卒業後、大阪に戻ったタマモクロスが
一定の競走成績を収めたウマ娘に許可される
特殊指導員研修のために久々に
トレセン学園に戻ってきたのは3年振りのことだった。
「久々に来たなあ~。懐かしいわ」
真新しいスーツに身を包み、通用門を
くぐろうとしたところ先客がいた。
「しかし、入校予定も届けられておりませんし…」
「そこをなんとか…」
トラックが通用門で警備員に足止めを食らっている。
「なんやなんや、どないしたんや」
「あなたは…タマモクロス?」
警備員が驚いたように彼女を見た。
タマモは職員証を高らかに見せ、
職員通用口の入校用
セキュリティーキーにかざす。
「認証」の青ランプがついた。
「おう、今日からまた世話になるわ」
「教官も喜びます」
警備員たちは彼女のトレーナーを教官と呼ぶ。
URA各施設の警備隊の最高峰
「空挺部隊」のOBで一線を退いたとはいえ
未だに時折警備部隊の指導に当たる立場なのだ。
「…あれ、アンタは…」
ふとトラックを見れば、
ウマ娘のライブで機材運搬をする
業者のトラックではないか。
運転手もタマモクロスの知っている人物だ。
「いつものおっちゃんや。
入れてやったらええやん。
ウチ知っとんでこの機材屋さん」
運転手がほっとした表情になった。
「しかし…」
「なんや、融通利かんなあ。
…ウチのトレーナー知っとるくせに?」
「はあ…そうおっしゃるなら…」
警備員はちらり、と詰め所にいるもう一人を見る。
中の警備員がうなづいた。
「…ではこちらに、業者名と代表者のお名前を」
運転手の、入校手続きに署名する手が
震えていることにタマモクロスは気が付かなかった。
トラックを尻目に彼女は
歩き慣れたトレセン学園の敷地に
足を踏み入れた。
─ん?なんや?
何か、違和感がある。
周囲を見渡すが誰もおらず、
景色にも特に変わったところはない。
だが、誰かに見られているような気もする。
気のせいやな、と再び歩き出すと
背後からトラックのエンジンがかかる音がした。
「執行!!!!!!」
その刹那、どこからか理事長の号令がかかる。
木の陰、建物の隅、マンホール、
ありとあらゆる場所から
漆黒の制服を着た「警備員」が飛び出してきて
発車しようとしたトラックを取り囲んだ。
いつの間に配置されていたのか。
黒ずくめの男たちの群れの中から
鮮やかな黄色い服の男が
鞭をくるくる回しながら
トラックの前に立ちふさがる。
「!…トレーナー⁉これ、なんなん?」
彼はちらりとかつての自分の
担当ウマ娘を見たが、返事はしなかった。
「…ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」
感情豊かな方であるこの男が
平坦で静かで、一切の感情のない声色で
運転手に声をかける。
お前たちに一切の感情を向ける必要がない。
怒りすらも。
そう言わんばかりの無感情な声だ。
「いえ、我々は…」
運転席の男が怯えたような愛想笑いをする。
「例外はない。理事長でもだ」
「その通りっ!昔母様が夜間に身分証を忘れて
あなたに足止めされてたなっ」
彼の後ろからひょっこりと
理事長が顔を出した。
「あのときはクビ覚悟でしたよ……」
トレーナーになる前の
若き日、警備担当だった際に
身分証を提示できなかった
前理事長を規定通り足止めした。
他の学園関係者からは解雇等の
重い処分にする声もあったが
前理事長自身は
「天晴‼誰であろうと特例を許さぬ
その心意気こそが生徒の安全を守る
鉄壁の防御となるのです!」
と感激し、解雇どころか特別手当を出した。
「危ないのになぜ来られたんですか?
俺がたづなさんに怒られますよ」
「あなたがいるなら危険ではないっ!
久々に『執行』と言ってみたかったしなっ」
─信用してくれるのは結構だが
余計な仕事が増えるんだがなあ。
とはさすがに口には出さなかった。
「エンジンを切って。
荷台を確認させていただきますか」
助手席の男に警備員が問いかける。
「ちょっとそれは…シークレットライブ用の
機材でして…当日までは関係者以外は…」
「ならばお帰りください。
所定の手続きをされてない車両を
入校させるわけにはいきません」
黒ずくめの男たちはトラックの前から動かない。
「………おい、轢いちまえ!!
