死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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第57話 絶対に必要な一手

 

 

 

『――両面宿儺を攻略するなら、妖怪の「呪言」を封じるのは絶対不可欠だと思います』

 

 12月24日の渋谷にて勃発する人外魔境決戦に向け、例によって呪術高専東京校の講堂に集まった高専勢力の術師および妖怪による話し合いは、大きく手を挙げた近江汐莉の提案によって口火を切られた。

 

『この場にいる君達には今更言うまでもないことですが、妖怪は人間の五感を狂わせる呪(まじな)いを利用する。それを極限まで応用し、宿儺は棘の持つ「呪言」の術式とほぼ同様の運用をするに至っています』

 

 呪(まじな)いを込めた文字、呪(まじな)いを乗せた言葉。人間を騙し謀り誑かす習性を持つ妖怪という種族において、その最たる特徴がそれ――ということは、ここに至るまでに言葉を変えて何度も説明してきたことだ。

「大事なことなので二回言いました」という言葉はネット上である種のミームと化す程度には良く知られた概念だが、こと宿儺がこの呪(まじな)いを行使する場合、二度三度繰り返した程度では全く足りないほど重要性が増してくる。

 

 その唯一にして絶対の理由が、前述の「呪言」的な応用だ。

 呪(まじな)いを乗せて相手の認識を操作、改変し、術者の意図する行為を誘発するというのは、狗巻家の相伝術式「呪言」とおおよそ類似した効能だ。

 妖怪の体に受肉するにあたり、妖怪が普遍的に有するその性質に目を付けた宿儺は、持ち前の呪術センスと呪いへの飽くなき探求心により、呪(まじな)いを乗せた言葉を「呪言」と同等の振る舞い――妖怪当人ですら到底想像し得なかった使い方の開発に成功していた。

 

 広島結界にて宿儺に肉体を乗っ取られた汐莉は、それがどれほど恐るべきかを、今回の話し合いに至る前にも口酸っぱく主張していた。

 

『あれの言葉は最早「潰れろ」「爆ぜろ」「堕ちろ」といった、呪言師が頻用する命令すらも叶えられるでしょう。ですが本当の脅威はそんなありきたりな言葉ではなく――』

 

『――「沈め」』

 

 宿儺が「呪言」を操る状況の深刻さを改めて口にする汐莉、その言葉に食い気味に言葉を被せるのは、彼女の運命共同体である八百歳比名子だ。

 汐莉に受肉した宿儺をことを構えた比名子も奴の「呪言」の被害者であり、彼女の言葉もまた実体験に裏付けられた重みがある。

 

『汐莉さんの肉で、宿儺は不死身の体を手に入れてしまった。彼を殺す方法は、彼の魂を肉体から無理やり剥がすことだけ。でも、あの人は「沈め」の呪言で被受肉者の魂を沈めて、せっかく乱した肉体の同調を戻してしまうから……』

 

『「呪言」をどうにかしない限り、魂を剥がす手段も通用しない。今の宿儺は、完全に不死です』

 

 千年の時を越えて黄泉返りし呪いの王の無欠の身に、受肉という過程を経ることで刻まれたたった一つの瑕疵。

 今を生きる術師が宿儺に対抗するにあたり絶対に叩くべきその弱点を、あろうことか「呪言」によって克服してしまっているという現実。

 

 例えば八百歳比名子のように圧倒的な暴を有しているなら、“魂の輪郭を穿つ攻撃”のみで強引に魂を剥がし切れるかもしれない。

 勿論、戦う相手が宿儺でなければ、この考えは絶対的に正しい。だが相手が宿儺であるというだけでそれは単なる希望的観測、取らぬ狸の皮算用、唾棄すべき妄想以下の愚考に成り下がる。

 

 宿儺を相手にそれが叶う可能性があるのは、過去現在を通して五条悟しか存在しないだろう。

 そして五条が宿儺に敗北してしまった場合――「呪言」を持つ宿儺に勝てる可能性は絶無と言っても過言ではない。

 

『五条先生が宿儺と戦うとき、八百歳先輩も一緒に出るのは……』

 

