「君にひどいことを言った奴が、いるんだね?」
夫は優しくタマモクロスの頬を撫でる。
だがその目はガンギマリだ。
マイルチャンピオンシップの時の
オグリキャップの目つきに
なんか似とるなあ、
などとタマモクロスは心の片隅で思った。
普段は穏やかで怒ったところなど
見せたことがない夫であるが
怒らせると実はトレセン学園内でも
スーパークリーク級に恐ろしいらしい。
今のところ妻であるタマモクロスに
そんな怒りの矛先が向いたことはないが、
以前カサマツから来たばかりの
北原がとある大失態をした際は
「中央には中央のやり方がある」
ときっちりと詰めたという。
その時の迫力はシンボリルドルフの
「中央を無礼るなよ」
に匹敵するくらいだったのではないか?
とオグリキャップが語っていた。
「…実は図書館で…あ、でも、
知らんトレーナーやったし…」
仕方なく、タマモクロスは
図書館での一件を話す。
「ふーん。そういうことがね。
日時わかったから防犯カメラの映像で
その2人特定するね」
「えっと、トレーナー資格剥奪は止めたってな?
まだ若かったみたいやし……」
「それはしないよ。
奪うならとりあえず戸籍とか」
「…いやいや、戸籍って、資格以前やん!!」
「命があるだけ温情じゃない?
あ、それとも京都の池に
おもり付けて沈める方が良かった?」
「池の白鳥とライスシャワーが
かわいそうやんけ!!んなもん家にほかされたら!
あ、いや白鳥はとにかくライスは
京都レース場には住んどらんか…」
「京都の改修中ならついでに
サクッと人柱にできたんだけどね」
「立ち飲み感覚で人柱すなあ!
ついでにサクッと飲んで帰るみたいな!!」
ばしん、と胸元にタマモのツッコミの手が入る。
どついてきた妻のその手を優しく、
愛おしそうに握る。
「…いつものタマだ」
「……ふふ、やっぱウチには
湿っぽいのは似合わんしな!」
夫は首を振る。
「?」
「いつものタマも大好きだよ。
でもね、無理なときは無理に
いつも通りにしなくてもいい。
少なくとも、俺の前では。
どんなタマでも大事だし、守りたいんだ。
ほら、病めるときも、健やかなるときも…
って言うじゃないか」
「……うん」
「まあしかし、まだまだお互い
知らんところばかりだねえ」
「ホンマやなあ」
お互い、相手のことを
誰よりも知っていると思い込んでいた。
その思い込みと現実でのズレが
すれ違いを起こした。
「そらそうかもしれんわ。
あくまで指導者と生徒やったもん。
家族とはちゃうもんな」
しみじみとタマモクロスは言う。
「そうだな。俺は君のことをもっと知りたい。
……きっと、知れば知るほど
君に溺れてしまうだろうけど」
「……!!!………あんな、ウチが水なら
アンタはウチにとって空気やで?」
「……俺、空気なの?」
ちょっとがっかりしたように夫は眉を下げる。
─かわいいお人やなあ。
その様子を見てタマモクロスは微笑む。
「そばにあって当たり前、せやけど
無うなったら息がでけへんやないの」
「……タマ…!!」
「……オチまで言わせんといて!恥ずかしいわ」
ぱしん、と軽く夫の肩口を叩く。
「………そっか。じゃあずっと、
君のそばにいないとね」
照れくさそうに夫は笑った。
「……さて、と」
夫は立ち上がり、妻に手を差し伸べる。
「帰ろう。オグリたちも心配してる」
「せやった…。ああ、なんか
めっちゃ気まずいわぁ……」
「大丈夫だよ、一緒に行こう」
「…うん」
夫は妻の手を取り、階下にエスコートする。
しかし何やら気づけば下は騒がしい。
階段を下りると廊下に溢れんばかりに
大勢の生徒や職員たちがひしめき合っている。
「よっご両人!」
「おめでとう!!」
「お幸せにー!!」
「末永く爆発しろー!!」
「ヒューヒューだよー!!」
(↑もしかして:マルゼンスキー)
「差せー!!!」
「いい日かにたまー!!」
最後の方はよくわからないが、
集まった人々は2人の姿を見るなり
口々に祝福の言葉を口にしていた。
中には感激で涙すら流してる
ウマ娘までいるではないか。
そのうちウマ娘による
「めにしゅき」の
フラッシュモブが始まった。
ウマ娘たるもの、音楽が流れれば
完璧に踊りこなす。
「なんやこれ…」
タマモクロスの作画が雑になり、
夫の顔がチベスナ顔になる。
浮かれる群衆をかき分けて
見慣れた面子がやって来た。
「よかったな、タマ。
やっぱりタマとトレーナーは
お似合いの夫婦だぞ」
オグリキャップは心底嬉しそうだ。
「いやあ、こいつはめでてえ!!
赤飯用意しねえとなあ!!」
イナリワンが鼻の下をこすりながら
にっかりと笑う。
「赤飯ですか。いつものところで手配しておきます」
娘を肩車した檮原が答えた。
「強く言い過ぎてごめんなさい………」
スーパークリークはしゅんとしている。
「大丈夫、あれくらい言わないと
このニブちん火がつかなかったと思う!」
その両肩をポンポンと小宮山が叩く。
「これ、一体どうなって……」
夫がふと見るとゴツいガンマイクを
構えた友人たちがいた。
「公開プロポーズ成功、おめでとう」
「………公開…?」
「全校放送で流させてもらったぜ!!」
イケメンが爽やかにサムズアップしながら言う。
どうやらここに集まっている群衆は
夫婦のやり取りを聞いていたらしい。
「……お前らあああああああああああ!!!」
これには温和と言われている夫もブチギレた。