報道ヘリだろうか、
上空をずっとヘリが旋回しているようだ。
「失礼いたします。お連れしました」
「おう、入れ」
呆然自失の状態のタマモクロスが
警備員に付き添われて
入った部屋には隊服を身につけた老人がいた。
一見好々爺といったところだが、眼の奥の光は鋭い。
「やあ、白いお嬢ちゃん。そこ座んな。
初めまして、になるのか。
うちの不詳の弟子が世話になったな」
「…不詳の弟子…?」
タマモクロスは首を傾げた。
「お嬢ちゃんのトレーナーは俺の弟子だよ」
「‼ほな、『マムシ酒のお師匠さん』??」
「良く知ってるなあ」
トレーナーには二人の師匠がいる。
一人は既に故人で、
トレーナーとしての師匠であり、
あの特徴的な服の意匠の継承元である。
もう一人が空挺部隊で彼を指導した
「厳しいなんてもんじゃない」
というこの老人だ。
「あのちび猫がG1トレーナーとはなあ」
「ちび猫…」
「なにしろちっちゃくてすばしっこくて
落ち着きがなかったからな」
さて、とタブレットを取り出すと老眼鏡をかけた。
「…お師匠さんが事情聴取するん?」
「おう。怖がらなくてもいい。
あいつにゃあ俺は怖いじじいだって
聞いてるかもしれねえが
叱られんのは単にあいつの出来が悪いからだ」
くっくっく、と老人は笑いながら
タブレットに映し出される先ほどの
トラブルの内容を確認する。
「ほうほう…こりゃあやっちまったなあお嬢ちゃん」
ちらり、と上目遣いでタマモクロスを
睨み上げる目は相応の迫力がある。
それこそ、マムシに睨まれているようだ。
タマモクロスは言い訳もせず素直に話した。
運転手は顔見知りだったこと、
知っている業者だったこと、
渋る警備員にトレーナーの名前を出したこと。
「…ウチ、どないしたらええんですか?」
「まあ特に処分はないだろうなあ」
「…え?」
「処分なしなのになんだか浮かない顔だな。
まあ、処分が出りゃ、それでいいわけになるもんな。
処分されたんだからもう問題ないって、よ」
「…それは…」
「まあ、一番悪いのはあの活動家ではあるが
お嬢ちゃんも誰かに罰を与えられるのを
待つんじゃなく自分から反省しないとな」
「…はい」
おそらく、トレーナーにとっては
一番やってほしくなかったことだったろう。
トレーナーになる前から
ウマ娘を守る役目を果たしてきた
彼の矜持をタマモクロスの行為は
真っ向から否定したようなものだ。
「…時効だけどあいつもなあ、中坊の時に夜、
中京レース場忍び込みやがってよ」
「…え?」
トレーナーの地元は中京レース場に近い。
トレーナー志望の小柄な少年は
少しでも夢に近づきたかったのか、
頭より行動が先になり
近所のレース場に忍び込んだ。
当時中京レース場警備部隊にいたこの師匠と
その部下たちが追跡したものの、
なかなか捕まえることができなかった。
「これがまあすばしっこいのなんの。
俺たちの追跡をかいくぐるとは
見込みあるってんでうちで貰ってなあ。
トレーナーなりたいっていうから
その勉強もさせてやるって条件でな」
小さい癖に負けん気は強く
体力も身体能力も高かった。
「うちは訓練で1週間、一人で無人島に
着の身着のままで置いてくるのがあるんだけど
俺すっかり忘れて無人島に
あいつのこと1か月放置しちゃってさあ!
いやあよく生きてたよ、あっはっは」
「笑いごとやないのでは…?」
そういえばタッカーブラインの
無人島プロジェクトに参加するといったとき、
チベットスナギツネみたいな顔になっていた。
その後何かあるたびに
「─素人は黙っとれ─」
「無人島ってのは遊びじゃないんだよ」
「リゾート気分で過ごせるのは無人島じゃない」
「すごくまな板だよこれ」
「人権とか存在しないんだよ本当の無人島には」
「俺が本物の無人島を教えてやる」
等、死んだ魚のような目で呟くことがあったが
そういうトラウマがあったのか。
ドアがノックされた。
「おう、来た来た。入れ」
「…師匠‼」
入ってきたのは、トレーナーだ。
「トレーナー…」
タマモクロスはまともに彼の顔が見られない。
先ほどのような冷たい視線で
また見られるのではないか。
そう思うと俯いてしまう。
「よくわかったな」
「あんだけ派手に上空から降下してこられたら
さすがに気づきますよ」
「大規模テロだったらまずいから
上空まで来てやったんだろうが。
ついでに降りてきただけだ」
「ちょっと散歩行こうかみたいな気分で
パラシュート降下するのやめてくださいよ。
良くパラシュート開けましたね。
言いたかないけどもうお年なんですから
無茶はやめてください」
先ほどのヘリは報道でなくURA空挺部隊だったようだ。
「言ったなちび猫」
「師匠も身長そんな変わらんでしょうが」
「無人島に1か月置いといたら泣いたくせに」
「誰でも泣くでしょうそんなん。
俺まだあの時18なったばっかですよ?
無事だったからよかったけど!」
どうやら師弟の仲は良いようだ。
「事情聴取は終わりだ。帰んな、白いお嬢ちゃん。
ほれ、エスコートしねえかバカ弟子」
「…それはできません。これから
先ほどの件に関連した臨時理事会に出るので」
「ほーん、じゃあそれ俺も顔出そうかなあ。
ほら俺、警備の最高責任者だし」
「そんな急には…」
スマホを取り出すと誰かに電話をかけはじめた。
「もしもしやよいちゃん?
マムシの隊長さんだよー。
臨時理事会出ていい?OK?ありがとね~」
「…今の…ひょっとして理事長…?」
電話の相手はトレセン学園理事長、
秋川やよいだったようだ。
弟子があきれたように頭を抱える。
「師匠…これではタマに示しがつきません」
「やよいちゃん本人に了承を得て筋通したろ。
…いいか白いお嬢ちゃん、
コネってのはこういうもんだ。
本人の知らねえとこで名前出すことじゃねえ」
スマホを胸ポケットにしまうと
「マムシ」はにやりと笑った。