死滅回游 泳者 八百歳比名子   作:螺旋坊主

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評価が赤バー4つになったので少し張り切りました。
長くなったので今日の投稿は2つに分けます。
次回投稿は20時あたりになります。


第8話 死滅回游初日のこと

「禪院真希だ」

「?」

「……?」

 

 ――歴史上数百年に渡り無かった呪術師と妖怪の和解が成り、この死滅回游における現状を高専勢および八百歳比名子一派の間で行おうとしていた時の一幕。

 苛烈かつ熾烈な激闘を繰り広げていた間柄でありながら、自身は回游のプログラムの外側の存在故に名前すらも比名子および美胡が認知していないであろうことに気づいた禪院真希。

 釈魂刀を効き手と逆側に置き、比名子に危害を加える気のないことを態度で示しながら自身の姓と名を二人に示した……ところ、なぜか二人とも首を傾げた、というのが冒頭のやり取りの仔細である。

 

「ああゴメンゴメン、比名子達にはもう君のことは説明済だ。それと君が私と同じ高専の一員であることや、君達の現在の目標もね」

 

 夕日が沈んで夜の帳が降り、即席で起こした焚火の光に照らされる大斧。その手入れをしながらいけしゃあしゃあとそんなことを宣う簾前髪の胡散臭い美女、冥冥。

 相互理解および話し合いを円滑に進めるための根回しを怠らないのは計算高い彼女らしいことだが、そのせいでいらん自己紹介をしてしまったと冥冥を睨む真希。天与の暴君の眼力などたとえ敵意が無かろうと凡百の術師ならば肝を潰して然るべきだが、当の彼女はどこ吹く風である。

 

「あー、だったらオマエ、急に敬語外れたのは……」

「……貴女のこと、冥冥さんから聞いて。遭った時は私達どっちも最初から戦う気だったけど、ちゃんとお話しできれば分かり合えると思ったから」

 

 だからせめて、私は貴女に心を開いていますという証としてタメ口にした、そう比名子は言う。

 比名子には悪いが、どうやら彼女はこういった状況での交渉はいささか不得手であるらしい。自分と殺し合いをしていた人間が急に態度を変えたのなら、まずソイツは腹の中で何か考えているのかと不信感を抱くものだ。

 ただ、いかな呪術の才能があろうとこればかりは修羅場鉄火場を潜り抜けた経験値がモノを言う領分であるので、下手な追及はしないでおくことにする。

 

「私のことをもう知ってんなら、逆にオマエらのことについて教えてもらえると助かる。……比名子でいいか?」

「うん、いいよ」

「あ、じゃああたしはメスゴリラで」

「オイ」

「冗談だよ」

 

 軽口を見咎められるも、舌を出して肩をすくめる程度のリアクションにとどまる美胡も流石に六尾の狐。尻尾が二本千切れているとはいえ紛れもない強者である。

 やっぱコイツ斬ってやろうかな、などという物騒な考えが一瞬頭をかすめたが、そんなことをすればいよいよ人の心が無い。

 自分の目的と動向とついでにパーソナリティまで開示されているのであれば、次に共有すべきはやはり比名子についてだろう。

 

「何でオマエは単独で結界に入った? 自分の100点を狙われても凌ぎ切れると分かってたのか? どうして冥冥さんと行動を共にしていた?」

「…………」

「まあまあ、あまり矢継ぎ早に質問するもんじゃないよ」

 

 現状把握を行おうという話になった時から訊こうと思っていたことを早口で質問する真希に圧されて閉口する比名子、窘める冥冥。

 共闘する以上相手の事情は知れるだけ知っておきたいし、何より羂索直々に指定されたの動向だ、気にならないはずがない。とはいえ捲し立てすぎたかと、真希も流石に気を遣った。

 

「……時間がないわけじゃないんだ。急がなくていいし、話しやすいものから話してくれていいぜ」

「ありがとう、真希さん」

 

 一触即発どころかすでに接触して派手に破裂していた真希との関係性が、さっきまでに比べて信じられないほど回復したものである。

 対話の卓についたばかりゆえ真希の態度はまだ固いが、それでも焚火を囲む四人の間に流れる空気は暖かい。

 危険な術師も呪霊も妖怪もすでに排除し終わっている。久しく無かった団欒の場の雰囲気に気を緩めながら、比名子はゆっくりと話し始めた。

 

「私が、どうして一人で回游に参加したか、なんだけど……」

 

 

 

「――――何も、覚えてないの」

 

 

 

--------

 

 

 

 ――死滅回游に於ける中四国地方唯一の結界である広島結界の荒れ様は凄まじいものであった。

 

 付近に存在する厳島という巨大な霊場の影響によって強力な呪霊や妖怪の泳者を引き寄せたのみならず、彼の地の忌むべき歴史に纏わる特級相当の呪霊によって市街地の中心部が文字通り跡形も無く消滅する修羅の巷。

 そんな中に殺せば100点を得られる人間が単身で現れればどうなるか。当然、全てがその者に殺到する。

 

 いの一番に高得点を得んと欲す邪悪な泳者達が競って比名子の命を奪おうと襲い掛かる様は、高価値を付与した羂索がまさに思い描いた通りの地獄絵図。

 ある者は真っ先に突撃し、ある者は即席の徒党を組み、その外ではライバルを減らすための殺し合いが発生する。次々に散る命と加速度的に肥大化する呪いは死滅回游を際限なく活性化させる。

