数年前、古樹の天井には、巨木を貫く大穴が空いていました。
戦争による傷跡です。雨も降れば、陽射しも通る状態。ギルドの壁も床も、腐り、朽ちていました。
ですが雨と日差しは、育ちを促す存在でもあります。
日差しを浴びようと、水を得ようと、植物が根を生やし始めたのです。
今では巨木を覆うほどの天蓋となっている植物の根。
僅かにひらいた隙間からは、陽光に溢れた空気を、ギルドに満たしてくれます。
そんな陽射しに照らされるのは、紅色の髪。
「まったく、国だの、民だのじゃなくて、国主体の軍人ギルドの為に金をせびりにきましたと言えばいいものを……」
呆れた声をだす紅髪少女です。
対して、金髪の少女は、1歩後ろにさがり、影から喋ります。
「か、金のためではない。大義のためだ」
「あのな、自分たちは低俗な冒険者と違って、高潔な人物とでも思ってんのか?」
「貴様らがそう口で言えるのなら、そういう事だろ」
「そらまあ高潔ではないよなぁ……いや、で、何を調査する気だ、ガキンチョ」
金髪少女は、真っすぐな眼をむけて、凛とした声をひびかせます。
「手始めに書類だ。ここ数年の依頼リストをよこせ」
「あー、依頼リストか……悪いがオレの記憶にねえな。酒の飲み過ぎで忘れちまった」
これみよがしに酒瓶をぷらぷらとさせる、紅髪少女。
瓶のラベルには、ピュアウォーター、と刻まれています。
「最近の冒険者は、水で酔うことができるのか?」
「酒だと思えば酔えるんだよ。金欠を突っついて楽しいか?」
「ならさっさとリストをよこせ。ついでに冒険記録も、だ」
「あのなぁ。そもそも、こんなギルドにたかっても、水代ぐらいが精々だぞ、ガキンチョ」
ペッ。唾を吐く、紅髪少女です。
金髪少女のコートにたれる唾。
ですが彼女は汚れを落とす素振りをみせず、紅髪少女を睨みつけます。
「私が賄賂を貰いに来たとでもいいたいのか?」
「当然だ。軍人ギルドにせびられた事は幾度もあるからな」
「たしかに命令はそうだ。だが私は違う」
「それは人種か? それとも人を殺した事のない潔癖な精神でも持ち合わせてんのか?」
「────私自身が正義によって行為をしている、ということだッ」
思わず1歩踏みだして、少女は怒鳴ります。
陽射しに照らされた顔は、真っ赤。
ですが気にせず、少女は怒鳴りつづけます。
「ほう、踏みだせるのか」
「当然だ。この程度の痛みなら造作もない」
「じゃあ喧嘩を売る前に、魔法で身ぐらいは守ってた方がいいぞ、ガキンチョ」
傾けられた酒瓶は、コートについてる唾を示します。
意味は────コート表面に唾が流れるなら、身体に攻撃が通るよな、という事です。
金髪少女が慌てて、唾を払い落とすと、楽しそうに紅髪が震えていました。
「くっくっく、オレがその気なら、すでに首だけになってるよ」
「う、うるさいッ」
「それとも高潔な気持ちが体を守ってくれるともで思ったか、ガキンチョ?」
「それもうるさいッ」
もはや金髪少女は、子供のような口調です。
「先ほどから言わせておけば、ガキガキガキと────私にはれっきとした、ア・ゴールド・ヒューマンという名前があるッ!」
「それ本名か? 魔法で呪われるから偽名を名乗った方がいいぞ」
「なら、貴様の名前も呪ってやるから教えろッ」
「ナビィ、もちろん偽名だ」
紅髪少女は軽くなった酒瓶をかたむけます。
雫が一滴ほど、喉に落ちます。
「第一なぁ……」
紅髪少女の視線は、どこか別のほうに流れます。
そして止まるのは、おどおどとしている村人の少年にです。
ちょうどいい。彼女の口角がつりあがります。
「なら、オマエが受けてみるか、この依頼」
「私は軍人だぞ。冒険者の資格をもっていると思うか?」
「そこで、オレの同行人っていう方法があってだな」
赤羽織の袖から、薄い金属板がみせられます。
「ギルドカード……本物か?」
「おいおい、そんなところまで疑うのかよ。軍人らしな、っと」
紅髪少女から投げつけられ、たやすく受けとるのはア少女。
金よりも輝く銀でつくられたギルドカードです。
書かれている名は────ナビィ・スカーレット。
「本名……これを私に渡していいのか、冒険者には命より大事と聞くぞ」
「問題ねえよ、今のオレにとっては半分ぐらい不要なもんだ」
「なら、これは……返さしてもらう」
ア少女は、両手を添えて、ギルドカードを差しだします。
丁寧です。おもわず苦笑いをしてしまう紅髪少女。
「おいおい、別にぞんざいに扱っても、壊れはしねえよ」
「見くびっていた。その……礼を失したことは謝罪する」
「いや、あのだな、そんなに変な事でもしたか、オレは」
「私にとってだ。その行動は信頼するに値すると、思っただけだ」
ア少女は未だに持っていた剣を腰にしまい、足を揃えます。
「依頼の件、引き受けさしてもらいたい」
「いいのか軍人なのに、薄汚い冒険者の依頼だぞ?」
「このギルドの調査の為、なにより困っている民のため、ということだ」
ア少女は視線をうごかさず、凛とした声をもって“頷き”とするのでした。
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