IF日本国召喚〜日の丸の選択〜   作:ゆきかぜ 大和

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初投稿です。設定などは具体的なことを詰め次第投稿いたします。


第一章 異世界に
第1話 転移


プロローグそれは、音より先に来た。

 

 ――揺れ。

 

 関東一円を覆うように、地面がわずかに波打つ。震度にすれば小さい。だが、妙だった。周期が一定ではない。まるで、大地そのものが呼吸しているかのような不規則な振動。

 

 そして、光。

 

 夜明け前の空が、一瞬だけ“白く焼けた”。

 

 閃光は一秒にも満たなかったが、日本全土の観測機器が同時に異常値を叩き出した。

 

 直後――

 

 すべてが、切れた。

 

 記録によれば、事象は一・七秒で完結した。

 防衛軍統合幕僚監部の地震計が最初の異常を検知したのは、二〇二X年六月十四日、午前四時十七分三十二秒。その四十三秒後、日本列島全域を包んでいた衛星測位信号が、文字通り「消えた」。

 衛星そのものは無事だった。

 ただ、地上との間にあるべき「距離」が、存在しなくなっていた。

 

気象庁。

 

「大気組成に微細な変化あり! 窒素、酸素比はほぼ同一だが……未知の成分を検出!」

「何だそれは」

「わかりません。ですが、計測機器が誤作動しているとは考えにくい」

 未知。

 その言葉が、じわじわと現実を侵食していく。

 

第一章 官邸地下(午前四時二十九分)

視点:内閣官房副長官補 水無瀬 千鶴

 緊急参集のブザーが鳴った時、水無瀬千鶴はすでに起きていた。

 眠れなかったわけではない。ただ、四時を過ぎたあたりから奇妙な静寂が部屋を満たしていた。官邸の宿舎はどんな深夜でも空調の低い唸りがあるはずなのに、その夜はそれすらなかった。気のせいだと思ったが、身体が先に覚醒していた。

 地下の危機管理センターに入ると、すでに内閣官房長官と防衛大臣が席についていた。モニターの半数が「信号消失」を示している。

「副長官補、状況を」

 水無瀬は端末を開きながら歩いた。受信データが少なすぎる。少なすぎる、というより、外部からのデータが何もない。

「Jアラートは大規模地震として発令済みです。ただし──」

 手が止まった。

「震源が、特定できていません」

 室内がざわついた。水無瀬は続けた。

「地震計は揺れを検知しています。しかし震源データが存在しない。波形の特性が通常の地震と一致しない。加えて、午前四時十七分以降、国内外の全通信衛星との接続が途絶しています」

「全部か」と防衛大臣が言った。

「全部です」

 沈黙が降りた。

 水無瀬は頭の中で情報を仕分けていた。これはテロではない。電磁パルス攻撃なら電子機器が焼けるが、機器は生きている。ただ、外につながらない。衛星が死んでいるのではなく──

 ドアが開いた。制服姿の将官が駆け込んでくる。海将補の肩章。統幕情報部の人間だ。見覚えがある。

「水無瀬副長官補」

 相手が自分に話しかけてきたことに、一瞬違和感を覚えた。指揮系統上、官房に話しかけるより大臣に報告すべき状況のはずだ。

「一等海佐の海江田です。情報部から参りました」

 その声は静かだった。静かすぎるほど静かで、だからこそ室内の全員がその言葉に耳を傾けた。

「衛星の問題ではありません。我々の方が動きました」

 

第二章 統合幕僚監部(午前四時三十一分)

