お待たせして申し訳ありません。48話です。
活動報告にも書きましたが、会社が繁忙期のため手前勝手ながらしばらくの間月・金の週2投稿にさせていただきます。
本作を楽しみにしていただいている方々には、こちらの都合で連載スピードを遅くしてしまいますことお詫び申し上げます。
体力に余裕があれば水曜投稿もしたいと思います。
これからも本作をどうかよろしくお願いします。
一級術師・冥冥の「黒鳥操術」は、烏を操る至極単純な術式である。
彼女自ら「弱い」と断言するこの術式。実際、冥冥はかつて大層コンプレックスを抱いており、術式なしで戦えるよう限界まで体術を究めたという経歴がある。
だが、若い頃の研鑽と鍛錬の果てに改めて術式と向き合った結果、現在「黒鳥操術」は見違えるほどに磨き抜かれている。
数十以上の烏の操作は序の口で、それらと視覚を共有することによって敵対者や戦場の状況を監視、“自死の縛り”を烏に強制・呪力の制限を解除することによる「
視覚共有の練度は並大抵のものではなく、幾度もの術式の拡張により視認した情報を電子機器で放送・録画することが可能となっており、呪いの姿を動画として保存できる貴重な手段に昇華している。
ちなみに彼女はこの術式を利用し、来る「五条悟vs両面宿儺受肉体」の呪術戦、その観戦の
今「黒鳥操術」によって烏たちが映しているのは、特級術師同士の模擬戦――五条悟と八百歳比名子のタイマンバトル、その開戦直後の光景だ。
すなわち、比名子による詠唱込みの「
「……………………………………」
その映像を高専の術師達とともに見守る、カーディガンを着たゆるふわな髪型の少女が一人。
彼女の名前は椿。かわいいたぬきである。
……説明が端的過ぎて何の紹介にもならなかった。
椿――愛媛の松山に居を置く大妖「隠神刑部」の八百八の眷属が一匹、化け狸と人の姿を行き来する立派(?)な妖怪である彼女は、現在戦闘中の比名子の親友・社美胡とは悪い因縁がある。
と言うのも、かつて口にするのも悍ましき下衆下劣の外道であった美胡、その所業を伝聞で知っていた椿は、数百年経って土地の守り神となっていた彼女に嫉妬しやがったのである。
「
そうして美胡が比名子に嫌われるよう仕向けたのだが……比名子の友情およびある種
とまあ、そういった幼稚な理由で人の友情を破壊しようとする
その上自分より強い者がいたら、目に入った瞬間ケツまくって逃げる臆病なガキときた。情けないったらありゃしない(by美胡)。
そんな奴なので、今回の大怪獣決戦を見ているときも「ぴゃーーー!! もーやだやだおうち帰る! あいつら怖すぎーー!」なんて言って喚きそうだと美胡は考えていたのだが――意外にも、椿は口を閉ざし、真剣な眼差しで二人の戦いを見ている。
あまりにらしくない椿の雰囲気。美胡が怪訝な表情をしていると、
「……おばあちゃん、呪術師にやられたんだ。裏梅って奴に氷漬けにされて、みんなもたくさん殺された」
頬杖を突いていた椿は、モニターを見上げたまま端的にそう話す。
その言葉には、自分がこの場にいる動機、五条と比名子の激突を怯える様子も見せず観戦する理由の全てが詰まっている。
そのことは、椿が隠神刑部を大切にしていると知っている美胡にはすぐに理解できたが――それよりも耳についたのは隠神に重傷を負わせ、眷属の狸達も虐殺した下手人、その名前だ。
「……裏梅……」
美胡の脳内に思い出されるは千年前、血と殺戮と絶望に満ちた荒野の原風景。
人も呪霊も妖怪も鏖にして歩く
あの時代でも屈指の実力者であった裏梅は、その料理の腕を買われて宿儺の側に常に控えていた。
災厄の権化に忠誠を誓い、人肉を含め宿儺の所望するあらゆる食材を調理し捧げる狂人――平安の時代を生きた美胡が、裏梅に抱く所感はそんなところだ。
「あいつが遠い松山まで来たってことは、つまり宿儺の差し金ってことなんだろうな」
宿儺が珍味を好むことはそこそこ知られた話だ。妖怪に転じた狸を喰ってみたいと言い出すのも、まあ考えられなくもない。
直接訊いたわけではないが、多分椿がここにいる理由は隠神刑部達の敵討ちだろう。
その場合に椿が相対することになるのは、よりにもよって史上最強の呪いの王ということになり――、
「雲泥の差……天地? 月とスッポン? ダメだ、実力差がバカすぎて上手い例えが思いつかない」
「うっさいなぁ。別にお前がどう思ったってどうでもいいし」
