死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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 皆様は何秒くらい伏魔御廚子を展開してたら、フーガでサーモバリック爆発を起こせるようになると思います?
 私は多分、10秒も展開してたら普通に出来るようになるんじゃないかなと思ってます。


第55話 「――を解け」

 

 

 

 ――蒼き暴風が吹き乱れ、赫き閃光が荒れ狂い、色なき魔刃が世界を刻み、狂気的に頬を歪める超越者達の剛拳が戦場を震撼させる。

 12月24日、放たれし幾千万の呪霊により人外魔境と化した渋谷の地にて、人知を超えた怪物同士の衝突が僅か2ヶ月という短期間で再び巻き起こっている。

 

 ひと月前、広島結界における理外者共の死闘にて、八百歳比名子が「死滅回游」の泳者に課した新たな総則――結界(コロニー)内での領域の使用禁止。そのルールを回避するため、両面宿儺が選定した決戦の場・渋谷。

 ごく短い間に超級の呪いを二度も浴びせられたこの地に原型は既にない。

 粉微塵に破壊されたコンクリート片は最早道路だったのか建物だったのか、その生まれさえ判別できない。辛うじて倒壊を免れたビル群も構造物と呼べる姿を留めておらず、壁面は悉く削ぎ落とされ、剥き出しになった鉄骨だけが虚しく空へと伸びるのみだった。

 

 その、街としての価値を毟り取られた渋谷の空を、蒼と赫に輝く無限を携えた白き男が飛翔する。瓦礫の底から立ち昇る都市の残骸の白煙を、引力により吸い込み、あるいは斥力により吹き飛ばしながら飛び回る五条悟。その勢いたるや、さながら世の理を乱雑に食い散らす怪物のようだ。

 

 

「――“九綱” “偏光” “烏と声明” “表裏の間”」

 

 

 宿儺に聞こえぬように威力を底上げするため、限りなく小さな声で紡がれる詠唱。

 左右に掲げられた手に光る人頭程度の球体、術式の順転(あお)反転(あか)、それら二つを己が眼前で叩きつけ、放とうとするは虚式「茈」。

 本来であれば指向性を付与し、視認など到底不可能な速度で打ち出されるはずのそれは、今回は一切の制限もなし。目に映る万象の一切、自らの身すら巻き込み拡散する極大の爆裂が渋谷の地に永遠に消えぬ傷跡を――、

 

「――『解』」

 

 瞬間、短い術の名とともに顕現せし死の刃が、街を覆う薄灰の帳を真一文字に切り裂きながら「赫」の光玉に直撃する。

 平安の世より黄泉返りし呪いの王・両面宿儺の神速の一手により、片割れと巡り会うことなく「赫」が炸裂。解き放たれた無限の発散は空白だけを撃ち抜き、致命の破壊が齎されるはずだった宿敵には一片の傷すら残せない。

 

「ははははは――――!!!」

 

 空の“面”を蹴り上がり天空へ駆けた宿儺、醜悪な哄笑を響かせる怪物によって眼下へ「解」が降り注ぎ、万を超える銀閃が縦横無尽に雪崩れ落ちる。

 対抗する五条が撃ち出した無尽蔵の「赫」は数百数千の光条となり、激突する絶技の光が瓦礫の粉塵に乱反射され、戦場が赤に白に、目も眩むほどの色彩で飾り立てられる。

 

 ともすれば幻想的、しかし実情を知れば死と絶望に満ちた悪夢の光景。それらを創造した二人、誰に憚られることもなく「最強」の名を恣にする五条悟と両面宿儺、彼らは決して考えなしに術式を行使し、野放図に厄災をばら撒いているわけではない。

 むしろその逆――いかにして相手の致命の一撃をいなし、そして相手に致命の一撃を叩き込むか、それらのみに全神経を集中させている。

 

 五条悟の狙いは当然虚式「茈」。今の五条が魂の輪郭を打つ技術を持ち合わせているとはいえ、宿儺もまた妖怪の器由来の「呪言」によって即座に魂を沈めることが出来る。人魚の肉によって不死身の肉体を手に入れ、挙句呪霊と同様の呪力による肉体修復術すらも得ている宿儺を殺しきるには、一発で魂を剥がし切るだけの攻撃を叩き込まねばならない。

 言うまでもなく、宿儺はそれを織り込み済みだ。彼は戦場の動向に神経を張り巡らせ、「蒼」と「赫」が接近する予兆を察知しては「解」によって即座に「赫」を潰している。

 