視点:防衛海軍・一等海佐 海江田 ひまり

 海江田ひまりが最初に「おかしい」と思ったのは、信号が消えてからではなかった。

 消える直前の、〇・三秒だった。

 衛星測位信号が消失する直前、全ての衛星から届くデータに微細な「ずれ」が生じた。それはドップラー効果に似た波形のゆがみだったが、原因が「衛星の移動」ではなく──

「受信側の移動」を示していた。

 アルゴスの解析が完了したのは、消失から八分後だ。海江田はその結果を三回読み直した。

 間違いではなかった。

 アルゴスが示した結論は、「日本列島が移動した」だった。

 感情的な動揺は、潜水艦の中で学んだ。深海では動揺は命取りになる。だから今も、海江田は動揺しなかった。ただ、次の行動を考えた。

 最優先事項は三つ。

 一つ、現状確認。二つ、上への報告。三つ、最悪シナリオの算出。

 彼女が官邸へ向かったのは、その三つすべてを同時に処理するためだった。

 移動の途中、助手席から外の空を見た。

 月が、二つあった。

 海江田は手元のタブレットにメモを打ち込んだ。「天体位置の確認を最優先とする」。アルゴスに命令を送った。すぐに解析が始まる。

 車が首都高を飛ばしていく。街の灯りは普通にある。停電はない。人々はまだ眠っているか、Jアラートに驚いて右往左往しているか、どちらかだろう。

 あの月が二つある空の下で。

 海江田は窓から視線を外し、タブレットに戻った。感傷は、後でいい。

 

第三章 護衛艦「あさひ」艦上・東シナ海(午前四時四十四分)

視点:防衛海軍・三等海佐 深町 はやと

 非常呼集のブザーが鳴った時、深町はすでに起きていた。

 揺れを感じた時点で目が覚めた。艦の揺れではなかった。船酔いするような横揺れでも、波に叩かれる縦揺れでもない。全方向から一瞬だけ、圧力がかかるような感覚。それが一・七秒で消えた。

 消防士だった父が言っていた。「地震は地面が教えてくれる。嘘をつく地震はない」。

 あの揺れは、地震が教えてくれる何かではなかった。

 甲板に出た。

 「あさひ」は離島防衛演習の帰路にあった。強襲揚陸艦「ながと」、汎用護衛艦「あさひ」、多機能フリゲート「くまの」の三隻編成。深町の中隊「ストーム」は「ながと」に乗り込んでいたが、深町本人は指揮調整のため「あさひ」に移乗していた。

「全員集合!」

 甲板に部下が走り出てくる。三十六名。深町は顔を数えながら、空を見た。

 月が、二つある。

 一瞬、目を疑った。こすった。もう一度見た。やはり二つある。東の空の低い位置に白い月。南西の空高く、少し小さな月。

「……隊長」

 隣に来た三島曹長が、同じものを見上げていた。

「見えてますか」と深町は言った。

「見えてます」と三島が言った。

「俺の目がおかしいわけじゃないな」

「おかしくないと思います」

 深町は深呼吸した。Jアラートは地震と言っている。だが地震でこうなることはない。GPSは死んでいる。国内通信網もかろうじてつながっているだけだ。

「三島、全員に慣性航法の準備をさせろ。GPS無しで動ける体制にする。それと」深町は月を指した。「あれの写真と動画を今すぐ撮れ。証拠として残す」

「はい。それから隊長、空の星座が──」

「わかってる」

 わかっていた。オリオン座がない。北斗七星がない。見知った星の並びが、ひとつも空にない。

 その意味を、深町の直感は即座に理解していた。

 ここは、地球じゃない。

 頭の中でその言葉が響いたが、口には出さなかった。まず動く。考えながら動く。それが現場の人間のやることだ。

「全員、装備点検。GPSなしの行動訓練を今すぐ始める。詳しいことは後でわかる。わかってから動いてたら遅い」

 三島が走っていく。

 深町は艦橋に向かった。艦長に状況確認をしなければならない。階段を上りながら、改めて空を見た。

 演習で海上に出ていたのが、今となっては幸いだった。陸にいれば混乱の中に埋もれていたかもしれない。海上なら見える範囲が広い。何がどうなっているか、陸より早く把握できる。

