死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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第6話 決着

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」

 

 ――比名子の領域「大自在平線」の中では、文字通り泥沼の死闘が繰り広げられていた。

 

 断続的に放たれるマッハ3の呪水による「穿血」、多種多様大小問わず真希に対して敵意と殺意むき出しに迫りくる膨大な数の式神、油断すれば真希を呑み込んで海中へ沈めようとする大波、その中に紛れ込んで爆裂する「超新星」、どれも真希の命を奪うに足りるレベルの脅威が嵐のように押し寄せる。

 

 癒えない傷をつけ、海面から出たから勝ち? あまりにも浅慮、あまりにも短絡、あまりにも認識不足。

 八百歳比名子がその身に宿した呪術センスは、2週間というあまりに短い、しかし死滅回游という命の奪り合いの地獄の中ではあまりに長い時間で積んだ戦闘経験の中で開花し、禪院真希の知る呪術師や呪霊の中でも――五条悟を除けば最上位と言える領域まで昇華させていた。

 

 空気の流れを特別製の目で読み切って「穿血」を避け、巨大な式神の影に潜って小型の式神の突撃を切り抜け、四方八方から押し寄せる大波を逆に足場にして駆け回り、「超新星」の玉を見つければ釈魂刀で即座に切り裂く。

 たかがマッハ3の物体が1つ突撃してくる程度なら今の真希は容易く捌ける。だがこれほどまでに圧倒的で常軌を逸した数の暴力で押されれば見る間にダメージが蓄積される。

 そのダメージは致命傷に至りそうな攻撃以外は完全に無視。防御はフィジカルギフテッドの肉体強度に丸投げし、受けたらまずい攻撃を重点的に捌く、捌く、捌く。

 

 ――迫る、迫る、迫る、迫る脅威を避け、切り抜け、駆け回り、切り裂くうち、鋼の肉体にも徐々に限界が訪れる。

 一瞬でも気を抜けば押し潰される暴力の津波に十数分間ぶっ通しで襲われ続け、否が応でも精神的に削られていく。そんな中依然衰えぬ比名子の猛攻。刻一刻と死が近づくのを感じる。

 

 

「おまけになんなんだ、さっきから()()()()……!!」

 

 ――眼下、先ほどまで真希を殺しかけていた深い海の底から、何か――そう、『何か』としか言いようがない存在が真希を睨めつけている。その視線が真希の肌に突き刺さる。

 海中にいたときは全く感じなかった。空中に出て比名子の攻撃を死に物狂いで捌き続けているうち、唐突に『何か』の気配が現れたのだ。

 

 凄まじい不快感を携えたソレ、そのプレッシャーを浴び続けてみるみるうちに集中力が切れ、戦闘意欲が削ぎ落される。

 

 比名子の攻撃に集中しなければ死ぬ。だがどうしてもその『何か』が気にかかり、その視線にちらちらと目を向けてしま

 

 

 

 

「あら」

 

 

 

 

「貴女、私を感じられるのね」

 

 

 

 

「――――ぁ」

 

 耳を抜けたソレの声に、真希の喉から空気が抜けるような音が出る。

 

 ──背筋が、凍るような声だった。

 

 声質から、年齢は真希や比名子と同じくらいか少し下くらいか。だがそれとは相反する、ころころと艶やかに笑っているような声色。実際にこれを発している当人は微笑んでいるのだろう、そういった印象を与える。

 

 文章に表せばこの程度、さして邪悪なものは見て取れない上品な雰囲気――それでも彼女の発する一音一音には、この場で聞いたものにしか到底理解できぬ冷徹さ、残酷さ、隠しようのない狂気が込められていた。

 人知の及ばぬ上位存在の前に放り出されたような筆舌に尽くしがたいおぞましさを魂に刻み付けられ、呪力から脱却した天与の暴君、鋼の肉体を手に入れた真希が、まるで蛇に睨まれた蛙のように一瞬体を硬直させてしまう。

 

