今日は休みなので少々張り切りました。
最近私思うんですよね。今この話まで読んでいただいている人が全員高評価してくれたら総合評価とかめっちゃ高くなるんじゃないかって。
⭐︎9や⭐︎10にみんなが……投票してくれたらいいなーって……ダメ?
第47話 戦闘開始!
――昼下がりの正午、天頂より眼下を見下ろす太陽の光に照らされる、崩壊したビルの群れ。
裂けた壁、骨のようにむき出しになった鉄骨。窓という窓は砕け散り、空へ伸びる摩天楼は途中でねじ曲がり、今にも崩れ落ちそうな姿を晒している。
墜落した巨岩。放たれた呪いの雲霞。それらが幾重にも破壊を齎し、もはやそこでは何が道路で何が建物だったのか判然としない。
吹いた風で舞い上がる砂塵。そこに含まれるのは砂塵とコンクリートの粉末、砕けたガラスの破片、そして焼け焦げた鉄の匂いだった。
――その鉄の香りに顔を顰める五条悟は、ビルの屋上でゆったりと伸びをしている。
「やー、今日は天気いいねぇ」
「……そうですね……」
指を組んで腕を伸ばし、背筋を伸ばし、いかにもリラックスしている様子の五条。
その横で、緊張で胸の鼓動を早めている少女がひとり――八百歳比名子は、突如として言い渡された現代最強の術師との模擬戦闘命令に、頬を硬くしている。
――東京、渋谷。
本日、11月17日。
呪いの王・両面宿儺より宣戦布告を受けた12月24日よりひと月以上も前の日なのにもかかわらず、五条と比名子はこの地に降り立っていた。
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『宿儺は領域を展開するときに結界を閉じないんだと思う』
『はあ!? ありえねーだろ!?』
『ありえない』
『ありえねぇ』
『ありえない……かな』
『あ、私多分それ出来ます』
『『『ハ????』』』
宿儺一行への対策会議時の、術師達の壮絶な会話である。
実際にはもっと長く綿密な会話がなされていたのだが、ともかくいつの間にやら――否、比名子が汐莉に受肉した宿儺と戦闘した際、宿儺によって展開された“閉じない領域”をラーニング、高専に集結してから今までの間でイメージトレーニングを繰り返してコツを掴んだ――らしい。
そして比名子が軽く放り込んだ爆弾発言から、本来予定されていた議論の流れから大きく話が逸れていく。
呪術における「結界術」の基礎中の基礎、領域展開という概念を学ぶにあたっての枝葉を支える根幹、そう言って過言でない知識の土台を真横からぶち壊す衝撃的な事実を投げられ、『じゃあその領域を使ったら一体何が起こるねん』という疑問が湧き起こるのは自明の理。
その場にいた術師が一斉に比名子に詰め寄るも、比名子自身領域を展開したのが真希戦以来――汐莉宿儺との戦いの時は、「伏魔御廚子」は彌虚葛籠&領域使用不能のルール追加で対処し切った――なので、何が起こるのかは正直分かっていない。
そんなわけで、急遽開催されることとなった“閉じない領域”に関する検証。
本来なら比名子による実際の使用感と、既知の“閉じる領域”とぶつけてみてどうなるかを簡単に実験する程度――だったのだが。
「僕がゴリ押しで模擬戦の形式にしました、っと」
「…………」
何やら随分機嫌の良さそうな五条、彼がつい先刻ぶっこんできた宣戦布告を思い出し、比名子は頭が痛くなっていた。
まあ、言わんとすることは理解できる。
来る12月24日、両面宿儺と激突するのは間違いなく五条だ。史上最強たる術師との戦いである以上、模擬戦がしたいのであれば奴の実力に最も近い比名子が妥当だろう。
というかそもそも比名子の領域が洗練されすぎているせいで、領域で対抗できるのがおそらく五条しかいないという身も蓋もない事実もある。
――それでも、五条悟は比名子よりも格上だ。
呪力量を見るなら、精々比名子の少し上程度。
けれど、そんなことが些末なものに思えてしまうほど、彼の呪力精度は究極の域に達していた。
一滴たりとも無駄を許さない精密さ。呪力という曖昧な力が、まるで理論だけで組み上げられた機械のように淀みなく循環している。
術師としてほぼ完成の域に達した比名子をして息を呑むほどの洗練度合。そしてそれを可能にする「六眼」があるからこそ、彼の術式「無下限呪術」は現代最強の名にふさわしいものとして成立している。