 殺意と悪意の暴風雨は、そうして四方八方から比名子の細身に押し寄せ――そして、そのすべてが比名子の手により蹴散らされていく。

 

 術式により発生する呪いの水は泳者の命を呑み込む洪水となり、際限なく湧き出る魚の式神は呪力により強化された敵の肉体を易々と嚙み砕く。

 呪水と式神の嵐が戦場に吹き乱れ、高得点に目が眩み狂乱する泳者の命を四肢諸共千切り飛ばし刈り取っていく悪夢の光景。

 比名子の強さが広島結界内に周知されたのは、戦いが発生して実に二十人の命が彼女の手にかかった後であった。

 

 ……八百歳比名子が結界に侵入した、初日の出来事である。

 

 

『いやだ、むり……もういやだ、いやだ……』

 

 さて、八百歳比名子は、自分がなぜ結界に侵入しているのか、どうして広島結界だったのか、その経緯がすっかりと記憶から抜け落ちている。

 デスゲーム系統の漫画にありがちな、朝起きたら知らない場所にいて、主催者から生き延びるためのルール説明を受け――などという生易しいものではない。

 比名子の広島結界における最初の記憶を言葉に表すと、以下のようになる。

 

 ――夜寝て、粗野な怒号に目を開けたら、なぜか死地のど真ん中に立っていて、全方位から殺意の視線が注がれていた。

 

 妖怪に懐かれ、妖怪に肉を狙われる身であるとはいえ、比名子は一介の女子高生。そんな少女に降りかかる不幸としてはあまりにも酷烈で凄惨。

 数えるのも億劫なほどの敵意と殺意の弾丸に圧し潰され、普通ならば虫けらのようにぺしゃんこになって終わる命のはずであった。

 

 そんな彼女が生き延びているのは言うまでもなく、底の知れぬ呪いの才能故だ。

 磯女、二口女、その他大小様々な妖怪。それらに向けられたものとは質も量も違う邪気に恐怖しながらも……唐突に覚醒した呪いが術式が、あたかも手や足のように馴染む。比名子の体は、その時点でできる最良の動き方、殺し方を自動的に出力する。

 

『無理……もう無理……もう、駄目……』

 

 もう一度言うが、比名子は一介の女子高生に過ぎない。人を殺すことで精神に負荷がかかり、絶え間なく殺意を向けられることによって心が軋み、なぜ自分がこんなところにいるのかすらわからない状況は焦燥を生み──そんな中で何故だか、「汐莉を傷つけてしまった」という罪悪感が存在を主張していて。

 結界内で一日過ごすだけで比名子は瞬く間に摩耗していき、かつて人魚と交わした約束が嘘と知った時と同等の精神的限界に達していた。

 

 心が限界に達すれば肉体のパフォーマンスも落ち、泳者達の攻撃が一つ、また一つと傷を与えていく。

 比名子の異能に皆が恐れをなして逃げ去り、修羅場の熱気が凪いだ時には、比名子の体からは夥しい血が流れていた。

 

アアアアアアァァァ!!!

 

 比名子の血は妖怪を寄せる特異なものに変質してしまっている。各結界には呪霊と妖怪が大量に巣食っており、連中にとって血を流す比名子はまさに据え膳。

 その時も我を忘れた一匹の妖怪が比名子に食らいつこうとし、先の戦いで疲弊した比名子はその対処が遅れ――、

 

『――神風(バードストライク)

 

 凛とした女性の声と共に、黒い弾丸が妖怪を貫く。

 それは、比名子が結界の中に入って、初めての。

 比名子以外が使った、比名子のみを守るために使われた呪術だった。

 

『あ……』

『無事かい?』

 

 大斧を担ぎ、前髪を簾のように垂らしたその女性は、労わるように比名子に微笑みかける。

 

『君のことを、ずっと見ていたよ。……一人でよく頑張ったね』

『――っう、う、うぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!』

 

 わずか一日が永劫のように長く感じられた地獄の中、漸く与えられた慈雨のような優しさに感泣する。

 それと同時に堰を切って溢れ出す今までのこと――突然地獄に放り込まれたこと、どうしてここにいるのかもわからないこと、一人だけでの呪い呪われを繰り返して限界だったこと……そのすべてを、彼女は余さず聞き届け。

 

『そうか……辛かったね』

 

 慈母の表情を浮かべ、比名子の体を抱きしめる。

 女性――冥冥の胸に顔を埋め、比名子はまた号泣した。

 

 

 

--------

 

 

「──ここまでが、死滅回游初日の出来事です」

 

 一通り話し終わった比名子。その上で、この場にいる者の反応は四者四様だ。

 長めの話が終わり、比名子はふうと一心地ついている。

 予想を超えて辛い境遇だった比名子に、真希は顔を顰めている。

 腕と足を組む冥冥の表情はいつもと変わらない。

 そして、

 

「ゔゔゔゔゔゔ~~~~~~、あゔゔゔゔゔゔ~~~~~~」

 

 ──美胡は一心地どころではない。情報量が膨大すぎるのももちろんだが、大親友に突如降りかかったあまりにもあんまりな不幸に滂沱の涙が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今日の夜に続きます。
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