トレセン学園の近くの商店街の片隅に
「寿司政」がある。
トレーナーが経営するとあって
客もトレセン学園関係者が多い。
店の奥の個室は、学園内では
話すことがはばかる
内容の会話をする場となっていた。
「うああああああああああああ」
「結局、爆弾は嘘だったんだな。
積荷の方も危険物でなくて廃材だった」
「でもさあ、脅された人にすりゃ
そんなんわかんないでしょ。
すっげえ怖かったと思うよ」
「うおおおおおおおおおおおお」
「そりゃそうだ。学園も運転手については
穏便に済ますみたいだな。
彼も被害者だ。問題は…………」
「ぬわああああああああああああ」
「さっきからうるせえなあ」
「エイジいいい貞ちゃあああん
こみちゃああああん
絶対俺タマに嫌われたよおおおおお」
「泣く子も黙るURA空挺部隊の
元エースがやけ酒かよ……」
エイジは卓に突っ伏す友人の頭を
持っていたジョッキで軽く小突く。
「でも忖度しないで毅然とした対応したのは
大したもんだと思うぞ」
「それはいえてる。えらい、えらい」
貞ちゃんの言葉にエイジは今度は
突っ伏したままの頭をなでる。
「タマちゃんはあなたになんで怒られたか
ちゃんとわかってるってば」
タマモクロスをよく知る小宮山は
双方をフォローした。
「よう、今日は活躍したんだってな」
店の大将自ら彼らの個室に顔を出し、
上がり端に腰を掛けた。
「あ、大将さんも空挺部隊でしたよね?」
「え、よく知ってんなあこみちゃん」
「空挺部隊出身て珍しいですから」
「俺のときは九州出身の先輩とか
同郷の先輩がブイブイ言わせてたよ」
「ああ、そのお二人も…」
どちらの「先輩」も
のちにトレーナーとなった。
空挺部隊出身のトレーナーは
タマモクロスのトレーナーで4人目である。
「で、なんで今日のヒーローは
うちのテーブルと一体化してんだ?
もう飲みすぎたか?」
URA空挺部隊出身4人目のトレーナーにして
本日の殊勲者は呻きながら
テーブルに突っ伏したままだ。
理事会でも彼が侵入を未然に防いだと
学園首脳陣始め出席者に称賛されていたのを
出席していた他三名も見ている。
「大将おおおおおおお
俺もうここでテーブルとして生きてくううう」
「粗大ごみに出すしかねえよ
そんな気色悪いテーブル」
「俺、タマに嫌われたああああああ」
「アイツからも顛末聞いてるけど
対応は間違っちゃいないだろう。
マムシさんもそう言ってたんじゃないか?」
アイツ、とはシンボリルドルフの
トレーナーのことだ。大将とは同期である。
「それにタマモクロスは
口頭注意と反省文で済んだんだろ?
他ならぬお前さんの活躍もあってさ。
ほれこれ店からの奢りだ。飲め飲め」
大将は持ってきた一升瓶をどん、と
個室の畳の上に置いた。
「トレーナー!!お客様がお待ちだよー!!」
店でアルバイトをしている
ウイニングチケットがカウンターの方から
元気のいい声をかけてきた。
「ったくチケゾーは…
店じゃあ大将って呼べって
言ってんのに…じゃ、またあとでな」
そう言いながら腰を上げる大将の
顔は自然と微笑んでいた。
「俺はお花摘みに行ってくる〜」
「男の人もその表現使うんだ…」
「一升空けられるかなー
まあせっかくいただいたしエイジが
戻ってきたら飲……あ、おい!!よせ!!」
一升瓶を開けるとラッパ飲みをしようとする
同期の友人を必死で止めて瓶を取り上げる。
「どうしたんだよお前、今日は?」
「俺はもうだめだああああああ」
再びテーブルと一体化した。
─こいつ、こんな酔い方したっけ…?