広島結界での数々の泳者との戦い。真希の襲来、万の襲来、指を十六本取り込んだ両面宿儺との戦闘。戦った時、どれも皆勝ち筋を見いだすことができた。
だが、今渋谷の地に立つ五条悟。彼を目の前にしていると、否が応でも考えてしまう。勝てる気がしないと。
ただ相対しただけで、そんなことを感じさせる存在は初めてだった。
だからこそ――、
「――“
五条悟の眼前、少女が胸の前にかざした掌の裡に、尋常でなく強大な力が生じる。
“起こり”。術式発動直前に術師から漲る呪力。
領域展開直前、必中術式の発動直前など、大技の発動前には必ず“起こり”がある。
呪力効率の高い比名子も例外ではなく、詠唱込みの術を発動するとなれば尚更――その発生を肌で感じ取り、五条は「おっ」と声を出す。
――比名子は深く、深く息を吸い込み、そして吐き出す。
「――全力で行きます」
決意に満ちた視線が五条に向けられると同時、手の中に渦巻く極大の呪いが一段と活性化する。
「いいね。その調子で、思いっきりかかってきな」
背伸びの運動の続きのように、五条は体の前で手を組み、腕を突き出して筋肉をほぐす。
凡百の術師が見れば一瞬で敗北と死を悟り、生存のための足掻きを本能が放棄するほど圧倒的な呪いの気配を前に、五条悟はリラックスしているような姿勢を崩さない。
いや、違う。
世における「呪術」という暴力の極致、そのステージに指をかけた比名子を前にしても、五条は小動もしない。
何故なら――、
「大丈夫。僕、最強だから」
――この世界の暴力の頂点の舞台に、彼は堂々と上がっているのだから。
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「『
――極限まで凝縮された水球が爆裂し、顕現した大海の如き水流が引き起こす轟音によって、戦いの狼煙が上げられた。
「――――」
解き放たれた呪いの水、その暴威にニヤリと微笑んだ五条の姿が一瞬で呑み込まれる。
現れた異次元の大質量は陸地に発生した津波と言っても過言ではなく、190cmを超える長身の五条が米粒に等しく感じるほどの局地的大災害が渋谷の地を破砕していく。
倒壊しかけたビル群が倒壊を超えて粉々に砕け散り、ビルの大きさを超える巨岩――おそらく何らかの術式の産物であろうソレを、林檎か何かを割るかのようにバラバラに潰してしまった。
汐莉宿儺との戦闘時、圧倒的な物量でもって広島の地を更地になるまで蹂躙した術だ。
あの時ですら折れたマンションを水流に流してしまうほどの規格外の天災であったのに、今回はそこに詠唱が加わっている。出力を120%引き出された「
「…………」
概念は、超威力で破れる。
それは、あざみとの2度の激突で学んだことだ。
術式の中には能力が概念に絡むモノが存在する。今言ったあざみの「茫洋」然り、髙羽史彦の「超人」然り、五条悟の「無下限呪術」も勿論そうだ。
概念といえど内包と外延――すなわち許容しうる規格のようなものは存在する。その規格を逸脱した威力・質量・物量をぶつけてやれば、どんな概念だろうとぶち破れるという寸法だ。
五条悟は、“閉じない領域”の性能の実験を無理やり比名子との模擬戦という形に持って行った。
対宿儺のための作戦立ての役には立たないその行為。それの意味を五条は教えてはくれなかったが――、
「――ははっ、絶景絶景! やるね比名子!」
渋谷全域に拡散していく濁流、そのど真ん中から白髪の男がふわりと浮かび上がる。
幻想めいた美貌。青白く光り輝く瞳。言うまでもなく五条悟。
真正面、呪術師の到達しうる究極の物量を浴びた現代最強は、その直前と何ら変わることなく無傷で健在していた。
「無下限呪術」の応用により空中を浮遊し、比名子のいる場所よりも高空から眼下を眺める五条は、まるでいい景色を目にした少年のように目を輝かせている。
間違いなく、自分が操れる術の中では最大級の規模の必殺技――それをいとも容易く受け止められたのを確認し、比名子は即座に距離を取る。
五条悟が模擬戦を申し込んだ意図。比名子はそれを、「オマエの技で僕の『無限』を打ち破ってみろ」というものであると受け取っていた。
だが、詠唱込みの大技をもってしても全く影響を与えられていない状況を見ても、五条は失望するどころか大層楽しげ。
