夫は首の後ろの服の襟口に手を入れると
愛用の鞭を取り出した。
「裁きの時だ!!天地を裂くは我が乖離鞭」
「やっべぇなあいつ、
宝具ぶっ放す気かよ」
実際できるのかどうかは不明だが
何もない空間から無数の鞭が
飛び出してきそうである。
「よくわからんがエイジ、逃げるぞ!」
夫は脱兎のごとく逃げる
盗聴犯たちを追いかけようとする。
廊下の角を曲がった2人と入れ替わるように
縛り上げられた若いトレーナー二人組が
突き飛ばされ夫の足元に転がってきた。
「すみませんでしたああああ」
「助けて!!タマモクロス大好き!!」
みっちりと縄で縛られた2人は
わめきながら芋虫のようにのたうち回る。
「はあ!?俺が1番タマ大好きですけどぉ!?」
「た、対抗せんでええわ!!…あ、図書館の」
陰口を叩いてた二人組だ。
「……へえ、君たちかあ……」
鞭をくるりと回すとぱしん、
と先端で手を軽くはたく。
「どうか戸籍だけは……っ」
どうやらそのくだりも全校放送されていたらしい。
「や゛っ゛と゛ト゛レ゛ー゛ナ゛ー゛に゛
な゛っ゛た゛ん゛て゛す゛う゛う゛」
一人はどこかの地方議員みたいに泣き喚いている。
「トレーナーバッジ一旦召し上げるんで
返してほしくば全裸で京都の池で泳いで来い」
「「ひえええええっっっ」」
「アンタ、それやとかわいそうやん…。
白鳥とライスが」
「ふふ、うちの奥さん優しいなあ。
よし、真夜中の大阪湾全裸遠泳で許してあげよう」
「ああ、ええなあそれ。さすがうちの人や」
「より本格的じゃないですかあああ!!!」
「ハンデ65キロね」
「沈むううううううう!!」
「いや、浮くよ?腐敗ガスって浮力すごいんだよ?」
「それ死んでる前提じゃないですか!!」
「待ってください!!」
物騒なことを言い渡された2人の前に
ウマ娘たちが飛び出してきた。
「うちのトレーナーがすみませんでした!!」
「どうか、許してください!!」
彼らと契約しているウマ娘であろう。
芦毛の方のウマ娘の方に
タマモクロスは見覚えがあった。
最前列で熱心に話を聞いていた子である。
「ごめんなさい……」
はらはらと彼女は涙を流す。
「………中等部の子やね?」
「…はい、そうです……」
─このコ、ウチがこの人と契約したときより
歳下やないか。まったく……
タマモクロスは彼女のトレーナーに向き合う。
「…なあアンタ、自覚せえよ?
ええか?トレーナーとウマ娘は一蓮托生、
契約しとる間はアンタの発言はすなわち
この子の考え方、ちゅう周りからの
決めつけになりかねんのやで?」
「妻の言う通りだ。
契約したトレーナーの不用意な発言や行動が
ウマ娘を傷つける。彼女らに非がなくてもね。
それは彼女らの将来に影響する。
…………俺、研修で言ったよね?」
夫婦で説教モードである。
かつて日本最強コンビとも言われた2人だ。
面構えが違う。
「中学生に庇ってもろて」
「トレーナーがウマ娘に頭下げさせて」
「「…………情けないと思え!!!」」
2人の特大の雷が落ちる。
「そこまでにしてやってくれ」
凛とした声が響いた。
「……そうだな、そちらに任せるよ」
そう言う夫の視線の先には、
深緑のマタニティドレス姿のウマ娘がいた。
「ああ、あとは私が引き受けよう」
シンボリルドルフだ。
ルドルフは現在、学園の運営側に籍を置いている。
「しかし、温かいプロポーズだった。
ほら、うちの人はああ無愛想だろう?