俺達は正しいんだ!!でないと…」
そうわめく助手席の男の首筋に
運転席側から鞭が突き付けられる。
「ちょっと事務所まで来ていただけますか?」
いつの間にか運転席に先ほどまで
トラックの前に立ちはだかっていた
黄色い服の男がいた。
「い、い、いつの間に…
畜生…!こうなりゃ道連れだ…!」
助手席の男は胸ポケットに手を入れる。
「ひいっ…!」
既に警備員に保護されていた
運転手の男は頭を抱えて固く目を瞑った。
「…あれ?あれ…?起爆スイッチは……?」
「探し物はこれ?」
運転席にいるトレーナーの手には
リモコンのようなものと鍵が握られていた。
「返せ…っ!」
そう掴みかかってくる男の顎を
トレーナーは鞭の柄の部分で
かち上げて黙らせる。
「もう大丈夫ですよ」
運転席から降りながら、
先ほどより幾分か穏やかな声で外で
うずくまる運転手に声をかける。
「…!!ありがとうございます…っ
…申し訳ございませんでした…!!」
運転手は安堵したように泣き崩れた。
首に巻いていたタオルをとると、
物々しい機械が取り付けてある。
「…これは爆弾だと…
言うことを聞かないと爆破させると…」
ライブの機材運搬の打ち合わせと称して
やってきた男に急に殴り倒され、
気が付いたら首に爆弾だというものが
巻かれていたという。
意識が戻った助手席の活動家は懲りずにもがく。
「離せっ…!ウマ娘をレースという
虐待から開放しろおおおおお!」
どうやらその手の過激な活動家のようだ。
だが屈強な「警備員」たちの前では
無駄な抵抗以外の何物でもない。
運転手は警備部隊の事務所に、
活動家は「警備会社」の車に乗せられ連行された。
「さて、通用口担当者」
「はい」
観念したように二人の警備員は
「教官」に対し姿勢を正す。
「入校許可証も身分証もない車両や人物に対して
どうしろと俺は教えた?」
「…『例外なく排除せよ』と教わりました」
「その通りだ」
トレセン学園が災害時の避難所として
解放されたとき以外は常に適応される鉄則である。
「…だがすぐ俺に連絡してくれたのは良かった。
時間稼ぎもできた。
とっさによく二人とも判断できたな。
まあ、口頭注意のみで済むだろう。
…どちらかと言えばこちらに非があるみたいだしな」
ゆっくりと、彼はタマモクロスの方に向き直る。
「タマモクロス」
その声とその視線に
タマモクロスの血の気が引いた。
さっき運転手に話しかけたときと同じく、
声色はゾッとするくらいに感情がない。
その視線も、いつもの温かいものでなく
時折見せる熱さも、ない。
レースを見つめる時の鋭い眼差しとも違う。
氷のような、いや氷のほうが温かいではないか、
そう思わせるような視線。
─この人、こんな目、するんや。
敵意や怒りの方がマシだ。
「…君、通すのに俺の名前出したんだって?」
「……それは、その」
「何したか、わかってる?
止められたからよかったけどさ。
今日は久々に君に会えると
楽しみにしてたけど…残念だよ」
「……ごめんなさい………」
「彼女からも事情を聴いて」
リーダーらしき警備員にトレーナーは言った。
「しかし……」
「侵入を許すきっかけになったのは事実だ。
誰であれ例外はない。そうだろう?」
「了解」
「警察への対応等は君たちに任せる。
……理事長、行きましょう」
そう理事長を即すと彼はくるりと
背を向けて校舎のほうへ歩き出した。
「……!!」
思わずトレーナーを呼び止めそうになったが、
タマモクロスは声が出なかった。
見慣れたいつもの背中が遠くなっていく。
「良いのか?タマモクロスは……」
気遣わしげに理事長がちらりと
警備員に連れて行かれる
タマモクロスの方を振り返る。
警備員たちもさすがに
彼女には気を使っているようだ。
彼は大きくため息をついて首を振った。
「例外は、ありません」