 部下の一人が追いかけてきた。まだ二十代、ぼんやりした顔で空を見ている。

「隊長……俺たち、どこにいるんですかね」

 深町は考えた。正直に言うか、曖昧にするか。

 正直に言うことにした。

「わからん」

「わからないんですか」

「わからん。でも俺たちがやることは変わらない。与えられた場所で、目の前の人間を守る。それだけや」

 その言葉を言ってから、深町は自分が少し驚いた。不思議と動揺していなかった。

 月が二つあろうが、星座が違おうが、GPSが死んでいようが──

 部下たちはここにいる。守るべき人間がいる。

 それ以外のことは、動きながら考えれば十分だ。

 艦橋のドアを開けると、艦長がこちらを振り返った。険しい顔だが、狼狽してはいない。

「深町三佐、状況は把握済みか」

「月が二つ、星座が全部違う、GPS消失。それだけで十分です」

 艦長が短く笑った。「特殊部隊は肝が据わってるな」と言った。

 午前七時すぎ、海江田一佐から直接の通信が来た。

「深町三佐。異世界事象対策室に出向してもらいます。現地対応班の班長として」

「なんで俺なんですか」と深町は聞いた。

「現地で即断できる人間が必要だからです。あなたは判断が速い。間違えることもありますが、正しい時の確度が高い」

 間違えることもある、という部分が入っていることに、深町は少し笑いたくなった。

「了解しました。今いる艦隊ごと使ってもらえますか。「ながと」と「くまの」も一緒です。演習帰りで装備が整っています」

 一秒の間があった。

「……それは、むしろ好都合です。艦隊ごと現地派遣に組み込みます。今すぐ「ずいかく」機動部隊と合流してください」

 

第四章 神楽坂(午前四時五十二分)

視点:フリージャーナリスト 朝倉 灯

 窓の外が静かすぎた。

 東京・神楽坂のアパート、二階の部屋。この街は夜中の三時でも何かしら音がする。遠くの車の音、駅のホームの放送、近所の飲食店の換気扇。それが全部、なかった。

 Jアラートの音でスマートフォンを確認した。大規模地震の警告。でも揺れはもうない。電波は「圏外」を示している。

 灯はベランダに出た。

 最初に気づいたのは朝焼けの色だった。東の空が、おかしい。オレンジではなく、もっと緑がかった光。薄明かりの中で、街の輪郭が奇妙に鮮明に見える。

 それから、月を見た。

 二つあった。

 灯は三秒間、そこに立ち尽くした。ジャーナリストとしての本能が三秒で復活した。スマートフォンのカメラを向ける。電波はないが、カメラは動く。動画を回しながら、一歩一歩ベランダの端まで歩いた。

 街を見下ろした。

 Jアラートで起き出してきた人々が、道路に出てきていた。みんな空を見ていた。誰も話していなかった。スマートフォンを持ち上げて月を撮っている人間が何人もいる。

 灯はカメラを向けたまま、手帳を取り出した。動画を回しながら、もう片方の手でメモを書く。

「六月十四日、四時五十二分。月が二つ。星座なし。通信不通。Jアラートは地震と言っているが揺れは一瞬で消えた。これは地震ではない」

 書きながら気づいた。「これは地震ではない」と書いてから、では何なのかという問いが来た。

 わからない。でもわからないなら、わかるまで記録し続けるだけだ。

 上着を引っつかんで、玄関を飛び出した。

 

第五章 官邸地下(午前五時〇三分)