そもそも、この友人は
基本的に明るくてあまり
細かいことを気にしない、豪放磊落な性格だ。
やけ酒をするイメージがない。
まあ、彼とて家でやけ酒をすることは
あるのかも知れないが
少なくともこうして友人がいる前で
このようになることは
そこそこ長い付き合いでも
貞ちゃんの記憶にはなかった。
「……久しぶりに会ったら
あんなにきれいになってて………」
「…………え?タマちゃんのこと?」
「他に誰がいるのさあ……」
小宮山も久々にタマモクロスに会ったが
変わってないなあ、という印象だった。
もちろん、美女であるのは確かであるが
成人後の今と学園に在籍していた時、
容姿に特にこれといった
変化はないように見えた。
「…うう……タマ…………」
半ば酒気で飛びかけた意識の中、
うわ言のように彼女の名を呼ぶ。
「………貞さん……」
「……こみちゃん…これは……」
二人は顔を見合わせた。
「……おいエイジ」
一方、手洗いから戻る最中に大将に
エイジも呼び止められる。
「はい」
「アイツなんかおかしくねえか?
らしくねえというか……」
「…っすよねえ」
ウマ娘を過度に叱責してしまうなど、
育成中に失敗することは
トレーナーなら少なからずある。
彼も然りだが、そういうときでも
「言い過ぎた」ことを静かに反省はすれど、
泥酔して喚き散らすなんてことはなかった。
まして今回は彼に落ち度はない。
にも関わらずあの様子だ。
─あれはまるで。
「…いや、そんな馬鹿な」
接客に戻る大将と別れ個室に戻りながら、
エイジは脳裏によぎった可能性を否定する。
「おかえりなさーい」
「長かったな」
「大将と話してたんだよ……って
お、復縁???」
席に戻ると先ほどまで絶望を喚いていた男が
小宮山の膝枕で寝ている。
「違いますよ…一升瓶ラッパ飲みして
そのまま倒れた先に私の膝があっただけです」
「え、飲んじゃったの?………
てか、大丈夫なのそんな飲んで」
「大丈夫でしょう、大人しく寝てるだけ」
膝の上で眠る横顔を見つめる眼は穏やかだ。
エイジは思い切って一つの疑問を
小宮山にぶつけることにした。
「……ねえこみちゃん、なんでこいつと別れたの?」
かつて短い期間だが二人は交際していた。
なにに惹かれて、なにが別れの原因だったのか。
「んー。名前の読み一緒だと
結婚したあと紛らわしいでしょ」
「…そんだけ?」
「……他人と思えないくらい
合うところがあって好きになって。
私の方から告白して
付き合い始めたんだけど……
段々と他人と思えなさ過ぎ
なくなってきたのもあるかなあ。
この人も言っていたけど」
「…………???」
「恋人というより、兄妹みたいな感じ?」
小宮山はエイジの例えに少し首を傾げる。
「…それもまた違うような…
いや、うーん、似てるかな」
二人の間だけに通じた違和感なのだろう。
「…あとは私のわがままかもしれない。
…この人、誰にでも優しいでしょう?
そこも好きだったけど、
誰にでも私と同じくらい
優しいのを見てて、
特別になれてないんだなあって思ったら…」
別れを切り出したのも彼女の方からだ。
「この人の返事は最初と最後で同じ。
『うん、いいよ』って」
友人2人は頭を抱えた。
あまりにもあっさりし過ぎだ。
「そういえば、こいつは昔から
『来るもの拒まず去るもの追わず』の
タイプだったわ……」
「………うう…」
話題の中心人物が膝の上で呻いた。
「あ、起きた。お水もらう?」
「………気持ち悪い…」
「ちょっと、そこで吐かないでよ!?」
「はいちょっと来い」
不意に大将が現れたかと思うと、
唖然とする小宮山たち三名を尻目に
自分より体格が大きい泥酔者を担ぎ上げる。
「よっこらせっと」
そのまま店の裏口から裏手の川に放り込んだ。
「大将、さすがに酔っ払いにその扱いしたら
死んじゃうんじゃないすかね」
「大丈夫、あいつも空挺だから」
「空挺っておかしい連中しかおらんのですか」
「おかしくなきゃ空挺なんてやらねえや。
……おーい、酔いは覚めたか?」
「………覚めました」
ぶん投げられた本人は
暗い川面から顔を出しているようだが
表情は見えない。
「空挺部隊は『狂ってる部隊』、
なんて言うけどさあ……」
いくらなんでも度が過ぎてるだろう。
そうエイジは嘆息した。