白い新妻の憂鬱   作:南天 ヤスカド

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白い新妻の白い結婚

イナリワンたちが夫婦の事情を聴いて

タマモクロスの夫に食ってかかる1時間前のこと。

友人たちは泣き出したタマモクロスをなんとかなだめつつ、

檮原のトレーナー室に連れていき、

落ち着かせようとしていた。

 

「………あの人っ……うちのことなんてどうでもええんや…」

 

そんななかでタマモクロスから衝撃的な発言が出たのだ。

「そんなバカな、トレーナーが?」

「……そうなんですか?」

「浮気でもされてんのかい?」

「それは知らんけど…あ…でも…

 ………ああ、それやったらどうしよう…?」

余計なこと言っちまった、とイナリワンは

自分の頭をペチンと叩く。

 

タマモクロスは勝ち気ではあるが

実際はナイーブなところのあるウマ娘だ。

ネガティブな思考にとらわれてしまうと

そちらの方へどんどん感情が流されてしまう。

「タマ、トレーナーは浮気ができるほど

 そこまでモテる人ではないぞ」

オグリキャップがフォローするつもりで

あまりフォローにはなってない言葉をかける。

「そうか?顔は悪ないけど…目鼻立ちもはっきりしとるし

 まあ流行りの顔ではないかもしれんけど

 男前の部類ちゃうん?うちの人」

「急に惚気やがった…」

「……どないしよ、ほんまに浮気やったら……

 うわあああああああん」

惚気たと思ったら今度は

最悪の事態を想定して泣き出してしまう。

「感情の乱高下がひどいな……

 こんなに取り乱したタマは初めて見る」

 

タマモクロスにとっては

トレーナーが初恋の相手だ。

貧困の中両親を支え、弟妹の面倒を見てきた

彼女にとって、それは初めての感覚だった。

それが恋だと気づくのに時間がかかったくらいに

タマモクロスは色恋沙汰には疎かった。

 

「家族」

 

タマモクロスの最後の有馬記念の前、

クリスマス真っ只中の町中で

トレーナーをそう評したのは、

恋を知らぬ、恋に気づけぬ彼女が既知の感覚で

示した最大限の愛情表現だったのである。

 

「本当の家族になってほしい」

 

それから数年経ち、新たに設けられた

トレーナー及びトレセン学園教員資格取得の

特定ウマ娘優遇措置─養成学校等に通わずとも

一定の成績を収めたウマ娘は

一部の試験を免除する制度─ををもとに

トレセン学園に教育実習生として戻ってきた彼女に

そう言ったのは彼の方からだった。

彼がいつ彼女に特別な思いを抱いたのかはわからない。

ただ、タマモクロスについては周囲にいた面々は

とっくに彼女の気持ちには気づいていた。

ごく少数の友人や親族を招いて開かれた

ささやかな結婚式は祝福に包まれ実に温かい雰囲気だった。

 

あのときはあんなに幸せそうだったのに。

 

ひぐひぐとしゃくりあげる

タマモクロスの背を撫でながら

オグリキャップはため息をつく。

 

「つまりあれだ、タマの字は旦那に相手にされてねえんだな?」

タマモクロスは耳を垂らしたまま、こくり、と頷いた。

 「……でもな、しぐなちゃん見とったらな、

 子ども、かわいいなあ、うちも子ども欲しいなって

 思ってしもて………」

「そうですよね!!子どもかわいいしママになりたい!」

スーパークリークが同好の士を見つけたとばかりに食いつく。

「あ、でもタマちゃんもかわいいですよ」

「………うう………うええええええええ」

タマモクロスはまたはらはらと泣き出してしまった。

「クリークまでタマを泣かすな」

「あらあらどうしましょう??そんなつもりじゃ……」

「いや、クリークが悪いんやのうて……

 ………いや悪い気もするような…………

 まあ、最近色々重なってもうてな………」

「おう、そういうのは話したほうが楽になるってもんよ」

「実は…」

 

先日、研修の合間に図書室で本を読んでいたところ、

本棚の向こうからとある

若いトレーナー二人組の会話が聞こえてきた。

「座談会聞きに行くか?」

「ああ。ウチのウマ娘も聞きに行くからな。

 タマモクロスに憧れてるらしくて」

「そういやタマモクロスって結婚したんだろ。

 あのトレーナーと。

 ……あの人、ロリコンなのか?タマモクロスだろ?