『ダメだ。先の模擬戦を見るに二人がかりなら宿儺(だてん)に勝てる可能性は高いが、それでも決して無傷では済まない。その状態で宿儺(だてん)に比肩する危険度のあざみが奇襲を仕掛けてくればほぼ確実に押し負ける。何より宿儺(だてん)を斃せたとしても羂索の目的――日本の人間と天元との超重複同化が達成されては意味がない』

 

 手を挙げて口に出した虎杖の提案は、言い切るよりも先に天使に叩き潰される。

 

 現状、五条悟の邪魔をせずに宿儺との決戦に介入できると言い切れる存在は、この場では比名子しかいない。

 その比名子も、五条vs宿儺と同時刻に羂索一行――すなわちあざみと激突する予定だ。

 比名子があざみに睨みを利かせておかなければ、「強敵に疲弊した隙の強襲」という高専側の作戦をやり返されかねない。

 

 それに――誰にも言うつもりはないが、比名子は汐莉をあざみと会わせたくない。

 あざみは己を不死人とさせた汐莉(にんぎょ)を深く、深く、深く深く深く憎んでいる。死滅回游に入る前に汐莉がミンチにされた事を踏まえれば、次に汐莉があざみと遭ったら想像を絶する暴虐を与えられることは容易に察しが付く。

 

 汐莉を心より大切に想う比名子にとっては、それが何より――正直な話、羂索の企む「超重複同化」よりも恐ろしい。故に、あざみは比名子の手で処理してしまいたい。

 数百年も生の苦しみにもがき続けたあざみのことは、家族を喪ってなお汐莉の血に生かされた比名子には痛い程に理解できるし、同情しているけれど――その上で、彼女は殺さねばならないのだ。

 

『五条の後の戦いを考えるとしたら、どう足掻いても「呪言」対策は必須になるっちゅーわけだ。まあ分かっちゃいたが』

 

『とはいえ、どうすればいいんでしょう……? 妖怪の呪(まじな)いは術式じゃなくて身体機能ですから、領域展開後に焼き切れることも無いはずですし……』

 

『――それなんだが、俺の術式が役に立つと思う』

 

 俄かに騒がしくなった講堂の中心付近に差し込む、手を挙げたスーツ姿の男の声。

 高専勢力の術師達の目が一斉にそちらを向く一方、彼の心を案じる虎杖の顔が顰められ――彼、日車寛見の提案は、場の面々に少なからず驚愕を齎した。

 

 

『――東京第1結界にいた頃、俺はおそらく妖怪から人間の五感を狂わせる呪(まじな)いを「没収」している。それを考えれば、近江の言う「呪言」封じは成ると思う』

 

 

--------

 

 

 [虎杖悠仁は2018年10月31日、渋谷にて大量殺害を犯した疑いがある]

 

「彼は殺していない。二審での自白は重い責任感に駆られ出た虚偽のものだ」

 

 ――現在、命の瀬戸際に追い込まれ戦線を離脱した五条に替わり、虎杖悠仁と日車寛見が参戦。日車の領域「誅伏賜死」にて両面宿儺と相対している。

 

 その狙いは、一つには「処刑人の剣」を確実に入手すること。

 対象の「死刑」が取れれば獲得できる一撃必殺の剣は、しかし日車の式神・ジャッジマンの取り上げる罪状に左右される。

 宿儺を例に挙げれば、渋谷事変における甚大な数の殺人未遂・殺人既遂を初めとした残虐で身勝手、社会的影響の重大な犯罪の数々。しかしその過程で犯した器物破損や建造物侵入といった比較的軽い罪を起訴することも否めない。千年前の罪に至っては殺人であろうがジャッジマンがどう判断するか日車も予想がつかない。

 

 そこで確実に宿儺の「死刑」を取るために立案された方法が、虎杖を巻き込んだ三審――東京第1結界にて開かれた渋谷事変を取り上げた裁判、それをやり直し、宿儺を大量虐殺の真犯人として起訴する。

「誅伏賜死」の一審・二審・三審の罪状は基本的にランダムだが、既に判決の出た罪を日車の方から再審請求することは可能である。

 その事実を利用し、共同被告人として指定された宿儺から「死刑」を取り、「没収」をかける――この「没収」こそが、日車寛見のもう一つの狙い。

 

