次回投稿は4/10の12時頃になります。
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「――――まだか……!!」
比名子が繰り出した領域、その外では、彼女の親友社美胡が気が狂いそうなほどの焦燥に身を焦がしていた。
「領域なんて出したら普通は一瞬で決着がつくはずなのに……!!」
――現在、八百歳比名子と禪院真希が領域に入ってから数分が経過している。
領域使いと領域対策を持たぬ者がこの状況になった場合、まずもって勝負は数秒と持たない。呪術戦の常識だ。
一体領域内で何が起きている? 比名子は無事なのか? 禪院真希は何らかの方法で領域を対策していたのか。
わからない。できることなら今すぐに領域の外殻を引き裂き、中の様子を見に行きたい。
「そんなことをしたら絶対比名子の邪魔になる……!!」
領域には必中効果がある。そしてそれは基本的に中てる対象を選ばない。対象の選別をするには非常に高度な結界術の運用が必要だ。
無論、たった2週間で自分を超える実力を身に着ける神才を持った比名子だ。できてもおかしいことはないだろう――が、それは技術の会得を確約する証拠にはなり得ない。
――美胡は、比名子の無事を祈って、ただ待つしかないのだ。
「頼む、頼む、お願い、比名子……! どうか、死なないで……!!」
血が滲むほど強く指を組み、それに額を擦りつけ、美胡はただ祈り続ける。
――1秒が永遠に思える拷問のような待ち時間は、彼女の精神を徐々に摩耗させていった。
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――“面”の可視化。
日常で当たり前に存在する大気。一括りでそう呼称しても、我々の右に存在する空気と左に存在する空気の質は異なる。
気圧に差があるからこそ風は吹くし、温度差があるからこそ対流が生じる。
そうした気圧差、温度差、密度差、その他諸々の違いは空気の間に“面”を生み、それは空間を断絶する境界として存在する。
その境界は生物が少し身じろぎしただけで容易に歪み消え去る曖昧なもの。当然、普通なら視界に映すことなどできはしない。
――だが、例えば極まった呪術。あるいは、極まった肉体。
それを有し、行使する存在にとって、その“面”は大気と同様に自然と隣にあるもので――干渉し、捉えられるものなのだ。
“面”はもちろん、空気に存在するのなら、より多くの抵抗力と密度差の存在する水の中にも。
「――――しっ!!」
天与の暴君として覚醒した真希は、溺死寸前でごくわずか体内に残った空気を使い果たし、「大自在平線」の水面へと向かう。
転送先が海の中である凶悪な領域だが、いかなる心の中を映したか、真希達の直上には太陽の光が差している。であれば、水と太陽の間には空間が存在するだろう。
そこに向かって、飛ぶ。泳ぐのではなく、呪いの水にも存在する“面”を捉えることで。
脇腹を切られ、治らない傷に気を取られる比名子はそれに対応するのがわずかに遅れる。
先程と同様に轟渦を発生させ真希を閉じ込めようとするも、渦の起点の発生すら間に合わずに水中から離脱される。
「――――ッ、ブハァ!! ゲッホ、ゴホッ!!」
水面に出ても勢いは止まらず、さらに上空へと飛び上がり、そしてようやく停止。
限界に達していた息を思い切り吸い、酸素を取り込む。二呼吸、三呼吸すると、流石はフィジカルギフテッド。止まりかけた心機能、脳機能が見る間に回復する。
幾度もの深呼吸を終え、空の“面”を蹴りながら高度を保つ真希は、鋭い感覚で辺り一帯を観察する。
「陸地が、無え……!!」
海の中に放り込まれ、命を比名子の掌に握られる絶死の悪夢。そこを抜け出せたとしても、安地となるはずだった陸の存在が見渡す限り確認できず、哀れな敵の命は再び掌に堕ちていく。
「大自在」とは、少しの束縛も障害もなく思いのままであること。陸地という敵の助けとなる障害がなく、思うがままにその命を弄べる領域――なるほど、「大自在平線」とはよく言ったものだ。
――しかし思いのまま、すなわち“自由”という領分であれば、今の真希は負けはしない。
「今、私は圧倒的に有利な状況だ」
真希の体は無尽蔵の式神を叩き込まれ、全身から血を流しながらもどれも内臓には達していない。肉体のパフォーマンスも落ちていないし、傷も徐々に回復している。
対し、比名子は真希の「釈魂刀」に重傷を負わされ、その傷が反転術式で治る様子もなかった。
――特級呪具「釈魂刀」、正確には真依が命と引き換えに遺したそのレプリカが、今の真希が振るう獲物だ。
