「滑走路は別にいいだろうがぁ!!!」
「……何の話?」
トレセン学園の敷地のはずれ、
ジャンクパーツが積み上がった倉庫の片隅で
スマホを鬼の形相で睨みつける
同期の友人にエイジは声をかけた。
「……あ、ああ、タマのアンチが湧いてて」
どうやらSNSにタマモクロスのアンチがいるので
夫はそれに対抗しているらしい。
「裏垢で定期的にこういうの『掃除』してるんだよ」
複数の裏垢を駆使しているそうな。
「SEC◯Mやってんの物理だけじゃなかったんだな。
……ところで滑走路って?」
「あのね、とある国ではうちの奥さんみたいな胸
『滑走路』っていうんだって。
それで外国勢が盛り上がって
コラだのなんだの作りやがってさ。
バカにしやがって、平面でなにが悪いんだ???
俺、離着陸してるが????」
嫁の全てをこよなく溺愛する彼にとっては
長所の一つである彼女のかなり奥ゆかしく
控えめな胸であるがそれがSNSで
嘲笑の的となっているらしい。
「まな板ってのは聞いたことあるけど
滑走路って比喩は初めて聞いたな」
エイジは素直に感心する。
「いいかエイジ、愛する人がまな板なら
喜んでその上で鯉になり、滑走路なら
喜んで発着便を増便する。
それが!!男ってもんだろうが!!!」
夫は真剣な表情だ。
「名言なのかなんなのかわかんねえな……」
「俺専用滑走路をなんだと思ってるんだ!!
よしこれは表垢で殴りに行こうかな」
「やめとけよ、野次馬…ヲチ勢としては
『あのバカ来やがった』としか思わんから。
カスの『メー◯゛ー!』になるぞ。
そもそも事故発生理由が大体カス案件だけどな。
ヤード・ポンド法は滅びろと思う」
呼吸するがごとくミホノブルボンが
ぶっ壊してくる電子機器を黙って修理していた
貞ちゃんが口を開いた。
彼は技術屋でもあるのでヤード・ポンド法で
痛い目に遭ったことがあるのだろう。
夫は不機嫌そうに
ブツブツ言いながらアンチに対抗していく。
「■■■■■■■─!!!■■■■■■■──!!!!」
普段の温厚さは完全に失せ、
URA空挺部隊時代にバーサーカーと呼ばれた
側面が顔を出していた。
「やっちゃえ、バーサーカー!!」
「煽るなエイジ。しかしいつになく荒れてるな」
「肝心の愛しの嫁さんに置いてかれたもんなあ。
しかも嫁さんの誕生日にさ」
その言葉に夫の動きが止まり、
スマホを握り締めたまま、
がっくりと項垂れた。
「……俺、タマに嫌われたかなあ………」
全身全霊で空回りしてるとはいえ、
彼も妻の誕生日を心から祝いたかったであろう。
「なにかプレゼントするの?」
「うん。女の子はキノコが好きだって言うから
キノコにしようかなあって」
「…どこ情報だそれ」
「洋くん」
メジロラモーヌのトレーナーは
なぜか女性へのプレゼントに
キノコを勧めてきたのである。
「アイツはアイツで何考えてんだよ……
鎌倉殿の三浦義村かよ……」
「…でも今はあんまり贈り物とか
しないほうがいいかな?」
「うーん、キノコはやめたほうがいいかもな。
まあ、お前については
愛が激重じゃね?とは思ってた。
負担斥量半端ねえなって。
……ん?なんだっけ負担斥量って」
エイジは自分の口から出てきた単語に首を傾げた。
妻の方はしっかり夫の重量級のその愛を
受け止めているようには見えたが
やはり少々その重さに疲れていたのではないか。
同期の友人2人はそう思ったのである。
「ちょっと一人になりたかったんだろ。
とにかくお前ちょっと
極端過ぎるんじゃねえかなあ」
結婚当初はまったく妻に
手を出さなかったのが嘘のようである。
「それはわかってるけど……最近
好き過ぎて歯止めがきかなくなるんだよ」
夫は今日何度目かのため息をつく。
「あーあ、どうしてこう
なっちまったんだろうなぁ…。
俺はただ、ずっとタマと
一緒にいたかっただけなのに…」
「リンダでキューブなサンタの発言やめろし」
作業の手を止め、貞ちゃんが顔を上げた。
「………お前、まさかと思うが嫁さんに
発信機とか仕込んでないだろうな。
さすがにそれは束縛し過ぎだぞ?」
夫は首を振った。
「機械に頼らなくてもタマの居場所なんて
即座に俺レーダー、略して
オレーダーでサーチできるはず。
サーチアンドメイクラブ!!」
「貞ちゃん、俺段々こいつのことが怖くなってきた」
「略する意味あんまりないし
軽々と人間を卒業するなよ」
またまた夫はため息をつく。
「…実際それができたら良いけどねえ」
「よかった、まだ人間だったみたい」
「永遠にできないままでいてくれ。
じゃあどこに行ったかはわからんのだな?」
こくん、と夫は頷いた。
「行ってみたいと言ってた場所は何か所かあるけど
そのどこかはわからない。
帰ってくるまで連絡もしちゃダメだって……」
「…徹底してんなあ。どうすんの?
