IF日本国召喚〜日の丸の選択〜   作:ゆきかぜ 大和

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第2話 接触

プロローグ

 歴史の中で、「最初の言葉」が全てを決めた場面がある。

 コルテスがメキシコに上陸した時。ペリーが浦賀に現れた時。そのどちらも、最初に交わされた言葉の意味を、片方は正確に理解していなかった。

 水無瀬千鶴がそのことを考えたのは、外交団の乗った護衛艦の甲板に立った時だった。

 風が強かった。知らない海の、知らない風だ。

 

第一章 空母「ずいかく」艦上(転移翌日・午前五時)

視点:防衛海軍・一等海佐 海江田 ひまり

 夜明け前から、海江田は動いていた。

 アルゴスの端末に向かって命令を送り続けた。天叢雲の光学センサーが捉えた映像を一秒ごとに確認し、周辺海域の状況を更新し、リスクの洗い出しを続けた。

 「ずいかく」の艦長室を借りた仮設の対策室は、夜通し灯りが消えなかった。

 アルゴスが新たな解析結果を出した。

〔東方大陸沿岸の映像を再解析しました。城壁を持つ都市が少なくとも三か所確認できます。港湾施設と思われる構造物があり、帆船が複数停泊しています〕

「文明レベルの推定は」

〔石造建築、帆船動力、鉄製と思われる武装。地球における十五世紀から十七世紀相当と推定されます〕

「言語解析の進捗は」

〔継続中です。傍受した音声データが少なく、精度に限界があります。ただし──〕

 アルゴスの報告に、一拍の間があった。

〔現時点での解析では、対象言語が日本語の音韻体系と八十三パーセント一致しています〕

 海江田は端末から目を上げた。

 八十三パーセント。

 感情的な反応は、潜水艦の艦長室で学んだ。深海では、驚きは贅沢だ。だから今も、海江田は驚かなかった。ただ、その数字を頭の中の適切な引き出しに収めた。

 「やまと」の艦長を務めていた三年間、海江田は何度も「想定外」に直面した。未知の海底地形。突発的な機器不良。敵性と思われる潜水艦との長時間の追跡・回避。そのたびに学んだのは、驚いた人間は正しい判断を下せない、ということだった。

 驚きは後でいい。今は、次の行動を考える。

「アルゴス、音声データを蓄積し続けろ。沿岸に近づける偵察機があれば、低空で音声収集を優先させる」

〔了解。ゴースト偵察型の発進を準備します〕

「待て」海江田は止めた。「ゴーストは使うな」

〔理由を確認してもよいですか〕

「価格の問題ではない」

 ゴーストの調達価格は機密だが、現場では「F-15程度ではないか」という噂が流れていた。百億から二百億の間、というのが大方の見立てだ。海江田はその数字の正確さを知らないが、戦闘機より高価な機体だということは知っている。しかしそれより問題なのは、今この瞬間にゴーストを飛ばすことの意味だ。

「初接触の前に、相手の上空を無人機が飛び回っていれば、どう見える」

〔偵察行動と判断される可能性があります〕

「最悪、攻撃の前触れと取られる。通常の偵察ドローンを高高度で。存在を悟られない程度に」

〔了解しました。隼型偵察機を発進させます〕

 端末を置いて、海江田は窓に向かった。

 夜明けが来ていた。知らない空に、橙色の光が広がっていく。

 海江田は三年間、あの「やまと」の艦長として深海にいた。深海には夜明けがない。水面の上の色を想像しながら、ひたすら闇の中を進んだ。

 今は、その逆だ。

 水面の上にいて、深海の何かを相手にしようとしている。

 

第二章 「ずいかく」艦上(同日・午前六時)

