「ひょえ!?せやかて、あれは
ティアラ路線の奴がなるんやろ!?」
妻は顔が真っ赤だ。
いきなり「君は今、発情期だよ」
と言われたようなものである。
ベタ過ぎるエロ漫画の展開のようだ。
「だって、ウチは一応クラシック路線やし…」
彼女は手を伸ばし、自身の右耳につけた
青と赤のポンポンに触れる。
「なぜか」クラシック路線のウマ娘、
そして右耳に飾りをつけたウマ娘は
フケにならない、とも言われている。
「それもあくまで『俗説』。
引退してからそうなる子は少なくない。
ならない子もいるし、程度は個人差はあるけど。
体が母親になる準備ができたって
合図をめちゃくちゃ強く出しちゃってる状況。
『お母さんになりたい』って気持ちが
急に強くなっちゃうんだよ。
それに伴って心身の調子がおかしくなるの」
とはいえ、その「俗説」はあまりにも
強く信じられている。
統計上でもその傾向が実際の数字として
現れているので厄介だ。
それ故今のタマモクロスのように
自身の不調がフケと繋がらず混乱してしまう
クラシック路線出身のウマ娘も多い。
だが数字には出ていても「なぜか」未だに
因果関係は不明なのである。
「母親になる準備…ウチが…」
「医者じゃないから断定はできないけど
人と違ってウマ娘がその状態になったら
…その、ほぼ生殖機能には問題ないはず」
「………よかったぁ……」
「まあ、期間中はちょっと不便だろうけど」
それだと分かれば投薬などの
対処法はいくらでもある。
「ででででも、あの、
ええと、……ムラムラはしてへんよ!?」
発情期、というほど昂りはない。
「俺の方が常にムラムラしてるから
気づかなかったんじゃないかな?」
夫は白い歯を見せて笑う。
「そんな爽やかに言うなあ!……あれ?
お母さんになりたいて……
せやったらクリークのはなんなんや?
……まさか年中そうなんか?」
「妖怪ママでちゅよ」とも呼ばれる彼女は
精神はとにかく身体は健康そうであるが
スーパークリークの爆発的かつ
暴走する母性も「それ」なのか。
「いやいや、ええと、あれはね、まったく別物。
クリークは産みたいだけじゃなくて
年齢関係なく産んでいないものに対しても
手当り次第母親になろうとしてるから
あれはもうそういう思想なんだと思う」
夫自身、何度かうっかり
母親ヅラされそうになった事がある。
スーパークリークのあの異常な母性と願望は
今後解明されることはあるのだろうか。
「彼女とはタマを子供扱いすることについて
論争になったんだよね。
確かに時折見せる幼さも魅力的ではあるけれど。
なんでタマを赤ちゃんとか幼児にするかなあ。
俺からしたら解釈違いなんだよ。
初期の勝負服のちょっとブカブカの
セーラー服背伸びした感じでいいよね
という点では意見は合うんだけども……」
「人のおらんとこでなんちゅう論争しとんのや」
結局、その論争は正真正銘の
「幼い頃のタマモクロス」の写真を持つ
夫に軍配が上がった。
『…ずるいですっ…タマちゃんに甘えて
もらえる上にそんな写真まで………』
『俺に独占権があるんだもん。
クリークにはないもん』
『……うぅ……』
『…それはちょっと……おとな気ないのでは…?』
2人が言い争う背後にいつの間にか奈瀬がいた。
そもそも奈瀬は奈瀬で
隙あらば母親ヅラするクリークの暴走を
どうにかすべきではないのか。
『君もね、いい加減人の嫁を赤子扱いさすなよ』
『…それはボクの不徳の致すところですが
泣かすことないじゃないですか…』
「いやあ、あのとき奈瀬くんには
めっちゃ怒られたなあ。
でも俺は負けられない。
奈瀬君も譲れなかっただろうけど」
「ちょお待って!?いつそんな写真を??」
「お義母さんに家のアルバムを
データ化して欲しいって
言われたときにもらったよ」
「何をしとんねんお母ちゃん…。
アンタも忙しいやろに」
義理の家族と仲が良いのは悪いことではないが。
「わかりきってたことだけど
タマはずーっとかわいいんだねえ」
「…そっかなあ」
貧しいながらも両親は娘の節目を
きちんと記録に残していた。
自分の知らない彼女の姿だった。
それでもやっぱり、
今と変わらぬ部分も多々ある。
そしてトレセン学園に入学してからは
徐々に、その側には─。
「…見飽きたのが写り始めたよ」
最初はトレーナーとして。
そして、月日が経ち、彼女の夫として。
「随分と、当たり前みたいに
写りこむようになったもんだね俺も」
夫は感慨深げに目を伏せる。
「…そら、家族やしな」
「そうだ、タマ。
改めて誕生日のお祝いしたいな。
プレゼントは何がいい?
さすがに今日は無理だけど」
「…ううん、すぐできると思うわ」
妻は夫に向き直ると
相手をじっと海色の瞳で見上げた。
おねだりや、お願いをするときの仕草だ。
「なんだい?」
「ずっと一緒にいてほしい。
どこにも行かんといて」
「…それだと、俺にとっても
プレゼントになっちゃうねえ。
でも、君がそう望んでくれるなら」
目尻が少し上がっているためか
見開くと鋭く見られがちな夫の眼だが
伏し目がちになるとその印象は変わる。
今、妻に向けられている
榛色の視線はどこまでも優しい。
「誕生日おめでとう、タマモクロス」