保健室の窓の外はすっかり
夕暮れに包まれていた。
「わあ、ウチどんだけ寝とったんや……。
トレーナー、ずっとついとってくれたん…?」
トレーナーは黙って頷く。
訓練が終わって例の騒動が起きたのは昼前だ。
随分と長く眠っていたようだ。
よく眠れたのか、頭はスッキリとしている。
タマモクロスは何か夢を見た
気がするものの、忘れてしまった。
でもなぜか、悪い夢でなかったことだけはわかる。
くぁ…、と可愛らしいあくびをしながら
タマモクロスは起き上がる。
「ひゃあっ!?」
その瞬間に、トレーナーが
その小さい体を強く抱きしめる。
「……よかった…目が覚めて……」
知識としては、タマモクロスは
原発性ウマ娘昏睡症候群でないことは
彼はわかってはいるのである。
だが目の前で何かの液体をかけられて倒れ込み、
その後懇々と眠り続けた姿は
彼の精神にダメージを与えるのに十分過ぎた。
知識などではカバーできないくらいに。
触れ合う頬と頬の間に温かいものが流れる。
「ちょ、トレーナー!?泣いとるんか??」
「君が無事で………安心しちゃって……」
見れば榛色の瞳から大粒の涙が溢れている。
元々涙もろいところはあるが
ここまで顔をゆがませて号泣するところは
タマモクロスは見たことがなかった。
「何だろ、涙全然止まんないや………」
タマモクロスはしゃくりあげる
その背を撫でてやる。
「ああもう、ええ大人が。これじゃ
ウチのチビたちみたいやんか」
とは言いつつも、タマモクロスも
今朝、小宮山にすがりついて泣いていたのだが。
「……昨日、眠れなかったのかい?」
やや落ち着いたものの、相変わらず
離してくれない上に
逆らう気もあまり起きないので
タマモクロスは大人しく
抱きしめられたままになっている。
「……うん」
実はほぼ一睡もできなかった。
色々ネガティブなことを抱え込むと
身体的にすぐ影響が出てしまうのが
タマモクロスというウマ娘だ。
タマモクロスの自業自得とはいえ
この男が寝不足の要因では、ある。
「……俺のせい?」
「…あれはウチが悪いんやし」
「あれは…久しぶりに君を見たら
動揺ちゃって……それでつい犯人に
気付かれないうちに運転席に乗ったり
顎思いっきりかち上げたりなんかしちゃって……」
「いや、動揺の仕方独特すぎん!?
なんでそないにウチ見て動揺したんや?
下手したら親の顔より見てるやろ」
トレーナーは躊躇ったが、
覚悟を決めたように話し始めた。
「…君は嫌かもしれないけど…俺は…
君に一目惚れしたんだと思う」
「…ひっ…一目惚れてええええ??
ちょ、あ、あの、あれは初めて会った時に
するもんやで??」
「……そうなんだけどね。
よく知ってる君のはずなのに
君、久々に会ったらすごく綺麗になってて
初めて会ったみたいな……」
「……そ、そんなに変わってないやろ」
「ううん、前よりますます素敵になった。
君のことをよく知ってるその分だけ、
普通の一目惚れよりも、
余計にどうしようもないくらいに
一気に好きになってしまったんだと思う」
彼女に大してそっけない態度になったのも
「接し方が分からなくなってしまった…」
からであった。
好きになった子にぎこちない態度を
取ってしまう子どもと同じだ。
彼は腕の力を緩め、顔を背けた。
「ごめん、忘れていい。
何言ってるんだろうな、俺は……」
そのまま身を引こうとする彼の背中に
タマモクロスは手を回す。
「!!!タマ……」
「こんなん、ずるいわぁ……
ウチはな、ウチも、ずっと……」
肝心の言葉が出ない。
今度はタマモクロスが涙を流していた。
いつしか恋焦がれ、決して振り向かない
この背中をそれでもずっと追いかけた。
その彼の矜持を傷つける行為をしてしまった。
諦めよう。
自分は彼にはふさわしくない。
そのけじめとして髪を切った矢先である。
「……タマはさ、綺麗だし性格もいいのに
俺なんか選んじゃっていいの?
俺、一生君を放さないまんまにしちゃうよ?」
「………うん、……一生、捕まえといて」
「……あ、でも待って、タマ、やっぱり…」
「……?」
今更、やっぱりトレーナーと
育成ウマ娘がそんな仲になるのは
良くない等と言い出すのだろうかこの男は。
「今かっこ悪い顔してるよね俺!?
めっちゃ泣いちゃったてたし
かっこよく告白したいじゃない?
この件はまた後日改めてでいいかな?」
「役所のたらい回しか!?
もうええて!!これ以上待たすな!!」
早過ぎた恋と遅すぎる一目惚れ。
ちぐはぐで実にタイミングが悪い。
泣き腫らした顔と寝起きの顔で
ムードもなにもなく、格好もつかなかった。
二人は顔を見合わせると
お互い涙の跡が残ったまま、笑い始めた。
これではあまりにも、自分たちらしい。
───
「……ちゅーことがあったんよ」
「なんだかハリウッド映画の話のようだな。
派手な爆破、来る敵をちぎっては投げ……」
「おう、シュワちゃんとタメはれるわウチの人。
……いや、馴れ初めの話は?」
「…ああ、途中からトレーナーの武勇伝を語る
タマがあまりにも楽しそうで……
……つまりようやく、なんの制限もなく
トレーナーはタマを
好きになれたのがその時だったのか」
「……まあ、そういうこっちゃ」
自分で話しておいてタマモクロスは
なんだか恥ずかしくなってきた。
「麦茶の犯人はどうなったんだ?」
「言うて結局は未成年やしなあ。
退学のあとマムシさんの知ってる
『矯正施設』入れられたらしいで」
トレーナーがそれを聞いて
遠い目をしながら
「…………シベリア送りかぁ……」
とつぶやいていたが
それ以上は教えてくれなかったという。
「タマ!!オグリ!!」
噂をすればトレーナー─
タマモクロスの夫が
二人を見つけると満面の笑みでやってきた。
大型犬であれば尻尾をブンブン
振っていそうな状況だ。
それを見るタマモクロスの眼も
今はただただ彼を愛おしそうに見つめている。
「久しぶりオグリ。何の話してたの?」
「ほら、アンタが校舎爆破したときの避難訓練」
爆破という単語が出てくる上
実際に爆破があった避難訓練も珍しい。
「あーあれか。そういえば麦茶のあの子さ」
どうやら無事矯正したらしい。
「戦地で活躍してるみたいだよ」
「…戦地………?」
「…あの、アンタは行かんよな………?」
「俺ただのトレーナーだよ?」
ただのトレーナーは校舎を爆破しないし
片手で魔法瓶を捻り潰しはしない。
「彼女と違って傭兵じゃないしさ」
「……傭兵なんや………」