視点:水無瀬 千鶴

 海江田の報告を受けたのは、朝食を終えた直後だった。

「大陸沿岸に城壁都市が確認できました。言語の音声解析では、日本語との一致率が八十三パーセントです」

「……意味を確認させてください。話せば通じる可能性がある、ということですか」

「高い確率で」

 水無瀬は手元のコーヒーカップを置いた。

 この世界に転移してから、政府は「最初の接触」について既にいくつかの方針を決めていた。慎重に、しかし積極的に。武力を見せない。しかし持っていることは隠さない。

 しかし「言葉が通じる」という想定は、どこにもなかった。

「文字体系は」

「異なります。話し言葉は通じても、書き言葉は解読できない。条約や文書の作成には翻訳の問題が残ります」

「話し言葉だけで外交はできる」と水無瀬は言った。「文字の解決は後でいい」

「ただし」海江田が続けた。「一致率が高いほど、誤解のリスクも上がります。九割通じると思っているのに一割通じていない場合、それは全く通じない場合より危険です」

 水無瀬はその指摘の鋭さを評価した。情報将校らしい視点だ。

「了解しました。通訳補助は倉田士長とアルゴスで。齟齬が生じた場合はアルゴスが補完する体制で行きます」

「外交団の構成は」

「外務省三名、防衛省一名、私。護衛は深町三佐の先遣小隊。武装は拳銃のみ」

 海江田の顔が少し動いた。「小銃の携行を推奨します」

「見せる武力と、持っていく武力は別物です」と水無瀬は答えた。

 二人の間に一秒の沈黙があった。海江田が言った。「了解しました」。

 了解していない目だった。しかし水無瀬はそれを承知の上で、決定を変えなかった。

 

第三章 「ながと」艦上(同日・午前七時)

視点:深町 はやと

 護衛任務の命令書を読んで、深町が最初に考えたのは装備のことだった。

 拳銃のみ。それが水無瀬副長官補の決定だ。

 深町は異論があった。しかし命令書を三回読んで、異論を引っ込めた。

 現場にいた人間として、あの「月が二つある夜」の住民の反応を思い出した。逃げなかった。攻撃もしなかった。見ていた。それは、怖がっていても好奇心が上回っていた、ということだ。そこに銃を持って乗り込めば、好奇心が警戒に変わるかもしれない。

 水無瀬副長官補は、たぶんそこまで計算している。

「三島、先遣小隊の装備確認」

「完了しています」と三島曹長が答えた。「ただ隊長、一点だけ」

「何だ」

「拳銃のみ、という制限ですが──隼型偵察ドローンの携行は含まれますか」

 深町は少し考えた。「上に確認する」

 海江田一佐に通信を入れると、一秒で返事が来た。「構いません。ただし飛ばすのは私の判断が出てからにしてください」。

 深町は頷いた。海江田という人間は、現場に権限を渡す時と渡さない時がはっきりしている。渡さない時は、必ず理由がある。

「三島、隼型を三機持っていく。飛ばすのは俺の判断が出てからだ」

「了解です」

 倉田士長が走ってきた。アルゴスの現地端末を抱えている。

「深町三佐、出発前に確認なんですが」

「何だ」

「現地の言語、どのくらい通じると思いますか」

「アルゴスが八十三パーセントと言ってる」

「そうじゃなくて」倉田が少し顔をしかめた。「パーセンテージじゃなくて、体感で」

 深町は考えた。

「会話はできると思う。でも誤解は必ず起きる。だから倉田、アルゴスだけじゃなくてお前自身が相手の表情を見ていてくれ。言葉の意味がズレてる時は、顔に出る」

「俺がですか」

「お前は人の顔を読むのがうまい。それが今日一番の武器だ」

 倉田が少し背筋を伸ばした。

 沖曹長が医療キットを担いで近づいてきた。「隊長、抗生物質と創傷処置一式、多めに持ちますか」

「持っていけ。使う場面があると思う」

「喧嘩ですか」

「違う。現地の人間の医療が必要になるかもしれない」

 沖が少し驚いた顔をして、それから頷いた。

 

第四章 クワ・トイネ公国・沿岸(同日・午前十一時)

