白い新妻の憂鬱   作:南天 ヤスカド

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夫、察する

残された夫婦は同時にため息をつく。

それは安堵か、それとも別の感情か。

 

「タマ、ここはブライアンに甘えようか」

「……うん」

 

夫は手慣れた手つきで部屋に

備え付けられた急須で茶を淹れる。

 

「…それでその、タマはどこか具合が悪いの?」

 

湯呑みを向かい合わせに座る

妻に差し出しながら夫は躊躇いがちに尋ねた。

彼は現状、通院のことも妻の抱え込んだ問題も

断片的にしか聞いてはいない。

事情を知るであろうブライアンからは

「嫁に聞け」

としか言われていないのである。

 

メンタル面はともかく、彼女のバイタルについては

彼女自身より自分の方が理解しているつもりだった。

やはり彼女が担当ウマ娘でなくなった

今では見過ごしていた部分があったか。

 

─タマは今は食事も普通に摂るようになったし、

 あくまで健康的な範囲で肉付きも良くなった。

 体温は今日も高めだが平熱、

 髪も艷やかで綺麗だし全身肌艶はいいし

 触り心地も滑らかで反応も抜群………─

 

─ああ、違う違う、そうじゃない!!

 

ついつい夫は思考が脱線してしまう。

 

「……具合悪いとこ探してもらう感じやな」

「検診を受けたの?」

 

湯呑みの茶を一口飲むと、意を決したように

タマモクロスは話し始めた。

 

「うん…あの、あのな…ウチ…ウチの体で、

 ちゃんと、赤ちゃんできるんかなって思て…」

「!!……タマ……」

 

そういうことは夫婦で共有を、と夫は言いかけたが

妻の海色の瞳が揺らめいているのを見て、止めた。

 

妻は自分を信用していないわけではないのはわかる。

心配かけまいと大事なことを

一人で抱え込む癖は昔からなのも知っている。

─誰よりも。

 

「ウチはほら、体、小さいし、子供の時から

 あんまし飯食えてないしな……」

 

─やっぱり。

 

「そうか、タマは自分だけに原因があると思って

 抱え込んじゃったんだなあ」

 

「…ウチの悪い癖やな、ホンマに…。

 治さなあかんなあ」

 

彼女の生い立ちを考えれば、

自分だけで抱え込むことを

ずっとずっと続けてきたのだろう。

 

「家族」のために

ずっと我慢して、無理をして。

 

それを治せと言われてもすぐに

どうにかなるものではあるまい。

 

「あの、タマ、まだ結婚して

 半年も経ってないのに

 子どもは、その、まだ気が早いような…」

夫は頭をかいた。

「そっか?」

「……ひょっとして誰かに子供どうするんだとか

 余計な御世話を言われたの?」

 

そういう人間に限ってさらに

余計なことを言うものだ。

 

やれ、あなたは身体が小さいから

ちゃんと産めるのか心配、だの

旦那さんとは歳が離れてるし急がないと、だの。

 

「そういうのは誰がほざいたか

 言ってくれたらその人の戸籍ごと…こう…」

夫は握りこぶしを見せる。

「いやいや、それはええねん。

 ……ちゅうか、戸籍ってあっさり

 どうにかなるもんか??」

「戸籍でしょ?簡単だよ?

 タマを悩ませた人に戸籍いらないと思うよ?」

 

そう言いながら首を傾げ

キョトンとした顔をするのが逆に怖い。

 

「お、おう……。あの、そうやない。

 あんな、うちのチビたち可愛がってくれるやん。

 ええお父さんになるんやろなって思てな。

 ウチもお母さんなりたいなあ、

 この人の子供産みたいなあって。

 でもこの身体でお母さんになれるんやろかって。

 それずっと考えてたらなんか、

 どん詰まりになってもうて……」

 

自分は母親になれるだろうか。

 

それが周囲の雑音よりも気がかりであった。

いっそ、病院で診断を受けてしまえば

夫のことも子供のことも諦めもつくだろう。

 

一人で、そう考えてしまったのだ。

 

「……タマは……お母さんになりたいの?」

「……うん。最近すっごく。

 でも、でもな……」

すっかり妻は涙ぐんでしまっている。

夫は隣に座るとその震える小さい肩を抱きしめた。

「仕事もあんま手につかへんし、

 なんか、ぽやぽやしたり

 下っ腹きゅうきゅうしたり…

 四六時中アンタのこと考えてもて

 頭ぐるぐるすんねん。

 五月の頭くらいからずっとそんなんで…」

「…!!!!」 

 

時期。メンタルの乱調。体の不調。

特定の異性への執着。

 

そしてなにより

「母親になりたがっている」。

 

─ああ、これは……。

 

夫のトレーナーとしての知識は

ひとつの結論を的確に導き出す。

 

だがそれを普段と変わらぬ調子で

伝えられるほど彼は「それ」について

場数は踏んではいなかった。

 

─これ、「フケ」だ。

 え、でもタマが……?

 

「フケ」。

 

いわゆるウマ娘の「発情期」である。

 

そういうのがまったくないウマ娘もおり、

ない場合でも生殖機能には問題ない。

 

─ええと、困ったなあ。

 女性にこういうの伝える時って

 どういう顔したらいいんだろ……。

 

男性が女性に「月のもの」

について教えるような状況だ。

 

無論、彼女とてフケの知識はあるだろうが

とある強く信じられている「俗説」の為、

よもや自分がそうなるとは

思っていなかったのだろう。

自分の現在の状況と知識が結びついていないのだ。

 

─どうしよう、どう伝えたら─

 

今まで彼が担当した教え子たちには

この状況になったウマ娘がいない。

とある俗説から言えば

こういうのに慣れていそうな知人は

ティアラ路線無双のあのトレーナーだが。

 

─『女子は、キノコが好きなんですわ』─

 

脳内に当人のどうでもいいアドバイスが響く。

 

「キノコは今は置いといて!」

 

イマジナリー河内トレーナーは

七色の光を残しながら消えていった。

 

「…キノコ…?どないしたん急に」

「…ああ…いや……なんでもない」

 

そもそも、彼もまたレースに

敗れた担当ウマ娘の

ダイイチルビーに対してどストレートに

 

「敗因はフケやなあ。どもならん」

 

と言って大顰蹙を買った前科があるので

正直期待できる人材ではない。

その際にあのメジロラモーヌに

 

「あなたのデリカシーは春木レース場と

 一緒になくなってしまったのね」

 

とガチギレされ、2人に平謝りしたという。

 

─そうだった、ある意味俺よりだめだった─

 

覚悟を決め、夫は自分の言葉で伝えることにした。

座り直し、タマモクロスと向き合う。

 

「タマ、落ち着いて聞いてね。

 今の君の状態は…『フケ』、だと思う」

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