戦闘どころかちょっと殺意を向けられただけで粉微塵に切り刻まれる椿がありありと頭に浮かび、美胡は渇いた笑いも出ない。
唇を曲げた美胡は椿に対しそれはもうひどい
年に対して未成熟で小心者のクソガキだが、その反面家族のためなら命すら投げ出すこともいとわない大馬鹿――比名子に美胡を嫌わせようと、自分を殺害することを要求してきた椿の姿を思い出し、美胡は嘆息する。
その覚悟はある意味立派かもしれない。だが、それによって出力されるのが呪いの王に立ち向かおうとする蛮行……否、もはや手の込んだ自殺と言っていい愚行であることは変わらない。
諦めろ、気持ちは分かるけど相手が悪すぎる。そう言って美胡が椿を嗜めようとした時、
「――マジか!!?」
「まさか!!」
冥冥の「黒鳥操術」で映し出された比名子と五条の模擬戦。それを観戦しながら“閉じない領域”についてやいのやいのと議論していた術師達が、一斉に驚愕の声を上げる。
椿との会話に気を取られ、ついつい映像から意識を逸らしていた美胡も、その驚愕に弾かれるように顔をモニターへ戻し――彼らと同様、驚愕に目を見開く。
そこに映っていたのは、五条の“閉じる領域”、比名子の“閉じない領域”が同時に展開された瞬間。
――そして、比名子の必中術式が、五条の領域の外殻を外側から破壊する瞬間であった。
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「アレは……私?」
五条の領域が破壊されたことで露わになる、比名子の領域の中心に座するオブジェクト――長い爪と魚の半身、眼窩から白い珊瑚の生えた人魚。それは、近江汐莉の本来の姿そのものだ。
生得領域、すなわち心の中を具象化したシンボルが自分の姿であった事実。胸を突きあげる複雑な激情が凝縮され、そのたった一言となって汐莉の口から漏れる。
それは、彼女が比名子へ向ける感情を知らぬ者の耳にすら残る、生々しく重苦しい感情の発露――そしてその言葉が発された瞬間、「死累累湧軍」の式神が一斉に五条に食らいつく。
「えっえっ、何で急に比名子ちゃんの攻撃が当たったの!? あのバリアは!?」
「はあ!? お前そんなことも知らずに宿儺に挑もうとしてたわけ!?」
「領域が解けた直後の術師は術式が使用困難になる! 五条は今“無限”の絶対防御が使えないっちゅーことだ!」
「対して八百歳さんの領域は一切影響なし……“閉じない領域”と通常の領域がぶつかったらああなるのか」
呪術戦のいろはも知らない仔狸の発言を後目に、術師達は今起こった衝撃的な事象に慄然とする。
比名子が“閉じない領域”を使用できるのは、宿儺の使用していたのを参考にしたからだ。つまり五条が宿儺と激突した際にも同様のことは起こりうるということで――冗談ではない。もしこの事実が決戦の最中に判明していたならと考えるだけで、思わず寒気がする。
「八百歳さんの背後には、近江さんの姿に似た大きな彫像。どうやらそれを中心に半径10メートルほどの水球が顕現しているみたいですが……」
「あの水球の内部が、比名子の領域の必中効果範囲のようだね」
「生得領域の具現化には、意味のないオブジェの顕現がつきものだが……あのでかい人魚はともかく、周りの水もそういう事か?」
比名子の「大自在平線」が顕現した時、領域内の対象が出現するのは
閉じようが閉じなかろうが、領域は
日下部の推測は正しい。汐莉の彫像と同様、必中効果範囲を満たす呪いの水もまた、領域によく見られるシンボルの一種である。
「だが、比名子の水に限っては“意味のない”ってのは当てはまらねぇぞ」
動揺交じりの考察合戦で満ちる観戦場、その空気を切り裂く真希の言葉。
領域内を満たす呪いの水。それは必中術式に認識されない真希が命を落としかけたギミック――領域内の比名子以外の存在は、まず溺死する危険性に対処することを強いられる。
かつて比名子の領域を直接味わった真希の言葉には、強く実感が込められていた。
無数の式神、そして呼吸困難。敷き詰められた絶体絶命の危機に、五条は地面を蹴って領域から脱出しようとするが、
「――逃がさない!!」
術式の焼き切れた五条の機動力は、空間の“面”を捉える技術と“海”の術式の補助を併用した比名子の機動力にはやや劣る。
逃げ出そうとした方向に一瞬で回り込まれた五条、その顔面にカウンターの形で比名子の掌底が叩き込まれた。
“閉じない領域”の中心部にまで押し込められる五条に、再び「死累累湧軍」の式神が殺到し――、