視点:水無瀬 千鶴

「月が二つ」

 水無瀬は海江田の報告を聞きながら、その言葉を頭の中で繰り返した。

「哨戒機からの映像です」

 海江田がタブレットを差し出した。確かに、二つある。

「星座の不一致は」と水無瀬は言った。

「地球上のどの地点とも一致しません。アルゴスが全既知星図と照合しました。一致率ゼロです」

「大気組成は」

「環境省の観測点からのデータで窒素・酸素比率に〇・〇三パーセントの偏差が確認されています。地球大気の自然誤差範囲を超えています」

「また、大気中から未知の成分を検出しています」

「重力は」

「標準値と比較して〇・〇〇一パーセントの差異。誤差範囲内ですが──方向が、おかしい」

 水無瀬は顔を上げた。

「重力の方向が?」

「ベクトルがわずかにずれています。地球の自転と自重力の合成で説明できる範囲を超えています」

 室内が、静まり返った。

 首相の島津が立っている。元防衛大臣。この手の話を聞いても顔色が変わらない人間だが、今夜ばかりは口元が一瞬だけ引き結ばれるのを水無瀬は見た。

「海江田一佐」と島津が言った。「結論を言いなさい」

「はい」

 海江田の声は変わらなかった。静かで、短くて、断定的だった。

「日本列島は、別の世界に転移しました」

 誰かが息をのむ音がした。誰かが机を叩いた。誰かが「そんな馬鹿な」と言いかけて途中で止めた。

 水無瀬は黙っていた。

 動揺してもいなかった。信じていないわけでもなかった。ただ、次の問いが頭の中に浮かび上がっていた。

「証明できますか」と水無瀬は言った。

「翌朝の偵察結果で証明します」と海江田は答えた。

「根拠は」

「転移先に陸地があるなら、朝になれば見える。なければ私の仮説は間違っています。しかし」海江田は一拍置いた。「間違っている可能性は低い」

 水無瀬は海江田を見た。四十歳。潜水艦上がりの情報将校。この女性は今、心臓が動いているのかと疑いたくなるほど静かだった。

 しかし、その目の奥に、かすかに何かが燃えているのを水無瀬は感じ取った。

 恐怖ではなく、計算。

 この人は今、ありとあらゆるシナリオを同時に処理している。

「わかりました」と水無瀬は言った。「一佐、対策室の立ち上げ準備に入ってください。三軍から必要な人員を引き抜く権限を与えます。名称は──異世界事象対策室。直接私に報告を上げること」

 海江田は一秒の間もなく答えた。

「了解です」

 水無瀬は首相の方を向いた。

「閣下、国民への発表内容を変更する必要があります。現行のJアラートは地震前提の内容です。原因不明の異常事態として切り替え、冷静な行動を呼びかけます。ただし──」

「転移の可能性は、まだ公表しない」と島津が言った。

「はい。証拠が揃ってから。朝まで待ちます」

 島津は短く頷いた。

 

第七章 東京・路上(午前七時十五分)

視点:朝倉 灯

 神楽坂の交差点に、人が溢れていた。

 眠れなかった人たち。外の様子を見に来た人たち。誰かと一緒にいたくて出てきた人たち。スマートフォンを空に向けている人たち。泣いている人たち。笑っている人たち。

 灯はその全員を撮った。

 テレビはまだ動いていた。地上波は「大規模地震の可能性、原因調査中、冷静な行動を」と繰り返している。SNSは使えない。ネットも不通。情報は一方通行で届くだけで、発信する方法がなかった。

 でも、灯には手帳があった。

 交差点の歩道に腰を下ろして、目の前の光景を書き続けた。

 老人が空を見上げて「戦争中みたいだな」と言った。

 子供が母親の手を握って「お月様が二つあった」と言った。

 スーツ姿のサラリーマンが「今日の会議どうなるんだよ」と言った。

 灯は全部書いた。

 午前七時三十二分、政府から新たな発表があった。

「現在、原因不明の異常事態が発生しています。政府は全力で情報収集と状況把握にあたっています。国民の皆様には冷静な行動をお願いします。電気・ガス・水道は現在も正常に機能しています。食料の買い占め等は控えてください」

 灯は発表を聞きながら、手帳にひとこと書いた。

「地震じゃないと、政府も知っている」

 そして次の行に書いた。

「では何なのか、いつ言うのか」

 続けて書いた。

「言えない理由があるとすれば、それは何か」

 朝の光の中で、灯はその問いと一緒に座っていた。

 

第八章 翌朝──クワ・トイネ発見(転移翌日・午前六時)