『――「誅伏賜死」は術式だけを対象とするんじゃないんですか!?』

 

 とは、前述の話し合いにて、日車の提案を聞いた比名子の発言だ。

 呪術史上でも五指に入る呪術センスの持ち主である彼女とて、術式情報は所有者本人に聞かねば分からないことも多い。虎杖達の話や美胡受難時の鹿紫雲一との戦いの際に目撃した情報、これらを総合して得た情報では完全な解析には足りない。

 

 比名子が言った通り、「没収」の対象は術式のみならず呪力、さらには――日車ですら把握していないが――呪具にも適用される。日車は比名子の言葉に頷いた。

 

『ああ。俺が東京第1結界で返り討ちにした20人の泳者の中に妖怪もいてな。ソイツからは問題なく「死刑」はとれたが、「没収」時の感覚が術式を奪ったそれとは違ったんだ。術式を持たない虎杖の場合は“呪力の使用不可”という罰(ペナルティ)に替わったが、奴はその後も呪力を使用していた』

 

 結局、その戦いでは日車が難なく「処刑人の剣」で仕留め、何を没収していたか分からなかった。

 だがこの話し合いを経て、日車の脳内に閃いた一つの可能性――「没収」は、妖怪の持つ呪(まじな)いにも適用されるのではないか。

 

『基本術式を持たぬ妖怪から「没収」された呪力以外の何か……そんなもの、呪(まじな)い以外に思い浮かばない。お手柄ですよ、寛見』

 

 自身も妖怪であり、妖怪という種族が持ちうる能力はよくよく理解している汐莉が、降って湧いた宿儺攻略の可能性に歓喜する。

 

『「没収」は、妖怪の身体機能にも作用するんだ……でもそれなら、汐莉さんの不死性みたいな固有能力を「没収」しちゃう可能性もあるのかも?』

 

『それはまあ、否定できない。宿儺の不死身を奪えるなら、とりあえず宿儺を殺せる可能性は得られるが……』

 

『「呪言」が残る以上、宿儺の魂を剥がすのは厳しい。つーか斬撃出しながら呪言打ってくる宿儺とか悪夢でしかないわね……』

 

 と、頬杖を突きながら呆れ交じりに吐き出された釘崎の言葉は正論だ。「呪言」でデバフをかけながら「御廚子」で切り刻んでくる宿儺など考えただけで寒気がしてくる。

 

 ――だが、それでも。それでもだ。

 

 

「試してみる価値は、ある……!!」

 

「誅伏賜死」の中、目の前に生じた木製の柵を握りしめ、虎杖は想定しうる限り完璧なシチュエーションで領域を決められたこと、そして話し合いで定まった作戦が見事に嵌ったことに打ち震える。

 

 宿儺の「呪言」を「誅伏賜死」で没収する作戦――それが失敗に終わる最悪の状況、それは宿儺が領域を使用できる状態であるという場合だ。

 宿儺の「伏魔御廚子」は“閉じない領域”。通常の閉じる領域と激突すれば必中効果範囲は領域の外殻を越え、外側から結界を破壊する。

 

「誅伏賜死」の中ではあらゆる暴力行為は禁止されている。だが、その効果を中和してしまえる領域展開に限っては話が別だ。

 五条悟の模擬戦の後に八百歳比名子と検証して分かったことだが、“閉じない領域”は暴力禁止のルールを貫通して展開される。そうして比名子の領域「大自在平線」の餌食となり、「誅伏賜死」はあっけなく解体されてしまった。

 故に、「誅伏賜死」を使用する際には宿儺の領域は使用不可能になっていなければならない。

 

 ――だからこそ、五条悟が「竃(カミノ)」で倒された直後、領域展開により術式が焼き切れているこの瞬間は、皮肉ながら絶好のタイミングであると言えた。

 

「――真犯人は両面宿儺、君だ。ジャッジマンは領域内の者の全てを知っている。だが俺にその情報はこの『証拠』を除いて共有されない」

 

