申し訳ありません! 変則的ですが土曜投稿です!
もちろん来週の月曜にもちゃんと投稿します!
そういえば先日章をつけてみたところ、美胡受難の章が一番長くて衝撃を受けました。
半分くらいで終わるはずだったんですが、行き当たりばったりで書いてるとこんなことになるんですね……
ですが、今話でこの章も終わり。次回からまたバトルが始まります!
「解かれたわ」
「解かれたのかい」
呪術高専東京校にて、死滅回游の平定を目指す高専戦力が社美胡の目覚めに歓喜する一方。
人外魔境と化した東京の片隅では、彼らの怨敵達が気の抜けた会話を交わしていた。
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「呪術高専の術師ときたら、妖怪一匹のために総出で知恵を絞っちゃって」
呪いに包まれた魔都の崩壊しかけた建物、その中にあった豪奢なソファに優雅に座る女、あざみ。
彼女は先刻、自らの術式「茫洋」による呪いが解かれたことに拗ね、唇を尖らせている。
「君が呪った相手は八百歳比名子の親友だったんだろう? 回游に参加してからの彼女の動向を考えれば、高専が八百歳のために動くのもわかるさ」
額に刻まれた見るからに痛々しい縫い目をいじりながらあざみの愚痴に応答する男、羂索。
その生得術式でもって特級術師・夏油傑の肉体に寄生する彼は、自らの手で術式を覚醒させた死滅回游の泳者――八百歳比名子について思いを馳せていた。
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人魚の血の特異的作用により、妖怪を引き寄せる体質となり果てた彼女。
術師5点、非術師1点の総則内容――呪術的な足し引きを考え、呪霊・妖怪が多数解き放たれた
だがその実験の目的、すなわち高価値目標の投入による結界内での殺し合いの活性化に関しては、はっきり言って失敗だった。
理由は単純、比名子が強すぎたから。
羂索の見立てでは、比名子は日車寛見と同じレベルで術師としてのポテンシャルを有す覚醒型泳者。ともすれば五条悟に並ぶほどの才能の原石であることは手抜かりなく把握していた。
それ故、成長スピードもまた異常なものになるだろうとは予測していたが――よもや、わずか3週間弱で五条悟のステージに指をかけてしまうとは。
鹿紫雲一あたりが稼いだ100点で結界の出入りを可能にし、泳者が全国各地から比名子の得点を狙いに集結。それを追ってより強い泳者もまた比名子の所に集まり……というのが羂索が大まかに思い描いていた活性化の図式だった。
が、比名子が2週間で280点を荒稼ぎしたせいで広島結界内の生き残りすら彼女を恐れて逃げ隠れするようになり、その図式は見事に崩壊。
それどころか接敵した高専勢と友誼を結び、その後も高専所属の術師達に恩を売り続け、気が付けば特級術師として認定されて。
「そんな彼女が呼びかければ、そりゃ多くの人間が協力するよね」
「まったく、『妖怪≒呪霊』の認識はどこへ行ったのかしら」
顎杖をついてぼやくあざみ、彼女の妖怪に対するイメージは最悪――いや、自らを永劫の生に縛り付けた人魚へのイメージが飛びぬけて悪いのは確かだが、他の妖怪に関してはまだマシではあるか。
それでも、羂索から聞かされた社美胡のかつての所業――人間を愉しんで喰らっていたこと。そして呪術師が持つ「妖怪≒呪霊」の共通認識を踏まえ、たとえ美胡がどれだけ苦しみ、尊厳を踏みにじられようと、差し伸べられる手はないに等しいだろうとあざみは考えていた。
だが、結果はこの様。比名子は見事に高専勢力の術師達を協力させ、その知恵と力でもって「茫洋」の呪いを打ち破ってみせた。
どうやらあざみは、今の比名子が有している影響力を軽んじていたらしい。
「……ところで羂索、さっきから手に持ってる料理は何?」
ソファの背もたれに体を預けたあざみは、首だけを羂索のいる方へ向ける。
先程あざみがぼやいている間にも漂ってきた何やら香しい肉の香り。それを尋ねる声に、羂索は「これ?」と持っていたフォークでその料理を刺した。
「狸肉のジビエ。裏梅が作ってくれたんだよね」
「貴様に作ったのではない。宿儺様のご所望された料理の余りだ」
宿儺様は珍味も好まれるからな。厨房から返ってきたのは裏梅――千年前から両面宿儺の従者をやっている変わり者の声だ。