 戦いの火蓋を切った「茈」は何がしかの縛りを乗せて120%以上の出力を引き出していた。しかし4キロメートル程度の距離があったのが幸いし、致命傷は免れている。

 しかし今、呪力による肉体修復により外見的な損傷は限りなく0に近かろうと、幾度とない拳打と“無限”を応用した呪術をその身に受け続け、修復のできないダメージは鈍く積み重なっている。領域勝負も経て脳を損傷している以上、もう一度「茈」を打ち込まれれば、今度こそ宿儺はどうなるかわからないのだ。

 

「チッ――――」

 

「解」「蒼」「赫」の打ち合いから一転、再び接近戦(インファイト)の体を為し始めた二人の戦闘の最中、宿儺の拳に宿りし呪力が稲光となり黒く輝く。

 その拳は領域展延により“無限”の絶対不可侵を突破、何倍にも威力を引き上げられた重厚な一撃が骨の髄まで響き渡り、痛苦に顔を歪めた五条から短い舌打ちが漏れる。

 

「御廚子」による斬撃が“無限”によりその一切を阻まれる以上、宿儺に残った有効打は領域展延による打撃のみ。それだけなら呪力防御と反転術式でどうとでも対処できるが、しかしそれが“黒閃”になってしまえば流石にダメージとして蓄積される。

 勿論それも注意すべき事柄だが、五条が真に警戒するのは“黒閃”によるバフだ。一度の発動で呪術の活性化を齎すそれは、二度三度発動すればその分だけ「重ね掛け」が起こるのだ。

 “黒閃”が出れば出るほどせっかく削った宿儺のコンディションは平常時に向けて復調していく。その果てに、再びあの“閉じない領域”を展開されるほどに回復されては堪らない。

 

 だからこそ、その前に五条は何としても「茈」を発動し、宿儺を叩き潰さねばならない。

 ならないのだが――、

 

「――“黒閃”の特性、忘れたわけではあるまい」

 

 言って、宿儺が三たび繰り出した拳、それが再び黒電を纏いて五条の顔面を穿つ。幾度とない破壊と再生によりズタボロになった脳を豪快に揺らされ、喉元にまでせり上がる吐き気と苦鳴。それらを無理矢理呑み込み、自身の呪いによって光り輝く「六眼」で宿儺の邪悪な笑みを睨め付ける。

 

 そう、宿儺の口にする“黒閃”の特性――一度出せれば連続して生じるその性質により、「重ね掛け」は実に起こりやすい事象なのだ。

 これで三度目の“黒閃”。発生するスパンが短くなっており、威力も繰り出されるたびに向上していることが肌で分かる。おそらく宿儺が全盛の力を取り戻すまでに残された時間は短い。

 

 対し、五条はここまで一度も“黒閃”を放てていない。百万分の一秒のタイミングのほか様々な条件の一致で漸く発生する運がらみの現象とはいえ、こうも差が出ると流石に五条も焦れてくる。

 宿儺と五条の戦力差は徐々に広がり始めている。――故に、今、すぐにでも、五条は「茈」をきめなければならない。

 

 そのためにも――、

 

「――――む?」

 

 再度の拳撃を繰り出し、“黒閃”によって更なるバフの重ね掛けを狙った宿儺、その拳の動きが唐突に停止する。

 否、これは停止ではない。五条に向けられた四つの拳、それらの振り下ろされる方向とは逆に、巨大な力で引っ張られている。

 術式順転「蒼」。あらかじめ五条が発動していた二つの青い光球が、その引力でもって宿儺の動きを中空で縫い留めたのだ。

 

 その直後、五条の口が大きく開かれる。

 その思惑を察知できない宿儺ではない。これは領域勝負のまさにその時、詠唱の乗った「赫」を叩き込む時に起動させた、ボイスレコーダーに録音された「動くな」の呪言だ。

 

 だがもはや、宿儺はその呪言を恐れていない。領域勝負が引き分けに終わってから今までの間に散々殴り合い、超級の呪術が応酬される最中、耳を塞ぐ宿儺の手が引き剥がされる機会自体はあったからだ。

 

 それは「動くな」を叩き込み、宿儺に致命的な隙を作る絶好の機会。だが、五条はその際にボイスレコーダーを起動させてはいない。

 推し量るに、「動くな」の呪言を吹き込んだ汐莉(にんぎょ)はあの一度で限界を迎えたのだろう。不死身ゆえ死にはしないが、少なくとも何度も発動することは容易ではないほど消耗しているに違いない。

 

