タマモクロスの誕生日当日。
本来は休みとなっていたが
ブライアンは学園でデスクワークをこなしていた。
予定を変えて今日も仕事をする、
と言っていたトレーナーが
ネオエクス◯スになってはいないか
心配で来てはみたものの、彼女が来た時はすでに
彼の姿はなく、仕事も全て終わらせて
机の上はきれいに片付いていた。
─何時から来ていたんだアイツは─
彼女も早々に自分の仕事を片付けると、
学園を後にした。
他人の家のことではあるが、なんとなく
今日のことはモヤモヤする。
─こういうときは体を動かすに限る。
一旦自宅に帰って支度を整えると、
よく晴れた川沿いの道を駆け出す。
ランニングがてらジムに向かい
汗を流すことにしたのである。
しばらく走ると、見慣れた姿を
ある建物の前で見かけた。
─あれは。
「……おい」
なんのためらいもなくブライアンは
その人物に声をかける。
「うわっなんや、ブライアン!?
……うちの人に頼まれたんか?」
タマモクロスは訝しげにこちらを見た。
「違う。なぜ私が奴の頼みを聞かねばならんのだ。
ご覧の通りジムに行く途中だ」
「え……ああ、そっか…もうちょい別の場所の
病院にすればよかった」
彼女が出てきた建物は病院だ。
トレセン学園関係者がかかりつけとする
職域病院ではなく、彼女の自宅からも
やや離れたところの病院だった。
「この先のジムよう使とる言うてたもんなあ」
タマモクロスは頭をかいた。
「…どこか悪いのか?」
「それを調べてもろとるんや」
ブライアンは建物を見上げる。
─産婦人科─
「………ウチ、ちゃんと
子供できるんかなあって思うてな」
タマモクロスは体が小さい。
心肺機能はとにかく、
元々、体質が丈夫というわけでもない。
さらに成長期の慢性的な栄養不足もあり、
自身に不安を覚えたのだという。
「……結果はどうだったんだ」
「今日検査したばっかや。
こういうのは時間かかるんやで。
結果は一月後やな」
「しかし何も、今日でなくてもよかっただろう」
「まあ、そうなんやけど」
だいぶ明後日の方向だったが
夫が真剣に祝おうとしていたことは確かだ。
それにタマモクロスだって
自身の誕生日にやりたいこととして
そんな思い詰めた行動をしなくても
よかっただろうに。
ブライアンの疑問は解けたが、靄は晴れない。
「そもそも勇み足ではないか?結婚して
半年もたってないだろう」
「ブライアン、保健体育で習ったやろ、
ウチら人とは違うねんで?」
「あの授業はほぼ寝てたな」
「……いや、さすがに聞いとこかそこは」
ウマ娘の誕生日が2月から6月にかけての
期間に集中するのは理由があり、
彼女たちは一年のうち一定の期間でなければ
排卵がないためである。
これは北半球での話で、南半球だと時期が逆転する。
タマモクロスは自分の腹部に手を当てる。
「時期を逃せばまた1年棒に振るんや。
あの人かてそこまで若くないし
…わかるなら早いほうがええやろ。
あの人、子供好きやしな」
トレーナーは自分の義理の弟妹である
タマモクロスの弟妹をとても可愛がっている。
「…にぃに」
先日、義妹にそう初めて呼ばれたという。
「……タマ……!ポピーちゃんが
今、俺のことを………っ」
「せやで、この人は『にぃに』やで」
「…にぃに大丈夫……?」
見れば夫は喜びのあまり涙ぐんでいるではないか。
─この人、「お父さん」て呼ばれたら
どんだけ喜ぶんやろなあ─
義理の妹相手でこの調子だ。
もし、子供が産まれたらどれだけ
愛情深い父親になるのだろう。
───もしウチのせいで
それが叶わなかったら──?
心の片隅にちらりとよぎったその影が徐々に
大きくなってきてしまった。
ついに居ても立ってもいられなくなったのだ。
自分の体は母親となるには不安要素しかない。
「…きちんと話し合ってからじゃないのか、
こういうのは」
ブライアンの口調はいつもより苛立つ。
タマモクロスの行動は
彼を想ってのことは確かではあるが
それでも独りよがりに思えた。
そもそも不妊というのは女性側だけに
問題があるわけではない。
「まあ、とりあえず不安要素が多い方が
調べとこかな、って」
「相変わらず悪い癖だな。1人で抱え込むのか」
自身に問題があるとすれば間違いなく
彼女は彼のもとから去ろうとするだろうし、
彼は彼女を追うだろう。
「どちらも幸せにならんぞ」
「……まあ、なんにせよ結果出てからやな。
あ、あの人には内緒やで??」
「…わかってる」
妻が自分に黙って不妊検査を受けたなどと聞けば
あの男は哀れなほど右往左往するだろう。
自分が不安にさせたのか。
妻は誰かに何か言われたのか。
─まあ、あの過保護なところも
要件を切り出しにくい要素では
あるかもしれんな─。
「あ、ちょうどええわ、ブライアン
日帰り女子旅付き合わんか?」
「………は!?」
「旅行、言うて出てきたんやもん。
このまま帰ったら嘘ついたことになるやん。
ブライアンとは駅で偶然会うたことにしてな」
いつもの馴れ合いを嫌がるブライアンなら
すっぱりと断るところである。
だがどうも、ブライアンは
今日はタマモクロスを
このまま一人にしたくはなかった。
検査結果が出るまで彼女は一人、
不安を抱えているつもりなのだ。
「…ひとり旅じゃなくていいのか?」
「おっ付き合うてくれるんか??」
意外な返事に思い詰めていたタマモクロスの顔は
幾分か明るくなった。