視点:水無瀬 千鶴

 上陸用の小型艇が砂浜に乗り上げた。

 水無瀬が最初に感じたのは、土の匂いだった。

 知らない土の匂いだ。草の匂いも、海の匂いも、少しずつ違う。地球ではない世界の、地球に似た匂い。

 砂浜に人が並んでいた。

 騎馬が十数騎。その後ろに徒歩の兵士が百人近く。鎧、剣、槍。旗が風に揺れている。そのさらに後ろ、丘の上に、村人と思われる人々が何百人も集まっていた。

 誰も逃げていなかった。

 それが水無瀬には意外だった。こちらは明らかに「見たことのない何か」だ。夜中に突然現れた島から、奇妙な形の船と奇妙な服を着た人間が降りてくる。普通は、逃げるか攻撃するかだ。

 しかしこの人たちは、立って見ていた。

「副長官補」と深町が小声で言った。「後列の丘の上、一時の方向」

 水無瀬は視線だけで確認した。丘の縁に、別の騎馬が数騎いる。旗の色が違う。

「海江田一佐に」

「既に送りました。旗章の解析中です」

 水無瀬は正面に向き直った。

 向こうの騎馬から一騎が前に出た。四十前後の男。鎧が他と質が違う。指揮官だ。

 男が口を開いた。

 言葉が聞こえた。

 日本語だった。

 アクセントが少し違う。語尾の形が微妙に異なる。でも、意味は完全にわかった。

「止まれ。これ以上近づくな。お前たちは何者だ」

 水無瀬は一歩前に出た。

「我々は日本国の使節です。貴国と話し合いの席を持つために参りました。敵意はありません」

 男が眉をひそめた。驚いている。言葉が通じることに。水無瀬はその驚きを観察しながら、次の言葉を選んだ。

 深町が横に立っていた。水無瀬の言葉ではなく、相手の顔を見ている。

 

第五章 クワ・トイネ公国・沿岸(同刻)

視点:深町 はやと

 深町は男の顔を見ていた。

 最初は「警戒」だった。それは当然だ。次に「驚き」が混じった。言葉が通じたことへの驚き。そして今──

「好奇心だ」と深町は頭の中で思った。

 怒りでも恐怖でも拒絶でもない。好奇心が、警戒の上に乗り始めている。

 いける。

 男が馬から降りた。

 剣には手をかけていない。ゆっくりと、こちらに向き直った。

「俺はクワ・トイネ公国、北方国境守備隊長、オルソン・ベルナルトだ。話を聞こう」

 水無瀬が前に出て答えた。

 その間、深町は視線を動かし続けた。オルソンの後ろの兵士たち。緊張しているが、攻撃態勢ではない。丘の上の村人。遠巻きに見ている。子供が親の影に隠れている。

 丘の縁の別動隊。動いていない。

 後ろから倉田の小声が届いた。

 深町は頷いた。情報を頭の片隅に置いた。

 その時、視界の端に動きがあった。

 輪の外れた場所に、母親と子供が座っている。母親の顔色が悪い。最初は立っていたのに、いつの間にか地面に座り込んでいる。子供が母親の袖を引いている。

 深町はすでに動いていた。

「沖」と小声で言った。

「見てます」と沖が答えた。

「静かに行け」

 沖が輪の外を迂回していく。

 交渉が続いている。水無瀬の言葉がアルゴスを通じて流れ、オルソンが答える。深町はその内容を半分意識しながら、沖の動きを目の端で追った。

 沖が母親の横に膝をついた。笑顔で、何か声をかけた。母親が最初は怯えた顔をした。しかし沖が手をかざすだけで何もしないでいると、少し表情が緩んだ。

 子供の方が先に動いた。

 小さな足で、沖に近づいた。沖の装備品を指さした。沖が笑いながら答えた。

 子供が笑った。

 その笑い声が、沿岸の空気を少し変えた。

 オルソンがその方向に気づいた。身体が硬直した。

「何をしている」

 深町が前に出た。

「体調の悪そうな方がいたので、水を差し上げました。それだけです」

 オルソンが確認するように沖の方を見た。子供がまだ沖の周りをうろちょろしている。

 オルソンの顔から、緊張が一段落ちた。

 

