白い新妻の憂鬱   作:南天 ヤスカド

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白い新妻と夫の名前

結局配信による収益の分配は

夫婦が7、友人たちが3ということで手打ちとした。

 

「なんで俺まで…」

「原因お前だし」

「…手が止まってるぞ二人とも」

同期の男性陣3名は檮原の部室のドアを修理する。

 

部屋の主は部屋の窓の外、娘と遊んでいる。

 

「俺も家帰りたくなってきたなあ…」

その様子を見て家が恋しくなったらしい。

「ドア直してからだぞ貞ちゃん」

「お前にわかるか、忙しすぎて娘に顔を忘れられた上

 娘がいつも遊んでくれてる母方の

 おじいちゃんの方をパパって呼び始めたときの

 俺の気持ちが」

「ほら、直したら帰っていいから」

「下の子はさ、幼稚園で翔君て子が好きなんだってさ。

 パパ許さないよ?まだ早いよ?」

「落ち着いてパパ」

「お前にパパと呼ばれる筋合いはないっ‼」

急に掛かり気味になった友人をなだめつつ

ドアの修理を終える。

 

「…さて、残る問題はお前の

 下半身のコンディション不良か」

「あれ?お前ひょっとしてイップスなの?」

「聞いたことないよそんなのにイップスあるの!」

 

この会話の部分が配信されなかったことは幸いだ。

おそらくさすがに友人たちはそんなことはしまいが。

 

「いや、もうええてそれは…」

顔を真っ赤にしてタマモクロスはうつむく。

相談はしたものの冷静になると

第三者に夫婦の営みの話をされるのは

恥ずかしくなってきていた。

「いやあ、こっちは乗りかかった船だしよお。

 旦那の性癖と気持ちはわかったしな。

 まあこの際だ、旦那、手ぇ出さねえ理由があんなら

 説明してやりゃあいいんじゃねえか」

 

夫はちらりと妻を見る。

「理由…聞きたい…」

遠慮がちに妻は答えた。

 

幼児体形だからとか色気がないと

言われるのも覚悟の上だ。

夫は決してそういうことを

自分に言わない人だとわかっていても、

タマモクロスは女性として自分にまだ自信がない。

 

「…タマは未だに家でも俺を

 『トレーナー』って呼ぶじゃない。

 そう呼ばれると……やっぱり

 そういう気になれないんだよ俺の場合」

 

夫婦ではなくトレーナーと担当ウマ娘の関係から

変わっていない感覚に陥るのだ。

 

以前から家では名前で呼んでほしい、

とタマモクロスには伝えてはいたが

どうしても照れてしまって呼ぶことができず、

これまで通り「アンタ」もしくは

「トレーナー」と呼んでいた。

 

「でも、呼びづらいなら、しかたないから」

夫は強制はしたくないようだ。

 

「あー………そういう……」

小宮山が大きく頷く。

 

悪友2人も顔を見合わせ頷き合っている。

「おう、そういうことか。話変わってきたな……」

イナリワンが頭を抱えた。

 

「……タマちゃん、それはちょっと……」

「タマ、もうトレーナーじゃなくて旦那さんだぞ?

 トレーナーって呼ぶのは変じゃないか?」

「……あかんの??」

「あたしだってもううちの人を坊と呼ばねえよ?

 たまについ呼んじまうけどサ」

イナリワンは夫を「太郎さん」もしくは

「お父ちゃん」と呼んでいる。

「じゃあ勝負服で誘ったのは

 逆効果だったんじゃねえか?」

「うう……」

「ああなんかいつだったか勝負服着て……

 そんなことまで話したの??まったく…。

 ……勝負服なんてそれこそ俺、

 仕事モードになっちゃうよ」

 

そういう趣味のやつもいるだろうけどね、と

彼はため息をついた。

 

「タマの字、女房として扱ってほしいなら旦那を

 いつまでもトレーナー扱いしてちゃあいけねやな」

「そうだよタマちゃん、この人

 仕事とプライベート、バッサリ切り分ける人だから」

 

「…そっか……せやな………」

ぴょこん、と立ち上がると夫を見つめる。

 

「………………克巳さん」

 

上目遣いで、頬を染めて、小さな声で、

だがはっきりと夫の名を呼んだ。

その仕草はあまりにも

初々しくて可愛らしくて可憐であった。

 

「や、やっぱり恥ずかしいわ。

 でもこれからはそう呼ぶことにする」

 

 

「よかったなトレーナー……どうした?」

「ほら返事をしてあげなくちゃ………トレーナーさん?」

 

反応がない。

 