 宿儺の領域が復活する前に、できる限り早く裁判は終わらせねばならない。自然、日車の言葉も早口になっていく。

 思惑通り、ジャッジマンから提出された証拠は東京第1結界の時と同様、虎杖の裡に居た宿儺について。史実としての宿儺の残虐性が記されたそれは、ほぼ確実に判決を死刑に持っていけるだけの情報があった。

 

「『証拠』は必ずしも…………」

 

「長い」

 

 宿儺のどんな主張もまず間違いなく「証拠」で潰せる――そう考えて迅速に裁判を終わらせようとしていた日車の言葉が、他でもない宿儺自身の苦言によって止められる。

 

「小僧の中でこの領域のルールはすでに聞いている。興味があるのはあの剣だけだ。俺がいつなにしたかなどどうでもいい」

 

 その言葉に日車は言葉を失う。これから己の生死を決める裁判だというのに、宿儺の態度には焦燥も緊張もない。

 そこにあるのはただ、目の前の茶番がいつ終わるのかを待ち侘びている――そんな、傲岸不遜極まりない態度だ。

 

 術式、呪(まじな)い、不死性、いずれかを奪われるリスク。「処刑人の剣」が敵の手に渡るリスク。

 その全てを一切無視し、全く顧みることもないまま、宿儺は――、

 

「――さっさと終わらせろ」

 

 ――心底退屈そうな、あまりにぞんざいな宿儺の態度に激昂したか、ジャッジマンの縫い留められた右目が大きく見開かれ、縫い糸が千切れ飛ぶ。

 

 [――『有罪(ギルティ)』!! 『没収(コンフィスケイション)』!! 『死刑(デス・ペナルティ)』!!]

 

 怒りに満ちた形相から発される罪状は当然、最も重いもの。

 徹頭徹尾宿儺を不利にし、死に近づける判決――「死刑(デス・ペナルティ)」によって、問答無用で宿儺を殺せる必殺の剣を日車は手にする。

 

 そして、それと同等以上に重要な本命。

 「没収(コンフィスケイション)」の判決により、今、日車が没収したモノは。

 

 した、モノは――、

 

「――あっ、がっ!?」

 

 ――瞬間、虎杖悠仁と日車寛見に向け、無数の「解」が放たれる。

 色も音も匂いもなく、空を裂いて対象を絶つ殺意の刃。一瞬よりも短い間で届いた斬撃に切り裂かれ、肉が刻まれるその痛みに脳を灼かれる。

 

 その瞬間引き歪んだ日車の表情――それは決して、全身にけたたましく響く苦痛の信号によるものでも、ましてや賭けが成ったことへの歓喜によるものでもなかった。

 

 ――分かっていたことだ。「御廚子」、「呪言」、そして「不死身」。これらの内、奪わなければならないのは「呪言」でなければならないと。

 

「呪言」以外の二つを引いた瞬間、高専勢力の勝ち目は限りなく薄くなると。

 

 

 ――――3分の2の確率で、賭けに、負けると。

 

 

「――――『不死身』だっっ!!!」

 

 あらん限りの、喉が張り裂けんばかりの絶叫が、戦場に響き渡る。

 

「俺が没収したのは呪言じゃない、不死身の性質の方だ!! ――魂剥がしは、通じないままだ!!!」

 

 虎杖、釘崎、秤、日下部、猪野、汐莉、美胡、脹相、鹿紫雲、石流――たった今生じた張りぼての勝機に誘われて集った術師が、妖怪が、日車の絶叫に目を見開く。

 

「――『動くな』」

 

 そうして驚愕に硬直した間抜け達を、呪いの王は見逃さない。

 腹の底から湧き起こる嗤いにグシャリと歪められた口。そこから放たれるは、紛れもなく「呪言」そのもの。呪いの乗せられた言葉は彼ら襲撃者の耳に吸い込まれ、その体を縫い留められたかのように硬直させ――、

 

「――『解』」

 

 

 ――戦場に血がしぶき、「御廚子」と「呪言」を兼ね備えた最悪の怪物との死闘が幕を開けた。

 




 原作よりも宿儺レイドに参戦する人数が増えたので、宿儺も強めに設定しました。


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