自分の推察が間違っていたのかと比名子は首を傾げようとし、そんな暇はないとすぐに考え直す。
「――『百斂』」
術式の応用により空気中の湿気を掴んで宙を泳ぐ比名子。彼女がその言葉を唱えた瞬間、周囲に数十個の水球が展開される。
五条と同じ呪術界御三家・加茂家の相伝術式「赤血操術」、その奥義を構成する「百斂」。元々は血液を極限まで凝縮する技を、比名子は生成した呪いの水に適用している。
だが形態が同じとはいえ、その圧縮率は異常、異次元、超越的。少し大きめのビー玉サイズに瀑布を凝縮していると言っていいような水の玉――そこから放たれるは、
「『穿水』」
瞬間、比名子を囲んでいた多数の小球、その全てから超速の水矢が射出される。
「穿血」。「百斂」により凝縮された血の玉を掌で挟み、指先で指向性を付与して放たれる血のレーザー。「穿水」は比名子が「穿血」の存在を知る前に開発したオリジナルだが、のちに「赤血操術」について教わった後、形態が似通っていたために勝手に名付けたという命名経緯がある。
だがやはり似ているとはいえ、「穿血」と「穿水」の性能には天と地の差がある。
「穿血」の初速はせいぜいがマッハ1前後といった程度でしかないが、比名子の「穿水」はマッハ8.5にまで到達する。
その上、比名子は指先による指向性付与なしで放水方向を一つに収束させられる。比名子はこの技術をもって、複数個の水球から「穿水」を放つという離れ業を可能としていた。
五条悟目掛けて放たれた数十条の水のレーザー。そのあまりの速さゆえ、空間はそれが発生したことすら気付かない。
やがて、音という名の世界の悲鳴が二人の耳に届いたとき、既に五条の体には無数の孔が――、
――空く直前で全ての鏃がピタリと停止し、「質量でダメなら速さ」という比名子の考えは霧散した。
「…………」
五条悟の術式――「無下限呪術」の権能については既に聞いている。
すなわち、対象と術師の概念的な相対距離を無限大に引き延ばすことであらゆる攻撃を無効化する能力。「アキレスと亀」の例えで五条は説明してくれたが、あれはそもそも数学の論理におけるパラドックスの上にしか存在しない概念。そんなものを現実に持ってきている時点で、「無下限呪術」がどれだけおかしいか何となく察せる。
極め付きがこの「相対距離の無限化」が単なるパッシブの能力でしかないこと。超次元の呪力効率でもって脳に反転術式を回し続ける必要はあるが、五条はこのニュートラルな“無限”を常時体表に生じさせることが可能であると言うのだ。
――一般の術師が聞けば間違いなく攻撃を通すこと自体を諦めるであろう
それを理解したうえで比名子が何故術による攻撃を繰り返すかと言えば、ひとえに比名子が脳筋だからだ。
年頃の少女に向かって何をと思われるかもしれないが、そうとしか言えないのだから仕方ない。
超質量と超暴力でもってあざみの「茫洋」を一部打ち破れた経験、これに裏打ちされた自分の振るう力に対する絶対性の確信。
それはたとえ、五条悟の“無限”であっても「頑張って攻撃していればそのうち通るんじゃないか?」というある種の傲慢さに繋がってしまう。
今の八百歳比名子は「呪術史上五指に入る才覚とそれによる呪いへの洞察力」を有しながら、同時に「術師になって僅か十数日という経験の浅さ」を抱えている歪な存在だ。
戦闘の中で分析を繰り返し、攻撃の種類を変えて打ち込み続ければ、五条の術式であってもいずれ貫通する攻撃が見つかるかもしれない……そうやって無駄に考えを巡らしてしまう。
「無理なものは無理」――攻撃の威力が規格外であり、種類も多彩で、考える頭をきちんと備えている比名子だからこそ、やや欠けてしまっている思考だった。
「――今回模擬戦を組んだのは、君のそういう考え方を矯正するためってのが一つ」
――瞬間、幾本もの水矢の軌跡に呑まれた五条の体が眼前から消失し、その声が比名子の真横から響く。
教師が生徒に物を教える、まさにそのトーンで話される五条の言葉。それに反応して比名子が横を向いた時、既に五条は腰を深く落としていた。
「か、ふぅっ…………!!」
術式順転「蒼」を応用した超速の拳撃。吸引の反応を織り交ぜることで大幅に威力を増した一撃の威力はまさに超級の一言であり、腕を差し挟む余地もなく拳を脇腹に叩き込まれた比名子は苦悶の表情を晒す。
