白い新妻の憂鬱   作:南天 ヤスカド

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夫婦、いつも通り

「なんでって…」

 

「言いたくないならええねん。

 …ただな、ウチが止めてもうたやん。

 ホンマは自由なまんまでいたかったんちゃう?」

 

その時の話を夫婦間で今までしたことはなかった。

 

彼から語られることもなかった上

タマモクロスもなんとなく

触れてはいけないような気もしたし、

そう問われた彼が本当は自由でありたい、と

どこかに行ってしまわれるのが怖かった。

 

そんなことは今の溺愛ぶりを考えれば

あり得ないことだが、タマモクロス自身は

相変わらず自信がなく不安なのだ。

 

「……留まった理由はねえ、

 あんまり面白い理由じゃないよ。聞きたい?」

「………聞きたい」

 

────────────

 

“アクルクス”

 

 

ちらりと横に控えたタマモクロスを見たあとに、

彼は小さく頷きながら申請書類の

チーム名の欄にそう記した。

 

『南十字星の1等星だ』

『ほー、かっこええ響きやな。

 でもなんで南十字星なん?』

『君の名前と俺の名字の一文字から連想で、

 南十字星の星から取ったんだ』

 

『ふぇ?????』

 

タマモクロスの声は思わずひっくり返った。

 

南十字を表す「crux(クルクス)」は

ラテン語で「十字」。

─英語ならば「cross(クロス)」。

 

タマモクロスの名の一部である。

 

『君がきっかけをくれたからね』

 

 

書類を突貫で申請した直後に昏倒、

ほぼ丸一日眠ったあとは、

いつも通り、何事もなかったかのように

朗らかな彼に戻っていた。

 

───────────────

 

その後のチームの戦績は言わずもがなである。

 

成功の一方でタマモクロスは

風のように自由に生きてきた彼を

無理に引き留めてしまったのではないかと

時折思うことがあるのだ。

 

「引き留めてもらえてむしろ良かったんだ」

 

困ったような、寂しげな苦笑いを浮かべながら

夫は星空を映す水面に目を落とした。

 

「……あのとき、本当はもう何もかも

 嫌になって消えてしまおうと俺は思っていた」

 

「………!!!!!」

 

「最後に、もう一度だけ、学園を見ていこうと思った。

 そこを君に見つかっちゃった」

 

伏せた榛色の瞳の陰りがほんの一瞬、

あの日の打ちひしがれた瞳と重なる。

よく喋るはずのタマモクロスが沈黙のまま

彼を縋るような視線で見つめていた。

 

「消えたいと思う一方で

 それでもまだ心のどこかで、誰かに

 俺もここにいていい、

 どこにもかなくていいって

 言ってほしかったんだと思う」

 

 

─『お願いだから、もうどこへも行かんといて』─

 

 

タマモクロスにそう言われたことが、

彼にとっては大きな救いになった。

 

「…そんな…あんときアンタ……そこまで…」

 

あの傷ついた姿を思い出した海色の瞳から

落ちる雫が、水面に波紋を広げる。

 

「あんまり、これ話したくなかったのはね。

 君のことだから、あのときもっと

 こうすればよかったって、

 考えてくれちゃうのがわかってたから。

 ……タマ。どうかあの日のことで泣かないで」

 

妻は耳をしゅんと垂らして夫の胸に顔を埋める。

今は目一杯、夫の体温も鼓動も感じていたい。

 

「…君が悔やむことは何もないんだよ」

 

夫は武骨な手で妻の頬に触れながら、

その顔を優しく上に向けさせる。

 

「ほら、こっちを見て。

 俺は今、こうして君のそばにいるよ。

 だって君のそばが俺の居場所だもん」

「………うん」

「どうか、ずっと君の側にいさせて。

 ………君を愛してる」

「……ウチも、アンタしかおらん。

 ずっと、ずーっと一緒や」

 

見つめあい、微笑み合う。

長く深い口づけをどちらからともなく自然に交わす。

妻はとても満たされた気分になった。

 

 

が。

 

夫の手が怪しげに妻の体をまさぐり始める。

 

 

「……………!!!!!!」

 

妻は思わず唇を離す。

 

「……ちょお待ってアンタ?

 今ええ感じに締められる雰囲気やったよな?

 搾り取られた言うてたやん???

 無理せん方がええんちゃうか??」

「仮眠も取ったし平気、平気」

「………ひぇっ!?」

 

どうや言葉に偽りはないようだ。

 

タマモクロスは涙も引っ込んだ。

むしろ涙を利子つけて返せとも言いたくなった。

 

「通常運転に戻るの早ない!?

 アンタ京浜急行かなんかか!?」

「あれは逝っとけダイヤと言って

 通常運転ではないよ。名鉄もよくやるけど」

 

咄嗟に逃げようとする妻の細い腰を掴むと

夫はすんなりと繋ぎ止める。

 

「──────っ!!!!!!!」

 

「あ、夜中だし外だし声あんまり出さないでね」

「……そんなんっ……無理ぃ…─!!!!!」

 

タマモクロスはトライアルで勝って

本番で負けたらこんな気分やろか、

と、段々と溶けていく意識の中で思った。

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