「………さて」
彼のチームの部屋は本校舎1階の端、
部屋から三女神の広場と校舎の全景が
見渡せる位置にある。
昇降口から離れているため
所属ウマ娘たちは─
たまにトレーナー自身も─
窓から出入りすることもある。
部屋から出る際に外の様子は確認したが
現在、広場は無人であった。
─不審者はどこから入った?
セキュリティは何をしている。
昨日の今日だぞ。
腕時計を見る。
時間は、9時を少し回ったところだ。
─現在は普通教科の授業中のはずだが─
空気が俄にざわつく。
人が動いている。かなりの人数だ。
普通科棟の昇降口から
集団が吐き出されてきた。
生徒たちだ。
その周りには迷彩服姿の不審者が30名はいようか。
彼らは生徒たちやトレーナー、
教職員たちをどこかに移動させている。
─集団誘拐事件か?
ウマ娘を誘拐する事件は
最悪な例を知ってはいるが、
集団を誘拐するという事例はなかったはずだ。
さすがに警察に─。
取り出したスマホは圏外を表示していた。
─やられた。妨害電波か。
職員用端末の方も確認するがこちらも同様だ。
自分の想像よりはるかに大規模な事件だ。
不審者が一人、侵入したものとばかり。
「……まいったねえ」
彼は頭をかいた。
─符丁を考え直さないとなあ。
あれだけでは不審者の数がわからない。
今のところ、自分がいる棟の階に
あの迷彩服の連中の姿はないようだ。
何者なのか、目的は何か。
規模は何名か。
周囲に徹底的に神経を張り巡らす。
現状、この学園のセキュリティが
無力化されていると考えていい。
ここの警備員も勝てなかったということは
あの迷彩服軍団は相当な手練なのか。
─あいつら、鍛え直しだな。
侵入許した後輩たちの
鍛錬メニューを考えていると
視線の隅で何かが動いた。
反射的にそちらに戦闘態勢をとる。
「…ひええええ…遅刻してすみませんでしたぁ」
見ればウマ娘ではないか。
右耳に矢と翼の飾りを、
黒地の耳当てには鮮やかな金色の星が入っていた。
「……学生証を」
「?……はい」
学生証の透かしやチップを確認する。
本物だ。
「……ありがとう。この状況なんで
一応確認させてもらったよ」
「……あの、トレーナーさん、
私、今ついたばっかりで…
あれ、あの人たち何ですか?
みんな連れて行かれて……?」
「……わからない」
─さて、どうしようか。
彼女がここの生徒であることは確認した。
一度部室に戻り、ブライアンとともに
部屋で待機してもらうことも考えたが
それはやめておくことにした。
──あの距離まで気が付かなかった。
どうにもそこが引っかかったのである。
彼女に学生証を返した刹那、
廊下のかどから現れた覆面をした
迷彩服の男に発見された。
「そこで何をしている!!」
「あら、見つかっちゃったねえ」
「ひいいいいい!?」
迷彩服の男は何やらもたついている。
「ええと、見つけたらブザーを……」
「ほら、よそ見すると危ないよ!」
一瞬気がそれた相手に対し
一気に間合いを詰めると
手にした鞭の柄で右頬を殴りつける。
「ぐへえ!?」
「……あれぇ?」
「相応の訓練」を受けた警備員が全く
歯が立たなかったと思われる
迷彩服軍団の一人はあっさり倒れた。
てっきり苦戦を強いられると思ったが
あまりにも肩透かしだ。
覆面を剥ぐと、まだあどけない少年ではないか。
「…君たちは誰だ、目的は?」
少年は頬を腫らし、鼻血を流しながらも
負けん気の強そうな眼でトレーナーを睨む。
「………『サンシモン』
そういえば、分かるとボスが言っていた」
「『サンシモン』?それが君たちの名前か」
答え代わりに奥歯をかちり、と鳴らすと
少年は意識を失った。
「え……まさか、歯に毒物を…?」
本格的に覚悟の決まったテロリストか。
命知らずほど厄介なものはない。
「……zzzzzz……………」
「……寝てますね」
「……睡眠薬かぁ…。まあ寝てるなら
放っておくか……」
「………トレーナーさん、サンシモンて?」
「サンシモン。
『セントサイモン』の別の呼び方だ」
「セントサイモンて、イギリスの?」
「そう、名ウマ娘にして
『煮えたぎる蒸気機関車』と
言われた気性の持ち主。
個人的にはあまり聞きたくない名前だ」
トレーナーがかつて所属した
URA空挺部隊の部隊章は
威嚇するハチワレ猫に
鞭が二本交差した意匠である。
なぜ猫なのかと言えば、
ウマ娘と猫の深い関係性は
三女神の神話に遡るほどであり、
一説では猫はウマ娘を守るともされている。
彼らが猫をシンボルとするのは
ウマ娘に寄り添い守るという意味合いがある。
大抵のウマ娘は猫好きだが、
かのセントサイモンは違った。
猫を見るや蹴り飛ばしてしまったのだ。
URA空挺部隊で負傷者が出ることを
「セントサイモンに蹴られた」というのは
その逸話に由来する。
侵入者がその名を出すのは
URA空挺部隊への当てつけか。
現に、彼らの下部組織と言える警備隊は
侵入者達によって無力化されている。
活動内容を考えれば
恨みを買ってないことはあるまい。
特にマスコミへの強硬な姿勢は
度々批判の的にもなっている。
─誰が仕掛けたか知らないけど─
トレーナーは少年が落としたブザーを拾う。
「どうするんです?」
「こうするのさ」
トレーナーはおもむろにブザーを鳴らす。
「何してんですかあああああ!?」
これでは侵入者に居場所を教えたようなものだ。
「さあ、走って!!!」
「ひゃああああああ!!」
彼女の手を引き、昇降口から逆方向に走る。
少年が来た方向とは反対だ。
こちら側に敵はいないと判断した。
この先には畑に抜ける出口があるが、
彼女とその手前の多目的トイレに駆け込んだ。
「ちょっ……今そんなことしてる場合では…
あの、私は構いませんが………」
なぜか赤面する彼女をよそに
トレーナーは掃除用具を物色する。
「よし、あったあった……あとは畑だ」
遠くから足音が近づいてくる。
「来ましたよお!!」
トイレ用の洗剤を抱えると彼らは外に逃れた。