 指導するならとにかく、あれ女として見れるかあ?」

「そういう事言うなよ…。

 まあ確かに今もちっこくて子供にしか見えないけどな」

「あの人さあ、この前の新人研修の時に

『トレーナーとウマ娘は教育者と生徒の関係です。

 彼女たちは好意的なそぶりを見せますが

 一線は超えないように』って言ってたけど

 おまゆう、って感じだよなあ」

「ま、『私が言うのもなんですが』、とは言ってたな」

「でもさすがにタマモクロスはねえわ。

 胸も何も小さくて貧弱で、あれが抱けたら変態だろ」

 

─そんなやり取りが聞こえてしまったのだ。

 

「おうおう、そいつはどこのトレーナーだあ??」

同じく、トレーナーと結ばれた、小柄な

イナリワンが青筋を立て腕をまくりあげる。

「うちも、腹立って文句言うたろと思うたんやけど…」

 

言われた通り、自分は小柄で貧弱で子供のようである。

 

自分の容姿のせいで夫が影で悪く言われていた。

怒りよりも悲しさと情けなさに動けなくなってしまった。

 

「新人さんかしら、失礼で恥ずかしい人たちですね」

 

彼らの発言は明らかにセクハラである。

 

学園内で、第三者に聞かれるような状況で

ウマ娘達に関してそういう発言をするとは。

 

スーパークリークはその陰口を言った人物らを

彼女にしては珍しく強い言葉で揶揄した。

 

「タマは、子供っぽくなんかないぞ?」

 

オグリはむしろタマモに面倒を見てもらっていた部分がある。

「見た目は子供っぽくてもいいと思います」

「そらあクリークはそういうの好きだろうがよ……」

 

夫婦で出かけても親子と間違えられることもある。

さすがに学園近辺でそういうことはないが

地方ではそういうことがあるという。

 

「いえ、娘でなく妻です」

 

と夫が訂正すると相手は慌てて平謝りするか、

疑いの目を向けるそうだ。

 

「うちはんなこたあねえけどなあ」

「イナリんとこは歳がそこまで離れてへんやろ」

「あぁそうか。でもよお、学生時代はとにかく

 今ぁそこまで子供に間違えれるか?

 大体、おめえさんあたしと背は変わらねえだろうに」

「そら背は変わらんけど…………」

タマモクロスは突然、キッとイナリワンを睨んだ。

「これはなんやああああああああ!!

 この乳はなんやあああああああ!!!!!

 うちはこんなぺったんこなのにいいいい」

 

イナリワンは背こそ小さいものの胸については豊かである。

 

「落ち着けええええええ!!!揉むなああああああ!!」

「この半分でも胸があればああああ!!!」

「で…でもな、これ走るとき邪魔なんだぜ?

 サラシ巻いてたけどな」

「出たわ!乳のデカいやつの上から目線、

 いや乳から目線や!!」

「なんでえ乳から目線て!!乳に目はねえよ!!」

「乳首が目のように見えることもあるな?」

「ああそう言われればそうですね」

「何納得してやがんだよ!!!!!!」

「そういえばブライアンもサラシ巻いとったな……

 はっ……浮気相手……!まさか…

 うちが乳がないばっかりに………!」

浮気疑惑が蒸し返された上に

とんでもない流れ弾が三冠ウマ娘に向かう。

「そりゃあ言いがかりってえもんだろ…」

何しろ2人の結婚を聞いて

「…やっっっっっっとか、あの2人はっっっ……」

と、ぐっとかみしめるように一番安堵していたのは

他ならぬナリタブライアンである。

「あの白いのはほっとくと

 あのままずっと婆さんになってもアンタを待ってるぞ。

 どうせアンタだってもう他に相手もいないだろう。

 責任を取ったらどうだ」

とトレーナーの尻を叩いてけしかけたのも彼女だ。

「いやあ、俺が尻を叩かれる側になるとは……

 ………うん?なに言ってんだ俺」

と、トレーナーはわけの分からないことを呟いたとか。

 

