「電車で来るのは初めてやなあ」
甲府駅に降り立ったタマモクロスは
周りをきょろきょろと見渡す。
「つきあってやるんだ、きちんとエスコートしろ」
「わかっとる。…この前来たときは
あの人の車やったしな…。
いろんなとこ、連れてってもろたなあ」
あのときはああだった、こうだったと
途端に夫の話を始める。
「…さっきから旦那が死んだみたいなんだが」
まるで亡き人の思い出を偲んでいるようだ。
「なんちゅうこというんや!!縁起でもない」
「…まだ検査結果も出てないんだぞ。
なんの腹をくくってるのかは知らんがな」
ナリタブライアンはため息をつく。
─面倒くさい夫婦だ。
「せやけど…うーん…」
タマモクロスは自身の健康状態に自信がないのか、
実際に思い当たる節もあるのだろう。
やはりどうにも今日のタマモクロスは不安定だ。
元々ナーバスになりやすいとは知ってはいたが。
「百歩譲ってアンタに問題があったとしてもだ、
奴相手ならどうにかなりそうな気もするんだが。
生命力と繁殖力はやたら強そうだろう、あの男」
「うちの人はゴキブリかなんかか??」
「まあ人間離れはしてるな」
タマモクロスはふと考え込む。
「そういえばこの前、素手で車を鉄塊にしてたなあ」
雨の日、タマモクロスに水たまりの水を跳ね上げた車を
全速力で追走の上その車をプレスしたような状態にしたらしい。
素手で。
「ス〇2のボーナスステージでもそこまでやらんが
まあ奴についてなら別に驚かんぞ。
この前は私の固有スキルの真似したら
新たに断層ができてたからな」
地面を殴る動作をしたところそうなったという。
「…断層てそんな簡単にできるもんかいな」
「さあな。気象庁とかにこっぴどく怒られたらしいが」
気象庁だって迷惑な話である。
「この前だってドバイに行くのに飛行機飛ばないから
泳いで行っただろう」
「そうそう、パスポート忘れてもうひと往復してなあ…」
「…たまにあいつがレースを走った方が
いいんじゃないかと思うときはある」
「それはそれでうちらのプライドが…
あ、こっちのホームやブライアン」
甲府で乗り換えた二両編成のローカル線は
二人を乗せてととん、ととん、と
規則正しい音を立てながらのんびりと走る。
「どこに行くんだ」
「なんかな、信玄の隠し湯らしいで」
「奴はどれだけ湯を隠してるんだ…」
「奴て」
武田信玄のお膝元の山梨の土地柄ならではといったところか。
車窓は五月の山梨の豊かな緑が流れていく。
それを眺めつつ、駅弁をつまみに地ビールを開ける。
「午前中に酒とはな」
「ほれ、乾杯‼」
「…乾杯」
カチンと、瓶と瓶を軽くぶつける。
「そういやブライアンご実家酒屋さんやったなあ。
どやねんなこの地ビールは」
「別に詳しいわけではないぞ。
旨いか不味いかくらいだ。
酒も好みかそうでないかもあるしな。
…まあ、好みの味ではあるな」
苦みが強くなく軽い口当たりだが、物足りなさはない。
「ああ、これも鉄道旅の醍醐味やなあ。
のんびり飲みながら景色見て。
…あの人もトレーナーならんかったら
電車の運転士なりたかったー言うてたっけ…」
また夫の話だ。
ブライアンはさすがにあきれてしまう。
「アイツもたいがいだがアンタも執着がすごいな」
「ウチあそこまでではないやろ?
この前かてあの人出張先からこんなメッセージをな…
さすがにうちはここまではでけへん」
「…どんなメッセージだ」
「これや」
スマホの画面を見たとたんにブライアンはげんなりした。
想像以上の惨状だ。
『愛しいタマ!おはよー!チュッ(笑)』
(以下略)
「…なんだ?このプロ野球の監督が
不倫相手に送るような文章は……」
「なんやそのたとえは!?
とにかくこの調子が日に日に加速しとってな…」
「その斥量が重たくなってきて
疲れたんじゃないか?」
タマモクロスはキョトンとする。
「斥量てなんや???
別に疲れてはおらへんで?
ただちょっと、戸惑ってもうて…」
故に最近夫の愛情表現にリアクションできず
固まってしまうのだという。
「最近、塩対応やと思われとるやろなあ。
こんなに目いっぱいどストレートに
愛情表現してくれとるのにウチは…
ホンマにうちでええんやろか」
タマモクロスはプロ野球の監督が不倫相手に送るような
文章が表示されたスマホを愛おしそうに胸に抱く。
「いいもなにも、お互い了承して結婚したのだろう」
少なくとも夫は何の疑いもなく満足げにしている。
「あの人のことは疑う余地もないし
不安も不満もないんや。せやけど…
ウチの方がふさわしくないような気ぃして」
「あの文章貰って受け入れられる時点で
おおいに自信を持つべきだぞ」
─私がそんなメッセージを受け取ったら
即座に離婚を切り出すがな─
という言葉をブライアンは必死で飲み込んだ。