「ん………今何時や…?」
けだるい体を動かしてもぞもぞと布団から腕を出し
枕元の時計を見たとき、
タマモクロスは時間が巻き戻ったのかと思った。
「………7時……?」
外は明るいので朝の7時である。
「ええと……ウチらは
昼過ぎに帰ってきたはずやで…?」
家に帰ってきた途端に夫が
かかり気味になったその後………。
「────っ!!!!!!!!!」
その後の諸々を思い出し思わず
タマモクロスは毛布を被る。
なんやかんや色々諸々と
こねくり回されて時間の感覚が失せ、
そのうち意識が飛んだようである。
しかし、隣にその諸々を
やらかしてくれたはずの
夫の姿はない。
このところ、夫は朝、妻が起きるより
早く出かけて行っていた。
朝、隣にいないのは日常になっていた。
「……夢やったんかな?
ホンマに時間が巻き戻ったんか……?」
毛布の中で、少し寂しさを感じる。
すぐ脇の、すでに温もりを
失ったシーツを撫でていると
静かに、寝室のドアが開く。
「…………タマ?起きた?」
「………アンタ……」
夫が、いた。
なんだかつややかな顔をしている。
「おはよう」
「おはようさん……なんかご機嫌やな」
「そりゃあもう。朝ごはんどうする?
軽めにロイヤルビタージュースにする?
持ってきてみたけど」
「軽くないわあ!朝から嫁に
罰ゲーム飲料飲まそうとすなあ!!」
清掃を放棄した水槽の水のように真緑で
生物に悪影響しかなさそうな液体である。
起きがけの嫁にそれを持ってきたのは
100%彼の善意ではある。
そういった場合のチョイスに
壊滅的にセンスがないだけだ。
「じゃあこれ俺が飲んどくね。………
…うげっ…タマ、これ府中の芝2400mの
スタート地点の芝の味がするよぉ…」
「なんでそんなピンポイントな場所の
芝の味知っとんねん!」
「うーん、なんでだろう……
でもなんだか胸がシクシク痛むなあ」
夫の体力が回復し、やる気が下がった。
「…ところでアンタ、なんでおんの???」
あまりの不味さと存在しない記憶のせいで
眉間にシワを寄せる夫に問うた。
「なんでってここ君と俺ん家だし……」
「そうやのうて、仕事は?」
「今日は休みもらったよ。
チームはブライアンに任せたし。
元々、君も休みでしょ今日は」
ナリタブライアンは現在、夫のチームで
サブトレーナーとして研修中だ。
将来的には彼女は海外でトレーナー業を
展開するつもりらしい。
「上も年休使えってうるさくてさ。
仕事やたら寄越すくせにねえ?」
実際、彼は年休がかなり余っていた。
トレーナー業など労働基準法が
あってないような仕事ではあるが、
一応はトレセン学園の教職員という扱いだ。
「せっかく平日休みだしどこか遠出しようか?
甲府あたりまで行って日帰り温泉とか」
「元気やなー……まだ頭回らへんわ…」
体の奥にまだなにかあるようで
意識がぼうっとする。
ベッドに腰掛けた夫にくてん、と妻は頭を預けた。
体が熱っぽいのが相手の熱の余韻なのか
自身の熱なのか、よくわからない。
夫は妻の頭をよしよしと撫でた。
「んー…ごめん、ちょっと俺がっつき過ぎた。
給料3カ月貯めて指輪買うとか言うけど
その点俺は性欲3カ月貯めてたからね」
「すごいキメ顔で朝から言うセリフちゃうわ」
昨日のかかりまくった状況を考えると
彼はよく自分を律していたものだ。
その精神力には妻も素直に感服する。
「………ん?それ…」
うげうげ言いながらも
なんとか空にしたコップを
サイドテーブルに置く
夫の背中に引っ掻き傷を見つける。
「……あちゃー……やってもた。
ごめん、ウチ引っ掻いてもうたみたいやわ…」
その背中にそっと触れる。
「え?………ああ、気にしないでいいよ」
夫はルームウェアにしている
スウェットを履いてはいるものの
上半身は裸であった。
筋骨隆々、とまではいかないが
そこそこいい体つきだ。
妻はもう見慣れてはいるものの、
昨日の彼を思い出し今はやや照れくさい。
「…その、なんか羽織ったら?目のやり場に困るわ」
「……それはこっちのセリフなんだけどなあ」
「ふえっ!?」
ふと妻は自分の格好を見る。
「……ひゃあああああ!!」
一糸纏わぬ姿であったことにやっと気づき、
頭から毛布を被った。
白磁のような肌には
無数の痕跡がつけられている。
「こんなに跡つけてっ…
お互いに温泉なんか行かれへんわこんなん!」
「虫食われってごまかせば大丈夫じゃない?
俺は猫に引っかかれた設定でいくから」
「ウチは猫かい!!」
毛布ごと丸まって
威嚇する姿は猫のようではある。
妻が被っている毛布に夫も潜り込んできた。
「ここと…この辺にも跡つけたかな」
彼女に自分がつけた跡を指で辿る。
「…あっ…ホンマに元気やねえ
このでっかい虫は………んんっ」
深い口付けを交わす。
「………うん、芝の味言われたらそんな気ぃする」
「あはは、そうだったあれ飲んだばっかりだった。
やる気下がった?」
妻は返事の代わりに、夫の耳元で彼の名を囁く。
その反応にモチベーションは上々、と判断する。
「どこにも出かけないで、
一日中こうしていようか」
「……さすがにそれはウチが持たんわ。
一緒にお出かけもしたいし。
………せやな、虫刺されでごまかそか。
誰かに聞かれたらでっかい虫が出たって言うわ」
たしかに温泉は魅惑的だ。
二人とも温泉巡りは好きだが、
久しく行っていない。
「俺はうちには白くて綺麗でかわいいけど
すぐひっかく気性難の猫がいますって言おう」
「誰が気性難や!」
タマモクロスははむっと彼の肩口を甘噛する。
肌に当たる八重歯の感覚がなんともこそばゆい。
「うーん、ひっかく上に噛む
白猫にはお仕置きが必要だね?」
「…温泉行くならあんま跡つけんといてな?」
「………さあ、どうしようかな?」
夫はにんまりと、少し悪そうな笑顔を見せた。