき方をしてしまった釘崎と比名子が汐莉(ぬいぐるみ)に憐憫の視線を向ける。当然汐莉からは何の反応もない。
「うう……じゃあ美胡ちゃんぬい持ってきて……」
「はい……あれ?」
先程までのぬい所望の流れを再度美胡で繰り返そうとする比名子。
伏黒もまた比名子の望みに即応しようとするが、ここで異変に気付く。
美胡(ぬいぐるみ)が無い。
「それはこの限定品かい?」
横からかかる優美な声。
前髪を簾のようにする美女、冥冥の問いかけに振り向いた一行が目にしたのは高級百貨店のショーウィンドウ。
そのガラスケースの中にはライトアップされた美胡(ぬいぐるみ)。
足元にはご丁寧に値札がある。
¥50,000,000
「高っ!!?」
「四尾狐だからね」
「理屈が分からないです!!」
冥冥の謎理論にツッコむ比名子。
横を見る。何故かパンダがおとなしくケース内に飾られている。
¥3
「やっす」
「社と何が違うんですか」
呆れかえった釘崎と伏黒のツッコミに、冥冥が「需要と供給の差かな」と無情な返しをする。キレた乙骨がアップを始めた。
いや、確かにこの超人合戦の目的は美胡の呪いを解くことだから、需要は美胡の方があるのかもしれないが。
そして半泣きになった比名子が冥冥に猛抗議する。
「売っちゃダメです! 美胡ちゃんは商品じゃありません!」
「需要がある以上、供給するのが市場というものだよ」
市場を語らないでください! と比名子が叫ぶ。
その横で当然のように復活した髙羽が、冥冥の言に「ソレダ!」と指を鳴らした瞬間、
ぽふん。
ぽふん。
ぽふん。
「えっ」
比名子の手足が短くなる。
伏黒の首と胴の境目がなくなる。
釘崎がもちもちになる。
三人は見事にデフォルメされ、「超人」によってふわコロりん*1の姿になった。
ただし大きさは等身大である。体積がすごい。
そうして残ったのはふわ比、ふわ伏、ふわ釘およびセンターマン姿の変態。
「でっかいなぁ」としみじみ頷いている髙羽にぬいぐるみと化した釘崎と伏黒が詰め寄る。圧がすごい。
「ふわふわふわわ!!(テメェ何勝手に可愛くしてくれてんだ!!)」
「ふわわー!!(早く元に戻せ!!)」
「意味不明ーーッ!!」
「ふわーーっ!!?」
さっきの教室の天丼みたいにばね付きグローブにぶっ飛ばされる二人。
空中でぶつかってぽいーんと跳ね返る釘崎と伏黒を見て、比名子は「ふわー……」と呟いた。意味は不明である。
「……え? 何ここ、何で私……」
また一人犠牲者が召喚される。
放棄を抱えた魔女っ娘術師の西宮桃は、何が何だかわからずに状況を見回した。
辺りに転がるのはでっかいぬいぐるみ。ぬいぐるみ。ぬいぐるみ。
ついでに小さいぬいぐるみ。
「怖っ!?」
「オマエもぬいぐるみにしてやろうかー!!」
「ヒィ!?」
某悪魔閣下よろしく顔が真っ白になった髙羽にすごい形相で迫ってこられ、西宮は引きつった悲鳴を上げる。
格好はセンターマンだったので恐怖というより変態っぷりにドン引きしているのかもしれない。
「ふわふわ!(桃先輩!)」
「え、比名子!? ちょ、ちょっとアンタ私の後輩に何してんのよ!!」
「元に戻してほしいか? ならば私と勝負しろ!!」
助けを求めるふわ比の声に、髙羽に対してドン引きしながらも食って掛かる西宮。
やけに悪魔ムーブが堂に入った髙羽に勝負を申し込まれるも、「はあ!? 勝負!? 何よ、言ってみなさいよ!」と一歩も引かない。
そうして髙羽が提示した対戦方法は、
「にーらめっこしましょ♪ わーらうと負けよー♪ 」
「あっ、意外と普通なのね……」
「あっ、ぷっ、ぷ!!」
そして「ぷ」の瞬間、二人が同時に変顔を披露する。
髙羽は自身の顔の形を利用し、鼻の下を伸ばして口を半開きにしたゴリラ顔。
対して西宮は両の親指で鼻を限界まで潰し、美少女としての顔面を粉々に破壊した全力全開の変顔。
自身の三枚目な顔形に驕った中途半端な髙羽と、一切躊躇なしで気合の入った西宮。実力差は歴然である。
「ブッフォッ!!」
可愛い女の子から繰り出されるにしては想像を超えすぎている西宮の変顔に、髙羽は鼻水を噴きながら敗北した。
「んだよぉぉぉぉぉっ! その顔は尊厳とか捨てすぎじゃん!!」
「は? こういう時は思いっきりやる方がカワイイのよ」
むしろアンタの顔芸がカス過ぎでしょ。何それ、くしゃみ我慢してんの?