生前は男であった裏梅だが、いかなる理由か今は氷見汐梨という女性に受肉し、女としての肉体を手に入れた彼女――それでもかつての実力も宿儺への忠誠も一切変わらず、彼専属の料理人として今もキッチンで辣腕を振るっている。
……氷見汐梨という名を聞いたとき、あざみを不死者にした人魚・近江汐莉と同音であることに若干のイラつきを覚えたのだが、それは置いておいて。
羂索の食べている肉が狸だと知り、あざみは一気に興味が失せる。
「あ、そう……じゃあ別に要らないわ。狸肉は臭いって聞くし」
「おっ、さてはあざみ知らないね? ちょうどいい、持ってきてよ」
そっぽを向くあざみに対し、羂索は裏梅と共に厨房にいる
肉の余りはまだあるでしょ? 羂索のその声に応じ、
「だから要らないって……ちょっと、スパイスも使われてないの? これじゃ獣臭さが全然殺せないじゃない」
「ところがコレ、狸特有の臭みが全くないのさ。少し嗅いでごらん」
火加減よく焼かれているとはいえ、最低限の調味料で味付けされたシンプルな料理に顔を顰めるあざみ。
しかし羂索の言った言葉に反応し、怪訝に思いながら手で湯気を鼻に向かって扇ぐ――直後、あざみの目が見開かれる。
至近距離で匂いを嗅いでいるのに、獣臭さも土臭さもない。
「…………あむ」
皿と一緒に渡されたフォークを手に取り、刺した肉のひとかけらを口に運んでみる。
その途端、口に広がったのは穏やかな旨味だ。炭火の香ばしさを纏った肉汁が噛む度に口いっぱいに広がる。
肉の繊維はほどけるように歯を受け入れ、肉が秘めていた甘さが惜しげもなく解き放たれた。
狸の肉特有の癖も、当然何一つない。穏やかで上品で、山の恵みを丁寧に閉じ込めた味わいに、あざみは思わず舌鼓を打った。
「……やだ、本当に美味しいわ。狸の肉なの、これが?」
「正確には狸の妖怪の肉さ。君の認識通り一般の狸は臭いものだけど、妖怪に転じるとそれが一気に無くなるんだ」
見たことのないものを見たい、面白いことが本当に面白いか確かめたい――人生における“楽しみ”を極限まで追求する羂索は、料理の楽しみも当然嗜んでいる。
マイナーどころかそれを行う人種ですら歴史上でも稀な「妖怪食」なんていうジャンルですら、羂索は一定の知識があった。
「――“浴”の後、精をつけるために狸肉を要求したが、既に用意されているとはな」
そう言って奥の部屋からぬっと姿を現したのは、四本腕に四つ目、腹の口、全身に奇怪な紋様の浮かぶ怪物――両面宿儺。
耳たぶから飛び出た骨を手慰みに掻きながら出てきた彼を視認したあざみは、思いっきり不機嫌に表情を歪める。
せっかく美味しい料理を食べ、幸せになった口の中いっぱいに苦いものが広がったような顔をするあざみに対し、
「控えろ、あざみ。宿儺様に向かってなんだその目は」
「可愛いエリカがむくつけき大男に変貌しているんだもの、こんな目にもなるでしょう」
狸妖怪のジビエ料理を口に運びながら、あざみは宿儺をじとりと睨みつける。
“浴”――本来は蠱毒で厳選された生物を使う所、今回は呪霊を漉し潰して得た穢い呪力の溶液に、少し前まで宿儺は浸かっていた。
元々弱い妖怪であったエリカ。汐莉の肉で不死身になろうと宿儺を受け入れるには彼女の器は脆すぎたため、「肉体を仕上げる」ことを目的に“浴”は行われ――長い時間が過ぎ、現れた宿儺はエリカの体に完全に受肉していた。
どうやらエリカが弱すぎたために、“浴”に加えて受肉による変身を完全に完了させねば肉体の崩壊は免れることができなかったらしい。
そのせいで「受肉による肉体修復」が出来なくなったわけだが、宿儺はそれをさして気にしていない。
何故なら、宿儺は人魚の肉によって不死身の性質を獲得している。それのみならず、広島結界で見せた回復法――呪霊と同じ、呪力による修復を可能としているためだ。
その上、妖怪特有の
とはいえ、自分の所有物であるエリカの愛くるしい姿が見る影もなく変わり果ててしまったあざみにとって、そんな情報はどうでもいいのだが。
「狸妖怪の肉が上質なのは知っていたが、千年ぶりに喰うとやはり美味いな。どこで手に入れた?」
「は。隠神刑部の手下どもを何匹か狩りました、宿儺様」
「隠神……ああ、奴か。かつて
「滅相もございません。隠神めは300年前に封印を受けているようで、そのせいか極めて大きく弱体化していただけのこと」
宿儺と裏梅の会話はありふれた主人と従者のような雰囲気で、史上最強の呪いの王にしては妙にミスマッチに思える。