 当然比名子はそんな致命的な隙を曝した間抜けを見逃がしてはくれず、苛烈で猛烈な攻撃の暴風雨が真希の肉体を粉々に打ち砕き――、

 

「――――あ?」

 

 ふと、気づく。――攻撃の雨が止んでいる。

 

 正確には先程までの凄まじい嵐がほんの少し緩み、攻撃の隙を縫うだけの余裕が生まれている。

 

 弱まった攻撃の中、ほんの少しだけ思考を回避以外の周囲への観察に回すことができるようになり――見えた。

 

「かは、はぁっ、はぁっ……」

 

 ――領域の主、八百歳比名子が、なぜか海上へ上がってきているのが。

 

 

 

--------

 

 

 

 ――ここで真希にとって、悪い誤算と良い誤算が一つずつ。

 

 前者は、釈魂刀で付けた治らないはずの傷が癒えかけていること。

 流石に通常の攻撃で付けられた傷を反転術式で治すときほどの高速ではないようだが、それでももうあと少し治癒すれば完全に修復できてしまうほどにまでの段階まで到達してしまっていた。

 

 そして後者は、言うまでもなく比名子が浮上していること。

 

「い、今の声、は……」

 

 比名子は後ろを振り返り、海の中をしきりに気にしている。

 その視線の先にあるのは、いつの間にか消え去って影も形もない『何か』の声が聞こえた場所。

 顔を青ざめ、誰がどう見ても彼女はそれに怯えた様子だった。

 

「――――――」

 

 あの『何か』が比名子にも影響を与えた? だが、領域の底から声を届かせていた存在が比名子由来ではないなんていうことがあるのか?

 突如水上に現れた難敵を目にして、真希は0.1秒だけ自失する。その瞬間脳髄を駆け巡るこれらの疑問。

 

 

 ――すべて、どうでもいい。

 

 

 攻撃の手を緩めたといってもごくわずか。真希の思考の余裕もほんの少しだけ。本来ならこの戦いは比名子が真希の命を磨り潰しきる可能性が濃厚だった。

 ――その存在が今、最大級の隙を天与の暴君の前に晒している事実。

 

 ――殺せる。

 

「――――殺す!!!」

 

 瞬間、真希は比名子へ向けて空を蹴る。当然比名子もすぐに気が付き、「穿血」、式神、だがすべて無視。この千載一遇の機会は絶対に逃がせない。

 最低限命を落としうる攻撃のみを身をよじって回避。当然多くの攻撃が直撃し、片目が潰れて全身を深々と抉り取る。今度こそ内臓に傷がついたものもあった。

 

 だがそのおかげで、瞬く間もなく真希は比名子に接近することに成功。

 もはや血に濡れていない箇所がないほど満身創痍の様相の鬼人は、今持てる全身全霊の力でもって比名子の首を飛ばそうとし――、

 

 ――その刀が、手からすっぽ抜けた。

 

「――――っ!」

 

 原因は明白。度重なる出血によって掌に血が溜まっていたこと。そんな滑りやすくなった刀の柄を、ダメージにより弱まった握力では掴んでいられなかった。

 ――だが。

 

「関係、あるか!!」

 

 緩んだ手を渾身の力で握りしめ、力の限りで拳を繰り出す。直撃。そのまま二撃三撃、一発一発に殺意を込めて猛然とラッシュを叩き込み続ける。

 比名子は呪力強化した腕で頭を守る。やはり徒手のスキルはお粗末だ。守られた頭には手を出さず、胴体に存在する主要な臓器を片っ端から拳で破壊する。

 

「あ、ぶ、がっ……!!」

 

 骨を砕き内臓を全損させてとどめを刺す――その前に比名子の体から現れた「死累累湧軍」の一匹、ダツの式神が真希に突撃する。

 弱った体ではその勢いに抗えず、二人は再び距離が離れる。

 

 ――それでも、そのダメージでは領域は保てない。

 

