とある格式高いレストラン。そこは心得のある客人によるピアノの演奏も合わさり、風情のある穏やかな雰囲気を醸し出す憩いの場だった。
「……あの男か?」
この場に潜む狂人を探るべく、超常犯罪捜査課所属の刑事・照井竜とともに店内へ踏み入った探偵・左翔太郎は、依頼人の女性・リリィ白銀へ人物の照合を要求する。
対象は紳士服を身に纏い、今まさに風情のある演奏を行っている男性だった。
間もなくリリィが頷くや否や、ジャケット内の警察手帳に手をかけた照井は、男性への事情聴取へ向かう。
「警察だ。ガイアメモリ流通の件で訊きたいことがある」
その一言を聞くや否や、鍵盤を叩くようにして演奏を打ち切る男性。
立て、と若干手荒に彼を引き起こす照井へ、見かねた翔太郎が声を上げた。
「落ち着け照井」
照井、とその名を聞いた男性が洩らすと間もなく、照井にとって衝撃的な言葉が叩きつけられる。
「……そうか、照井雄治の息子ですね? 君は」
思い出したように口にした彼の言葉は、照井の頭脳を驚愕で染めるには十分だった。
「なぜ、父の名前を知っている?」
内心では一種の確信を得つつも、すぐに飲み込めずそう訊く照井。
ニヤリと笑んだ男性の様子を訝しんでいたためか、そこに踏み入るもうひとりの人物の存在には気づけなかった。
「その方に何の用です?」
そうノイズ混じりな声とともにこちらへ歩み寄ってきたのは、黒装束の人間だった。体つきから女性であると読み取れたが、黒衣のごとく表情を隠した装いから素性を看破するのは困難であった。
「今、お前に構っている暇は──」
水を差され憤る照井だったが、黒ずくめの女性が取り出したメモリたちを目にするや否や、言葉に詰まる。
「そのメモリは……まさか!」
アルファベットのW状の紋章を記したその3つのメモリに、照井の脳髄はすぐさま沸騰へ導かれる。彼にとっては因縁深いイニシャルだったからだ。
ベール越しに射抜く視線を捉えた彼へ向け、女性は確かめるかのように口を開く。
「私はあの日、修羅へ足を踏み入れた……去年の8月、今でも忘れたことはない」
去年の8月──。それもまた、照井にとって忌まわしき過去を刺激するワードだった。
両親、そしてたったひとりのきょうだいの刻を、冷気を操る怪物によって氷漬けにされたあの日が、彼の脳裏に想起される。
「貴様が俺の家族を……許さん、許さんぞ!!」
目の前の女性こそが倒すべき怨敵である、と解釈した照井は、先ほどまで問い詰めんとしていた男性を手荒く放すと倒すべき仇に詰め寄る。
「……許されなくとも結構」
そうわずかに呟いた女性は、手にしたメモリたちのボタンをひと息に押した。
『Winter』『Watt』『Water』
間もなく3つのメモリを上に放り投げた彼女は、左腕の袖をまくると同じ数の生体コネクタを露出させる。
すると、そこへ吸い込まれるように落下したメモリたちは、確かに女性の肉体へ挿入され、その身を異形──ドーパントのそれへと変えた。
「うああっ!」
変身に伴うエネルギーの奔流によって吹き飛ばされる照井。
するとパニックに包まれた店内は、逃げ惑う人々の悲鳴で埋め尽くされた。
「……ハァッ!」
混沌とする客を尻目に、ドーパントはリリィらへ腕を突き出すと冷気を放った。
「変身!」
急いで懐からドライバーを取り出し自身のガイアメモリを差し込んだ翔太郎も、異形へ姿を変える。
この街──風都において『仮面ライダー』と呼ばれるヒーローへ。
その身を盾にして依頼人を庇う彼だが、やがて背中への冷感が消えたと認識し振り返ると、雲状となったらしいドーパントが店外へ飛び出していくところだった。
「待ちやがれ!」
見逃すはずもなく駆け出した翔太郎。
やがて彼が行き着いた先は、スタジアムの外周だった。
「どこ行ったぁ……?」
独りごちながら辺りを見回していると、ふと振り返った一瞬で掌底が翔太郎の眼前へ迫る。
「うぉっ……!」
初撃をまともに受けながらも、立て直すと回し蹴りを繰り出す翔太郎。
拳をいくつか突き合わせると、やがて互いに隙を伺う膠着状態に陥ったそのとき、あるメモリ音が響く。
『JET』
間もなく飛んでくるエネルギー弾。一飛びでかわしたドーパントを尻目に、翔太郎が隣を見やれば、赤き戦士が姿を現していた。
「振り……切るぜ!」
そうものすごい剣幕で吠えるのは照井──もとい、仮面ライダーアクセル。
愛剣・エンジンブレードを携える彼は、いま怨敵とみなした相手へ突貫する──。
──エコの街、風都市。
この町を愛する男が構える、とある探偵事務所に依頼が舞い込んでいた。
「周辺警護……か」
依頼内容を復唱した探偵の声が、低く響き渡る。
「はい、家の近くで妙な人がいて……こちらを見るなりニヤついて帰っていったんです」
それから怖くて気が気でない、と続ける女性に、探偵は考え込むように顎に手を添える。
「わざわざ警察に行かなかったのは……どんな理由だ?」
公的な機関でないこの場で要求するには、コストパフォーマンスが釣り合わない内容だ。経費にバックアップがない彼らへの依頼は、決して少額ではない費用を要求される。
それでも頼ってくるとなれば、表沙汰にしたくないか、それとも──。