 宿儺と汐莉(にんぎょ)の実力差を考えれば、発動できてあと一度。そして、その一度も領域勝負時の出力まで引き出すことは出来ないだろう。

 よって宿儺がすべきは、腕力で真後ろの「蒼」の引力を引きちぎり、呪言を気にせず拳を振り下ろすことで――、

 

「――――ばぁ」

 

 ――刹那、こちらを心底馬鹿にする声音と共に放たれたのは「動くな」の呪言ではなく、喉奥に光る紅玉だった。

 

 術式反転「赫」。体内のボイスレコーダーを「蒼」によって起動したように、五条は体内で無限の斥力を発生させ、両面宿儺の意表を突いた。

 だが、宿儺は五条に打撃を通すために領域展延を纏っている。それらのリソースを防御に回し、宿儺は「赫」のダメージを最小限に抑えることが――、

 

「――『動くな』」

 

 その直後、今度は先程の想定通り、録音された呪縛が宿儺の身を絡めとって行動を強引に止める。

 そしてそれは術式の発動と、身にまとっていた展延の動きにも及ぶ。これで宿儺は攻撃に転用していた分の展延を防御に回すことが難しくなり、「赫」の威力を減衰しにくくなってしまった。

 だが、

 

(やはり、呪言の出力は落ちているようだな)

 

「伏魔御廚子」が発動している際の呪言は、宿儺の肉体を操り人形のように中空で停止せしめていた。

 今の呪言はそうではない。確かに動きは止まったが、それは水車に水草が一本絡みついた程度。一瞬だけ鈍らせることは出来ても、廻ろうとする巨体を止め続けるには心許ない。

 

(雑だな。それとも、他者を過信したか?)

 

 依然余裕の態度を緩めない宿儺。「動くな」により口は動かないが、その視線に込められるはとめどない嘲りの念。

 ほんの一瞬動きを止めたところで、宿儺に致命傷を与えられる有効打は出し得ない。赤が直撃して喰らうダメージは無視できる程度であり、呪言の呪縛もほどなく解ける。

 

 勝利への盤石さを明確に意識した宿儺。彼の拳に、パリパリという音とともに黒き稲妻が幻視される。

 卓越した術師の間に稀に起こる“黒閃”の予感。それは、宿儺と五条の強さに決定的な差が生じるのを確信させ――、

 

「――“九綱” “偏光” “烏と声明” “表裏の間”」

 

 詠唱、それと同時に起こる途方もない呪力の“起こり”が、世界の時を凍らせた。

 

 強者同士の極限の戦闘において生じる時間間隔の凝縮、そこにねじ込まれた詠唱は「蒼」とも「赫」とも異なる。“起こり”による呪力の規模を見るに、間違いなく五条が発動しようとしているのは虚式「茈」だ。

 だが、しかし、その条件を満たしていない。宿儺の眼前に在るのは「赫」の光玉のみだし、「蒼」は宿儺の後ろで四腕を引っ張っている。

「茈」を繰り出す条件、「蒼」と「赫」の衝突にはこれらの距離は遠すぎる。ならば宿儺が呪言に縫い留められている刹那で、「茈」など発動できるはずが――、

 

「――忘れたか? 僕がもう一つ、『蒼』を発動させていることを」

 

 詠唱が唱えられた直後、わずかな時間に差し込まれた五条の嘲弄――その言葉の指している事実に即座に思い至り、宿儺の目が見開かれる。

 そうだ。あった。一つだけ。あのような球体ではない、格闘中にもずっと使用していた「蒼」が。

 

 

 ――拳に重ね、吸い込み反応で一撃の威力を向上させていた「蒼」のことを、宿儺は思い出した。

 

 

「虚式――『茈』」

 

 宿儺が呪言に囚われている一瞬、「蒼」を重ねられた拳で五条が「赫」を殴りつけ――万物を塵に砕く神域の呪術が、渋谷の地に戦跡を刻んだ。

 

 

--------

 

 

 ――渋谷の一角、そこに直径数百メートルに及ぶ大地の傷がぽっかりと口を開けていた。

 街並みを丸ごと抉り取られたかのように刻まれた巨大な窪地――指向性を絞らない「茈」に自らを巻き込み、満身創痍となった五条が、その中心に立っている。

 

 瓦礫すらも消し飛び、濛々と立ち込める粉塵を鬱陶しげに払いながら、今度こそ宿儺にとどめを刺そうと歩いていると、

 

「……痛っっで!?」

 

