「髪、また短くしよかなあ?」
昨晩の余韻が残る休日の朝のひととき、
妻が不意にそう口にした。
「…え、髪切っちゃうの?……失恋した??」
「失恋やったら目の前にいる
アンタとアンタとの昨日の
共同作業はなんやねん???
……髪切んの、あんまり賛成ではなさそうやね」
「いや、短いのも似合うからいいと思うよ」
そう言いながら、その手は妻の
銀糸のような髪を名残惜しそうに撫でる。
「アンタが気が乗らんならやめとくわ」
妻はすり、と夫の胸に頬を寄せる。
「いや、俺は別に…タマがそうしたいなら…」
妻からすれば昨日のオグリとの会話で
以前短くしたことを思い出したので、
なんとなしの提案だったのだが。
「……やめとこ。せっかくここまで伸びたしな」
短い髪の妻は、あの出来事を連想するのだろう。
夫の地雷を2連発で踏み抜いたようなものだった。
妻本人にすれば、ちょっと熱い、
くらいであったし安堵のあまりの
爆睡というだけだったが、相当に堪えたようだ。
やはり夫はあの時を思い出したのか、
妻を強く抱き寄せる。
……ウチを一生放さんのやろ?
アンタの骨はウチが拾うたるから安心しとき」
「そうしてもらえると助かるよ」
「ウチはな、アンタ次第やの。
他の誰よりアンタを骨抜きにせなあかんねん」
「天使ですかこの子は?1年分の尊さの摂取量
軽く超えてきたんですけど???
残機がいくらあっても足らないし
これ以上骨抜きにされたら
俺は軟体動物になるんだが??」
「……アンタたまにオタク口調になるなあ」
正直、ここまで夫がこちらに
愛情を注いでくるとは思っても見なかった。
人によってはとても重く感じるだろう。
だがそのありったけの思いは、
妻にとっては心地よい重さだった。
するりと、妻の手が下に伸びる。
「ん……珍しいね」
「やられっぱなしは性に合わへん」
「負けず嫌いだねえ」
小さな手の動きは拙いが、それが逆に唆る。
良い頃合いとみた妻が夫の上に跨る。
「重ないか?」
「もう少し重くなってほしいくらいだよ」
積極的に先手を取り先行するものの
中盤で失速、結局は
余裕を残した相手のペースに飲まれ
終盤はほぼ一方的に展開を決められ
そのままの体勢で一気に突き抜けられた。
「………うう……返り討ちや……」
「ちょっとスタミナ不足じゃない?」
「……ウチ一応、長距離の頂点極めてた
気ぃするんやけどあれ気の所為やったん……?」
疲労困憊で自分の胸に突っ伏した妻の頭を撫でる。
「反応が良すぎるのも考えものだねえ。
よし、朝食はまた俺が作ってあげよう。
パンとご飯とロイヤルビタージュース
どれががいい?」
「……アンタなんでそこにいつも
罰ゲーム飲料混ぜんねん…好きやなあ……」
「あれ飲むと気分は落ち込むけど
体の調子は良くなるからね」
「………ご飯で」
「じゃあ塩鮭と味噌汁と…
具はわかめと豆腐でいい??」
「……うん」
「あ、卵も使っちゃわなきゃ。
卵焼きと目玉焼きどっち?」
「卵焼き………甘いの……」
「おっけー」
妻を大事そうにそっと下ろし、
軽やかに起き上がると彼は台所に向かった。
「……いや、全裸のまま行くんかい」
「いいじゃない家の中だもん」
そう言いながら鼻歌交じりで
夫は台所に向かって行った。全裸で。
─うう、なんであんな元気なんや……
覚えとれ……
今夜こそ負けへんからなあ………
妻の未勝利脱出は遠い。