「ちょっと、タマちゃん頑張ったでしょ!…ん???」

「おい、どうした?返事しろって」

「……旦那、まさか………!」

 

エイジがタマモの夫の顔を覗き込み、首を振る。

 

「…コイツ……立ったまま…目開いたまま

 気絶してる………」

 

「ちょ、どないしたんや??」 

 

タマモクロスは夫を揺さぶる。

「…………はっ……タマ…!!…いかんいかん…

 …白昼夢見てた……

 ……中京レース場のはずなのにコースを

 ウマ娘じゃない四つ足で首の長い動物が

 人を乗せて走ってたわ……」

 

意識が何やら飛んで行っては

いけない場所に飛んでいたようだ。

 

「で、なんだっけ、ああそうだ、

 名前で呼んでほしいなって話ね」

 

「………旦那!?前後の記憶なくしてねえか!!!???」

 

「…せやから呼んだやろ?克巳さんっ、て」

 

「…タマモクロス…!」

熱のこもった視線でタマモクロスを見つめ

その髪をなで始めた。

 

「……ひゃんっ!?」

 

 「人情の街大阪に生まれた女神

  気高く美しく聡明で唯一無二

  髪はシルク 瞳はアクアマリン

  立てばビーナス走れば稲妻…

 Wind or light…

  大地が彼女のキャンバスとなる……」

 

夫は急に何かぶつくさと言い始めた。

 

「あいつ詠唱始めやがった…

 もうだめだ手遅れだ、エイジ」

「あれ別のウマ娘の混じってない?」

 

 

「…克巳さん?大丈夫なん?」

「おっふ」

 

夫は変な鳴き声を出して今度はぱたりと

仰向けに倒れ込んだ。

 

「だめだタマの字、旦那にゃあまだ名前呼びは

 刺激が強すぎたみてえだ」

「あらあら、困りましたね…」

「タマの魅力を至近距離で受け続けて

 蓄積してたものがさっき名前を呼ばれて

 許容量を超えたのかもしれない」

「うちはアレルゲンかなんかか!?」

 

と、言うよりは「トレーナー」、

と呼ばれていた間は

その言葉によってフィルターがかかっていて

耐性があったのだろう。

 

「それを取り払ったわけだものねえ…」

小宮山がしみじみと言う。

「とりあえず坂路一本行っとくか」

「なんでも坂路で解決するわけじゃないよ貞ちゃん」

本人は鼻血が出て意識は失っているものの

実に晴れやかな顔である。

 

「ドア直していただいて…何があったんですかこれ?」

檮原にしたら部屋に戻るなり

鼻出血した意識のない男がいた状態だ。

イナリワンはその顔を覗き込む。

「旦那……なんて幸せそうな顔で死んでやがんだい」

「起きてー!!うちは未亡人になるのは嫌やー!!」

「………はっ………ごめんよタマ…

 自分で言っといてなんだけど………

 これ破壊力ありすぎだね………

 致命傷で済んだよ…」

 

すっかり忘れていたがタマモクロスはじめ

ウマ娘は全員絶世の美女ぞろいだ。

 

「うちにどないせえっちゅうねん?????」

 

トレーナーと呼べば萎えるというし、

名前を呼べば気絶する。

 

「ごめんね、君の魅力には耐性が

 ついてたと思ったのに

 それを超えてきたよ。

 克服できるように頑張るね」

鼻血を拭きながら夫は苦笑する。

 

「……ともかくよお、ちゃあんと、

 どころか、誰よりも旦那がタマの字を

 いい女として見てるこたぁわかったじゃあねえか」

イナリワンがむくれるタマモクロスをなだめる。

 

「んもう、いけずやなあ克巳さんは…」

上目づかいで拗ねたように言う。

 

「ぐはあっ」

 

夫は今度は前のめりに倒れた。

その様子を見て友人たちは、察する。

 

「おい、立てるか」

「エート、タッテハイルンダヨ」

「…そういう時は因数分解だぞ」

「俺はこういう時のために円周率暗記してるー」

「寿限無を脳内で唱えますね…」

なぜか男性陣の結束が高まっていた。

 

「おかあしゃん、おいしゃんどちたの?」

しぐながきょとんとしている。

「おまえにゃあまだ早いよ…」

遠い目で母は答えた。

 

「ホンマにどないしたんやろな?」

「よくわからない…」

芦毛二人もきょとんとしている。

 

「おめえさんたちも幼児と同じ反応かい…」

 

全くわかってない芦毛たちの一方で

スーパークリークはすでに

かわいい赤ん坊の気配を察知したし

小宮山はただただ長距離が得意な

タマモクロスのスタミナに望みを託すだけだった。

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