「そうやな、やっぱり乳なんやな……

 乳があればあの人もむしゃぶりついて来たんやな」

タマモクロスは勝手に妙な結論を導き出した。

 「……おう待ていタマの字、乳はなくても

  旦那むしゃぶりつかせてる女房ぁごまんといるぜ?

  おまえさん奥手だから誘いもしてねえんじゃねえか?」

 

「そら、うちもやっとるわ!!」

 

色々と、タマモクロス側から夫に

アプローチを試みては居るらしい。

 

「この前も、罰当たりな使い方やけど、神楽の衣装着てな」

「あのケツが見えそうなスリットのやつかい」

「…ケツ………うん、そんでな、あのスリットに…

 ……………『ここに手え入れてみ?』って誘ったんや」

「こりゃまた大胆なことをしたなあ。で、どうなったんでえ」

言われるまま、彼は後ろから彼女を抱きしめ、

スリットに手を入れ大腿部を撫で回したという。

 

実に丹念に。

 

「よっしゃ今度こそいけると思うたんや。で、あの人……」

「「「ふむふむ」」」

三人とも前のめりで聞いている。

 

これは余談だがある程度年齢を重ねると

女子同士の下ネタ話の方がど直球の時がある。

 

「………『やっぱり現役時代より筋肉は落ちてるね』って……」

「…っか〜!!……トレーナーってやつはよお……!!」

「残念過ぎます…!」

「………そこで終わったのか…?」

オグリの問に力なくタマモクロスは頷いた。

 

「それでその感想だけとは見損なった。

 タマのファンから吊るし上げ食っても文句は言えないぞ。

 あのスリットに手を入れたいファンが

 どれだけいると思ってるんだ?」

「いやそこそこおるんかい!?それも怖いわ!!」

「タマちゃん……頑張ったのに…」

「やっぱバチが当たったんやな…」

女性として、そしてウマ娘として恥を忍んで

勝負服まで使って誘っても夫は興味を示さなかった。

「歳離れてるったってえよ、あの旦那は

 枯れる歳でもねえだろうによお」

「あの人普通にマムシ酒飲んでるしなあ…

 それでも手え出さへんのはうちに

 よほど魅力ないんやろ……」

「マムシ酒????そんなもの飲んでるのか?」

「そんならむしろ、そっちの方は元気そうだがなあ」

 

「……それでもうちではあかんのや」

愛する人の、この人との子供が欲しい。

しかし自分に女性として魅力がないのか、

彼に家族として愛されているだけで

女性として愛されてるわけではないのか、

見た目が幼いために女性とは見られないのか……

とにかく、最愛の人はそういったことについて

一切手を出してこないのだ。

 

色々な疑念が積み重なったところに、

先日の図書室での一件と、幸せそうな家族の姿を

見せられてついに感情が決壊してしまったのである。

 

「ホンマにロリコンであってくれたほうがマシやった……」

「いやいや、それはちっともマシじゃあねえからな」

 

「…ねえ、タマちゃん、あの…

 男の人でもそういうのが体調とか心理的な要因で

 できないタイミングが結構あるみたいだから

 多少すれ違うこともあるんじゃないかしら……」

 

「すれ違うどころか…………一度もや」

 

俯いたタマモクロスがボソリと言った。

「………え」

「……結婚してから……

 いや…結婚前からも一度もないねん!」

そう言うとまたタマモクロスは泣き出してしまった。

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