「――!? 式神が、届いてない……?」
食らいつこうとする魚型の式神達、それらが領域を展開する前と同様、五条に接触する手前で停止し――否、同様ではない。式神は五条の体表に出現した呪力の膜のようなものに肉体を削られている。
これは――、
「『落花の情』か!!」
「何それ!」
「知らない」
「知らない」
「知らない」
「さっきから篤ちゃん詳しすぎて引くんだけど」
五条の使用した技法、その正体を察してモニター越しに叫ぶ日下部に、次々と投げかけられる生徒達の疑問の声。
高専教師である以上知識が豊富で当たり前なのだが、それが災いして逆に引かれる不憫さよ。だが日下部はその声を華麗にスルーし、
「触れたものを自動で弾く呪力操作のプログラムだ。八百歳の式神みたいなシンプルな術式相手ならかなり役に立つ」
「シンプルな、って……比名子の式神、平安の猛者をぶっ飛ばす威力のはずなんだけど。見たとこアレ、体に届いてすらいないよね」
広島結界の中、消耗していたとはいえ呪術全盛時代でも屈指の実力者たる“万”を、「死累累湧軍」によるダツの式神で空の彼方まで吹き飛ばしていたのは記憶に新しい。
あのあり得ない突撃力と火力をもってしても全て弾かれ削られる「落花の情」の恐ろしさよ。“無限”を剥がしてなお難攻不落な五条の防御力に、美胡の顔が蒼褪める。
「――『百斂』」
その防御力を認識したうえで、それを打破するために比名子は術を発動させる。
すなわち、「死累累湧軍」以上の火力――万象等しくうがち抜く「穿水」の貫通力であれば、「落花の情」も弾き返せないだろうと。
比名子の体の周りに、極限まで凝縮された水の玉が再び生成され始め――、
――それが炸裂する前に、比名子の頭が五条に鷲掴みにされる。
(――――――!?)
反応が出来なかった。視認すら叶わなかった。さっき比名子が先回りした時とは比較にならない速さだった。
術式はまだ焼き切れて使えないはず、まさか術式が復活した? いやまさかこんな早く――絶対的に優位な状況に立っていた比名子は、目の前で起こった想定外の事態に、何が起こったのか思考を張り巡らせてしまう。
その隙を、現代最強の術師は過つことなく――、
「――術式反転、『赫』」
――深紅に輝く光球が比名子の胴体に直撃、そして炸裂する。
為すすべなく比名子の体が吹き飛ばされ、人魚のモニュメントに激突。
叩きつけられた衝撃で背から血が弾け――「大自在平線」が解け、爆発が起こる。
吹き散らされた塵埃が両者の間を拡散し……その煙が晴れた時、悠然と立つ五条と、倒れ伏す比名子がいた。
「脳味噌の術式が刻まれた部位を呪力で破壊してさ、反転術式で修復したんだ。アドリブだしリスキーだったけど、意表はつくことが出来た」
右脳の前頭前野、術式の在る脳の部分を指で叩きながら、五条は今しがた行った恐るべき行為について教示する。
「無理なもの、分からないもの。そういうのを分かろうとすることは大事だけど、戦闘時に限っては
ふと、五条の話が止まる。
別に、言葉に窮したわけではない。今の話、五条の言葉は「する必要があるかもね」と最後に言えば終わりだった。
五条の口が止まったのは、そういう理由ではなく――、
「………………ぁは」
――眼前、異常なまでの呪力の高まりとともに、比名子の口から嗤いが零れる。
「 あ は は は は 」
「赫」によって内臓が損傷し、口から血を吐いているのに、その嗤いは止まらない、止まらない。
幽鬼の如くゆらりと起き上がる比名子。その唇は三日月のように歪み、纏う雰囲気は限りなく残酷で、無邪気な――、
「……なるほど。これが汐莉の言ってた状態か」
黒閃を出した時。あるいは追い詰められた時に発現が確認された異常な状態。
正気が飛び、精神の平衡を失い、理性による力のブレーキが外れ、ただただ純粋に
「…………いいね」
撒き散らされる呪力、圧倒的な威圧感。ともすれば「茫洋」に呪われし美胡の病室で放たれた怒気、それ以上の存在感を世界に刻み付けている。
そんな異常な状態の比名子を前にしても、五条の微笑みに陰りが生じることはなく。
「――続けよう。ラウンド2だ」
むしろ喜悦を深め、臨戦態勢を取りながら、五条は戦闘の続行を宣言した。
ちなみに椿ちゃんは死滅回游の泳者です。とはいえ覚醒組や受肉組ってわけじゃなく、巻き込まれて参加させられたタイプです。
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