「…つまり、俺こそが『不審者』だったと」
実際には迷彩服軍団がその「不審者」を
排除する側という訓練だったのである。
「いてて……ああ、そうだ。子猫どもの演習の
仮想敵としちゃあ贅沢だったがな。
ったく、思いっきりぶん投げやがって…」
ウイングアローに傷の手当てを
受けながら「マムシ」は答えた。
「避難経路の再確認と演習と
新人の訓練もまとめてしちまおうってんで
強めの不審者役が一人必要になってな」
ただ、トレーナー側には
迷彩服の人間が侵入してきた不審者と
思わせるよう面や組織名を設定していた。
タマモクロスは昨日の
不適切発言の罰としての人質役である。
「いきなり簀巻きにされてびっくりしたわー」
小宮山のところには事前に
連絡があったようだが本人に伝える前に
訓練が始まってしまったようだ。
「この白い嬢ちゃんが関われば
お前、本気にならざるを得ないだろ」
「…なんで俺には事前に訓練と
言ってくれなかったんです?」
「完全な実戦形式が良かったんでな。
訓練だとお前、手加減するだろうしな。
…爆薬まで用意するとは思わなかったが。
ウイングアローをつけておいて正解だったな。
お前もウマ娘の前で殺生はやらねえだろ」
「誤解招く言い方だなあ。
一度も殺生したことないでしょう。
寸前までいったことはあるけど」
URA空挺部隊の作戦範囲は
「多岐に及ぶ」とは言われる。
「…寸前までは行ったんやな……」
訓練ならば手加減する。
実戦であれば容赦がない。
ましてやタマモクロスを人質とした。
実戦であっても一線を越えさせぬために
安全装置としてウイングアローがいた。
「すみません、騙したみたいで…」
ウイングアローは頭を下げた。
「最初からおかしいとは思ったんだよね。
あの間合いまで気づかせないなんて」
トレーナーはため息をつく。
「タマまで戦闘に巻き込んで…
気づいたからいいものの」
「あ、あれはウチが頼んだんや。本気やったら
アンタ、どんだけ強いんやろって思てな」
トレーナーは教え子たちに
最低限の護身術を教えているのだが、
本気で彼女らを組み伏せることはない。
そもそもウマ娘を組み伏せられる能力が
ある時点で人としてどうなのか。
身体能力的な意味で、であるが。
「寸前でバレてもうたけど。ようわかったなあ」
耳や尻尾を隠し、目出し帽をかぶり
体形も分からぬように
プロテクターを着ていたというのに。
「……どんな姿だろうと俺が君を
わからないはずがないだろう」
なぜかふて腐れたような口調だ。
「…怒っとるん?」
昨日のことか、戦闘を仕掛けたことか。
「……いや、怒ってないよ。
とにかく、君が無事でよかった。
……髪を切ったんだね」
「…う、うん。やっぱ似合わへんかな……」
「見慣れないからびっくりしたけど……
似合ってると思うよ」
そう言いつつ、彼女と目を合わせようとしない。
実は見慣れぬ姿がまた愛らしくて
なかなか直視ができないためであるが
一方でタマモクロスは、
そのぎこちない彼の態度のせいで
昨日の件をまだ怒っていると
思い込んでいる。
「……うー…イテテテ…」
「無理だってあんなの……」
「……バケモンじゃん……」
迷彩服軍団がブツブツ呟きながら
ぞろぞろと理事長室にやってくる。
皆あちこち傷だらけだ。
「………本当、みんなごめんねえ……」
トレーナーは手を合わせて
迷彩服軍団─学園の警備隊─
に平謝りする。
「ひどい目に遭いましたよお…」
「覚悟ガンギマリの犯罪者が
いかに無敵かわかっただろう。
まあOBとはいえ空挺同士の
ガチンコが見られたのは面白かったろ」
寿司政の大将は特別参加だった模様だ。
「見てる余裕なかったっすー」
理事長室前で瞬時にトレーナーに
のされた警備員が声を上げた。
「撮ってあるからあとで参考にしてくれ。
真似できるかはわからんが」
マムシとの格闘以外では
ほぼ無傷のトレーナーと
ボロボロの迷彩服軍団を交互に眺めて
警備隊隊長と空挺部隊の現隊長は
顔を見合わせ首を振った。
「こりゃ全員鍛えなおしだな…」
「いや強すぎた……ブランクがあるのに…
いっそまたこっち戻ってきて
もらったらどうです?」
警備隊隊長が提案してきた。
「そいつはダメだ。今回で確信した」
トレーナーが答える前に
マムシがすっぱりと言い切った。
「こいつは『例外』ができちまったもんなあ」
「そんなことは………」
「人によるが、こいつの場合は『例外』が
関わった途端フラットに出力できない。
異様に強くなったり弱体化したり、
不安定になる。今回は強い方に
振り切れたが、それじゃダメだ」
「師匠……」
「そもそも冷静になりゃあ
おかしいと気づくだろうよ。
まあ冷静にならんようわざと挑発したんだが」
警備員が全員不在なところや
銃火器を使用していない等、
不自然な点はいくらでもあった。
「ちょっとマムシさん、そのせいで
俺もうちょいでナイフで顔面刺される
とこでしたよこの人に」
目を覚ました先ほどの警備員が
手当を受けながら苦笑いをしている。
「そうならないようにウイングアローを
つけといたんだっつうに」
「まことに申し訳ない…………」
再度、トレーナーは平謝りである。
理事長室は仮の救護室となっていた。
ウイングアローやタマモクロスも
テキパキと手当てをして回っている。
「………アンタは手当いらんの?」
タマモクロスは遠慮がちにトレーナーに尋ねる。
「腹に一発デカいの食らったけど、特には」
胃液が一時せり上がってきたが、今は平気だ。
「あ、でもここ切れとるやん??手当せな!」
タマモクロスはトレーナーの
頬の小さな傷を見つけて手を伸ばす。
「……い、良いってば別に!」
思わずその手を避ける。
「……せやな、ごめん、やっぱりウチなんかに
触られんの嫌やろな……」
タマモクロスはしょぼんと
耳を垂らして落ち込む。
「いやそうじゃないって!!違うんだよ…」
当事者だけがお互いの気持ちに気がついていない。
「お師匠様、なんなんですかあの二人?
くそっ…じれったいですね
私ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!」
「放っておけ。で、どうだアロー。あいつは」
腕をまくるウイングアローを止めながら
マムシは彼女の意向を聞く。
「…はい!お師匠様と同じくらい強い方です!」
「そうか。じゃあ決まりだな。
おーい、こいつ、お前のとこで
預かってもらえんか?
俺と同じくらい強いやつじゃないと
トレーナーとして認めたくないとか言っててな」
「……師匠、師匠の話はいつも
事後承諾なのやめてもらえますか…?」
呆れた顔でトレーナーはため息をつく。
「何を今更。おい、いいだろ」
昔からこの師弟はこの調子だ。
「まあ、こちらも彼女が未契約なら
声かけようと思ってたので。
よろしくね、ウイングアロー」
トレーナーは右手を差し出す。
「はい、よろしくお願いします!」
ウイングアローは目を輝かせて
その手を握り返した。
「色々学ばせてください!!
近接武器の扱いや潜入の仕方とか!!」
「……レースの勉強しようね?」