「……その人、片手に変なメモリのようなものを持っていたんです」
──特級の訳ありであるか、だ。
「確か……ガイアメモリ、というのがこの町に出回っているんですよね」
その一言で、探偵の目の色がわずかに変わる。
人を怪物に変えるというそのアイテムは、警察と言えど太刀打ちできず、平和に生きる人々にとってはまさに脅威。
しかしこの町には、そういったガイアメモリ周りの事件を扱える手段が存在していた。
「見たものがそれであるかはわかりませんが……ここはガイアメモリにまつわる事件が集まる場だと聞いて来たんです。心配性な私のためと思って、引き受けてくださらないでしょうか?」
町にひしめくガイアメモリ事件の駆け込み寺、それがこの探偵事務所……もとい、『鳴海探偵事務所』である。
「ああ、お嬢さん。その依頼……引き受けたぜ。このハードボイルドな男の中の男……おやっさんと、左翔太郎がな!」
芝居がかった口調で横槍を入れるようにしたのは助手・左翔太郎。
その振る舞いは師や知人に半人前と揶揄されることが多いが、初対面の相手には十分に様になるよう映る。
「そう言って頂けて安心しました。是非お願いします、鳴海さん、左さん」
安堵したように返す女性に、キマッた、と内心でガッツポーズをとった翔太郎だったが、彼が師事するおやっさん、もとい事務所所長・鳴海荘吉にはたかれ沈黙する。
「ともかく、平凡な探偵の手でよければ、いくらでも差し伸べさせてもらおう……名は?」
間もなく気を取り直すように咳払いをした荘吉は、ここに来て依頼人へそう言葉を並べた。
「照井春子……それが私の名前です」
「……これで、第一段階はクリア」
事務所を出た女性は、改めて安堵したように独りごちた。
「あのワードを出せば断りはしない、わかってはいたけど」
町にひしめく悪魔の小箱、ガイアメモリにまつわる事件を専門に扱うのが、彼らのポリシーであることは周知の事実だった。
それでも、すべてを終えた後に安堵が生まれる程度には、彼女が緊張感を持っていたのは訳があった。
「……まだ、死を免れるには足りないかもしれない」
これから起こる出来事が、自分の生死を左右することを知っていたからだ。
彼女──照井春子には、一度死を経験した人間の精神が内包されていた。
この世界はあくまで創作上のものであること、自身がその世界の辿る物語の鍵となる人物に近しい存在であること、そして自身が一家惨殺事件の被害者となること──それを思い出しておきながら、何もせずにいられるほど彼女は図太くなかったし、仮初でも再び授かった命を手放すことを望んでもいなかった。
「どうすればいい、あいつは……井坂はどう仕掛けてくる」
そう思慮に耽るべく呟いた名は、正に自分を死に至らしめる怨敵のそれだ。
井坂深紅郎──後にウェザー・ドーパントと呼ばれるその男は、前述した事件の下手人である。
先ほどは「家の近くで見た」と吹いた彼女だが、実際のところ何の足取りもつかめている訳ではなかった。
「……もう一手、欲しい。けど、これ以上どうすれば」
スペアプランなど、あればあるほどよい。しかしこれ以上の案を、彼女には絞り出せなかった。
「同じステージに上がれれば、あるいは──?」
ふと、自身もガイアメモリを扱って立ち向かえば、という考えがよぎる。それは肉体のみならず、心すら喰われかねない選択肢だった。
されど、命を落とすことと比べれば? 怪物と成り果てる
「──まさかね」
馬鹿げた考え、と一蹴するほんの少し前に、彼女はある光景を見る。見てしまう。
「へへ……こちとら売人なんだ、メモリなんざいくらでも──うぁっ!」
通りがかった路地の向こうに見た、紳士服の男が撃たれる瞬間。
口ぶりと服装からして、彼らの正体には心当たりがあった。
「──ミュージアム」
それは、この街のヒーローに立ちはだかる敵の総称。
ここ風都に、ガイアメモリをばら撒く存在だ。
「追え!」
先ほどとは別の男性の声も聞こえ、反射的に身を隠して盗み見てみれば、撃たれた売人と思しき男性は何かしらの裏切り行為を働いて処分されるところだったのだろうと察せられた。
彼が手に持っていたメモリとアタッシュケースは、他にいた紳士服の男、もとい怪物に銃撃され手を離れると、すぐさま彼らに回収され、その場を後にしていった。
「……もう居ない」
興味を覚え現場に足を踏み入れてみれば、すでに彼らの姿はなかった。
ただし、周りを見回すうちに、あるものが彼女の視界へ映る。
「これって……」
地べたに転がる、アルファベット状の紋章を記したメモリを目にし、思わず手に取る。おそらくアタッシュケースから零れたものだろうか。
──もう一手、欲しい。
先ほど願ったその望みを思い起こし、頭の中で何かを天秤にかける。
それを持ち帰る決断を下すまで、そう時間はかからなかった。
おやっさんが退場するビギンズナイトが具体的にいつの出来事なのかよくわかってないので、なんとなく照井家の事件のあとだったということにしています。もしそうじゃなかったらこの小説が消えるときなので悪しからず。
書き出したときは続ける気マンマンで引きを作ったのですが、今となっては先が出るかまったく不透明です。