肺の空気が全て排出されたかのような衝撃、ともすれば内臓が破裂したと錯覚するようなパワーに、比名子の軽い体は高速で宙を舞う。
吹っ飛ばされた先にあるビルを貫通し、コンクリートや割れたガラスを粉砕し、ばら撒き……何棟か先にあった建物の壁をぶち抜き、その床を転がって、漸く停止した。
呪力総量が莫大な乙骨憂太、無限の呪力で不死身となれる秤金次、この二人であっても腹に食らえば嘔吐する。それほどに桁外れである五条の拳撃。
しかし、比名子は吹き飛んだ先の建物の中で痛む脇腹をさする程度にダメージを抑えていた。
(……今の、金属の鎧を殴ったみたいな感覚……真希が言ってたウロコフネタマガイの式神か)
打ち込んだ拳に覚えた硬質な感覚、それを奇妙に思って手をぐっぱぐっぱと握って開く五条が立てた推察は正鵠を得ている。
脇腹を手で押さえる比名子、彼女の体表には黒鉄で形成された堅鱗が生じている。
ウロコフネタマガイ――かつて真希の剣戟、宿儺の斬撃を防いだ際に使用した絶対防御の式神。
術式精度の極まった比名子は、その鉄の鱗のみを体表に召喚することで物理的な防御力を極限まで高めていた。
「ハァ……ハッ……『死累累湧軍』」
立ち上がり、軽く息を整えた比名子は、引き裂いた右袖から露出した火傷痕より、無数の式神を召喚する。
「死累累湧軍」は文字通り、無尽蔵に湧き出る式神だ。比名子の体から猛烈な勢いで出現した無数の魚型式神は、現在比名子のいるビルの一室に納まり切らずに天井を突き破る。
そのままビルの屋上を噴火のごとくぶち破って現れた幾千もの式神、その全ての口先――否、砲門が数百メートル先の五条へと向けられる。
――テッポウウオ。
体長15~30センチメートル程度の小さな魚であり、体内に溜め込んだ水を勢いよく噴射して水面上の獲物を撃ち落とし捕食する変わった習性を持つ。
だがその体格ゆえ撃ち落とせるのは精々が小さな虫、それくらいの水鉄砲しか出せない――本来は、その程度の矮小な存在でしかない。
だが、今出現したテッポウウオは、その全てが比名子の式神だ。
一つ一つが呪いにより生み出される霊体生物――故に、体に溜め込むのは水などではない。
五条の体に射線を向ける一匹一匹、その口から漏れ出すのは恒星の如きエネルギー。放たれるは――、
「――『グラニテブラスト』」
瞬間、戦場に閃く数千の蒼い光。
「穿水」とは全く異なる、純粋な呪力の
「結界の出入り可能」のルールが死滅回游に追加されたのち、乙骨の要請によって二つ返事で高専勢力に参入した泳者、石流龍。彼から聞き、そして実際に見せられた「呪力の放出」という単純極まる術式。
何ならそれは術式を使用せずとも再現可能な術であり、実際彼も領域展開後のフィニッシャーとして用いるやり方――なので比名子は今回、ぶっつけ本番で再現した。
戦場に顕現した無数の
千を超える魚から放出されたブラストの数は瞬く間に万を数える。空間を飽和した呪力の波濤は不規則な軌道を描き、都市を蹂躙しながら五条悟に収束し――、
「――けど、僕には届かない」
視界の全てを蒼く染められた五条は、なおも余裕を崩さずに堂々と中空に立つ。
誰がどう考えようと、今の攻撃は小さな町程度なら余さず壊滅せしめる威力だ。そんなものを真正面から受けてなお、五条の“無限”は揺るがない。平然と存在を保ったまま小動もしていなかった。
「――もうそろそろ分かったんじゃない? 君の攻撃は僕に通じない」
そう呟いた途端、術式で上空に浮き上がった比名子の真横に五条が出現する。
びくりと肩を跳ねさせる比名子に対し、にこりと笑いかける五条の姿は、戦闘が始まる前と何一つ変わりない。ビル群に突っ込み薄汚れた比名子に対し、五条の服には埃一つついていない。
――あざみと五条が戦った時、あざみの「茫洋」が「無下限呪術」を破れたのは、出力云々の問題ではない。単に、概念勝負の相性が良かったから。
超質量を叩き込み、超速の矢を撃ち出し、純粋な呪力をぶつけ。質の違う三種の技を使ってもなお全く通らなかったことで、比名子はその事実を何となく受け入れていた。
きっと、「
五条悟の目論見、「無理なものは無理」の思考を、比名子は順調に刷り込まれていた。
故に――、
「――いきます」
中指と薬指を組み、それ以外の指の腹を合わせる掌印。
胸の前で奇妙に作られた手の形、それは摩醯首羅天王印。――広島結界の真希戦以来、久方ぶりに放たれる比名子の領域展開、その掌印だ。
