「タマちゃん!!どうしちゃったの!?」
朝、部室に入ってきた
タマモクロスの姿を見て
小宮山は思わず大声を挙げた。
学園でのタマモクロスの研修先は
小宮山のもとである。
元所属先にはすでに別のウマ娘─
─ナリタブライアンが
先に研修に来ていたための措置であった。
「おはよーさん!どや、似合うか?」
タマモクロスは長かった髪を
バッサリと切っていた。
「失恋!?」
「古っ!!!!なんやこみちゃん
今どきそんな。やらかしてしもたさかい、
けじめつけて心機一転や!」
タマモクロスは明るく振る舞う。
「…あのねタマちゃん…ここでは
我慢しなくていいんだよ?」
「………う……ぇ…………」
そう言われた途端、海色の瞳が潤み、
大粒の涙が溢れる。
「……なあ……こみちゃん…どないしよ……
ウチ、トレーナーに……嫌われてもた………」
自業自得だというのは分かっている。
それでも、あんな拒絶は耐え難かった。
「そんなことないって」
「でも、あの人があないに怒るなんて……」
小宮山はタマモクロスを優しく抱きしめる。
「…ねえ、タマちゃん、
『4月1日の幽霊』って知ってるよね」
学園の七不思議のひとつだ。
「……聞いたこと、あるけど……」
なぜ急に今その話になるのか。
タマモクロスは涙を拭いながら首を傾げた。
4月1日に、北校舎の屋上に続く
階段にウマ娘の霊が現れ、こう問うて来る。
「私はどこ?」
この問いに答えてはいけない。
答えればどこか別の世界に連れて行かれる。
……という幽霊話だ。
「あれ、実際にあった話が元になってるんだ」
「…………え?」
「50年近く前の、イギリスの話なんだけど」
海外にもトレセン学園のような
ウマ娘の育成施設が点在する。
ある時、その施設にテロリストが侵入、
有力なウマ娘を誘拐していった。
のちに身代金目的と判明する。
「…その事件が起こったんが4月1日なんか?」
「ううん、彼女が見つかった、って話が
本国ではエイプリルフールの
定番にまでなっちゃったからなの」
「………それってまさか……」
誘拐直後、抵抗する彼女を
犯行グループは射殺したとされる。
「未だに彼女の遺体は見つかってないんだ」
毎年、彼女ではないか、
とされる遺体が見つかるが、どれも別人だ。
故に「彼女」は問う。
「─私はどこ?」
怖くなったのか、タマモクロスは
耳を前に伏せて小宮山にしがみつく。
「その事件を受けてどこの国でも
ウマ娘育成施設の警備態勢は厳しくなった。
あの人たちみたいな部隊がいるくらいに。
……それともうひとつ、
………ここでも事件があったんだ」
あるウマ娘が、レース直前に
業者を装った侵入者によって
顔面に濃硫酸をかけられたのである。
「…!!そんな…!」
「それ以降、その娘は勝てなくなってしまって
そのまま引退」
被害を受けたウマ娘の名前は、ダテハクタカ。
「ダテハクタカはあの人の、
トレーナーの方のお師匠さんの
ところにいたウマ娘なの」
「………え…………」
「あの人、自分が警備出身だったのもあるけど
その事件もあって余計に侵入者に
敏感なんだと思うな」
「………ほんならウチ、あの人が一番
嫌がることしてしもうたんや……」
「そうだね。そこは反省しないと」
長年培った信頼関係を一瞬で
壊すような行為だったのを今更思い知らされる。
「………もう……ウチ消えたい…………」
「そんなこと言っちゃだめ。
………そこまで好きなんだね、あの人が」
「ごめんな………こみちゃんは……
……あの人と………」
「私はとっくに振られたもん」
「………ほな、振られた者同士や」
「それはどうかなあ。
タマちゃんに嫌われたかもって、
あの人もやけ酒してたし」
「………え……やけ酒……?」
「そうだよ、それで酔い過ぎて
川に放り込まれて
そのまま多摩川まで出て
遡上して帰ったんだからあの人」
「………多摩川を遡上…………!?