ああいう愛情表現に乏しいんだ」
そう言いつつも、ルドルフは微笑みながら優しく
自らの腹部を撫でる。
彼女の伴侶もまた、元担当トレーナーだ。
ルドルフの夫は切れ者ではあるが
いつもへの字口で、
あまり愛想がいいわけではない。
「でもルドルフ題材の夢小説書いてたよ」
「…っ…なぜ知って…!?…ンン…ゴホン。
…我々が対応に手をこまねいてたうちに
ご友人に先を越されたようだ」
ルドルフは咳払いを交えつつ肩をすくめた。
「………そうだねえ」
伴侶が元トレーナー、かつGI級ウマ娘となると
羨望と嫉妬の的ともなる。
ルドルフだとやはり家柄もそうだが
会長として君臨していたこともあり所謂
「叩きづらい」部分があったが、
庶民の出で無名から這い上がった
タマモクロスは比較的叩きやすいのか、
陰口を言われるのは大抵
後者の方の夫婦であった。
その事態をお互いに聡いルドルフ夫妻が
気づいていないはずがなかった。
「ルドルフ、仕事しててええのん?」
「ああ。お医者様と相談して調整しているよ。
シリウスやラモーヌに手伝ってもらってるしね」
自信だけでなく慈愛に満ちた顔を見せる。
─ええなあ、いつかウチも─
いや、それより今は─
「…………ええと、
どっからみんな聞いてたん……?」
「ふむ、君をご主人が
水だと評したところからだな」
「「結構最初の方からやんけ!!!!!」」
夫婦の声が重なった。
「さすがのコンビネーション…
比翼連理、偕老同穴、羨ましい限りだ」
「あれ全部聞かれたのか……」
夫婦揃って顔から火が出そうである。
一方でこのご夫妻、人前で無自覚で
いちゃつくのだが。
「君たち夫婦のすれ違いには我々にも原因がある。
直ちに業務の負担軽減をしよう。
一部のトレーナーに業務が偏っていたようだし」
皇帝はちらりと縛り上げられた二人を見る。
「そうだ、彼らにあなたの業務を
肩代わりさせるというのは?」
「……大丈夫かなあ…警備関連だよ?」
夫はレース施設の
セキュリティ責任者に加えて
今年から学園内の警備の総合責任者でもある。
「さすがに元URA空挺部隊のあなたと比べれば
実力は劣る。しかし身をもって
今まであなたがトレーナー業の傍ら
果たしてきたその責務を知れば
彼らも覚醒するだろう。
彼らの指導はこちらでやる。
あなたに任せきりだったのも問題だ。
今は、あなたにはあなたの一番大事な存在を
守ることだけに集中していただきたい」
「……ありがとう、会長……いや、ルドルフ。
君も、自分の体を大事にしないとだめだよ」
「うむ、そろそろ産休に入るところだ。
………産休もらって、Thank you」
「相変わらずルドルフのダジャレはキレッキレだな!」
見事に空気が凍りついたが
タマモクロスの夫とルドルフだけは満面の笑みだ。
「寒ぅ…………··」
皇帝と同格のセンスの夫に妻はため息をつく。
「…やっと仕事減らせたか。
お前背負い込み過ぎだから、いい機会だぞ」
悪友たちがいつの間にか戻って来ていた。
「そうそう、学園やURA絡みの用事なんて
俺達みたいに最低限の仕事量で
お茶濁しとけばいいんだって」
「貞ちゃん、エイジ……」
図書館二人組を特定し捕まえたのは
彼らと永世三強たちだろう。
こうして業務の負担軽減になったのも
─恐らく、今後、自分たち夫婦について
心無い言葉や憶測を言うものが
ほぼいなくなるであろうことも、
全校にプロポーズが公開された
出来事が理由となろう。
めちゃくちゃなようで、
最終的には全て夫婦の為になっていた。
「………ありがとな、二人とも」
「いやいや、こっちこそ。
ご祝儀のスパチャがエグいもん」
友人2人はスマホの画面を眺めている。
「おいおい年収いきそうだぞ……
あ、3割はそっちに渡すから」
3本指を立てて学園一のイケメンが微笑む。
「…··は??スパチャ…?」
「全校放送だけでなくネットで生配信したんだよ」
「……………………タマ」
「……………………おう」
夫はしまいかけた鞭を構え直す。
「何を全世界に配信してくれてんだあああああ!!」
「最低でもこっちが8でそっちが2やろがあああ!!」
「…タマ!?そっちじゃないと思うけど!?」
─この出来事以降、この場所は
ウマ娘の間で恋愛成就のパワースポットに
なったとか、ならないとか。