白い新妻の憂鬱   作:南天 ヤスカド

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夫、悩む

トレーナーは朝から

大きなため息をついていた。

 

「……ねえ聞いてよ、ブライアン」

「聞きたくない」

 

パソコンのエンターキーを

ッターン!!とやりながら

ナリタブライアンはかつての恩師にして

現在の上司とも言える

トレーナーの言葉をバッサリと切り捨てた。

 

どうせロクでもないことだし

大抵この男が悩んでいるのは

彼にとって目の中に入れても痛くない

かわいいかわいい芦毛の愛妻のことだ。

 

ナリタブライアンとしてはあくまでも

サブトレーナーの仕事で

彼の手伝いをしているだけであって

彼のプライベートには正直全く興味はない。

 

「そんなこと言わないでよ。

 …国会議員とトレーナーって

 両立できるかなって思って…」

遠い目をしながらトレーナーが呟いた。

 

「どうした急に。

 SNSで妙ちきりんな思想に

 目覚めてしまったか」

 

出馬する気なのか。流石にただ事ではない。

 

「この前オグリと一緒にタマの誕生日を

 国民の祝日にする陳情をしに行ったら

 断られちゃって…。

 実現にはまず国会議員になるしかないのかなって」

「……凄まじく私的な理由で立候補するな

 この民主主義の敵め。

 逆にどうして祝日にできると思ったんだ?」

 

眉間を押さえながらブライアンは問うた。

 

「どうしてって、タマモクロスの誕生日だよ?

 いわば『愛が生まれた日』だよ?

 国民の祝日じゃないのは政府の怠慢だと思う」

「ガンギマリ過ぎる眼で見るな!

 別の意味で困った思想にハマってるな…」

「ブライアンの誕生日は祝日じゃないか」

「あれは憲法記念日だろうが」

「君が憲法に譲るって言うなら仕方がないけど」

「譲るもクソもあるか。

 私が生まれる前からとっくに憲法記念日だ」

 

ちなみに憲法記念日は1947年制定である。

 

「タマの誕生日祝日にしたかったなあ」

 

何故かこの男は嫁が絡むと

行動力だけはカンストするが

常識については動物プランクトンのほうが

まだマシというレベルに落ちる。

 

「もうすぐタマの誕生日でしょ?

 祝日にしたら喜ぶかなって。

 俺、プレゼントのセンス良くないし…」

「たしかに国民の祝日するという発想は

 まったくセンスがないと言えるが…。

 しかし、この前私の誕生日にくれた

 和牛ステーキ肉はなかなか良かったがな」

 

普通の女性なら誕生日に

生肉をキロ単位でよこされて

喜ぶかは微妙であるが、

ナリタブライアンにとっては

大変喜ばしいプレゼントであった。

 

「そもそもアンタが寄越すものなら

 タマモクロスはなんだって喜びそうだが?」

「ロイヤルビタージュースは嫌がられたよ」

「あれは論外だろう」

池の水をぜんぶ抜く番組で抜かれた水の如き

飲料を飲ませようとしたら嫌がられるに決まってる。

 

「それで嫁に嫌われたらどうするんだ?」

 

「すべての記憶 

 すべてのそんざい 

 すべての次元を消し

 そして わたしも消えよう

 永遠に!!」

 

「突然ネオエク◯デスになるな」

 

とりあえずタマモクロスに嫌われるということは

彼にとっては宇宙の法則が乱れる勢いの

ショックな出来事なのだろう。

 

「毎年くれてやってたんじゃないのか?

 今年はなぜ分からんのだ」

 

誰よりも彼女のことを

理解してるであろう彼ならば

今、彼女の欲しがるものはわかりそうなものだが。

 

「うーん、今年からはまた違うからね」

 

─ああ、そうだった─

 

こいつは生徒であるタマモクロスのことは

きっちりと理解できていても

嫁であるタマモクロスのこととなると

途端にポンコツになるんだった。

 

恋は盲目、とはまた違うが─

 

─難儀なものだ。

 

ブライアンはそっとため息をついた。

 

「……ほんと、何をあげたらいいかなあ………

 世界とか?」

「もっとスケールを狭めろ。

 大体、もらったところでその後の統治はどうする」

「そっか、結構大変だよね」

「いっそアンタが全裸でリボンだけつけて

 プレゼントになってみたらどうだ」

 

もちろん、ブライアンは冗談のつもりである。

 

「………ありだね」

「ない。今のは忘れろ」

「次の俺の誕生日タマにそれやってもらおうっと」

 

─許せ、タマモクロス。

 

余計な提案をしたことを

ナリタブライアンは心のなかで

タマモクロスに詫びた。

 

「いやいや、俺が誕生日に欲しいものじゃなくて

 タマが欲しいものをね……」

「いっそ本人に聞いたらどうだ?」

「それしかないかなあ……」

 

 

「大阪や!!はよ開けんかい!!」

 

噂をすればそう言いながらこちらから

ドアを開ける前に嫁本人が入ってきた。

 

「タマ!!」

 

「こみちゃんの手伝い終わったんで来てみたわ」

現在、タマモクロスは小宮山勝美の元で

サブトレーナーをしている。

 

夫の元にいたら夫婦とも

お互い仕事にならないからだ。

 

「ちょうどよかった、おい、

 今何か欲しいものはあるのか」

 

これ以上くだらない問答をするのはごめんだと

言わんばかりにブライアンは

タマモクロスに直球で投げかけた。

 

「え?ああそっか、ウチ誕生日近かったなあ。

 ……せやな、欲しいものは特にないねんけど

 誕生日にやってみたいことはあるなあ」

「なんだい?」

 

「ひとり旅!!」

 

トレーナーが膝から崩れ落ちた。

 

「どないしたん?やっぱあかん?」

「……いや、タマがそうしたいならいいと思うよ?」

そう言いながらサムズアップしつつも

トレーナーは息も絶え絶えである。

 

「やったあ!実は行ってみたいとこあんねん」

 

「……どこに?」

「内緒!!言うたらアンタこっそりついて来るやん」

「確かに」

ブライアンは大きく頷く。

夫はストーキング行為をするに違いない。

 

「ほな、予約してこよ!!」

 

上機嫌でタマモクロスが部屋を出ていく。

 

 

「無とはいったい………うごごご!!」

 

その言葉を最後にトレーナーは

床に突っ伏したまま動かなくなった。

 

このままではトレーナーは本当に

ネオ◯クスデスになってしまうかもしれない。

 

「…いや、別に嫌われてはいないと思うが…」

 

と、ブライアンは言いかけたものの

タマモクロスの態度に少々引っかかりを覚えた。

 

─アイツわざわざ、誕生日に一人になりたいのか?

この男を残してか?─

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