 唐突に五条の足に走る衝撃と激痛。

 それは、「茈」によって甚大なダメージを負った宿儺が悪あがきで足首を掴む大きな掌だった。

 苛つくことに黒い稲妻の伴ったそれは、足首を掴む拍子に“黒閃”が生じていたことを意味していた。

 

「……大したもんだね、呪力による肉体修復ってのは」

 

 だが、そんな苛立ちよりも五条の心を揺るがしたのは、倒れ伏した宿儺の体に傷一つないことに対する感嘆だった。

 

 呪霊と同じ、呪力による肉体修復――反転術式よりも簡単で消耗の少なく、何よりそれは極めて高精度に使用できる。

 自分の呪力由来の技のためダメージは少ないとはいえボロボロの五条と、見た目だけは戦闘前と変わらない宿儺。これではどちらが死に近いか分かったものではない。

 

「とはいえ、オマエの方はもう限界でしょ」

 

 前述の通り、外傷を治しても、肉体には修復のできないダメージが鈍く積み重なっている。強大な呪術を喰らうとはそういう事だ。

 見てくれこそ無事とはいえ、内部は見るに堪えないほどズタズタになっていることだろう。

 

 とはいえ、宿儺自身が持つ「呪言」により、器の魂を再び沈められては締まりが悪い。

 その前に魂を剥がし切り、とっとと殺してしまおうと五条は「赫」を発動しようと――、

 

「――領域展開、『伏魔御廚子』」

 

 瞬間、四度の黒閃によって回帰した領域を、宿儺は即座に発動させる。

 倒れ伏した体――姑息にも宿儺はその下に、領域の掌印を結んでいたのである。

 

 ありうべからざる六度目の“閉じない領域”の展開に、五条悟の目が見開かれる。「茈」を喰らってなお、宿儺は領域を展開するだけの余力があったのか。

 けれど、

 

「見るからに不完全……!!」

 

 領域の中心に座する御廚子――であるはずのそれは、肉とも甲殻ともつかない壊れかけの構造物とその隙間から伸びるねじくれた突起からなり、あちこちから飛び出た目玉は充血していて軒並み焦点が合っていない。

 目算からして、その必中効果範囲はおそらく最大。肌感から出力も落ちてはいない。

 が、宿儺は極限まで削られているのだ。この領域はほどなく崩壊するだろう――五条悟はそう考えた。

 

 五条の推測は当たっている。“閉じない領域”は心象風景を投影する結界(キャンバス)を用いない極めて高度な技術だ。

 

 11秒。脳の損傷、至近距離の「茈」、当初予定していた完全受肉による回復を経られなかったことが原因となり、“閉じない領域”を保てる時間は僅か11秒にまで減り――、

 

 ――それでも、「(カミノ)」の最大火力を解き放つ下準備には充分な猶予が残されていた。

 

「――術式反転『赫』」

 

 宿儺に足首を掴まれて動けない五条は、今度こそとどめを刺すために「赫」を連打する。

 足首を破壊して領域外に離脱することも考えた。だが、そうしてしまうと前述の通り、宿儺が「呪言」で器の魂を再び沈めて魂の癒着を元に戻してしまう。それではせっかく「茈」を叩きつけた意味が大幅になくなってしまうからだ。

 

 何より、五条の“無限”は未だ健在だ。

 世界で最も強い宿儺の領域であっても、五条の絶対不可侵は結局中和し切れなかった。だからこそ、最早五条の勝利は盤石だ。

 

「……何か、言い残すことでもある?」

 

 絶えず「赫」をぶつけながら、五条は宿儺に問いかける。

 みるみる剥がれる自身の魂、それを防ぐために宿儺も「沈め」の呪言で何とか癒着を保とうとしている。

 全て、悪あがきだ。宿儺が器の魂を沈めるスピードよりも、五条の「赫」の連打で剥がし切るスピードの方が速い。

 

「――――」

 

 全身に「赫」の雨を浴び続ける宿儺、うつぶせの状態の彼が僅かに顔を上げ、五条を睨め付ける。

 致命の斬撃に満ちた死の空間のど真ん中にいながら涼しい顔で微笑む五条、その顔を忌々しげに睨んでいる。

 

 呪いを見切る神秘の眼と、呪いに歪んだ異形の瞳。二つの視線が交錯した瞬間、ニヤリと嗤った宿儺が口にした言葉は――、

 

 

 

 

「――――『術式を解け』」

 

 

 

 

 ――瞬間、五条悟の「無下限呪術」が消滅した。

 

 

 

 

 

 

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