あざみはため息を吐きながら皿に残ったジビエを食べようと手元に視線を下ろし……既に食べ終わっていたことを思い出し、さらに大きなため息を吐く。
そのままあざみは、厨房の
「――そういえば、どうして彼女はこの場にいるの?」
先程から当然のように団欒の場に存在し、裏梅の料理のアシストとして使われていた女。
それを受けた羂索は一瞬目をしばたたかせ……その後すぐに顔をニヤリとさせ、そこら辺にあった椅子に腰かけた。
「――君らは、妖怪がなぜ術式を持たないか知っているかい?」
「長くなりそうだからやっぱりいいわ」
「まず妖怪っていうのは、その成り立ち的に術式を持ち得ないことが多いんだけどね」
「聞いてる??」
結論よりも前に長い前置きが始まる雰囲気を感じ取って辟易するあざみをよそに、羂索はマッドサイエンティストと理知的な教師を足して2で割ったような雰囲気を纏い、宿儺へと目を向ける。
明らかに質問に答えて欲しい視線を向けられた宿儺は「うざ」と吐き捨てながら、
「妖怪の多くは畜生の成れの果てなのだから、生得術式など持ち得ん。そも、あれらが生来宿した性能の優れたるが故に、術式という脳機能は退化しているはずだ」
四本腕のうち一つで頬杖を突きながら、面倒臭そうに言い捨てる宿儺。その言葉は簡潔そのものだが、しかし二言程度にまとめるとすればその内容は満点に近い。
美胡の呪いを解くための話し合いの中で、五条悟が比名子達に教示したのと同じ内容だ。
蛇や鯨の先祖は脚を有していたが、洞穴や海に生息域を移すにあたり不要な
五感操作なりヒトガタへの擬態術なり、人魚でいう不老不死なり、妖怪は個々で術式を2つも3つも持っているような生物だ。
それ故に、妖怪に変化する際には脳に刻まれる生得術式は不要なモノとして切り捨てられるのである。
「人間が妖怪に転じる場合でも同じさ。その者が強力な術式を振るう呪術師だったとしても、妖怪になればその術式は退化する」
術式の退化――すなわち、使用不可となること。呪力を扱えようと、その術式に呪力を流し込み起動することが出来なくなる。
その上、よしんば何かしらの方法で起動できるようになったとして、退化した術式はその性能が極めて大きく劣化しているものだ。
「――――だがここに例外が存在する」
瞬間、羂索の顔が
彼の双眸に満ちるそれは、新しい景色を見つけた幼子のような爛々とした輝き。その瞳につられて、あざみ達の視線も彼女へと注がれる。
「死滅回游の開催にあたり、覚醒型泳者の選定時に私が発見したことだ」
新しい発見という石が湖に投じられ、好奇心という波紋が胸の内に広がる感覚――その心の揺らめきに身を任せ、羂索は言葉を続ける。
「確かに、人間の生得術式は妖怪になれば消える――だがもし、
「……元より使用できなかったモノを退化させるも何もない。眠っていた術式は、性能が健在であるまま残っているというわけか」
羂索の言わんとしている内容。口に手を当てて考え込んでいた宿儺がそれを言い当て、羂索は大きく頷いた。
「――私に術式を発現させられ、それでもなお回游に参加しなかった61人。そこにいる彼女はそのうちの一人だった」
この国の人間は、現実が不変恒常なモノだと自ら暗示をかける傾向がある。羂索が唾棄する思考だ。
そういった脆い薄氷のような現実に縋り、全国どこの結界にも入らなかった愚者のうち――
「60人は、既に私が
――“永続”を謳う死滅回游、その終了。
死滅回游とは、千人もの術師を強制的に殺し合いに巻き込み、さらには全世界の人間を一つに同化させてしまう
日本全土を舞台にした超大規模なこの呪いの儀式は、“永続するゲームを終わらせる”という無理難題の縛りをもってして成立している。
それを無理やり終わらせるためのルール。これを追加する贄として、回游不参加の60人が羂索の手で攫われ、そして処理されたのだ。
追加されたルールは2つ。
一つは死滅回游の新規泳者の参加を打ち切ること。そしてもう一つは、数人を除いた泳者の鏖殺。どちらも羂索が死滅回游の終了に疑念を抱かないために必要な条件だ。
鏖殺要件から除かれた数人――あざみ、羂索の寄生先である夏油傑、宿儺の受肉先であるエリカ、裏梅の受肉先である氷見汐梨。
そして――、
「――君だよ、千羽あやめ」
――向けられた羂索の好奇の目。