第六章 「ずいかく」艦上(同刻)

視点:海江田 ひまり

 現地の映像と音声をアルゴスが送り続けている。海江田は一語も聞き漏らさずに追っていた。

 並行して、別の計算をしていた。

 別動隊は、動いていない。接触の全過程を観察している。そしてこの情報を本国に持ち帰る。別働隊がこの接触をどう評価するか、それが次の外交的変数になる。

「アルゴス、別動隊の構成を推定しろ。騎馬の数と装備から、どの程度の情報将校が含まれているか」

〔映像解析中です。指揮官格と思われる人物が一名。他は護衛と判断されます。情報収集が主目的の小規模偵察組と推定されます〕

「動く気配は」

〔現時点でなし。ただし、接触が悪化した場合に介入する可能性はゼロではありません〕

 海江田は水無瀬への通信を考えた。

 今この瞬間、伝えるべきか。交渉の場に余計な情報を流すべきではないかもしれない。しかし知らせずに何かが起きた場合──

「水無瀬副長官補。交渉を中断せず、ただ頭に入れておいてください。接触地点後方の丘上に、別働隊と思われる観察者がいます。現在のところ動きはありません」

 イヤホン越しに、水無瀬の声が来た。落ち着いていた。

「……わかりました。引き続き状況を」

 それだけだった。

 海江田はモニターに戻った。

 深町が子供のいる母親に沖を向かわせた場面を、ゴーストの映像が捉えていた。

 あれは命令ではなかった。計算でもない。

 アルゴスには予測できなかった動きだ。海江田にも、正直に言えば予測できなかった。

 現地の空気が変わった。オルソンの態度が変わった。

 深町の判断が、交渉の流れを変えた。

 海江田はそれを認めた。認めることは難しくなかった。自分の計算が届かない場所があることを知っているのは、精度の問題だ。弱さではない。

 そして──自分に届かない場所に届く人間が、今日その場にいた。

 

第七章 クワ・トイネ公国・沿岸(午後二時)

視点:水無瀬 千鶴

 交渉は四時間を超えていた。

 オルソンとの間に、いくつかの確認事項が積み上がっていた。互いに敵意がないこと。日本がこの世界に突然現れた経緯の概略。そして今──本題に入ろうとしていた。

「正式な外交使節を、王都に招待したいと思っている」

 オルソンがそう言った時、水無瀬は三秒待ってから答えた。

「光栄です。ただし、一つお願いがあります」

「何だ」

「準備の時間を互いにとれれば、と思います。我々も貴国のことをまだ何も知らない。急いで王都に押しかけることは、礼儀に反すると思っています」

 オルソンが少し意外そうな顔をした。

「……それは、こちらを怖がらせたくない、ということか」

「その通りです」

「しかし、あの島には多くの人間がいる。あの大きな艦も」

「います」と水無瀬は正直に言った。「隠すつもりはありません。ただ、力があることと、力を使う意思があることは別のことです」

 長い沈黙があった。

 オルソンが頷いた。

「……わかった。首長に伝える。返事は三日以内に」

「ありがとうございます」

 水無瀬は深く頭を下げた。外務省のマニュアルにはない所作だったが、何かを示さなければならない気がした。

 顔を上げると、オルソンが少し面食らった表情をしていた。

 それから、口の端を、微かに上げた。

 

第八章 クワ・トイネ公国・沿岸(午後三時)

視点:深町 はやと

 撤収の準備をしながら、深町は子供のことを考えていた。

 沖に水をもらった子供。七歳か八歳。茶色い髪と、丸い目。最後には沖の装備品を指さしながら何かを聞いていた。沖が笑いながら答えていた。言葉が全部通じていたかどうかはわからない。でも、子供の顔は笑っていた。

 小型艇に乗り込む前に、深町は一度振り返った。

 オルソンがこちらを見ていた。

 目が合った。

 オルソンが短く、顎を引いた。武人同士の所作に近いものだった。

 深町も同じように、顎を引いた。

 艇が岸を離れた。

 砂浜で、子供が小さく手を振っていた。

 