 領域内の空間に大きな罅が入り、パリパリと音を立てて領域が崩壊する。

 高波や水、式神も消え、比名子も真希もダメージが甚大だ。

 

 だが、比名子は倒れている。真希は立っている。腕が動く。走れる。即座に倒れ伏す比名子の所へ駆け出す。

 このまま、比名子の術式が回復する前に――、

 

「――殴り殺す!!」

 

 

 

「――さ、せ、る、かぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 直後、比名子の前に割って入り、真希に躍りかかったのは狐の妖怪、社美胡。

 再び巨大な獣の姿となり、倒れ伏す比名子を守らんとしている。

 

「邪魔、すんな、クソがぁ!!!」

 

 おそらく比名子は、あれほど内臓を破壊しても反転術式で癒してくるだろう。その上で術式が回復すれば今度こそ真希の命はない。

 まさしく手負いの獣の勢いで拳を振るう真希――殴り、蹴り、爪撃、肘鉄、尻尾、膝蹴り、かかと落とし、噛撃、一瞬で数十手の攻防が繰り広げられる。

 

 すでに弱り切った真希が瞬殺できるほど社美胡は甘くない。それでも、呪力なき鋼の肉体はその巨体に鈍いダメージを刻んでいく。

 勢いに乗って、そのまま真希が押し切る――その寸前、

 

 

 

 ――――死角から飛んできた黒い物体が、真希の頭を強かに打ち据えた。

 

 

 

「あ゛?」

 

 恐ろしく速く強烈な攻撃に、すでにダメージが蓄積していた真希は一瞬で昏倒する。

 

「悪いね。今ここでその子を死なせるわけにはいかなかった」

 

 黒い物体が飛んできた方角から妙齢の女性の声。倒れた真希に話しかけている。

 まさか新手か。美胡は真希にとどめを刺すのを後回しにし、その女性を目で探す。必然、真希の横に転がる飛来物も目に入った。

 

「……烏の、死骸?」

 

 そこにあったのは日本中どこにでもいるハシブトガラスの、何の変哲もない死骸。

 はっきり言って、なぜこの鉄火場に落ちているのか美胡が怪訝に思うような取るに足らないもの――しかしそれこそが、真希の意識を刈り取った黒い物体の正体。

 

 ――烏に自死を強制させ、その対価として呪力制限を消し去り、体当たりさせる。

 本来微弱な呪力しか持たない烏を強力な弾丸に仕立て上げる妙技。

 

 術の名は「神風(バードストライク)」。術式の名は、「黒鳥操術」という。

 

「やあ、すまない。今しがた君が戦っていた彼女は、私の知り合いなんだ。とどめを刺すのはやめてもらえないかい」

 

 いつの間にやらそこにいたのは、三つ編みの前髪を簾のように垂らした、巨大な斧を携えている黒ずくめの美人。

 どうにも胡散臭さが透けて見える彼女が話しかけているのは、美胡ではなくの後ろの比名子。

 口ぶりから、何やら比名子とその女性は面識があるように感じる。仲間、なのだろうか。

 

「……「神風(アレ)」って、手加減できる技なんですか?」

「通常は嘴で貫くんだけど、今回は頭突きにしたんだよ。呪力もスピードも変わらないけど、殺傷力は下がるからね」

 

 ズタズタになった内臓を反転術式で完治させ、その場に立ち上がった比名子。彼女はなんとも微妙な表情をその女性に向けている。

 助けてくれた感謝と言おうか、やっぱり何を考えているかわからないという疑念と言おうか、数種類の感情が雑多に混じったような曖昧さ。

 いくつもいくつも言いたいことが浮かんで――やがてそれらを全部飲み込み、比名子は深々とため息をついた。

 

「……ありがとうございます、冥冥さん」

「ふふ……これで貸し一つ♡」

 

 ――――呪いに愛されし者、呪いから解き放たれし者。二人の死闘は、第三者・冥冥の介入により終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回更新は4/12の20時頃になります。
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