このまま帰って来なかったら」
「なんてこった、もう助からないゾ♡」
などと意味不明の叫び声をあげながら
夫が真後ろにぶっ倒れた。
打ち上げられた魚のように
ビチビチとのた打ち回ってる。
「エイジ……さすがにそれは
今の状況だとめっちゃ面白…いや可哀想だぞ」
「…なあエイジ、貞ちゃん………。
俺の何がよくなかったんだろう?
タマに見惚れてたやつを首落としたろかって
勢いで睨みつけたから?」
「こじんまりした細川忠興みたいなエピソードだな」
しか妻方も似たような視線を
夫に寄ってくる女性に向けていることを
夫以外は皆、気がついている。
「あ……そういえばこの前、地方出張したとき
長文メッセージ送ったら結構引いてた…」
「どんなのを送ったんだ?」
「………ええと…これかな」
スマホの画面に示された送信済みのメッセージは
想像以上に夫婦の厳しい現実を示していた。
『愛しいタマ!おはよー!チュッ(笑)
もう俺とタマは既に運命共同体となっておりますので、
どうか最後までお付き合いください(笑)
明日の晩は抱っこして、
腕枕して寝てあげるからね
タマ!俺にもチュッは?(笑)
まだお風呂かな?一緒に入ろう!
今度!って…もう俺とタマは、
何でもありでしょ?(笑)
また湯船に浸かって、
ちょっと恥ずかしそうな顔の
かわいいタマを見せてね! チュッ』
「うわきっっしょ!!!!
この生き恥をよく人に見せられたな!?」
「…なんでこんな野球の監督が
不倫相手に送るみたいな
文章を嫁に送ってんだよお前は」
「ええ!?どゆこと!?そんなたとえある!?」
タマモクロスに心底同情しつつ、
汚物を見るような眼で二人が
スマホの画面を眺めてると、通知が入った。
「…おい、ブライアンからなんか来たぞ」
「ブライアンから?どうしたんだろう?」
夫が届いたメッセージに目を通すと
一瞬目を見開くと少し安堵したような、
だが寂しそうな顔になった。
「……俺たち夫婦には
共通のいい友人がいるみたいだね」
それを聞いた同期の悪友2人が
無言でドヤ顔をしている。
「いや、お前らじゃないからな?
人のプロポーズ全世界配信しやがってこの野郎。
一歩間違えば訴訟沙汰だぞ」
「結果的に丸く収まったじゃんか。
配信の収益もプロポーズ成功の
ご祝儀に全部あげたろ」
「…ああ、そうだね、あのご祝儀が
無駄にならんようにしないと」
夫は服の土を払うとくるりと踵を返し、
振り返らず肩越しに手だけ振る。
「それじゃ、行くとこあるから」
そう言い残し足早に去っていった。
「…あいつ、結局さあ……」
「まあどうせ嫁のとこだろうな」