第九章 「ずいかく」艦上(同日・夕刻)

視点:海江田 ひまり

 報告書を書きながら、海江田は一つの事実を確認していた。

 丘の観察者は、接触の全過程を見た上で、動かなかった。

 退いた。

 報告の内容を推測する。「日本という国が現れた。クワ・トイネと接触した。言葉が通じるようだ。武力衝突はなかった。脅威か、利用できるか、判断保留」。

 次に別働隊がどう動くかは、まだわからない。しかし動くことは確実だ。

 海江田は別の報告書に目を向けた。

 ドアが開いた。水無瀬が入ってきた。

「お疲れ様でした」と海江田は言った。

「一佐もお疲れ様です」水無瀬は椅子に座った。「別働隊が退いたことを確認しました」

「全部見られていたと思っていいです」

「見られることは想定していました」水無瀬は目を閉じた。一秒だけ。「見せることも、外交です」

「何を見せましたか」

「力があって、使わない選択をしていること。それが一番、信頼の種になります。長期的には」

「短期的には」

「わからない。だから一佐に軍事的な備えをお願いしています」

 海江田はその答えを聞いて、少し考えた。

「今日の接触で、一つ気になったことがあります」

「何ですか」

「深町三佐が母子に沖曹長を向かわせた場面です。命令ではありませんでした」

「ええ」

「あの行動が交渉の空気を変えました。アルゴスには予測できなかった。私にも」

「私にもできませんでした」と水無瀬は言った。「だからあの人を現場に置いています」

 海江田は何も言わなかった。

 窓の外に夕陽が沈んでいく。知らない地平線に、橙色の光が広がった。

「一佐、一つ聞いていいですか」

「何ですか」

「今日の接触を、点数をつけるとすれば」

 海江田は少し考えた。

「六十点です」

「及第点ですね」

「入口を作っただけです。及第点は及第点でしかない。次が本番です」

 水無瀬が立ち上がった。「明日から、次の準備を始めます」

「はい」海江田は頷いた。「ゴーストの偵察範囲を広げます。王都への経路と、その周辺の勢力配置を把握しておく必要があります」

 水無瀬が出ていった。

 海江田はアルゴスに向かった。

 次の計算を、始めた。

 

エピローグ 「あさひ」艦上(同日・夜)

視点:深町 はやと

 甲板に出て、空を見上げた。

 月が二つある。一つは沈みかけていて、もう一つはまだ高い。どちらも丸く、白い。

 海江田一佐から通信が来た。

「深町三佐、今日の判断について確認したいことがあります」

「はい」

「沖曹長を向かわせたのは、私の許可なしでした」

「はい。申し訳ありません」

「謝罪は求めていません」海江田の声は変わらなかった。静かで、短い。「理由を聞いています」

「待っていたら遅かったからです」と深町は言った。「あの母親の顔色が悪かった。子供が怯えていた。それだけです」

「結果として、交渉の流れが変わりました」

「それは結果です。俺は結果を計算して動いたわけじゃないです」

 海江田が少し間を置いた。

「……わかりました。以上です」

 通信が切れた。

 深町は空を見た。

 褒められたのか、注意されたのか、よくわからなかった。でも怒られた感じではなかった。

 三島曹長が隣に来た。

「海江田一佐ですか」

「ああ」

「どんな人ですか。あの人」

 深町は少し考えた。

「やまとの艦長をやってた人だ」

「原潜の?」

「ああ。深海で一人で判断し続けてきた人だと思う」

「……なんとなくわかる気がします」三島が空を見た。「俺たちと同じ匂いがする」

「同じじゃない」と深町は言った。「俺たちは感情で動く。あの人は感情を封じて動く」

「どっちがいいんですかね」

「両方いる」と深町は言った。「片方だけじゃ、届かないところがある」

 月が一つ、雲に隠れた。

 もう一つが、静かに輝き続けていた。

 

【第二話・了】

 

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