視点:海江田 ひまり

 一晩、眠らなかった。

 アルゴスに命令を連発し続けた。衛星軌道の再計算。大気組成の詳細解析。沿岸警備艇からの映像収集。そして何より──

 天叢雲の映像。

 試験飛行中に異世界の成層圏へと移行していた試験機が、夜通し映像を送り続けていた。光学センサーで捉えた、日本の東方に広がる海域。

 夜が明けると、それは現れた。

 大陸だ。

 城壁を持つ都市が、海岸線に沿って複数確認できた。帆船が航行している。石造りの建物。中世、あるいは近世の文明。

「アルゴス、映像から推定される文明レベルを」

〔火薬兵器の使用は確認されます。蒸気機関の痕跡なし。文明レベルはおおむね地球における十五〜十七世紀相当と推定されます〕

「人種は」

〔映像解像度の限界がありますが、人間と識別できる生物が居住しています。亜人種の可能性については現段階では判断できません〕

 海江田はデータをまとめながら、並行して最悪シナリオを書き続けた。

 敵対した場合の対処。生物・化学兵器的な脅威の可能性。言語バリアの問題。エイハブリアクターへの干渉──

 全部書いた。全部アルゴスに処理させた。

 午前六時四十分、対策室に水無瀬副長官補が入ってきた。

「報告を」

「陸地を確認しました。大陸と見られる地形の沿岸部に、城壁都市が複数存在します。人が住んでいます。一部の船が日本列島を遠巻きに観察しているのが確認できています」

 水無瀬はモニターを見て、数秒黙っていた。

「どのくらい近い」

「最近接の沿岸都市まで、約三百キロです。ただし」

 海江田は一拍置いた。

「興味深いことがあります」

「何ですか」

「傍受した一部の音声通信を、アルゴスが解析しました」

 水無瀬の目が動いた。

「言語は──」

「日本語です」

 今度の沈黙は、少し長かった。

「……どういうことですか」

「わかりません。ただ、音声として聞き取れる言語は、日本語です。文字は全く異なりますが、話し言葉は我々と通じる可能性が高い」

 水無瀬は何かを考えているようだった。窓のない部屋の中で、目だけが動いている。

「外交団を出します」と水無瀬は言った。

「護衛が必要です」と海江田は言った。

「わかっています。最小限の人員で。軍艦で乗り込むのではなく、まず接触の意思を示す。相手が言葉を持っているなら、最初の言葉が全てを決めます」

 海江田は頷いた。

「護衛の人選は私に任せてください」

「誰を使うつもりですか」

「深町三佐の中隊です」

 

エピローグ(転移翌日・午前七時)

視点:深町 はやと

 護衛任務の命令書を受け取った時、深町は一枚の紙の重さを確かめるように、両手で持っていた。

「最初の接触班護衛任務。異世界事象対策室・現地対応班として、外交団に同行。相手の領域に上陸せよ」

 難しい任務ではなかった。難しくない、というのは語弊があるかもしれない。ただ、深町にとって迷う要素がなかった。行けと言われたから行く。護れと言われたから護る。

 問題は、何から護るかがわからないことだ。

 部下たちに命令書の内容を伝えた。反応はまちまちだった。興奮した顔、不安な顔、無表情な顔。三島曹長は黙って頷いた。倉田士長は目を輝かせた。沖曹長は「医薬品の追加支給を申請できますか」と言った。

 いい部隊だと思った。

 外に出て、空を見上げた。

 昼の空に、かすかに白い月がある。一つだけ。もう一つは今は見えない。

 この空の下に、誰かがいる。

 日本語を話す、誰かが。

 どんな人間なのか。どんな世界で生きてきたのか。怖がっているのか、怒っているのか、興味を持っているのか。

 行けばわかる。

 深町は月に背を向けて、格納庫の方へ歩き出した。

「行くぞ」

 その言葉は、自分に向けたものだったかもしれない。

 




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