その効果は、あらゆるモノの硬度を無視し魂を切り裂くこと。そして魂を切られたことによる傷は、通常の反転術式では回復しない。
しかし、その効果を十二分に発揮するには、無生物の魂すら観測する目が必要となる。
溺死しかける前までの真希の視界は通常の術師と同じで、ただ呪いが見えるようになっただけだった。
今は違う。走馬灯の中で禪院甚爾――“初代”天与の暴君の超級の動きを何度も反芻した結果、彼と同じ視覚を獲得するに至った。
故に、比名子につけた傷は治らない。内臓が零れかねない傷だ、体格の小さめな比名子はすぐに失血死するだろう。
「そして、私には領域効果は意味を為さねえ」
フィジカルギフテッド――すなわち呪力の全くない真希を、領域の必中効果は認識できない。
通常、領域内の「死累累湧軍」の式神は対象に中るまでそこに存在しない。先ほど比名子がわざわざ腕から式神を出して攻撃していたのは、必中効果が無効化されていたからだ。
必中効果が意味を為さず、周囲の水による妨害もない今「死累累湧軍」による式神に対処するのは容易だ。もちろん眼下の海に大渦を発生させても意味はない。
であれば真希はこのまま、高度を維持しながら比名子の失血死を待っていれば――、
「――――っ!?」
突如、その海から数本のレーザービームが真希へ向けて放たれる。
否、ビームではない。あれは呪いの水による「穿血」。さっき真希を吹き飛ばしたマッハ3の高圧水流だ。
領域の効果は術式の必中ともう一つ、呪術性能の向上。この空間の中では、手で指向性を付与しなくとも「穿血」を打てるらしい。
「だが、今の私ならあの速度も捌ける。私の有利は……」
――――瞬間、致命的な攻撃の気配に総毛立つ。
その気配が現れたのは
何が起こった? 確認するために、眼下の海からの攻撃への警戒を怠らず、横目で空を観察し――、
――直後、そこに出現していた凝縮された水の玉が大爆発し、衝撃が真希を襲った。
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――赤血操術「超新星」。
圧縮した血液を開放し、全方位を散弾のように打ち抜く。
本来これは加茂家に伝わる赤血操術の技には存在しない、とある呪物が150年自らの術式と向き合い続けて生み出したオリジナル。
げに恐ろしきは、相伝術式のある種の極致と言ってもいいその技に、わずか数日でたどり着く比名子の呪術センスに他なるまい。
「――限界まで圧縮した水の玉を、水のビームに乗せて空へ飛ばす」
その技を有効に活用するため、比名子はその起点となる玉を別の技でカモフラージュし、確実に当てるための仕込みを行った。
真希の鋭敏な感覚器官であれば、通常の赤血操術師の血液圧縮率を大きく上回るレベルで圧縮された水の玉から放たれるその技がどれほどの危険性か、どれほど広範囲か理解できるはず。
水の玉を起爆する瞬間、真希は迷わず下へ逃げる。
如何なるからくりか、真希は空気を蹴って空中を移動している。そのため上空に逃げられたら攻撃を当てるのは至難だが――下へ逃げたのに加え、「超新星」による大爆発に巻き込まれ、真希は否が応でも高度を落とす。
そのまま海中に落ちてしまえば話は簡単だったのだが。
「……そう上手くはいかないよね」
高速で落下する真希は、空中で受け身を取る形でその勢いを殺す。
すんでのところで海中への落下を回避した真希は、すぐさま再び上空へと駆け上がろうとする。が――、
「そのくらいまで、降りてきてくれたなら」
――海が、荒れる。
海面が波立ち、周りの波と結合し、瞬く間に大きくなり、あっという間に真希の位置すら超える高さの、津波に等しい大波となる。
そしてその中には当然、「死累累湧軍」により生成された膨大な数の式神が無尽蔵に目を光らせ、大敵の命を喰らいつくさんと欲している。
「――――クソが」
言葉短に吐き捨てる真希。もはや先ほどまでの高空に逃れる機会を完全に逸したことを、彼女は痛感した。
――必中効果が通用しない。音速を超える攻撃も見切られて当たらない。
そんな理不尽な回避性能を持った敵を斃すには、どうするか。
「――見切ったところで意味がないくらいの密度と、大質量で押し潰す。――我慢比べ、しましょう」
数えることすら無駄な式神の群れと高波に覆われ、究極の袋小路に陥った真希。
いまだ傷を治せず、内臓がまろび出るのを手で押さえながら真希に攻撃を仕掛ける比名子。
――再び「穿血」が高波の中から放たれ、それと同時に大小様々な大きさの式神が真希を襲う。
それらが真希の命を粉砕するのが先か、はたまた比名子の命が臓腑と共に零れ落ちるのが先か。
二人の術師の戦いは、泥沼の様相を呈そうとしていた。