ジビエ料理を手に持った彼女、千羽あやめは、その目にただ濁った視線を返す。
死滅回游が始まった後に縋りついていた「こんなの夢だ」なんていう蜃気楼のような希望。それを全て毟り取られ、彼女の瞳は絶望に染まっていた。
「本当なら君だって私の嫌悪する61人の一人だし、最初は
他人の体に寄生し千年を生きた羂索。その過程でほとんど探求しつくしてしまった術師、呪霊、妖怪――「呪い」という分野。
そこで久しぶりに新しく発見した、「術師が術式を保存して妖怪に転じる」という現象。その生き証人を点として消費するのは、流石の羂索も気が向かなかった。
「だが、結局ソイツは『術式を持った妖怪』というだけだろう。希少性はともかく、弱ければただのお荷物だぞ」
「そこは大丈夫。彼女の持つ術式は中々便利でね、使い方を間違えなければきっと役に立つさ」
あやめに酷薄な目を向ける裏梅に、術式の有用性を語る羂索。
その会話を聞き流しながら、あざみはあやめの様子を窺う。
――光のない目。焦点がどこにも合わず、誰かを見ているようで何も見ていない。
その周りには幾筋もの涙の跡が痛々しく残り、泣き腫らした事実を隠しようもなく物語る。
今涙が流れていないのは、既に枯れた後だからかもしれない。
あざみが以前あやめを見かけた時、彼女はキッチンカーでアルバイトをやっていた。
あざみからしても違和感なく人間社会に溶け込んでいた彼女。きっと人間から転じた妖怪であるがゆえに、その感性も善良な人間に近しいのだろう。
それが唐突に殺し合えと言われ、挙句呪術史上でも類を見ない魑魅魍魎の怪物達に囲まれているのだ。
身に降りかかった常軌を逸する理不尽な現状。そんな者どもと手を組んでいるとはいえ、あざみも同情を禁じ得ない。
右へ揺れ、左に傾く、おぼつかない足取りで料理をもってくるあやめ。あざみはその料理を受け取り、「ありがとう」と一つお礼を言おうとし――、
――その瞬間、不可視の斬撃があやめを真っ二つに切り裂いた。
「ぇ…………」
二つに割れた胴体から大量の内臓がまろび出るあやめ。
その惨事を一瞥することもせず、下手人――「解」によってあやめを両断した宿儺は耳たぶから出た骨をいじっている。
「二口女か。やはり本体は頭だけのようだな」
「……食欲が失せたのだけど。何、彼女のことが気に食わなかったの?」
「別に、特に理由は無い」
「えぇ…………」
あまりにもあんまりな返答。食後の一欠片の菓子でもつまむような気安さで生物を両断する傍若無人さに、流石のあざみですら口を引き攣らせた。
呪いの王、史上最強、千年に渡り恐れられる災厄。そんな肩書を並べるまでもなく、目の前の怪物は、人の理から最も遠い存在なのだろう。
「ぁ……ぅ……」
床に転がった上半身。裂けた胴から零れた臓物が床を汚し、千切れた腸がだらりと伸びる。
二口女である彼女はいくら首から下にダメージを負おうと命には届かない。それでも苦しそうに呻いているのは、きっと心が折れているからだろう。
食べかけのジビエを机に置き、一つため息を吐いたあざみは、散らばったあやめの臓腑を詰めなおそうと椅子から立ち上がった。
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あやめの目から、また涙が零れる。
もう枯れ果てたと思っていた涙。絶望に染まり切った瞳から、再びとめどなく雫が滴る。
――――どうして、こんなことになったんだろう。
あやめはただ、生きていただけだった。
朝起きて、働いて、帰って、眠って――そんな当たり前の日常を送っていただけのはずなのに。
これは何かの罰なのか。
まだ人間だった頃、先妻の子を愛せなかった罰か。
それとも最近、恐ろしく美味しそうな匂いのした少女を、食欲に負けて喰おうとした罰か。
これまで見てきた人間や妖怪など全く比較にもならない怪物達、その側で息を潜めるしかない現状。
『彼女の持つ術式は中々便利でね、使い方を間違えなければきっと役に立つさ』
羂索が言った言葉。あやめはきっと、彼が何かで利用するために手元に置かれている。そしてそれは絶対にろくでもないことだ。
自分はあと、どれほど悪意に晒されるのだろう――そんな絶望に心を侵されながら、あやめは床に転がっていた。
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次回からバトル回です! 皆さまどうかお楽しみに!