素人の少女にお笑いの定番で完膚なきまで敗北し、挙句自分の実力の無さをボロクソに言われて「あべし!!!」とまた爆散する髙羽。そんなだから売れないんだ。
そしてその瞬間、釘崎達3人の姿が元に戻る。
「……………………助けてくれてありがとうございます。」
「伏黒君、そのドン引き顔やめて? 傷つくから」
ヤバい変顔に頭を侵されながら何とか感謝を捻り出す伏黒。心にダメージを追う西宮。
「…………ふっ」
――空気が抜けるような声が、静まった空間を切り裂く。
「ふっ……ふふふっ……くくっ……」
伏黒と釘崎、西宮、三人が振り返ると、そこには元に戻った比名子の姿。
腹と口を手で押さえ、目尻には涙を溜め――完全に、笑いを必死で堪えている様相であった。
笑いの衝動をせき止める壁、しかしそれは罅割れの入ったダム。大洪水を前にしては、いとも容易く決壊する類のもので――、
「ふ、あははははははははっ!!」
笑った。
比名子が。
お腹を押さえ。涙を流し。西宮の変顔を――――心の、底から。
「あは、あはははっ! だ、ダメ、ツボに、ツボに入っ……! あはははは!!」
おそらく、髙羽の「超人」の影響。それにより、比名子の生来の気質が最大限強調され、前面に出たのだろう。
――それはまさしく、10年前、事故の前の比名子が見せていた笑顔そのもので。
楽しいことを楽しいと笑い、面白いことを面白いと笑い、喜びに満ちた、輝きに満ちた、笑顔そのもので。
汐莉が比名子と再会してから、もう一度見たいと焦がれ続けてきたもので。
――そしてそれと同じくらい、美胡が、また見れればと想い続けてきたもので。
――――――魂が、共鳴した。
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「――あれ?」
気づいた瞬間、比名子は違う空間にいた。
最初、比名子は訝しんだ。また高羽の「超人」による世界改変なのか――否。ここには髙羽はおろか、伏黒達もいない。全く別の場所だ。
――そこは、少し昔の農村だった。
今よりも数の多い木々。茅葺き屋根の家々に、瓦の剝げたお寺。
そんな中にぽつりと佇む小さなお社に、比名子は懐かしさを覚える。
なぜなら――、
「――ここは、貴女の生得領域なんだね」
お社の後ろ。ふわりと微笑む彼女が、そこから姿を見せる。
歩いても、崩れない。比名子が10年、ずっと友達でいた彼女の姿が壊れずに在ることが、それだけで、とてもとても嬉しくて。
「――まさか、あんな方法を取るなんて思わなかったよ」
ぬいぐるみの目越しに見てて、何が起こってんのかさっぱりわかんなかったけど。美胡はそう言ってぼやく。
そこに不満の色は無い。仕方ないなと呆れながらも、親しみだけが籠められた感情がそこにある。
「でも、おかげでいいもん見れた。10年ぶりに比名子のあの笑顔を見せられちゃ、そりゃ心も繋がるわ」
くつくつと笑い、遠くを見つめる彼女。その表情は、何故だろう。
人魚の肉を喰らい、不死となったにもかかわらず、生を諦めているような、そんな匂いが感じられて。
そんな、どこか奇妙で不穏な空気を纏った彼女――社美胡は、言った。
「――これから消えてなくなるあたしにはいい手土産だよ。比名子の笑顔は、さ」
ダメだぁ! スケジュール管理がなんも上手くいかん!
「今なら髙羽ワールドも楽にいけちゃうんじゃね?」とか考えてた自分がバカだった!
もー懲りた! もー二度と書かん髙羽ワールドは!
……魂削って書いた前話と今話ですが……皆さん、どうでした?
面白かったですか?