………鮭かなんかなん?」
「…まあ、とにかくあっちも今頃
同じように落ち込んでると思う。
……まったく、似た者同士なんだから」
二人とも明るくて裏表がないように見える。
だが他者が越えて来ぬよう、
そして自分も越えぬよう明確な一線を引いている。
知らずにその一線を越えると
彼らは引いて戻らぬし、
その一線から出て彼らが誰かを追うこともない。
まだタマモクロスの方は
若さ故か元の性格からか、こうして
度々その一線が綻びを見せるからマシだ。
あの男の方は、基本、そこは揺るがない。
元よりどこか達観しているような、
諦観しているような、「第三者」の視点で
自分という役柄を演じているような部分がある。
他者との距離を常に一定に保つ。誰とでも。
それもやっと、崩れつつあるのかもしれない。
少なくとも昨日のように他者に拘り
取り乱した彼を見たことはない。
川からずぶ濡れで上がってきて
河川敷に寝転んだ男は
酔いざましの散歩がてらついてきた
小宮山に妙なことをつぶやいた。
「………例外が、できちゃったかも………」
迂闊に俺の名前を出すんじゃありません、
他のウマ娘だったらそんな
口頭注意で済ませるところだ。
「現場に行くまではそのつもりだった」
大人になった彼女を見た途端に何かが崩れた。
「俺、一目惚れしたんじゃないかな?」
「は????今頃???」
一目惚れというのは、初対面でするものはないのか。
そもそもタマモクロスと彼は
あれだけ同じ時間を過ごしてきた間柄ではないか。
「……うん、そう、おかしいでしょ。
でもそうとしか言いようがないんだ」
それでなぜあんなに苛立ったのか。
強い言葉が出てしまったのか。
「…彼女にだけは、
タマモクロスにだけは
それをしてほしくなかったと
強く思ってしまったんだ……」
濡れた髪をかきあげ、そのまま頭を抱え込む。
「まあ、今更だよね。こんなおじさんが…」
─なんでよりにもよって私に
「それ」を言うかなこの男は。
小宮山はその頭を蹴っ飛ばしてやろうかと思った。
─めんどくさい二人だなあ。
こんな拗らせた両片思い周囲からすれば
面倒くさいの一言だ。
─S◯Xしないと出られない部屋にでも
押し込んでやろうか。
あればの話だけど。
しかしながらここで橋渡ししてやるのも癪だ。
無論、タマモクロスのフォローはするが
あちらをフォローする義理はないし、
そっちは自己責任でどうにかしろと思う。
そもそも小宮山は二人の、
主にあの男の遠回りに巻き込まれたようなものだ。
一発殴ってもいいくらいだろう。
─これじゃまるで私が当て馬─
─???何だろ、アテウマって─
小宮山の脳裏に謎の単語が思い浮かんだ。
「……とにかくね、反省すべきことはしましょう。
安心して、あの人はあなたを
嫌ってなんかないから」
ピロン、と間の抜けた電子音が響く。
職員用に配布された端末に
メールが入ったのだ。
「…あれ、なんだろ。どれどれ……あ。
…ねえタマちゃん、
今日の予定なんだけど………」
突然ドアが開いた。
迷彩服姿の人間が大勢なだれ込んでくる。
「ひえっ!?なんや!?ちょ、なにすんねん!?」
抵抗する間もなく
タマモクロスは簀巻きにされて
迷彩服軍団に連れ去られていった。
「ぎゃああああああ
助けてええええええええ!!!!」
「あ、ちょっ……タマちゃあああああああん!」
史実だとダテハクタカ事件は1972年、
シャーガー誘拐事件は1983年ですが
この時空では前後が入れ替わっています。