白い新妻の憂鬱   作:南天 ヤスカド

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眠る稲妻

「おい、お前」

マムシは犯人の髪を掴んで持ち上げ、頬を叩く。

「………何すんのよ!」

意識が戻った犯人はマムシを睨む。

「威勢はいいな。状況分かってんのか」

「………なんで、麦茶かけただけでこんな…」

尚も犯人は反省してない。

 

軽い気持ちだったのだ。

 

たまたま避難訓練の際持ち出した水筒に

温かい麦茶が入っていた。

どうせもう退学は決めている。

 

─そうだ、最後に理事長にぶちまけて、

 恥をかかせてやろう。

その程度だった。

 

「あの中身が毒物でなければいいと?

 ウマ娘なら、未成年なら許されると?

 悪いがその理屈は俺達に通じない。

 お前にはもう名前も年齢も家族も

 ウマ娘という種族すらもなにも『ない』。

 自分で捨てたんだぞ」

 

マムシはひしゃげた魔法瓶を拾う。

 

「……それでもまだ俺達のほうが

 温情があると思うがね」

 

やはり液体は熱した麦茶だった。

 

それでも温度によっては大火傷をした

可能性もあり危険だったろう。

空中に撒いたために冷やされて

火傷に至るまでにはならなかった。

 

─ならば、どうして─

 

タマモクロスは懇々と眠っているのか。

何度声をかけても目を開けようとしなかった。

ショックで気を失ったとは考えがたいし、

麦茶に睡眠を誘導するものが含まれていたなら

今頃トレーナーも眠っているはずである。

 

心拍も呼吸も今のところ正常だ。

昏睡の原因となりうるものが思いつかない。

 

─この症状は、まさか。

 

トレーナーの脳裏に最悪の病名が浮かんだ。

 

─「原発性ウマ娘昏睡症候群」。

その名の通りウマ娘が稀に発症する

多くは原因不明のものである。

健康状態に問題がなかったはずのウマ娘が

ある日突然昏倒し、意識が戻らなくなる。

意識が戻る確率は3割と言われている。

発生状況もバラバラで未知の部分が多く、

研究も進んでいないが

一部の研究者の間では「タイマー」と呼ばれる、

別世界からの因縁のような、

まるで呪いのようなものが

大きく関わるともされている。

「まさか、そんな、そんな………」

手が震える。

トレーナーもまたこの病の研究者だ。

彼にその意志はなかったが

そうならざるを得なかった。

 

「トレーナーさん!!タマさん!!」

 

その俊足を活かしてやってきたのは

学園のメディカルチームの

ケイエスミラクルだった。

トレーナーが原発性ウマ娘昏睡症候群の

研究者となるきっかけとなったウマ娘である。

 

「…ミラクル…タマが、タマが

 起きてくれないんだ…

 ……もしかしたら………」

「…えっ………!?」

理由なく眠り続けるウマ娘。

何よりトレーナーのその震える言葉と

憔悴した様子にケイエスミラクルも

昏睡症候群の疑いがよぎる。

奇跡的に生還したが

彼女もまた、発症したことがあるのだ。

 

「………まさか……」

 

揺さぶっても頬を軽くはたいても起きない。

思い切って耳を掴んでも反応がない。

これは普段やれば確実に彼女に

蹴られるNG行為である。

「………失礼」

ケイエスミラクルがタマモクロスの

尻尾を軽く引っ張った。

これも普段なら確実に蹴られるか殴られるが

タマモクロスは微動だにしない

「反応がまったくないなんて…。

 ……トレーナーさん、感覚の中では

 聴覚が一番最後まで残るそうです…

 何かタマさんが鋭敏に反応するような

 言葉はありませんか?」

「あるにはあるが、誹謗中傷の類いだし…」

「もうこの際です、それでも反応があれば」

「………『タマモクロスは胸が大平原』……」

「ひどい、そこまで言えとは言ってないですよ!?」

「俺だって言いたくな……ぐはあっ」

眠るタマモクロスにトレーナーは顎を殴られた。

 

パドックでその言葉が客席から聞こえた瞬間、

柵を越えて発言者の方に向かって行ったのを

必死で止めたのは何度目の未勝利戦だったか。

 

「……誰が大平原やコラ……」

 

一瞬眉間にシワが寄ったが

殴りつけた右手をぱたりと落とし、

まただらしない寝顔になった。

 

「……あ、これ普通に寝てますね」

「…そだね」

 

はああああ………と二人は

長い長い安堵のため息をついた。

 

原発性ウマ娘昏睡症候群の患者は

意識がない間、寝返りをうつなどという

身体的動作はまったくしない。

無論、寝言などもあり得ない。

褥瘡を防ぐために介護者は

体位を変えさせる必要がある。

最初は身体を動かさないだけであるが

時間経過とともに自発呼吸も難しくなり、

人工呼吸器に頼らざるを得なくなる。

そこまで延命しても自発呼吸が

不能になってから心拍停止に至るまでの

期間は非常に短い。

 

「ちょっと、大丈夫なのタマちゃん!?」

騒ぎの中、小宮山がやっとの思いで

タマモクロスの元にやってきた。

 

「眠ってるだけだよ。ほら、起きろタマ」

「…………………………」

よほど寝心地がいいのかトレーナーの

腕のなかでもぞもぞと寝返りをうつと

その胸に顔を埋めてまた

くうくうと寝息を立てる。

「……あー…寝不足だったみたい。

 寝かせてあげて」

今朝、彼女の目が少し腫れていたのを

小宮山は見逃していなかった。

「寝不足……そうなのか……」

「明るく見えて抱え込んじゃう子だから」

「……知ってる」

昨日の出来事はよほど堪えたのか。

「……タマ………」

トレーナーは大人気なかったと反省する。

─少し嗜めるだけで良かったのに。

 

「すっかり安心して寝てるね」

 

─まあ、そりゃあそうよね。

 

心が離れたと思っていた相手が

こうして大事そうに自分を

抱きしめてくれている。

気が抜けてしまったのだろう。

 

二人のトレーナーのそれぞれの思惑をよそに、

タマモクロスは幸せそうな寝顔を見せていた。

 

その様子にふう、とケイエスミラクルが

再び安堵のため息をついた。

「保健室のベッドに寝かせてあげましょう。

 あと、濡れた服も着替えさせてあげないと。

 ………タマさんとしてはこのままが

 一番いいんでしょうけど」

 

彼女はクスッといつものように控えめに笑った。

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