質量、速度、呪力、その他諸々一切通用しない以上、比名子の取れる手段は一つのみ。
すなわち、領域勝負に打ち勝ち、五条の術式使用を困難にすること。
比名子がこの作戦を最後まで取っておいたのは、先述の浅い経験からなる傲慢さが一つ。
そしてそれと同じくらい大きな理由がもう一つ――それは、呪力強化による肉体操作や体術が稚拙であり、領域で押し負けた瞬間敗北が確定するためであった。
――だが、もうこれ以外に出来そうなことがない。
「「――領域展開」」
比名子と五条の声が重なる。
五条の結んだ掌印は帝釈天印。天界の最高位に座し稲妻を操る最強の神の印であり、五条悟が扱うモノとして相応しい掌印だ。
帝釈天印、そして摩醯首羅天王印。二つの掌印を起点に、全く同時に世界を塗り替える領域が展開され――、
「――『無量空処』」
「『大自在平線』!!」
――瞬間、渋谷の地に“閉じる領域”と“閉じない領域”、その極致が顕現する。
片や結界で閉じた空間に余すことなく描かれる、天空の向こう側に在る宇宙を豪快に塗りつけた光り輝く暗黒の風景。
片や閉じぬ領域の中心に具現化した悍ましき彫像――長い爪と魚の半身、眼窩から白い珊瑚の生えた人魚の形を為すシンボル。
互角、ではない。持ちうる才能の限界まで磨き抜かれた比名子の領域、それをもってしてすら五条の領域の洗練度合いには今一歩及ばない。
今はまだ、対になる二人の必中命令が重複し打ち消し合う状態。しかし、ほどなく五条の領域が比名子のそれを塗り潰し、その必中術式が比名子を襲うであろう。
――比名子の繰り出したものが、“閉じない領域”でなければ、だ。
「――――えっ……!?」
領域を展開し、五条の領域と激突した瞬間、比名子の顔が驚愕に染まる。
それは今の自分の技量であっても五条の領域の完成度に及ばない――そんな敗北感によるものではない。
それはまさしく、今現実世界で起こっている事象に由来する驚愕だ。
――比名子の領域の必中効果が五条の領域の外に達し、付与された「死累累湧軍」の式神が領域の外殻を攻撃している。
これは。この現象は流石に、比名子も想定していなかった。
両面宿儺が“閉じない領域”を使用した意味。あれはあえて逃げ道を用意する“縛り”だけではなく、こんな意図も含まれていたのか。
だとすれば、だとするなら、領域勝負においてこの技術ほど有効なものは無い。
だって領域の結界は、須らく外側からの攻撃に脆いもので――、
「――――」
――割れた。
カシャンという軽い音と共に。
あまりにもあっけなく。
現代最強による至高の領域を、いとも容易く、比名子は突破してしまった。
「「…………」」
起こったことが信じられず、二人して顔を見合わせる。
思いもよらぬ出来事に白くなった思考を揺り戻しながら、比名子は現状の把握に努める。
今、五条の領域は破壊された。対し、比名子の領域は全く持って問題なく健在している。
領域が破壊された以上、五条の術式は使用困難になっているはず。“無限”の存在しない、あり得ないほどの無防備状態で、五条は比名子の領域内に存在していることになる。
つまり。
――比名子の、勝ち?
「…………くっくっ」
比名子の術式が炸裂する刹那の間、五条の口を歪ませたのは笑顔だ。
比名子の発動した「大自在平線」、その必中効果範囲は呪いの水で満たされている。故に笑い声こそ形にならず泡として消えたけれど、それでも五条は笑っていると、比名子は容易く理解できた。
――今まで五条が術師として歩んできた十数年、その中でも最大級の危機的状況が身に生じたにもかかわらず、五条悟は笑う。
色濃く湧き出た敗北の予感に気が狂ったわけではない。五条悟を支配するのは、それよりもさらに濃密な――、
――――――かかってこいよ。
獰猛という言葉で表すほかない獣の笑み。
そこに込められた言葉は、耳元で囁かれたと錯覚するほど、比名子の脳内に強く響いて。
「――『死累累湧軍』」
その言葉に応え、比名子の必中術式が五条悟を襲った。
感想・高評価・お気に入り登録・ここすきしていただけたら作者のモチベが上がります。
比名子の技のレパートリーはまだまだあります。でもテッポウウオからグラニテブラストは今描写したかった。
久しぶりにガチバトル書いたらたーのしー!